押井守監督も登壇した、4Kリマスター版『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』メディア向け特別上映会レポート |日本のアニメーション映画を代表する傑作が、最新技術で蘇る
1995年11月に公開され、全世界で大ヒットを記録した映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(以下『GHOST IN THE SHELL』)。士郎正宗先生のコミックを原作に、押井守監督&Production I.Gタッグが手がけたハイクオリティな映像表現の数々は、後のあらゆるアニメーション作品に多大な影響を及ぼした、日本のアニメーションを代表する一作とも言える傑作です。
そんな『GHOST IN THE SHELL』を最新のリマスター技術で蘇らせた『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』4Kリマスターセット(4K ULTRA HD Blu-ray&Blu-ray Discの 2枚組)が、2018年06月22日に発売されます。さらにその続編にあたる『イノセンス』の4Kリマスター版を同梱した、お得なセットも同日に発売予定となっています。
今回はその発売を記念したメディア向け特別上映会が実施され、上映後には押井守監督とリマスターを担当したキュー・テックの今塚氏が登壇。『GHOST IN THE SHELL』と『イノセンス』の4Kリマスターが実現した心境や制作秘話などが語られていました。
『イノセンス』の4Kリマスターは、押井監督にとっての念願
「最初に4Kリマスターの話をいただいた時は、『待っていました』という感じでした。とくに『イノセンス』に関しては、ずっと前からやりたいと思っていたんです。なので僕が実際に作業するわけじゃないですけど、気合が入りました」と、4Kリマスター化は待ち望んだ展開であったと、喜びを顕にする押井監督。
スタジオジブリの宮崎駿監督のように、シンプルなデザインで、キャラクターが動くことの面白さを追求する作品は自分には作れないと感じた押井監督は、「その時代の最新の技術で、どれだけ緻密な映像を作れるか」を目指してきました。
中でも『イノセンス』はその方向性の総決算ともいえます。「これ以上の規模の作品作りは二度とできないだろう」という想いで制作に臨んだ、徹底的に絵作りにこだわった作品。
それだけにリマスター化の喜びもひとしおだったようで「全部通して観る必要はないので、自分の好きな部分・チャプターだけ繰り返し観ても面白いと思います。それに耐えうる作品にはできたという自信もあります」と、その出来栄えに確かな手応えを感じている様子でした。
一方の『GHOST IN THE SHELL』については、『イノセンス』とは対象的に不安だらけだったことが明かされることに。
あの完成度からは到底想像ができないことですが、実は『GHOST IN THE SHELL』の製作期間は約10ヶ月ほどしかなく、レイアウト作業との兼ね合いから、作画に関しては約3ヶ月しか猶予がなかったのだとか。そのため、当時はリテイク箇所がかなり残った状態で劇場公開に踏み切らざるを得なかったという事情もあったようです。
そんな当時を振り返りつつ、「原盤をリニューアルする(リマスターなど)度に、細かい部分を修正してきてはいるのですが、それでも『イノセンス』とは精密度の桁が違います。そうした粗が4Kになることで、あからさまに出てきてしまったらどうしようかなと」と、その胸中を告白します。
またデジタルアニメーションの先駆のように扱われることもある『GHOST IN THE SHELL』ですが、実際にはほぼ完全なセルアニメーションの技法で作られており、CGのように見えているシーンは、ビデオエフェクトなどでそれらしく見せているだけで、実際にCGを使っているのは40カット程度に留まっているのだとか。
「街の中にあるポスターや看板は、PCでデザインしたものを出力し、手作業で切って貼り付けているだけなんです。当時はそれしか方法がなかったのですが、同時に手作業であるが故の良さというのもありました。あれは『デジタルだったらこう見えるはずだ』ということをイメージしながら作った、アナログな作品なんです」と、押井監督の口からは、次々と驚きの制作の裏話が語られます。
「でも、(4Kリマスター版を)実際に観たら意外にも良かった。前提として、僕が当時作ったものとは明らかに別物です。ただ、映画というのは、メディアによって観え方が違って当たり前ですから、どちらが正しいということは言えないと思う」と、完成した映像を目の当たりにしての率直な心境を明かす一幕も。
押井監督は、元のフィルムを完全に再現することが、リマスターのテーマでなくてもいいという考えをもっているようで、そもそものオリジナルにあたるフィルムでさえ、上映から1週間もすれば物理的な劣化が始まり(とくに音響周りはそれが顕著なのだとか)、最初の上映時とは別物となってしまうことを指摘。そのため、オリジナルに固執することにさほど意味はないのではという、ファンにとって盲点となるような部分にも言及していました。
さらには「僕の作品は、メディアが変わる度に作り直していかないと残していく意味がないと思っています。今回はメーカーや技術者の人たちがすごく頑張ってくれたので、僕は監修とはいっても、最後のOKを出すためだけにいたようなものです。リマスターというのは基本的に技術者の世界ですが、それにある種の”お墨付き”を与えるのが監督として果たせる役割なのかなと。少し目線が上すぎるかもしれませんけど、今回は特にそうした想いが強かったです」と語り、監督としてその出来栄えに太鼓判を押していました。
最後にトーク終了後に行われた、押井監督とキュー・テックの今塚さんへの質疑応答の模様をお届けしていきます。
押井監督の次なる目標は『天使のたまご』の4Kリマスター!?
