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アニメーション映画『言の葉の庭』新海誠監督インタビュー

“デジタル時代の映像文学”で世界を魅了する新海誠監督、最新作『言の葉の庭』インタビュー! 「アニメーションだからこそ、新鮮な驚きを与えられる」(新海)

 2013年5月31日(金)より劇場公開がスタートしたアニメーション映画『言の葉の庭』。『雲のむこう、約束の場所』、『秒速5センチメートル』など、美しい映像と叙情的な物語のオリジナル劇場作品で知られる、新海 誠監督の最新作だ。前作『星を追う子ども』(2011年)から2年ぶりとなる本作は、都会の片隅で起きたせつない恋の物語を、46分に収めた中編作品となっている。

 今回は、そんな本作品の生みの親にして、原作・脚本・監督を担当した新海誠さんに、制作の経緯や作品にこめられた想いについて伺った。

<ストーリー>
 靴職人を目指す高校生の秋月孝雄(タカオ)は、雨の降る日には決まって学校をさぼり、公園で靴のスケッチをしていた。ある日、タカオは日中から公園で缶ビールを飲んでいる年上の女性・雪野百香里(ユキノ)と出会う。

 それから、雨の日だけ公園で会うようになった二人は、次第に心を通わせていく。タカオは、心に傷を負っているユキノに「彼女がもっと歩きたくなるような靴を作りたい」という想いを抱くようになる。




●梅雨から初夏へと向かう季節の流れと、二人の心の変化を描く

――本作は「雨」がテーマですが、こだわりはどんなところですか?

新海誠さん(以下、新海):今回は二つの意味で“雨宿り”にしようと思いました。ひとつは直接的に実際、雨が降って来て雨宿りで、年齢差のある男女が偶然出会う話。もうひとつは、比喩として彼らの人生の中で雨が降る。二人が一時避難のような形で出会う、人生の中での雨宿りのような話だと思うんですね。そのように、二重の意味での雨宿りの話ですが、ずっと単調な雨ばかり降っていてもビジュアル的にも飽きてしまうので、二人の関係性を象徴するようなビジュアルとしての雨を描いて行きたいと思いました。

――雨宿りは『雲のむこう、約束の場所』や『秒速5センチメートル』でも登場したシーンですが、本作で主題として描こうと思われたのはなぜですか?

新海:毎回「なぜ、今回のテーマはこれなのか」というのは観る側としては気になるかも知れないんですけど、作る側としてはマーケティングや原則があるわけではなく、自分の一番の関心事をテーマにしています。そういう意味では、年齢差のある二人の男女の関係を描きたいというのが、このタイミングだったんだと思います。

――物語の舞台として、新宿をモデルにされたのには何か理由があるのでしょうか?

新海:僕は出身が長野県なんですけど、ここ10年間は作品ごとに転々と住処を変えていて、最近はずっと新宿近辺に住んでいるんです。新宿の公園や西新宿の風景、繰り返し出て来る電波塔など、シンプルに自分の好きな風景を舞台のモデルにしたいという想いがありました。10年後、20年後、30年後には全く違う風景になってしまうかも知れない。今、現在の風景をフィルムに焼きつけておきたいという気持があったのだと思います。

――監督の作品には、駅のホームや電車の中から見た景色など、電車にまつわるシーンがたびたび登場する印象があるのですが、電車がお好きなのでしょうか?

