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『レッドタートル』監督&鈴木敏夫プロデューサー対談

スタジオジブリ最新作、「セリフのないことによる余白が、この映画のエンターテインメント」ーー『レッドタートル ある島の物語』監督&鈴木敏夫プロデューサー対談

無人島に流れ着いたひとりの男が、脱出しようとするたびに見えない力に引き戻され、ある日、ひとりの女と出会う――スタジオジブリ最新作『レッドタートル ある島の物語(以下、レッドタートル)』が、9月17日(土)より全国で公開されます。

本作で監督を務めるのは、わずか8分でひとりの女性の人生を描ききった短編アニメーション映画『岸辺のふたり』(2004年、第73回アカデミー賞短編アニメ―ション映画賞受賞作品)などで知られる、オランダ出身のマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督。“アーティスティック・プロデューサー”として高畑勲さんも参加しています。今年5月に開催された第69回カンヌ国際映画祭では「ある視点」部門に正式出品され、特別賞を受賞しました。

フランスを中心に制作が行われ、全編セリフ無しという、スタジオジブリとしては異色の同作について、ヴィット監督と鈴木プロデューサーにお話をうかがいました。

▲写真左より、スタジオジブリ・鈴木敏夫プロデューサー、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督

▲写真左より、スタジオジブリ・鈴木敏夫プロデューサー、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督


■ 「マイケルが作る“ロビンソン・クルーソーもの”を見てみたかった」(鈴木P)

――『岸辺のふたり』をご覧になった鈴木さんが、マイケル監督に長編の監督をオファーされたのが企画の発端だとうかがいました。そのあたりの経緯から教えていただけますか?

スタジオジブリ・鈴木敏夫プロデューサー(以下、鈴木):それだけです。あまり深いことは考えず、『岸辺のふたり』が素晴らしかったことに尽きます。

――何より鈴木さんご自身が、ヴィット監督の作る長編を見たかった?

鈴木:プロデューサーって、やっぱり自分の観たいものを作るんだと思います。『岸辺のふたり』を観たあとに、まずは(ヴィット監督と)交流が始まりました。その中で、ふと思いついて、長編を作りませんかと話したんです。マイケルからは、「自分はこれまで短編しか作っていないから、長編の作り方がわからない。スタジオジブリの協力が得られるのなら考えたい」という返事をいただきました。それが2006年のことです。

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督(以下、ヴィット):長編をやりませんかというメールをいただいた時は、本当にビックリしました。素晴らしい! 早くやりたい! という気持ちでしたが、同時に「自分は本当にこのメールの意図を理解しているのかな……。何か誤解をしていて、自分の頭の中で一人歩きしているのでは……?」という不安があり、もう一度ちゃんと説明してくださいとお返事したのをおぼえています(笑)。

鈴木:ジブリの協力をということで、僕はすぐ、高畑さんが適任だと思いました。高畑さんとマイケルはすでに親しかったこともあり、二つ返事で協力してくれることになりましたね。

制作現場も日本にする可能性がありましたけど、そこはやはりヨーロッパのほうがやりやすいということで、(フランスの映画製作兼配給会社の)「ワイルドバンチ」に僕から声をかけて、フランスで作っていくことになりました。そこから数えると10年経ちますけれど、実際に現場で作品づくりにかかったのは3年くらいです。

――映画の内容を考えていく中で、“無人島”というモチーフに決定するまでは、どういった経緯があったのでしょうか?

ヴィット:孤島に漂着したひとりの男――といった話には、昔から興味がありました。ですが、ストーリーとして短編には向かないと思っていて、ずっと頭の片隅に置いていたんです。今回は長編ということで、このアイディアを使う時だと思いました。

――「孤島に漂着した男の話」というアイディアを聞いて、鈴木さんはどう思われましたか?

鈴木:いわゆる“ロビンソン・クルーソーもの”ですよね。僕も昔から好きでした。世界中でいろんな人がゴマンと書いてきたジャンルだからこそ、マイケルが作るとどんな作品になるんだろうかと、頭の中でいろいろと想像しましたね。

なんとなく、予感としてですけど、『岸辺のふたり』が頭に浮かびました。あの作品は、ひとりの女性の一生を描いているでしょう。それに対して『レッドタートル』は、ひとりの男の物語なのかな……と。その姿がマイケル以外の誰でもないようにも感じられておもしろかったですね。高畑さんとも、「これは一種の自伝ですかね」なんて話をしました(笑)。

ヴィット:(笑)

――そこからは、ヴィト監督と、高畑アーティスティック・プロデューサー主導のスタジオジブリとで、やりとりを重ねていった形ですか?

