声優
藤原啓治さん ムービープラス『吹替王国』第一弾記念インタビュー

いろんなものに変化できるところが面白みなので――藤原啓治さん ムービープラス『吹替王国』第一弾記念インタビュー

 CS映画専門チャンネルのムービープラスは、2015年8月に『吹替王国』という新企画を開始させます。「もっと吹替が観たい!」「あの声優さんの声のバージョンが観たい!」という視聴者や映画ファンの声にお応えしながら、新たな映画吹替の魅力や楽しみ方を提案することを目的に始動した本企画。ただ吹替を放送するのではなく、声優にフィーチャーして映画をセレクト・一挙放送し、皆様に楽しんでもらおうという趣旨でスタートします。そんな企画の記念すべき第一弾に選ばれたのは、映画やアニメで多くのキャラクターの声を演じている藤原啓治さん。
 そこで本稿では『吹替王国』第一弾に選ばれた藤原啓治さんに行ったインタビューをお届け。朗らかながらも確かな矜持を持つ、藤原啓治さんの演技論は必読だ。

■番宣CMで驚異のアフレコ技術を見せた藤原さん

 収録当日。さわやかに現場入りをした藤原啓治さん。スタッフと軽く打ち合わせをし、早速ナレーションブースへ。今回収録するのは、「吹替王国 #1 声優:藤原啓治」の番宣CM。「アイアンマン編」「シャーロック・ホームズ編」「ダークナイト編」「藤原啓治登場編」の4バージョン(1バージョン30秒)を制作。まずはテストを2回程度行い、映像とセリフのタイミングなど細かい部分をチェックします。プロフェッショナルな藤原さんは即座に感覚を掴み、すぐに本番スタート。1つのバージョンにつき15分程度の収録時間を想定していましたが、実際にかかった時間はなんとわずか5分! これにはスタッフも驚きの表情を隠せず、本番も3回ほど収録すればOK が出るという、藤原さんの驚異的なアフレコ力を見せていただきました。

 収録後のインタビューに応じた藤原さんは、予想以上に多く集まった記者たちに少し驚いた様子。終始和やかな雰囲気の中、インタビューが行われました。

──まずは、『アイアンマン』のトニー・スターク役や『シャーロック・ホームズ』のシャーロック・ホームズ役など、ロバート・ダウニー・Jrの声を演じることで、気をつけていることや意識していることはありますか?

藤原啓治さん(以下、藤原):ロバート・ダウニー・Jrは、軽さがあるというか、どこか真剣みに欠けているというか(笑)、皮肉っぽい演技やひねった表現が多いイメージがありますね。かなり昔、まだ彼が若かった頃だったと思うんですが、一回声をあてたことがありました。今もその時の印象と変わっていないですね。今は彼の声をやらせてもらう機会が増えたんですが、彼の魅力のひとつとして、表情で細かく演技しているということがあります。その辺のニュアンスをきちんと表現できるように、とても意識してやっています。

──ロバート・ダウニー・Jrはセクシーな俳優として女性に人気ですよね。

藤原:そうなんですか!?(笑)。

──藤原さんもセクシーさを意識して演じているのでしょうか?

藤原:本人じゃないのでねぇ(笑)。あまり気にしたことはなかったです。役者の魅力として、もちろん容姿もあるんでしょうけど、語り口にも出ていると思うので、女性はセクシーだと感じるんでしょうね。セクシーかどうかは別にして、なるべくそれを再現できればなと思ってはいます。吹替をやっている人はセクシーと思われることはひとつもないでしょうから気にしたことはないです(笑)。実は僕とロバート・ダウニー・Jrは年齢も近いですし、身長も同じくらいなんですよ。ヒゲも生えてるし(笑)。

──(笑)。今日は久しぶりに演じたキャラクターもいたと思うのですが、収録の印象はいかがでしたか?

