Production I.Gがこの春送るアニメーション映画『ももへの手紙』の沖浦監督へインタビュー!
『人狼 JIN-ROH』を手がけた沖浦啓之監督が約7年ぶりに描くのは妖怪と少女と家族の物語
「ももへ」とだけ書かれた亡き父親からの手紙を手に、母親・いく子と瀬戸内の島に移り住んだ宮浦ももは、ももにしか見えない3人組の不思議な妖怪と出会い、共に過ごしていくことに。しかし、妖怪たちは問題をおこし、母親も明るくふるまい忙しく過ごすうちにももとすれ違ってしまう。それはやがて親子喧嘩となり、もものために無理をしていたいく子は病に倒れてしまうのだった。『ももへの手紙』では妖怪というファンタジー要素を織り込みつつ、大切な家族の物語を描いている。
『ももへの手紙』では瀬戸内の風景や町並みが色彩豊かに描かれ、存在感のあるキャラクターたちも見所のひとつ。キャラクターデザインは『千と千尋の神隠し』や『イノセンス』などを手がけた安藤雅司氏、そしては国内外で高い評価を得ているProduction I.Gがアニメーション制作を手がけている。
今回、沖浦監督に瀬戸内を舞台とした理由など作品についてお伺いしましたので、コメントをご紹介!
──『ももへの手紙』は以前に監督をされた『人狼 JIN-ROH』とは正反対のタイプの作品で、これまで手がけてきたロボットアニメや男の子向け作品とはだいぶ違う印象を受けました。
沖浦監督(以下、沖浦):男の子向けのような作品も好きでしたし、実際に描くアニメーターとして参加する作品がそういった作品が多かったので、そういったイメージはあるかと思います(笑)。ただ個人的には仕事を始めた頃から、絵本や子供の本の世界のほうに興味があって、そのような作品を作りたいとはずっと思っていました。
──『ももへの手紙』の基本的なプロットは昔からあったのですか?
沖浦:いや、そういうことではないです。「映画を作ります」という段階だったかは覚えていないのですが、Production I.Gの石川社長に「女の子と妖怪の物語というのはどうでしょうか?」という話をしたのが初めてだと思います。
──作品の舞台はどのようにして選ばれたのでしょうか?
沖浦:自分の曾おじいちゃんまでが広島の鞆の浦という所に住んでいて、『人狼 JIN-ROH』が終わった時に、自分のルーツを尋ねようと思って瀬戸内海の島を周ってみたんです。その折に今回の舞台のモデルになっている大崎下島にも行きました。でもまだその時はこの企画があった訳ではなく、個人的な思いで歩いて周っていただけでした。その後、『ももへの手紙』を作る際に舞台として自分に縁のあるというか、思い入れのあるところにしたいと思った時に、瀬戸内海を思いついて舞台にしました。
──瀬戸内海に数ある島の中、大崎下島を選んだ理由は?
沖浦:うちの叔父が学者なのですが、瀬戸内海に関する本も書いているんです。その叔父にも相談したところ「大崎下島が良いのではないか」という話を受け、自分の中でも大崎下島の印象がなんとなく良いなと思っていたこともあって大崎下島を選びました。また、島の大きさはそこそこあるんだけれどもこじんまりとまとまっていて、島の中で町が分かれているんです。その中で豊町という地域には主な産業がみかん農家で、生活感を表現するのにみかん農家だけに絞れるのが非常に魅力的でもありました。漁師の人を描いたり農家の人を描いたりと、様々な仕事をしている人を描いていると時間の割き方が難しくなるので……。後は景観というところでも、展望台から見た景色など良い場所がたくさんありまして、瀬戸内海を表現する上で色々な条件が整っていました。
──物語を魅せるために何か意識したことはありますか?