新海:狙ってと言うよりも、生活に密着した移動手段が電車で、東京に住んでいるほとんどの人にとってそうだと思うんですね。当たり前の日常を描こうとすると、必然的に入って来るという感じなんですね。背景美術も「できるだけきれいに描こうよ」という気持ちが皆の中にありますので、ディティールを追及して行くと「こんなに細かく電車を描いてるんだから電車好きなんでしょ?」っていうふうに思われがちということでしょうか。

●15歳の少年と、27歳の大人の女性の「孤悲(こひ)」の物語

――プラトニックな恋愛物語ではありますが、ユキノのエロティックな描写もありましたね。

新海:少年が15歳で、女性が27歳という年齢差ならば、美しく純粋な思いを描けるんじゃないかと。でも、やはり肉体的な欲望が排除されるわけではないですよね。特に思春期の少年から見たら、未知のかたまりみたいな存在なわけですよね。ユキノはタカオにとって、そういう存在でなければいけなかったので、「世界の秘密そのもののように見える」というセリフもありますけど、女性らしいフォルム、時々胸元を見せたり、足もそうですね。エロティックな部分は、意識して描いています。

――タカオが、目指している職業が靴職人というのには、どんな意図があったのでしょうか?

新海:将来の夢が靴職人と聞くと一瞬「えっ」と思いますよね。主人公として、何かを目指している男の子にしたかったんです。ユキノに対する憧れと、靴に対する憧れは少年にとって等しいものだと思うんですよ。成長の真っ直中で、とにかくタカオは、未知のものに向かって必死に手を伸ばしているんですよね。

 何かになりたいというのは、小説家でもマンガ家でも、構造としてはOKなんですけど、今までに描かれたことのないような、特徴的な題材を探して行く中で、靴職人に行きつきました。あまり馴染みのない職業ではありますが、当然東京にもたくさん靴職人がいて、映画制作にあたってプロの靴職人の方にも取材を重ねました。もうひとつには、人生に歩き疲れてしまった大人が年下の人に、また歩き出すのを助けてもらうという話にも繋がっているんです。

――タカオは15歳ですが、一般的な高校生よりも大人びた印象ですよね。

新海:タカオはこの物語の中では、最もフィクショナルな人物だと思います。あの年齢で、ここまで将来を見据えている子もなかなかいないと思いますから。大人でもない、子どもでもない、ピュアさのかたまりがタカオですよね。逆にユキノの方がリアリティを持っている存在なのではないかと思うんですよね。社会的にいろいろなものを背負ってしまっているユキノは、僕たちに近い存在なのではないかと。その二人が出会って、どうやって変わって行くのかは見どころのひとつではありますね。

●現実よりも現実らしい、アニメーションによる自然の描写

――手前に木々があって、後ろに人物が重なるという構図が多用されていましたが、これには狙いがあったのでしょうか?

新海:アニメーションは、ボタンを押せば、何かが写ってしまうカメラとは違って原理的に狙わないと絵が描けませんので、構図にはもちろん理由があります。ひとつは、二人の距離感を表すためです。年齢の差や精神的な距離もありますから、二人の間には常に雨や、葉っぱや木の幹や枝をはさめています。そういう、演出的な意味合いもあります。

 今回は最初から絵を、鉛筆ではなくデジタルで描いて、フォトショップ作業の時点でレイヤー分けをしています。キャラクターが動くときには別のレイヤーで描いて、フォロー※(1)する時には重なっている木々のスピードを変えて、ストロークさせたりして遠近を出すのですが、これも絵コンテの段階で既に決めています。

 コンテの時点でブック※(2)の数を考えて設計できたのは、やはりデジタルで絵コンテから描いているからだと思います。紙ベースで描いているとパンさせてみないと分からないこともあったのですが、絵コンテの時点でわりと緻密なところまで設計することができたのは、道具の違いがあったのではないかと思います。

【用語解説】
※(1)フォロー…カメラを被写体の動きに合わせて動かし、常に画面に捕らえるカメラワーク。
※(2)ブック…手前にくる木や地面、岩などを背景美術さんに描いてもらったものなどのこと。

――透明感のある写実的な水の描写が印象的でした。

新海:雨は今回、キャラクターの一つというくらい重要な位置でしたから、雨の種類は描き分けています。強い雨、弱い雨、土砂降り、天気雨。それぞれの雨が水溜りに落ちた時、アスファルトに落ちた時、土の上に落ちた時にはこう見える。雨がテーマになっているからこそ、それだけ雨にリソースを割けたのだと思います。