藤原:多少スタイルが違うので戸惑う部分もありましたが、ロバート・ダウニー・Jrの方は割と最近に収録があったし、もともと地声に近いといえば近いのでやりやすいですね。『ダークナイト』のジョーカーの方はちょっと変わっているので、口をもごもごさせたり、映画の収録の時には妙な顔でやっていたと思うんですよ。もごもご感を出すために舌をタテにしていたり、口をあまり開かないでたどたどしい感じを出したり。あとは、やたら舌打ちするんですね。でも今日はあまりそういうシーンがなかったので良かったんですが、カメラで撮影されていたので恥ずかしかったです。相当妙な顔になっていたんだろうな・・・でも“こんな感じだったな”と思い出しながらやらせてもらいました。

──今日の番宣収録では、ロバート・ダウニー・Jrのキャラクターから、ヒース・レジャーのキャラクターに切り替わる瞬間があったと思うのですが、苦労しませんでしたか?

藤原:それは大丈夫でしたね。意外とそういうのは平気ですね。ただ舌をちょっとタテにするくらいで(笑)。

■強烈過ぎる役どころは、時に役が抜けきらないことも――

──吹替えならではの醍醐味ですとか、声優としての醍醐味を伺いたいのですが。

藤原:映画吹替の場合は、もともとの作品がありますからね。担当する俳優さんの演技をなるべく再現することを意識しますね。実写だから表情の動きが細かいので、それをきちんと日本語のセリフ中に混ぜ込むようにしています。アニメのように自分のお芝居のオリジナリティを出すというよりは、なるべく実際演じている俳優さんのお芝居を損なわないように強く意識してやっています。その辺がアニメとの違いというか、面白みにつながっていると思います。

──俳優さんも作品によって全然違う演技だったりすると思うのですが、その辺りの難しさはどんなところですか?

藤原:俳優さんに対するイメージの先入観は持たないですね。恐らく彼らも過去の作品にとらわれないような演技をすることを心がけていると思うので。そういう意味でいうと、名のある俳優さんでもそうでなくても、気にすることはあまりないですね。もちろん、ロバート・ダウニー・Jrのように何度かやらせてもらっていると、役どころが変わっても彼の傾向というか、お芝居の質や変わらない持ち味を感じることはあるし、それは当然踏まえなければならないとは思っているんですが、作品ごとに俳優さんたちも変化を望んでいるでしょうから、そこを踏まえすぎない方がいいのかな、と思います。ヒース・レジャーも昔やらせてもらったんですけど、その時とジョーカーじゃ全く違いますし。こちらとしても、ヒース・レジャーと思ってやっていないのでね(笑)。そこは切り替えるようにしています。“この俳優さんはこんな感じでしょ?”ってなっちゃうとまずいんですよね。そういうのは吹替えをするときにマイナスになる可能性もあるので。

──映画の吹替えをする場合、収録前に何回くらいその映画をご覧になるものなんですか?

藤原:そうだなぁ……細かく繰り返し観るところもあるし、スーっと流すところもあるし……うーん、2~3回は通しで観るんですかね。分かりづらいところとかは何度も何度も繰り返して観ます。表情だけをずっと観ている時もあるし、音だけ聞いている時もあるし。

──家での予習作業も大変なんですね。

藤原:そうですね。『ダークナイト』は繰り返し観た記憶がありますね。舌打ちシーンの部分は台本に“舌”マークを記入したりしました。苦戦したのは言葉の違いですよね。英語だと舌が前に出ていて舌打ちできる場面でも、日本語だと舌が奥にあって音が出しづらいとか、そういうことがありましたので苦労しましたね。役作りも難しかった。

──近年、吹替に注目が集まってきていますが、藤原さんの考える吹替の魅力や吹替で観るメリットなどをお聞かせください。

藤原:アクションなど動きの速いシーンが多い映画を観るときとかは、やっぱり吹替の方がいいなと思うことがありますね。視覚からの情報がたくさん入ってくるので楽しめるというか。声優の仕事をやっていると、どうしても“この声 は誰があててる”とか、声優に興味・関心が向きがちなんですけど、一般の方はそこまで詳しくないので純粋に映画として楽しんでもらえるんじゃないかな。

──アメリカ人に『アイアンマン』のトニー・スタークと『ダークナイト』のジョーカーの声を同じ人があてていると言ったらかなりびっくりすると思うのですが、ヒーロー役と悪役とを演じるにあたり、コツみたいなものはあるんで しょうか?