沖浦:ロケーションの取材に行くと見せたいモノがたくさん出てくるのですが、物語の中で画面の中に登場させられる景色は限られてくるので、その中でどう見せたいものを入れ込んでいくかということで非常に悩みました。また、それらをすべて機能させるということはとてもシビアです。なので、本当は見せたいと思うことでも、人物を中心にしたストーリーをメインに追いかけている以上、意味も無く出すことはなかなかできないので、泣く泣くカットした部分はやまのようにありましたね。
──監督は影を多用する表現があまり好きではないというお話しを聞いたことがあるのですが、その辺はいかがですか?
沖浦:影は立体を捕捉するために描いたり、光源を確定するためにあったりするのですが、立体的な動きをつければ影の効果を表現できます。そのため、影は基本的に無くても大丈夫だろうと思っています。ですが、まったく影が無いほうが良いと思っている訳ではなくて、夜のシーンなど、影のあったほうが良いシーンもあります。そういった場合には、積極的に影を付けることで、演出的なメリハリを出せたらとは常に考えていますね。ちなみに、今回の話は季節が明るい夏の物語なので、「影が少なくても大丈夫かな?」と思ってテストをしてみたら、意外といい感じになりました。
──キャラクターデザイン/作画監督の安藤さんとは何か話し合いをされましたか?
沖浦:多少肉感的にして欲しいとは注文しました。実作業になるとシーンごとに状況が違ってくるので、日常の芝居を自然に見せるということがまず大変なのでそこに重きを置きました。そしてできれば絵もちゃんとしていたいという感じですかね。
──舞台の空気感、水や水滴の描写が印象的でした。何かこだわりがありますか?
沖浦:こだわったというよりは、それを描けるだけの人がいたからできたことだと思います。
──水のような一番CGに頼りたい部分を手描きにしたのは何か理由が?
沖浦:一部CGも使っているのですが、やっぱり上手い人(アニメーター)は描きたいんじゃいですかね。そういった自然物などは。
──上手いアニメーターが集められたのが大きなポイントでしょうか?
沖浦:もちろんその人たちがいないと、成立しないですからね。
──上手いアニメーターが集まったことでストーリー作りで何か変化はありましたか?
沖浦:それはないです。制作をはじめた時に人がいた訳ではなくて、制作していく中で「このアニメーターは今の仕事が終わるのが1年先だから待たなければいけない」とか、年単位で予約を入れていく状況でした。「ここだけは上手い人じゃないとダメだから」ということで1年待ったこともありました。
──贅沢な作り方ですね。
沖浦:違う人に振って後で誰かが直さなければならないなら、上手い人を待てるだけ待ったほうが結果的に早かったりもします。その判断は凄く難しくて、ちょっと賭けの部分もあるんですけど。
──妖怪の3人が「食べなきゃいけないから盗む」ということが、人間たちよりも凄く生活感があるように感じました。
沖浦:それはただ単にお腹が空いていたら面白いだろうなということで(笑)。
──ももの母親の生き方がリアルで、ファンタジーの物語にしてはシビアに描かれている感じがしましたが、これは意図的に?
沖浦:企画としては「女の子と妖怪」ですが、内容としては親子の話をリアルに描きたかったので、そこに妖怪モノと瀬戸内海という舞台、自分の気になるものを集めて今の形を構築していきました。
──これまでハードな作品を作られ、今回はほのぼのとしたファンタジーを描きましたが、次回はどのような作品を作ってみたいですか?
沖浦:たしかに『人狼 JIN-ROH』と『ももへの手紙』ではカラーがだいぶ違っていますね。次はハードなものをやりたいと思うのか、さらに馬鹿馬鹿しいものが良いと思うのかわからないのですが、ただ『ももへの手紙』が公開されて、どのように受け止めてもらえたかが見えたところで、一段落するのかもうちょっと突っ込んでみるのかという次が見えてくるのかなと思います。現段階でこういうのが良いと思うというのはまだ決まっていないですね。
──ありがとうございました。
>>『ももへの手紙』公式サイト