 あと、水は絵で表現すると魅力的な題材なんです。無色透明なので見る角度によって色が変わりますよね。空を反射して鏡のように見える時もあれば、何も映さず下の地面が見えてしまうこともある。こう表現したいというアイデアさえあれば、どこまでも写実的に描くことができます。

 「水溜りってこう見える」と、共感を得やすい題材でもあると思うんですよ。分かっているようでいて、何となくしか把握していないけど、アニメーションの中で、ディティールを持って表現してあげると「こうだったんだ」っていう新鮮な驚きを与えることができる。それは実写で普通に撮っていたら流されてしまうことだけど、手で描いているからアニメーションだからこそのインパクトですよね。1カットごとに驚きを与えたいという想いは制作スタッフ全員の中にあったと思います。

――苦労した点を挙げるとすれば、どこですか?

新海:制作は苦労した点もありますが、基本的には共同作業は楽しかったです。個人的なことを言えば、一番つらかったのは、ビデオコンテを作り上げるまでです。すべての構成やセリフ、カットをかためるまでが、基本的に一人の作業なので大変でしたね。それが全ての設計図で、その先いくら頑張っても覆せないものがそこにありますから。27歳の女性のリアリティが、15歳の少年のピュアさによってどう変化して行くか。物語自体にどう説得性を持たせるか、というのはとても考えましたね。

●映像に命を吹き込む、声と音楽

――キャストの声が入ることで、作品全体が出来上がって行く感覚はありましたか?

新海:最初に完成したと感じるのは、ビデオコンテが終わった瞬間なんです。その時点で仮のSEや声を入れていますから、そこで本番と同じ46分の尺の一本の映像が出来ているんです。その時点で「これは、いい作品になったかな」と思うのですが、そこから先は、自分が描いた絵コンテが徐々に変わって行きます。

 自分が頭の中でイメージしていたものよりも、はるかに他の人の力を借りてよくなって行くものもあれば、なかなかそうはいかないシーンも、当然ながらあります。絵作りの期間は、自分の中でのイメージがどんどん変わって行く。こうあるべきと思っていたものが、いろんな方向へ広がって行く時でもあります。

 その後、アフレコを行うのですが、声が入ると「このキャラクターは、本当はこういう人だったんだ」って、そこでまた刷新されるんですよね。十分わかってこのセリフを書いていたつもりなんだけど、役者さんの吹き込む人格が入ることで「ユキノってちょっと嫌なところがあるな……」とか「ここは好きにならざるを得ない、キュートさがあるな」とか声や音が入ることで、グッと広がるんですよね。

――キャストを入野さんと花澤さんに決定したポイントは、どのようなところでしたか?

新海:基本的には僕が全部決めさせて頂いているのですが、入野さんは前作でもご一緒して、信頼もあったし確実だと思ったので、すんなり決まりました。ユキノの方は全くイメージがなかったので、キャスティング事務所に、25歳以上の女優か声優で、テープオーディションをお願いしていたんです。でも、なぜか23歳の花澤さんのものが混じっていたので、理由を聞いたら、ご本人が手を挙げてオーディションに参加したいと言って下さったと聞きました。

 いい意味で、花澤さんの声の振り幅の定まらなさが良かったんです。10代の甘えた声にも聞こえれば、素で喋っていて、わりとスッと距離を感じてしまう冷たい響きのように聞こえるときもある。それが、ユキノのように不安定な状況にいるキャラクターとマッチすると思ったんですね。ご本人も僕も不安はあったんですけど、彼女を一緒にキャラクターを作り上げて行こう、と決心して結果的にはすごくいいものをいただけたと思っています。

――お二人と一緒に仕事をされていかがでしたか?

