今とは違う声の若さにも注目――大塚明夫さんが語る吹き替えの魅力に迫る
CS映画専門チャンネルのムービープラスは、2015年8月に『吹替王国』という新企画を開始。「もっと吹替が観たい!」「あの声優さんの声のバージョンが観たい!」という視聴者や映画ファンの声にお応えして、新たな映画吹替の魅力や楽しみ方を提案する本企画だ。
企画の第二弾に選ばれたのは、映画やアニメで多くのキャラクターを演じる大塚明夫さん。本稿では『吹替王国』第二弾に選ばれた大塚明夫さんに行ったインタビューをお届け。
■ デンゼル・ワシントンやドルフ・ラングレン、スティーヴン・セガールもみんな若い
──収録を終えられた感想はいかがでしょうか?
大塚:セリフはちょっとずつですが、懐かしいなと思いながら演じました。声の経年変化はありますから、デンゼル・ワシントンやドルフ・ラングレン、スティーヴン・セガールもみんな若い、それを今の私が演じるのはどうなのかなと思いましたがね(笑)。
──ドルフ・ラングレンの『レッド・スコルピオン』は1988年と、かなり古い作品となりますが、コツはすぐに思い出して演じられてのでしょうか。また、彼を演じる上で気をつけていることなどありますか。
大塚:なんとなく体が覚えているんですよ。彼を見た時に自然と出てきた音をそのまま乗せています。その声をいじると芝居が疎かになってしまうので、あんまり考えないようにしていますね。
──大塚さんはスティーヴン・セガールは長いこと演じられています。『撃鉄 - ワルシャワの標的 -』や『刑事ニコ/法の死角』など作品ごとに変えたりするのでしょうか?
大塚:セガールさんが作品によって変えているなら、きっと僕も変えているかも知れません。でも、僕から見てほとんど彼の演技は変わっていないように思います。あの人は普段の調子で話しているんだろうなと感じたので。元々は演じるというのはあの人の本領ではなかったと思いますから、あんまり演じたりはしていないんじゃないかな、という風に思っています。
■ 演技をトレースするのではなく、俳優が持つ空気感を増幅させるのが吹替
──すでに出来た俳優の演技に声を乗せる仕事に対する面白さや、やり甲斐はありますか?
大塚:とにかく観た人が面白いと思えるかどうかにかかっているかな。一流の俳優さんにセリフを乗せる時はその人の芝居を呼吸からトレースしていかなきゃいけない。言語は違いますがその人の演技をトレースするのは面白いですね。また、他の作品で得たモノをどうやって盛り込んでいくかによって字幕ではイマイチだったものが、吹替作品だと「これ面白いじゃん」っていう話になったりするんですよ。
──デンゼルだったら正義感溢れる雰囲気、セガールだったら無敵な感じ、ラングレンだったら二枚目のかっこいい感じだったりとそれぞれトーンが違うように聞こえるのですが、声のトーンが俳優さんによって違うのは俳優の声を聞いて演じ分けているのでしょうか。
大塚:元の俳優の声をなぞるのはあんまリ意味のないことで、ビジュアルから想像する音が出たほうがお客さんは違和感なく観られるんじゃないかな。その役者さんが持っている空気感を僕達が増幅させていければと。
──例えばセガールだったらどんな雰囲気で演じられているのでしょうか?
大塚:不敗な感じですね。不敗な人はどんな雰囲気なのか考えます。負けないですから恫喝する必要はない。相手を威嚇する必要はないですから、ドシッと構えて「いいでしょうかかってきなさい」ってね。
──他のアクションスターとは違う特別なものがあるということですね。
大塚:セガールさんはあんまり複雑な演技をなさらず、存在で勝負されますから。その存在というものを大切にしたほうがいいんじゃないかなと。いかにもセガールさんが喋っているように演じる。ただ彼の演技をトレースするのは少し違うんじゃないかな。
──セガールが喋っているかのような雰囲気を出すというのは、一番難しいのではないでしょうか?
大塚:『刑事ニコ/法の死角』の時は探り探りでしたが、何本かやってみて、これで間違いないなって確信しました。それからはその方法論を踏襲しながら演じていますね。
──『吹替王国』の魅力はどんなところですか?