鈴木:何を作るのか、当初はマイケルからメールや手紙で、文章や映像などいろいろ送っていただいたんです。だけど日本と(ヴィト監督の拠点である)イギリス間のやりとりは、なかなかじれったいでしょう。だからマイケルに、日本へ来てやったらどうかと提案しました。マイケルは日本が好きだから、たぶん来てくれるだろうなと思ったんです。けっきょく約1ヶ月間、日本で2人が顔を付き合わせて話しつつ、マイケルがシナリオや絵コンテにまとめていきました。



■ 「声優さんには、映画に合わせた“呼吸”をしてもらっています」(ヴィット監督)

――『レッドタートル』にはセリフがありませんが、制作過程の途中までは少しだけあったと伺いました。セリフをなくした理由について教えてください。

ヴィット:セリフを完全になくすまでには、いくつものプロセスがありました。いくつかのシーンではどうしてもセリフによる説明がないとストーリーが理解しにくいと思える箇所があったので、最初は少しだけセリフが必要だと思っていたんです。もうひとつ、登場するキャラクターたちが「人間である」ことを証明するためにも、しゃべることは必要だと思っていました。それら2つの理由から、当初はセリフを入れていたんです。

ですが、自分たちスタッフで声を入れてアニマティック(註:動く絵コンテ)を作ってみると……何かしっくりこなかったんです。はじめは、プロの声優さんではなく自分たちで吹き込んだから違和感があるんだと思いました。でもジブリさんに映像を送ると、「セリフがないほうが良いのでは?」とお返事をいただいたんです。

それまでセリフを書き直したり、量を増減させたりと、いろいろな試行錯誤を重ねていましたが、実はどのバージョンもしっくりきませんでした。そんな中、「セリフを全部なくしても、お客さんはわかるはず」とおっしゃっていただけたので、自分としては本当にスッキリしました。

――セリフの有無について、ジブリ内ではどのような話し合いがあったのでしょうか?

鈴木:基本的に高畑さんは、「マイケルがやろうとすることを手助けする」というスタンスを頑なに守っていました。セリフを残すか無くすかという話でも、それはマイケルが決めることだと。あくまでマイケルの意図を尊重して、あくまでそれを実現するための助言を出していました。

僕はプロデューサーなのでまた違う立場ですけれど、セリフを無くすことには賛成しました。セリフ無しで見た時と、セリフありで見た時とで、自分の中で違う反応が生まれたんです。この作品そのものがある種“詩的”ですが、セリフをしゃべった時に、自分が現実に戻ったように感じたんですよ。僕が一番、セリフを無くそうと主張していたかもしれません。できあがった作品を見た時も、サウンドエフェクトをもう少し減らしてもいいんじゃないか、“無音”にしても良いんじゃないかと思ったくらいでした(笑)。

ヴィット:(笑)。3年がかりの現場だったので、途中でたくさんのスタッフが入れ替わりましたが、新しく入ったスタッフにフィルムを見せると、彼らはセリフがないことに気づきませんでした。言われて初めて「あれ? セリフなかったっけ?」という反応をしたんです。本当にセリフがなくても、みんな自然にそのシーンを見ているんだと確証を得られました。セリフを無くしたのは間違いではなかったと確信しました。

咳や叫び声などは入れていますが、実はそれに加えて、声優さんには最初から最後まで映画に合わせた“呼吸”をしてもらっています。呼吸の音は、走った後ではよく聴こえるし、逆にまったく聴こえないシーンもあります。これはやってみて気づいたのですが、呼吸を人物の絵に合わせることで、その人物が何かを伝えたいんだということがわかるんです。呼吸はある種、心の中を言葉の代わりに表現していて、伝わるものがあるのではないかと感じました。


■ 映像作品における“身体性”と“余白”

――鈴木さんは、ご著書『映画道楽』(2005年:ぴあ発行)の中で、「いつか肉体の復権の映画をやりたい」とお話しされていました。この本の出た2005年という時期的にも、『レッドタートル』を考えていらっしゃる時だったのかなと思ったのですが。

鈴木:昔の話なのでちゃんとおぼえているわけじゃないけれど、おそらく近い時期ですよね。日本の映画全般でセリフが増えた時期だったので、それを見て考えたんでしょうね。これはアニメーション/ライブアクションに関わらずです。ライブアクションでも、日本語をゆっくりしゃべるようになっているのがすごく気になるんですよ。センテンスとセンテンスの間に、耐え難い間が生まれている。それは違うんじゃないかなという気がしています。

――今と比べて、昔の日本映画はしゃべるスピードが早いですよね。

鈴木:そうです。日本に限ってのことかもしれないけれど、セリフをゆっくりしゃべるようになり、加えて動作も遅くなった。それがすごく気になっています。もっと言えば、フィクションに限らず、現実でもそうだと思いますよ。

――セリフがないことや、 先ほどの“呼吸”のお話などをうかがうと、『レッドタートル』はそうした現状へのひとつのアンサーとも受け取れました。

鈴木:そういうことはあまり考えていません。ただ、若い人たちから身体性が失われていったというのは、日常で自分が生きていて、仕事場で働いていて、身をもって体験しているんです。やっぱり映画を作るなら、身体性みたいなものをテーマにしながら作ってみたい――というのは、どこかにものすごくありましたね。若い人たちが作る映画に対してもね、僕はセリフの多さをいつも問題にする人なんですよ。「セリフは少なくしろ」「セリフで説明するな」といつも言っています。もっと、人間の身体の動きでやったらどうかと思いますね。

――鈴木さんが挙げるこの点について、ヴィット監督はどう思われますか?