――今回の4Kリマスター化にあたって、どのような方向性を考えられたのでしょうか?
今塚氏:まずHDR(※1)化にあたり、極力色彩設計を壊さないことが前提でした。これまでもたくさんのアニメーション制作会社様にプレゼンして参りましたが、色彩設計された色調に変化を加えるようなことは避け、変化が出ないように注意を図りHDRレンジ設定を行い、また、光源のないドラマシーンでは無理に輝度を上げずSDRと同様の見え方に仕上げました。
極力SDRの色味を活かしつつ、今回であれば透過光の技術も活用し、「光」というものをより強く出せるような方向性を目指しました。またHDRですと、必然的に暗い部分の階調もよくなるのですが、作画上見えてはいけないものが見えてしまうこともあるので、既存のマスターの映像を参考にした上で、監督にもご確認していただきながら一つ一つ細かい修正を加えていきました。
※1:HDR
High Dynamic Rangeの略称。従来の規格(SDR)に対し、より広い明るさの幅の表現を可能とした表示技術。次世代の高画質技術として注目されており、ゲームや動画配信サービスなど、すでに様々なコンテンツで採用されている。HDRの恩恵を受けるには、視聴するコンテンツとモニターの両方がHDRに対応している必要がある。
――押井監督からキュー・テックさんに対しては、具体的な要望などはあったのでしょうか?
押井監督:今回は全面的にお任せするつもりだったので、ほぼ出していませんでした。ただ、『天使のたまご』(※2)の時もそうですが、僕は沈むような暗部の表現というのにこだわってきたつもりなんです。
その分、暗部が浮いてしまうことを凄く恐れていて、デジタルが始まったばかりの時はそれが浮いてしまった苦い記憶があるのですが、HDRでは十分に沈みこむような表現ができるようになったなと。
自分としても、見えるか見えないかのギリギリのところを攻めているつもりなので、例えば『イノセンス』のOPではナノパーツや光ファイバーの色というのは、映画館のスクリーンではギリギリ確認できるのですが、DVDではほとんど見えなかったんです。
そうした表現についてこちらから注文は一切出してなかったですが、全く見えないわけではなく、かといって見せすぎてもいないという、ちょうどいい塩梅に仕上げていただいていたのは安心しました。
『GHOST IN THE SHELL』については『イノセンス』以上にドキドキしていて、最初に見た時は驚きました。自分でも、今までいろいろなことやってきたなぁと感慨にふけりましたし、今でも「あいつはああやってたな」と、当時作業していた人間の顔を思い出したりして、つくづくアニメーションの仕事というのは面白いなと思いましたね。
個人的に、結局はどんなにデジタルになっても、最終的にそれを仕上げるのは個人の技術で、やらなければならないことは増える一方なので、デジタル化で現場の負担が軽減するという風潮は絶対に嘘だと思います(笑)。
※2:天使のたまご
1985年に発売されたOVA(製作・スタジオディーン)。押井守氏が原案・監督・脚本、『ファイナルファンタジー』シリーズで知られる天野喜孝氏がキャラクターデザインを務めた。「たまご」を巡る少女と少年の物語が描かれ、背景には旧約聖書の「ノアの方舟」が世界観のバックボーンとして存在している。そのストーリーは時に難解とも評され、監督としての押井氏の作家性が強く反映された前衛的な作品となっている。
――音響面で言うと、『GHOST IN THE SHELL』では、劇場公開時とほぼ同じ仕様となっているようですが、これについては何か意図があったのでしょうか?
