「いつも素子が私を選んでくれた」少佐のゴーストが囁いた──『ゴースト・イン・ザ・シェル』田中敦子さんインタビュー
日本だけでなく、全世界をSFの新たなステージの扉へと導いた『攻殻機動隊』。現実世界に様々な影響を与え続ける本作が映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』として、ついに実写化します。何かと話題に事欠かない『ゴースト・イン・ザ・シェル』ですが、日本語吹き替え版に田中敦子さん、大塚明夫さん、山寺宏一さんが出演するという発表は、アニメファンにとって嬉しい情報でした。
その中でも、草薙素子(ハリウッド版では少佐)といえば、この人。田中敦子さんにアニメイトタイムズ独占でインタビューすることができました。
約26年もの間、草薙素子=少佐を演じる田中敦子さんは、今回の『ゴースト・イン・ザ・シェル』をどう見たのでしょうか? そして、少佐のゴーストを吹き込む本人として、どう作品と向き合ったのでしょうか? その答えに迫りました。
この人、本当に義体なんじゃないか?
──『ゴースト・イン・ザ・シェル』をご覧になっていかがでしたか?
田中敦子さん(以下、田中):ハリウッドパワーを見せつけられたというか、本当にこんな風に実写にできるんだなという驚きが強いです。私が拝見したのは、吹き替え収録のタイミングで完成前のものでしたので、ちょっと色が落としてあったりロゴが入っていたりしたんです。そういう状況だったにも関わらず、凄さが伝わってくる、魅力が溢れ出ているんです。ハリウッドはやはり凄い所だなと、改めて思いましたね。
──視覚的な情報も多く、『攻殻機動隊』らしさが表現できていたことも衝撃でした。
田中:そうなんです。ルパート・サンダース監督の、押井守監督愛が止まらないという感じがしましたね(笑)。ビートたけしさんも仰っていたんですが、日本だったらひとつのカメラで映画を撮るところを、ハリウッドでは5台くらいで撮っているそうです。しかも、ただ歩くシーンでも、何テイクも撮るんだとか。私を含め、みなさんがご覧になる『ゴースト・イン・ザ・シェル』は、膨大な資料から選りすぐられた一部分なんだなと感心しました。
──その中でも特に好きなシーンがあれば教えてください。
田中:どれも素晴らしいと思ったのですが、特に印象的だったのは少佐役のスカーレット・ヨハンソンの美しさです。顔のアップのシーンなんて、「この人、本当に義体なんじゃないか?」って思うくらい。
素子は全身義体という設定なので、アニメの収録のとき、押井監督に感情を押さえるように言われていました。抑圧された一定の中で演じるというのは大変なんですが、スカーレット・ヨハンソンの表情はワンシーンワンシーンがとても印象的でした。生身の人間で、あれほどの義体のような感じが出せるのは凄いなと思いました。
──確かにそうですよね。
田中:あと、個人的に驚いたのは、桃井かおりさんの登場です。『ゴースト・イン・ザ・シェル』の世界観の中でも、あの人ならでは演技が光っていて、とても驚かされましたよ。
──(笑)。確かにあの方は凄かったですね。
田中:これは試写会でもお話させていただいたことの答えにもなるんですが、作品に登場するパンプキンという名前の猫が、私が飼っている猫とそっくりなんですよ。だから、ウチの猫が知らない間にハリウッドデビューした!? って思っちゃいました(笑)。桃井さんとパンプキンには驚いてしまいましたね。
長年関わっていたからこその作品理解
──今回、実写版である『ゴースト・イン・ザ・シェル』でも少佐を演じることについては、どうお考えですか?
田中:実写化された時点でストーリーは出来上がってますし、映像を含めストーリー自体は私たちにはどうすることもできない部分です。なので、そこから私たち声優が普段やっているような映画や海外ドラマの吹き替えと同じような位置づけで、作品をよりみなさんに楽しんでいただけるための日本語吹替版を作ることに徹することができたと思っています。
台詞の語尾や呼びかけ方だとか、そういう工夫を含め、私たちにできる事は最大限やりました。一緒に収録した大塚明夫さん(バトー役)も山寺宏一さん(トグサ役)も私も、キャラクターはもう根付いているので、作ろうとしなくても少佐やバトーやトグサになっていましたね。
──台本を修正する作業はどのように行われたのでしょうか?
田中:吹き替えの現場ではディレクターさんの承認を得たうえで、言葉が足りなかったりする部分を自分で足したり、多すぎるとちょっと削ったりすることは日常的にあります。今回は、いかにアニメの世界観を盛り込めるかがテーマだったので、『ゴースト・イン・ザ・シェル』ならではの部分を盛り込みながら、みなさんとディスカッションしました。
例えば、普段の素子は荒巻課長を「課長」と呼ぶので、今回も台本で「荒巻課長」となっている部分は「課長」に変えたりしています。しかし、映画として成立させるために、この人が荒巻だっていうことはどこかで言っておかなくてはいけません。そのために最初のシーンで一回は、「荒巻課長」というセリフは残しておかなくてはいけなかったんです。そこはもう吹き替えの宿命で、絶対に動かせない部分ですよね。
──長年、作品に関わっているからこそのポイントですね。
田中:はい。翻訳もハリウッドの承認を得て行われています。「義体」という言葉も、初めは「拡張」という言葉に翻訳されていました。「拡張」という言葉は、アニメを観ていた方にはピンとこないですよね。だから承認を得て、「義体」という言葉に変更させていただいています。9課のメンバーの関係性が見えるような言葉遣いなどもできる限り、盛り込んでいますね。
──スタッフ陣も、キャストのみなさんを信用していた部分があったのでしょうか?