ヴィット:とても興味深い視点だと思います。ただ、このところずっと『レッドタートル』に集中していたので、最近の作品の傾向についてはよくわからないというのが正直なところです。

――ちなみに最近の作品に限らず、ヴィット監督が影響を受けた日本映画などはありますか?

ヴィット:黒澤明監督の『七人の侍』や『デルス・ウザーラ』、今村昌平監督の『楢山節考』、新藤兼人監督の『裸の島』といった作品からは影響を受けたと思います。

特に『七人の侍』を見た時の衝撃は忘れられません。私が初めてふれた日本映画でもあります。見る前は、日本的というか、日本の文化を反映した映画なのかなと思っていたのですが、登場人物にものすごく自己投影しながら見ることができて、とても驚いたのをおぼえています。文化の壁を超えて、登場人物になりきって映画を見られた。その体験が素晴らしかったです。同時に、竹林のシーンで風を感じましたし、雨を感じることもできた映画でした。自然を感じるという意味で、黒澤映画は自分に大きな影響を与えたと思います。

――スタジオジブリ作品に関しても、もともとお好きだったとうかがいました。『レッドタートル』と同時期に、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』が制作されましたが、ヴィット監督は作品をどうご覧になりましたか?

ヴィット:もう……大好きな作品です。特に最後のシーン。高畑さんの作品なので、見る前から絶対に好きだとわかっていました。制作中に絵や資料を見たりすることはありませんでしたが、完成した作品を見ると、竹がたくさん出てきますよね。『レッドタートル』でもかなり出てくるので、かぶっちゃったな……と思いました。高畑さんに「大丈夫ですか?」と聞いたら、「扱い方が全然ちがうから気にしなくていいよ」と言ってくださったのが印象的でしたね(笑)。

――高畑監督が、ご自身とヴィット監督との作風の共通点を聞かれた際、「画面に空白を残し、見る人の想像力を生き生きと働かせたい、という願いがあるという点で同意できる」と答えられたとうかがいました。その点について、ヴィット監督はどう思いますか?

ヴィット:まさに同感ですね。お客さんに与える余剰、空白の部分というのは、たまたま生まれているのではなく、ある意味、計算済みで作られたものです。『レッドタートル』でも、共同脚本家として参加したパスカル・フェラン氏と議論を重ねて、一定のラインはお客さんにきちんと理解してもらうために、きちんとステップを作っていきました。作りたい映画を作って後はお客さんにお任せ……というのは違うと思っているんです。きちんとストーリーを理解してもらうところと、想像に委ねるところ。それらを区別した上で話を作っていきました。

――いっぽうで、過去のスタジオジブリ作品と並べた場合、おそらく最も余白が多い作品になったかと思います。

鈴木:日本人はそのほうが好きな気がしますね。僕自身、やっぱりどこかで『岸辺のふたり』を引きずっていたんです。セリフがなく、空白がある。だから自分で考えなきゃいけない。それがこの映画のエンターテインメントだと思います。


[取材&文・小林真之輔]

◆ 『レッドタートル ある島の物語』 公開情報

スタジオジブリ最新作「レッドタートル ある島の物語」
9月17日(土)全国ロードショー

どこから来たのか どこへ行くのか いのちは?
嵐の中、荒れ狂う海に放りだされた男が九死に一生を得て、ある無人島にたどり着いた。必死に島からの脱出を試みるが、見えない力によって何度も島に引き戻される。 絶望的な状況に置かれた男の前に、ある日、一人の女が現れた――。

■原作・脚本・監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
■脚本:パスカル・フェラン
■アーティスティック・プロデューサー:高畑勲
■音楽:ローラン・ペレズ・デル・マール
■製作:スタジオジブリ ワイルドバンチ
■プロデューサー:鈴木敏夫 ヴァンサン・マラヴァル

映画『レッドタートル ある島の物語』

(c)2016 Studio Ghibli – Wild Bunch – Why Not Productions – Arte France Cinema – CN4 Productions – Belvision – Nippon Television Network – Dentsu – Hakuhodo DYMP – Walt Disney Japan – Mitsubishi - Toho
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