押井監督:いわゆるサウンドリニューアルがもっている威力というのは『機動警察パトレイバー2 the Movie』(※3)の時に経験していたので知っているつもりです。今回は諸事情で断念せるを得ませんでしたが、正直な話をすれば、サウンドリ二ューアルはやりかった。
ただ、どれだけ映像を作り込んだとしても、モニターの性能が追いつかなかったら意味がないし、音響はそれ以上に環境の差が激しいですよね。例えばドルビーアトモス(※4)で作ったとしても、アトモスで聴ける映画館が日本にいくつあるんだという話になりますし。
個人の部屋に、天井スピーカーを設置したリスリングルームを用意するというのもなかなか現実的じゃないですし、現実的なところとしてはヘッドフォンにお金をかけていただくくらいしかない。
とはいえサウンドリニューアルについては『スカイ・クロラ』(※5)とか、他にもやってみたい作品がたくさんありますし、4Kリマスターという話であれば『天使のたまご』をやってみたい。
僕は終わった仕事についてはすぐに忘れるタイプなのですが、リニューアルの作業というのは面白くて大好きなんです。売れてさえくれれば予算を出してもらえるので(笑)、今回に関しても、もう祈るような気持ちですよね。
リニューアルによって作品にもう一度魂が入り、作品が蘇る。これは舞台では難しい、映画だからこそできる仕事だとも思っていますから、チャンスがあれば最大限挑戦したいと思っています。
※3:機動警察パトレイバー2 the Movie
1993年に公開された劇場版アニメ。小型の人型ロボット「レイバー」が普及した近未来の東京を舞台に、警察としてレイバー犯罪を取り締まる「特科車両二課中隊」(特車二課)の活躍を描いた『機動警察パトレイバー』の劇場作品第2弾。キャラクターの1人である特車二課隊長・後藤喜一の視点から、TV版とは一線を画する政治色の強いシリアスなストーリーが描かれる。
※4:ドルビーアトモス
ドルビーラボラトリーズが開発した立体音響システム。前後左右に加えて天井にもスピーカーを配置することで、360度の方向から従来のサラウンドシステムを上回る臨場感の音響体験を可能とした。主に映画館向けに普及している技術だが、スピーカーを揃えることで、家庭でも立体音響を楽しむこともできる。
※5:スカイ・クロラ
2017年に公開された劇場用アニメ『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』。森博嗣氏の小説『スカイ・クロラ』を原作に、押井守氏が監督を務めた。民間軍事会社(PMC)同士による代理戦争に身を置く、「キルドレ」と呼ばれる永遠に歳を取らない子どもたちの生き様が描かれる。なお森博嗣氏は押井守氏の大ファンであり、本作のヒロインの草薙水素は『攻殻機動隊』の草薙素子を連想させるネーミングとなっている。
――それぞれ、注目して欲しいシーンというのはありますか?
今塚氏:本作のフィルムには5K相当の情報量があるのですが、実はこれまでのHDではフィルムの情報が出しきれていませんでした。ここにきて、ようやくフィルム本来がもつ、4Kの良さを全て出せるようになってきたのかなという実感があります。
今回は主に透過光などの光の調整を行っていますが、SDRとの違いが分かりやすいのは終盤の多脚戦車との戦闘シーンですね。ここは光を表現しやすいシーンだったこともあり、明るめに輝度を上げています。
ただ、全体を上げるだけではキャラのベースの色が変わってしまったり、悪い結果になってしまうこともあるので、マスクを使って抽出したい部分だけを指定したり、かなり時間を掛けてやっています。なのでHDRの効果を確認していただくには、後半の戦闘シーンに注目していただけると良いと思います。
押井監督:『イノセンス』の終盤、僕らが「たこ焼き船」と呼んでいたベースに、バトーが殴り込みにいくシーンですね。あそこはオリジナル版ではエフェクトをかけすぎて、絵がボヤけてしまっているんです。自分ではあらかじめいろいろな光を計算して作ったつもりでしたが、現場と仕上げ工程のすり合わせがうまくいかなかった典型だと思っています。
これは誤解されている方も多いと思うのですが、基本的にエフェクトを乗せるというのは、絵を劣化させることなんです。とくに現場が100%の絵を先に作ってしまうと、あとは劣化させるしかなくなるので、最後のグリーティングのためののりしろを残しておく必要があった。
『イノセンス』については、特に緻密な映像作りができた、僕の中でもベストな作品だと思っていますが、そうしたやりすぎた部分もあったのが心残りでした。そのシーンについてだけは、事前に対応をお願いしていたこともあり、リマスター版ではかなり改善されていると思います。
『GHOST IN THE SHELL』については、透過光とか、モニターの表示とかのいわゆる“光モノ”ですね。当時はあの光の表現に苦労して、プリントではどうしても微妙な線を出せず、どう見ても光っているように見えなかった。結局マスターではデジタルで処理したのですが、あの“光モノ”の表現というのは『GHOST IN THE SHELL』のキモとなる要素と思っています。
あとは素子の肌の色ですね。セルを見ると、腰が抜けるくらい沢山の色を使っているのですが、実は素子の肌というのは標準の色というのが存在せず、背景に合わせて全カット違う色を使っているんです。当時はフィルターを使うことで色の違いを馴染ませていたのですが、それがリマスターされ、クリアになることでどう変わったかというポイントに注目してもらえれば。
あとは、作画の力についてはもちろん健在で、これについてはとんでもない連中が描いていますから、一切心配はしていなかったです。是非いいモニターをセットで購入して(笑)、ご覧になっていただきたいですね。
――ありがとうございました。
[取材・文/米澤崇史]
『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』4Kリマスターセット商品情報
4Kリマスターセット
(4K ULTRA HD Blu-ray&Blu-ray Disc 2枚組)
2018年6月22日発売!