大塚:声の若さと、演技のつたなさですかね。どれも前の作品ですから。
──当時の声を聞いてどう思いますか?
大塚:若いですよね! 本当は昔のものをひっぱり出されるのはものすごく恥ずかしくて嫌ですね。しかも顔出ししてるわけですからどんな恥知らずだよと。
──いろんな俳優さんの声を当てていますが、お会いしたことはありますか?
大塚:いいえ、ございません(笑)。だって「なんでお前が俺の声なんだ」ってなるじゃない。
──もしもお会いする機会があったら、聞いてみたいことってありますか?
大塚:いや、ないですね。質問するのがおこがましくて、多分すいませんすいませんって言うだけですよ。
──先程からスティーヴン・セガールのことを“さん”付けしていますが、なんか距離があるのかなと思うのですが。
大塚:とても身近な存在なんでね。「あなたのお陰で年に何回か吹替えの仕事があります」ということで、さんを付けずにはいられないです(笑)。
──正直『沈黙』シリーズがこんなに長く続くとは思わなかったんじゃないでしょうか?
大塚:あの人すごいですよ。初めはハリウッド資本だったのが段々時の流れとともに活躍が細っていきながらも、今度は自分でVシネ作ってる。本当にスゴイ人ですね。
■ 仕事として成立させるのはとても難しい仕事
──大塚さんの声優の仕事をするきっかけはなんですか?
大塚:おやじ(大塚周夫さん)が「声の仕事あるけどやる?」って言われて「やる」って言っただけです(笑)。
──結構簡単な感じですね。
大塚:演技はしていたんですがやっぱりバイト生活も平行して続けていて、朝8時から夕方5時まで寒風吹きすさぶ中、時には炎天下であったりそんな中でお金を稼いでいたんです。それを涼しい部屋の中でセリフを当てることでお金をもらえる、その感動を大切にしなきゃいけないなと。
──声の演技をされるとなった時はすぐに慣れたのでしょうか?
大塚:ある意味馴染まなかったところもあれば、すぐに馴染んだところもありましたね。それまでやっていた演劇との一番の違いは自分の姿を晒さないってことです。
──ですが大塚さんが執筆された著書『声優魂』では「声優だけはやめておけ」と言っていますが。
大塚:仕事として成立させるのが生半可じゃない、ということです。若い内は学校行って同期も出来て、それでもいいですが30過ぎて40歳になって失敗したかなって思ってもやり直しきかないよってことで。
──それだけ難しい職業だということですね。
大塚:生き残るのが難しいというだけで、やることはそんなに難しいことじゃないです。日本語が話せれば誰にでもできる、難しいことはやっていないです。
──そこで生き残っている方は本当にすごいですね。
大塚:そうですね。演技力の高さや運の良さなどが掛け合わさって、成功する確率はとても低い職業だから簡単に考えないほうがいいっていうことです(笑)。
──逆に言えばやり甲斐のある仕事ですよね。
大塚:やり甲斐というよりも演じるっていう仕事が、険しい登山道のようなものなんですよ。昔は声優という仕事でスターになることはない、バイトみたいな仕事でした。どんなに芝居がうまくても綺麗な人じゃないとスターになって稼ぐことは出来なかった。食えなきゃしょうがないという思いが先に立つんです。なので声優さえできればいいっていうのは、私の考えには無いですね。
──吹替をする前に、元の作品は何度も観直したりするのでしょうか。
大塚:作品を知る上では何回かは観ますが、繰り返し観たっていうのはないかな? シーンごとはあるかもしれないけど。たくさん喋ってたり早口で捲し立ててたり、大声だったりすると合わせるのに難易度は高くなっていきますからね、予習していないと現場でオタオタしますから。
──リテイク無しで合わせる事ができるのは、そのおかげなんですね。
大塚:そうですね。あとは翻訳自体が演技と合うように出来てるんですよ。ただ全体にセリフが少なめだなって時が困りますね。また、ゆっくりしゃべることは意外と難しいんですよ。何気ない単語でもゆっくり喋ることで、何か意味があるのかなって思いますからね。
──役作りをする上での難しさはありますか。
大塚:普通、演劇というのはひと月ぐらい自分の役と向き合って練っていくものですが、声優の仕事にはその時間がありません。同時進行で何役も演じそれを10年もやっていると、関わったシナリオの多さが段違いになってきます。いち早く役を掴むことが大切になってきます。そういうのは慣れもありますね。一本の映画を撮るってなったらそれは大変な根気と役作りが必要なんですが、我々の場合は最初から全部出来上がりの台本と映像があり、それを瞬時にパパっと作れるかどうかというのが能力の一つになってくるんじゃないでしょうか。
──大塚さんは吹替とアニメ両方で活躍されています、アフレコの違いなどはございますか?