藤原:そういうのもあまり考えたことないですね。とてもかっこいい悪役も存在はしているから。コツということではないかもしれないですが、悪役は嫌われてなんぼっていうところがありますよね。どれだけ観客に“やられちゃえ、この野郎!”と思ってもらえるかが勝負だと思っています。それは、悪役の魅力のひとつだと思うんですよね。ヒーローを引き立てるためには、良い悪役がいてこそですから。いや~な部分をなるべく膨らませることができればなと。僕自身は、完璧なヒーローより悪役をやっているほうが好きなんです。そっちのほうがお芝居に遊びがあるので。ダメなヒーローは好きですけどね。完璧なヒーローだと、まっすぐすぎてちょっと物足りなく感じてしまいますね。だから切り替えということはあんまり意識していないです。

──演じる上での心構えは変わらないということですか?

藤原:そうですね、その役をどう魅力的に演じるかなので。

──海外の映画って、日本人なら絶対に言わないようなキザなセリフとかジョークとかがありますが、そういったセリフが言いづらいと思ったことはないですか?

藤原:抵抗があるときもありますね。普段、使いもしないような言葉を言うので。ただ、収録中は映画の世界に入っちゃっているので、その世界の中のリアルっていうことだと思います。『ダークナイト』も『アイアンマン』も現実世界とだいぶ違いますが、その世界のリアルって考えると、キザなセリフも案外すんなり出てくるんです。

──『ダークナイト』のジョーカー役のように、没頭してしまうと抜けなくて困ることはないのですか?

藤原:自分では切り替えているつもりなんですけど、収録が終わった後、口調が残っていることはありますね(笑)。高倉健さんの映画を観て、お父ちゃんたちが映画館から肩で風切って出てくるとか、そんな感じですね(笑)。

──色々な作品のキャラクターを同時進行で演じていると、切り替えるのは難しいのでは?

藤原:僕はすんなりと切り替えられる方だと思いますね。役者と違って、声優の場合は自分が顔を出して演じるわけではないので、そのぶん役から抜け出しやすいのかもしれません。

■自分の我を通さないのが吹き替え、自分のオリジナリティを出すのがアニメ――

──声優を目指す若い人が増えていると思いますが、吹替えをする上で、何かアドバイスをいただけますか?

藤原:その役者さんが、どんなお芝居をやりたがっているのかを考えてほしいです。僕が教えている生徒には“声のトーンや表情を見ろ”とアドバイスしています。一瞬表情が曇るとか、そういう時にセリフに表現を加えていくようなイメージです。 声のお仕事っていろんなものがありますが、吹替はやっぱり観察が必要だと思いますね。

──アニメとは全く違うということですか?

藤原:全く違うとは思わないけど、実際にアニメと吹替と分かれているし、どっちかしかやらないという声優さんがいるということは、違う部分もあるんでしょうね。吹替よりアニメの方があてにくいという人もいるみたいですし、逆の人もいますから。

──藤原さんがアニメも吹替もできるのは、もともと役者をやられていたことと関係しているんでしょうか?

藤原:関係ないこともないかもしれないですね。せっかく声の仕事をやるなら、いろんなことやれたほうがいいよねって思います。顔を出さない分、いろんなものに変化できるところが面白みなので、あまりジャンルにはこだわっていないです。技術的に違うところはありますけどね。アニメは原音を聞きながらなんてありえないですし、音を聞きながらしゃべるのがどうも苦手という方もいますし。

──今回、ムービープラスで『アイアンマン』や『ダークナイト』が放送されるわけですが、どういうポイントを観てもらえたら嬉しいですか?