劇場公開:1995年11月
発売元:バンダイナムコアーツ・講談社・MANGA ENTERTAINMENT
販売元:バンダイナムコアーツ
BCQA-0007
9,800円(税抜)
170分/(UHD BD:本編82分+映像特典3分+BD:本編82分+映像特典3分)
特典仕様
【映像特典】
■劇場特報/劇場予告編
【他、仕様】
■音声及び字幕は日本語と英語を収録 ■キャラクターデザイン沖浦啓之描き下ろしによる新規イラストジャケット
【STORY】
西暦2029年―。
情報化の進展と同調するように、より高度に凶悪化していく犯罪に対抗するため、精鋭サイボーグたちによる特殊部隊・公安9課、通称“攻殻機動隊”が設立された。 隊長である全身義体のサイボーグ・草薙素子は、国際的に指名手配された正体不明のハッカー“人形使い”を巡る捜査に乗り出すことになるが―。
【STAFF】
原作:士郎正宗(講談社刊「ヤングマガジンKCDX」所載)/監督:押井 守/脚本:伊藤和典/演出:西久保利彦/キャラクターデザイン・作画監督:沖浦啓之/ 作画:黄瀬和哉/メカニックデザイン:河森正治、竹内敦志/銃器デザイン:磯 光雄/美術設定:渡部 隆/美術:小倉宏昌/撮影:白井久男(スタジオ・コスモス)/ 編集:掛須秀一(ジェイ・フィルム)/音楽:川井憲次/音響:若林和弘(オムニバスプロモーション)/色彩設定:遊佐久美子/CG制作:オムニバスジャパン/ アニメーション制作:プロダクションI.G/製作:講談社、バンダイビジュアル、MANGA ENTERTAINMENT 他
【CAST】
草薙素子:田中敦子/バトー:大塚明夫/トグサ:山寺宏一/イシカワ:仲野 裕/荒巻:大木民夫/中村部長:玄田哲章/人形使い:家弓家正 他
『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の続編となる『イノセンス』を同梱したセット商品も同時発売!
【商品名】
『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』&『イノセンス』 4K ULTRA HD Blu-ray セット ※2019年6月30日までの期間限定生産
【価格】
12,800円(税抜)
【収録分数】
184分(「GHOST IN THE SHELL」:82分+映像特典3分+「イノセンス」:99分)
【品番】
BCQA-0008
【スペック】
「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」:リニアPCM(ドルビーサラウンド)/HEVC/66G/
16:9/日本語音声・英語音声/日本語・英語字幕付(ON・OFF可能) 「イノセンス」:リニアPCM 2ch ・ DTS:X(7.1.4ch) ・ DTS Headphone:X/HEVC/100G/
16:9/劇場公開時字幕・日本語・英語字幕付(ON・OFF可能)
【映像特典】
「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」 劇場特報/劇場予告編
【他、仕様】
キャラクターデザイン沖浦啓之描き下ろしによる新規イラストジャケット
販売元:バンダイナムコアーツ 『イノセンス』製造元:ウォルト・ディズニー・ジャパン
※特典・仕様等は予告なく変更する場合がございます。
※UHD BDのご視聴にはULTRA HD Blu-rayに対応した専用プレーヤー、再生環境が必要です。4K(HDCP2.2対応)及びHDR(ハイダイナミックレンジ)に対応していないテレビ等で ご覧になる場合は、本来の画質では再生されません。
※“ULTRA HD Blu-rayTM” および “4K ULTRA HD”ロゴは、ブルーレイディスクアソシエーションの商標です。