大塚:アニメは絵が動きますが、まだ魂が入っていない状態。そこに自分が命を吹き込むというのはとても自由度が高い。デフォルメされているビジュアルほど声を当てる難易度は高いですが、自由度も高いですね。
──吹替をする際、どのような時にモチベーションが上がりますか?
大塚:楽しみはやっぱり一流の俳優たちの呼吸をトレースすることです。それによって自分になかったものが使えたりするのが楽しみで。また、演劇で学んだものを吹替にフィードバックしていく、その逆もあったりするのですがその作業がとても楽しいですね。
──吹替ではイメージを増幅させるとも言ってましたが、そちらはアニメでもあるのでしょうか?
大塚:アニメは生身じゃないのでそれはちょっと違う。自分が持っているものを入れ込んでいくしかないんです。だから自由度が高いんですよ。吹替だと完全系の映像が出来上がっている。SEは入っているし音楽も入っている、その中でやっていかなきゃいけないので、ヘタに道から外れられない。アニメだったら出来上がっていない絵が写っていて、こういう絵なんだろうってイメージして芝居をするとします。そこで「その演技いいね」ってなったら絵を差し替えるということもあるかもしれません。シリーズ物だとキャラが面白いねってなるとシナリオライターがそのキャラを動かしやすくなる。もちろん原作通りやってくださいと言われることもありますが。
──映画は色んな声優さんが吹替ていますが、映画を観るときは吹替で観られますか?
大塚:昔はひたすら吹替版を観ていましたが、最近はあんまり観ていないですね。「俺だったらこうするのにな! こうだろ。うーん……。」みたいになってしまう(笑)。役者っていうのは馬鹿なもので、そんなことばっかり考えてしまう。映画を観に行ってもこの役はあの人がやればいいのにって考えてしまいますね。
──では最後に吹替の魅力とは。
大塚:字幕見なくていいから集中できるところですね。吹替版って大体ひとつではなくていろんなバージョンのものが作られています。TV版があったりパッケージ版もあったりして。観る人達が観比べて「なんでこっちのほうが面白いんだろう?」って考えることもできる。今回は、吹替王国で若かりし日の大塚明夫の声も楽しんでいただければ嬉しいです。ぜひ観てください。
◆放送情報
「吹替王国#2 声優:大塚明夫」10月10日(土)10:45~20:55
■『撃鉄 - ワルシャワの標的 -』【日本語吹替版】
10月10日 10:45放送
『沈黙』シリーズのスティーヴン・セガールが、ヨーロッパを股に掛けて暗躍するフリーの雇われ諜報員を演じるスパイ・アクション。
■『撃鉄2 -クリティカル・リミット-』【地上波吹替版】
10月10日 12:45放送
スティーヴン・セガール主演の人気アクション・シリーズ第2弾。潜入諜報員が、過激派組織による核爆発テロを阻止すべく奮闘する!
■『クリムゾン・タイド』【日本語吹替版】
10月10日 14:45放送
デンゼル・ワシントンとジーン・ハックマンが共演したサスペンス。原子力潜水艦を舞台に、全面核戦争の危機を巡る男たちの対立を描く。
■『アウト・フォー・ジャスティス』【地上波吹替版】
10月10日 17:00放送
スティーヴン・セガール主演の刑事アクション。NYブルックリンを舞台に、相棒を殺された刑事が麻薬犯罪組織に単独で挑んでゆく姿を描く。
■『レッド・スコルピオン』【日本語吹替版】
10月10日 18:45放送
ドルフ・ラングレン主演の痛快アクション。殺人マシーンとして養成され、アフリカの某共産主義国に送り込まれたソ連特殊部隊兵士の活躍を描く。
>>『吹替王国』特設ページ