田中:そうですね。今回の音響監督は、『ルパン三世』シリーズなどの作品に携わった清水洋史さんでしたが、ベテランの方なのに「僕は攻殻に関しては新参者なのでみんなで作っていきましょう」って言っていただきました(笑)。
自然と素子になれるようになった
──「草薙素子といえば田中さん」というイメージがある方もおられると思います。これだけ長くキャラクターを演じていると、少佐に対してどのような思いが出てくるのでしょうか?
田中:やっぱり一番近くて、遠い存在ですね。演じていて声を、命を吹き込んでいるのは私なんですけど、もちろん私と素子は別なわけで。私に無い物がたくさんあるからこそ魅力を感じて、それを表現したいと思えるわけです。私のあこがれというか、そういう対象ではありますね。
TVシリーズの『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(2002年)や『イノセンス』(2004年)では素子役のオーディションが行われたので、声が変わるかもしれないタイミングはありましたが、ありがたいことに私が演じさせて頂けることになりました。今回も「吹き替えは誰がやるんだろう?」って、山寺さんや大塚さんと話をしていたんです。私たちは関与できないので、「運を天に任せて」という感じで待っていました。
「また素子が私の所にやって来てくれた」と、今回に関してはご褒美のように感じています。長く『攻殻機動隊』に携わらせていただいた、声優という仕事を20数年やってきた、そのことに対するご褒美のような仕事だなと感じています。
──これだけ切り替えのタイミングがあった中で、どうしてご自身が選ばれ続けたのか、ご自身の中で答えはありますか?
田中:答えはありません。「いつも何故か素子が私を選んでくれた」としか言いようがないんです(笑)。
映画からTVシリーズになるにあたって、監督が押井監督から神山健治監督になりました。そこで神山監督は「イメージを一新して自分の『攻殻機動隊』を作りたい」と思われたそうなんです。でも神山監督は、「自分のキャスティングで行きたいと思ってオーディションをしたんだけど、音響監督とキャストを選んでいる過程で、敦子さんに近い人を選んじゃってる」って言ってくださったんです。「だったら、わざわざ変える必要が無いんじゃないか」ということで、「公安9課の男たちを束ねて、従えていく女性の力が欲しい」と言って下さいました。
それは本当にありがたいことだなと思います。私が男たちを従えている感じを出せているのかは、未だに自分では分からないんですけどね(笑)。
──きっとみなさんの集合意識の中で、「やっぱり田中さんじゃないといけない」みたいなものがあるんだと思います。作品風に言うなら「ゴーストが囁いているんだろうな」、と。
田中:素子が私の所に来てくれるのは、感謝しかありません。
──これだけ長く演じていて、少佐という人物の印象は変わりましたか?
田中:大きなところでは変わっていないと思います。最初の収録が23年前だったんですけど、その時は意識をして草薙素子を演じていました。押井監督からは「世の中全てを達観しているような、感情を抑えた芝居をして欲しい」と言われて。一生懸命それを演じようとしてきました。
時を経て、意識しなくてもよくなった自分がいるのは感じています。感情を抑えようと意識しなくても、素子のセリフを言うと、自然と素子のセリフになるんです。自分が年を重ねたことももちろんあって、素子の年齢と重なり、それを通り越して、自然と素子になれるようになったかなと思います。
公安9課のゴーストが吹き込まれた『ゴースト・イン・ザ・シェル』
──今回の実写化で、『攻殻機動隊』は更なる盛り上がりを見せています。田中さんは演じている身として、今後に期待することは何かありますか?
田中:「ネットは広大だわ」というセリフが、全てを象徴していると思うんです。22年前に『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』を劇場でご覧になった方は、「ネットは広大だわ」と言われても、9割以上の人がポカーンとしていましたよね(笑)。意味が分からない状況で終わった作品なんです。
それが20年ちょっとで、言葉を覚え始めた子供でさえ「ネット」という言葉を知っています。そのくらいネットが世の中に根付いているので、化学の進歩の速さが怖いくらいです(笑)。
先日もタチコマが実現してニュースになっていましたが、玉川砂記子さんの声で、AIBOのようなペットロボットになって、癒してくれると嬉しいなとは思います(笑)。
──(笑)。では、最後に映画を楽しみにしている方々に、メッセージをお願いします。
田中:ハリウッドの『ゴースト・イン・ザ・シェル』を私たちオリジナルメンバーの3人で吹き替えをさせていただくことができて、公安9課一同、幸せに思っています。公安9課が一丸となってゴーストを吹き込んだ『ゴースト・イン・ザ・シェル』ですので、是非日本語吹替版でもお楽しみいただけたらなと思います。
──ありがとうございました。
[インタビュー/石橋悠]
作品情報
2017年4月7日(金)よりTOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国ロードショー
監督:ルパート・サンダース『スノーホワイト』
配給:東和ピクチャーズ
スカーレット・ヨハンソン
ビートたけし
マイケル・ピット
ピルー・アスベック
チン・ハンandジュリエット・ビノシュ
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