映画『SING/シング』の「声優成分やや多め」のキャスティングはなぜ成立したのか? 音響監督・三間雅文さんインタビュー!
――吹き替えを担当するのは今回が初めてということですが、普段は関わらないであろう、声優活動が本職ではない方々と収録をした感想を教えてください。
三間:僕は素直なお芝居をしてもらいたいのですが、大橋さん、MISIAさんをはじめ、声優が本職ではない方は、まずはこちらから近づいて内側をさらけ出さないと、向こうも心をさらけ出してくれないんじゃないかと……。僕を「50歳を越えたアニメに長く携わっている人」と思って“鎧”をつけて来るんじゃないかと……。
――なるほど……。では、どのように信頼関係を築いたのでしょうか?
三間:“鎧”脱いでもらうには、先にこっちが脱ぐしかないと思い「すいません!僕は今回が吹き替え初めてなので、よろしくお願いします!」って挨拶したんです(笑)。ある意味ちょっと跪いて、みんなに助けを求めたんですよ。そうすれば、向こうも「あ、お互いに初めてなんだ」と思って、内面をさらけ出してくれるのでは?と。そこからコミュニケーションが取れればいいなという考えでした。
――そういった方々には、どのような指導をなさったのでしょうか?
三間:アニメは「これが正解だからこうして!」とこちらから芝居を決めてしまうことが多いんです。でも、吹き替えで質問を受けた際には「ここがわかりません」と聞かれたら「今どんな気持ちでしたか?」など、お互いの心を探りながら芝居を完成させました。
特にスキマスイッチの大橋さん、MISIAさんの2人は芝居の経験がなかったということもあり、すぐに内面を見せて、良いお芝居をしてくださいました。逆に、少しでも芝居をやっていたら、自分の中で芝居の形が決まってしまうので、あそこまで素直な演技はしてもらえなかったと思います。お二人とも本当に良い方で、一緒にご飯いきたいなって思ったくらいでした(笑)。
――初めての吹き替えというお仕事。苦労したこともあったのではないでしょうか?
三間:2016年の10月あたりからスタートして、約5か月近く続く長い仕事でした。途中で「この仕事降りたい……」って思ったこともありました。紹介して頂いたプロデューサーにそう伝えたときは「途中で降りられるわけないだろう!」って言われました(笑)。そのときは、僕の性格をよく知っている人に、弱音を吐いて、愚痴を聞いて欲しかったんです。不安になるたびに、彼に相談したり、励ましてもらったりしました。
――30年近いキャリアの三間さんでも、辛いと思うことがあるんですね。
三間:やっぱり初めてのことって怖いですよ。アニメはキャストが全員揃って「いっせーの!」の同時収録なので、収録後にザラっと感じた部分をチェックし、必要であれば直すんです。ただ、吹き替えは収録が1人1人で、それをいざ重ねたときにシンフォニックな(芝居として呼吸が合う)ものになっているのか心配で。収録日は、自分を鼓舞しないとスタジオに入れないくらいでした。
大橋さんには、映画『ポケモン』で楽曲を提供してもらったことはありますが会ったことはありませんし、MISIAさんはいつも自分が曲を聴かせてもらっている側ですからね。そんな方々を相手に仕事をしなければならないということで、常に不安でいっぱいでした。
――タレントと言えば、『SING/シング』では内村光良さんもキャスティングされていますが、収録の際の感想はどうでしたか?
三間:内村さんも怖かったですね。内村さんは、本を書いている、脚本も書いている、演出もやっている、お芝居もやっているということで、その経験とどう向き合うかが課題でした。向こうもこちらを警戒してくると思ったので。
会ってみると、とてもストイックな方で「え、今のでいいんですか!?」と言ったりして、自分でダメ出ししちゃうんじゃないかってくらいの気構えでした。これでは、自然な芝居をしてもらえないんですよね。そこで、まずが背負っているものを降ろしてもらうところから始めたんです。最初のナレーションだけで20テイク近く録りました。
――20テイク!? それはとてつもない数ですね……。
三間:別にダメだったというわけではなく、ただ疲れさせようとしたんです。もう最後の方は「絵見るのやめましょう!」と言って自分の声だけで練習をしてもらい、心の声が出ている状態にして、その状態で収録しました。内村さんはそこで疲れて果ててしまって「これは……修行ですね!」と言っていましたね(笑)。最初はそんな状態でしたが、次に来てもらった際はもう力の抜き方を知っていたので、それからはスルスルと収録が進みました。
――大きなプレッシャーの中での収録を終えての感想を教えてください。
三間:収録中に僕が感じていたのは、目の前に山が連なっていて、1つ山を越えるとまた次の山が現れる状態です。大橋さんという山を越えたと思うと、次はMISIAさん。それをようやく超えたと思うと、最後に待つのは内村さん。大変な仕事でしたが「吹き替え版にお客さんが入ってますよ」って聞いて「あぁ、やってよかったな」って今ようやく痛感しています。
――他にも大きな超えなければいけない山はありましたか?
三間:自分が初めての吹き替えということもあり、アニメとの違いに戸惑いました。洋画は基本的にアドリブNGなんですよ。それが自分は我慢ならなくて、セリフの追加をスタッフの方を通してアメリカ側に相談してもらったんです。そうしたらなんと、向こうは快く受け入れてくれたんですよ。同じ作品を作っている者同士、やりたいことがあったときは意図を伝えて説得すれば、しっかりコミュニケーションが取れると実感しました。