藤原:ポイントにしてくれなくてもいいんです。その映画が面白かったらいいので。自分なりの思いで演じているにせよ、観る側に感じてもらうのは映画全体ですからね。僕は歯車のひとつでいいと思っています。今回放送する作品はすべて個性的な役柄なのでね。ロバート・ダウニー・Jrやヒース・レジャーが素敵に見えていれば僕は嬉しいですし、彼らの素敵なお芝居や存在感をなるべく再現できていればいいのです。彼らがダメに見えちゃうっていうのは、やっぱり吹替えている人の足りない部分だと思うので。

──その世界観に溶け込んだ声というか、自然に違和感なく入ってもらって映画を楽しんでもらいたいということですね。

藤原:よく田舎のおばあちゃんとかが吹替で映画を観ていて、“この外人さん日本語うまいよね”って言ったみたいな話があるじゃないですか(笑)。そういうのが一番いいと思ってます。自分の我を通さないということが、吹替えをやる上で僕がポイントにしている点ですね。

──そういうところが、藤原さんのプロとしての教示ということですか?

藤原:そうですね。よく“アニメと洋画の吹替えの違いは?”と聞かれて必ず答えることなんですが、映画の場合にはなるべく再現するということ。できあがったものに失礼にならないようなお芝居をあてはめて、映画自体が魅力的に見えればいいという。アニメはオリジナルになれる、つまり制作過程に参加していますので、自分なりにキャラクターの魅力みたいなものをちょっとずつ盛っていってもいい。だけど映画はできあがっちゃっているので、そこを吹替えの力で何とかしようとか、より良くしようとかあまり思いすぎないようにというんですか。そんなことが、僕の矜持といえば矜持ですね。

──ロバート・ダウニー・Jrの声といえば藤原さんだよね、という風に思われたい願望はありますか?

藤原:そうであれば嬉しいなとは思います。もちろん、やらせていただけるならずっと担当していきたいとは思います。でもそれぞれの声優さんによって魅力の出し方も違うんでしょうから、それはそれで全然否定することはないですね。

──地上波版、ソフト版など、色々な声優さんが同じキャラクターを演じる場合があると思うんですが、そういう場合は前にやっていた声優さんの作品はチェックしたりせず、新しい気持ちで俳優さんの魅力を自分なりに伝えるという意識でやっているのでしょうか?

藤原:そうですね、気にしたことはほとんどないですね。たまたま観ていたということはあったとしても、気にしたことはないなぁ。恐らく「アイアンマン」のトニー・スタークを他の声優さんがやっていても、プロであれば大枠は外さないと思うんですよね。そこにどう味つけをするかとか、声の質も違いますし、視聴者の方に対して違う魅力が出てくると思うので。お芝居っていうのはマネしたくてもできないし、自分の解釈とかやり方が自然に出てくるので気にしないですね。過去に誰かがやったものを吹替えることになっても、参考のために観ることはないですね。たぶん観ても何も変わらないと思いますしね。

──では最後に、ムービープラスを観てくださる方にメッセージをお願いします。

藤原:[声優:藤原啓治]なんて書いてあって気恥ずかしい気持ちはあるんですけど、僕が吹替えているということで“観てみようかな”と思う方もいらっしゃるでしょうし、吹替ファンの方もいらっしゃるだろうし。観るきっかけが何であれ、とにかくとても面白い映画のラインアップなので、ぜひぜひご覧いただきたいなと思います。でも恥ずかしいですよ、こういうのはね(笑)。

──しかも、栄えある第一弾ということですが。

藤原:そうですね・・・僕としては第三弾くらいで良かったんですけどね(笑)。

 
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