新海:楽しかったですよ。僕は収録中は、入野さんがタカオくんだと思うし、花澤さんがユキノだと思うんですよね。アフレコでは、花澤さんは本当にユキノのような感じだったんですよ。だから僕の中では、花澤さんは大人っぽい女性だと思っていたんですが、別の現場で会った時に、実は陽気でひょうきんな面もお持ちだということが、分かりました(笑)。

――主題歌に大江千里さんの「Rain」が使われているのは、監督の選曲ですか?

新海:もともと、僕が好きな曲なんです。最初に聴いたのは大学生の時で、同じ学部の女の子に大江千里さんが大好きな子がいいて、その子と一緒にライブに行ったり、カセットテープをいっぱい渡されて聞いたりしたんですけど、「Rain」も好きな曲の中のひとつでした。今回、雨の物語を描いて行く中で「どんな物語がいいかな」と考えた時に最初に浮かんだのが「Rain」だったんです。それを、実際にビデオコンテの段階で勝手にあてはめているうちに「この映画には、この曲以外にないんじゃないか」という気持ちになって来ました。

――歌詞が作品にぴったりですよね。

新海:ぴったりだと思います。特に最初の歌い出しの“言葉にできず”ってところが、すごく良くて。二人の気持ちは、最終的に言葉からはみ出た部分へ行くと思うんですよね。過剰にメロディアス過ぎない所と、雨が降り注ぐような淡々としたメロディがすごくぴったりだと思いました。とはいえ、80年代に発表された大江千里さんの原曲をそのまま使っても、サウンド感が80年代のものなので2013年の映画にはマッチしないんですよね。

 今、注目されているアーティストさんにお願いしたいと思って、秦 基博さんに依頼しました。秦さんの声は、未完成な少年のような部分や、どこか孤独が貼りついているようなセンシティブな印象があるので、この映画では秦さんの「Rain」以外ありえない、と思っています。

――最後に公開を楽しみにしている方々へメッセ―ジをお願いします。

新海:今回はあらゆる言い訳をしないで済む作品を描きたいと思いました。例えば、アニメだから、アニメ好きの人に見て欲しいというのも、ある種言い訳だと思いますし、アニメが好きじゃない人に見てもらっても面白いと思えるアニメにしなければいけないと思ったし、一般層に向けているからアニメ好きの人は楽しめない、ということにしてもいけないと思ったんですね。

 アニメを好きな人が観ても映像的な驚きに満ちていると思いますし、物語としても楽しめる、感情移入できるものになっていると思います。そしてアニメーションの魅力に気づいてもらえる、ひとつのきっかけが作れたのではないか、という自負があります。

 「今のアニメーションはこんなにきれいで、リアルな関係を描いているのか」と思ってもらえるのではないかと思いますし、きっと楽しめる作品になっていると思います。是非、周りの友達で自分と違うタイプの人や、好きな人と一緒に観に行ってもらえると、その後盛りあがってもらえるのではないかと思います。

――ありがとうございました!

◆アニメ映画『言の葉の庭』
2013年5月31日(金)ロードショー


【スタッフ】
原作・脚本・監督: 新海誠
作画監督・キャラクターデザイン: 土屋堅一
美術監督: 滝口比呂志
音楽: KASHIWA Daisuke
製作・著作:コミックス・ウェーブ・フィルム
配給:東宝映像事業部

【声の出演】
入野自由、花澤香菜 ほか

【エンディングテーマ】
・「Rain」
作詞・作曲:大江千里 歌:秦 基博

【Blu-ray&DVD】
上映劇場先行発売日:2013年5月31日(金)
一般発売日:2013年6月21日(金)
価格:Blu-ray 6,090円(税込) / DVD 3,360円(税込)

[劇場先行販売限定特典]
・オリジナルスリーブケース(Blu-ray/ DVD共に)

>>映画『言の葉の庭』公式サイト
>>映画『言の葉の庭』公式Twitter
>>映画『言の葉の庭』公式facebook

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