夏アニメ『スペースバグ』中尾浩之監督インタビュー ーー 既存のフォーマットを壊して、全く新しいアニメーションを作りたかった
2018年7月8日(日)朝10時30分に放送スタートするオリジナルテレビアニメーション『スペースバグ』。本作は遥か未来の宇宙で、宇宙ステーションに取り残された昆虫たちが、故郷である地球を目指す壮大な冒険を繰り広げる物語となっています。
脚本・監督を務めるのは、NHKでシーズン6まで放送された後、映画化もされた大人気シリーズ『タイムスクープハンター』を手掛ける中尾浩之監督。そんな中尾監督が、『スペースバグ』では3DCGアニメーション作品に挑戦するうえで、既存のフォーマットに縛られず、とにかくリアリティの追及にこだわったとのこと。
インタビューでは実写作品に携わってきた監督ならではの工夫や作品に込められた想い、制作の裏側について語っていただきました。
『スペースバグ』は名もなき虫たちの“生き様”を描いた物語
――まずは、『スペースバグ』の監督を務められることに決まった経緯についてお聞かせ下さい。
中尾浩之監督(以下、中尾):元々僕は実写畑の人間だったんですけど、嬉しいことにトムス(『名探偵コナン』や『ルパン三世』、『弱虫ペダル』などのアニメ制作会社)さんの方から声をかけていただけまして。虫と宇宙を題材にしたオリジナル作品を作りたいというお話があって、そこからストーリーや設定について一から作り上げた感じですね。
CGアニメを作るのは初めてだったのですが、キャラクターをどう動かしてカメラワークをどうするかというのは、普段から実写でやっていることなので、CGアニメだからといって、特に違和感を感じたというのはありませんでした。
――『スペースバグ』の放送が発表された時の監督のコメントに、「毎週放送されるアニメに夢中だった」というのがありました。監督は子どものころ、どういったアニメをご覧になられていたんでしょうか?
中尾:皆さんが観ていたようなアニメと特に変わらないですよ。再放送で『あしたのジョー』(1970)や『銀河鉄道999』(1978)もやっていたし。『ドカベン』(1976)なんかもアウトかセーフかって次の週に続いていて、当時は続きが気になって気になってしょうがなかったです(笑)。いわゆる昭和の王道アニメに夢中でしたね。
――現在中尾監督は『ブルバスター』(キャラクターデザイン:窪之内英策、ロボットデザイン:出雲重機)という、オリジナルロボット作品を企画されていますよね。
中尾:『ブルバスター』は、ロボットアニメをホームドラマっぽくできないかなと思ったことがキッカケだったんです。脚本家の山田太一さん(※1)とか倉本聰さん(※2)、向田邦子さん(※3)がロボットアニメの脚本を書いたら、こんな感じになるんじゃないかということを考えながら企画しました。今後の展開は色々と計画中です。
『タイムスクープハンター』(※4)の時はNHKというフォーマットを考えて、ドキュメンタリーの手法を借りて実写で作ることに決めたんです。
<“経済的に正しい”ロボットヒーロー物語『ブルバスター』中尾浩之×窪之内英策×出雲重機×高島雄哉のオリジナルプロジェクト> pic.twitter.com/vCJZvqlvJo
— ブルバスター/BULLBUSTER (@bullbuster_info) 2018年1月18日
――なるほど。では改めて『スペースバグ』の話に。本作のテーマについて教えてください。
中尾:実験で使われていた虫たちに焦点を当てた作品で、「この生き物たちも懸命に生きているんだ」というところをメインにストーリーを作っています。名もなき虫たちにだって生き様があるというか、いわゆるヒーローと呼ばれる者たちと同等に生きる権利があると思うんです。
『タイムスクープハンター』も有名な武将が出てくるわけじゃなくて、名もなき庶民が主人公だったりするんですけど。そういう人達にも、強烈な生き様だったりドラマが作れるんだということを表現したかったんですね。僕はどうやら、そういう話を作るのが好きみたいです(笑)。
※1:脚本家。代表作は『ふぞろいの林檎たち』シリーズや『少年時代』など。
※2:脚本家・演出家。代表作は『北の国から』、『昨日、悲別で』など。
※3:脚本家・小説家。代表作は『寺内貫太郎一家』など。
※4:2009年よりNHKよりシーズン1が放送された、ドキュメンタリー風の歴史番組。未来から来たジャーナリストが、さまざまな時代の歴史を生きる人々を密着取材するという内容。シーズン6まで放送された後、映画化までされた大人気シリーズ。
3DCGアニメーション作品を描く上での苦労とは?
――続いて、本作のストーリーについてお聞きしていきます。序盤は宇宙ステーションの内部の話が続いていて、それから他の惑星について行くといった流れになるんですけれども。すぐに他の惑星に降り立つという展開ではなく、宇宙ステーション内部でのエピソードを長く展開されますよね?
中尾:『銀河鉄道999』や『スタートレック』(1966)みたいに、毎回いろんな星に行った方がいいとは思うんですけど。CGアニメは、舞台を制作するために膨大な時間がかかってしまうという物理的な制限があるんです。
しかも、舞台にアクションが関わってくるため、さらに膨大なレンダリングが必要になってしまい……。引きの部分と寄りの部分はまたセットを変えて作らなければいけないので。その辺の調整を話し合っている時に、スタッフさんから「宇宙船の中でもう2・3本やらせてください!」と泣きつかれたりとかして(笑)。
――アニメーションだとそこまでの作り込みは必要なくて、場面変化もたくさん作ることができると思うんです。3DCGの場合では舞台を作るために時間がかかってしまうというのは、実写的な作りと似ていますね。
中尾:そうですね。宇宙ステーションの次は砂漠の惑星が舞台になるんですけど、砂が風で舞ったりすると、それだけでまた計算が大変だったり(笑)。
あと、ミツバチの「エレン」というキャラクターの首元にはフワフワしたものがついてるんですけれども。これ以上他にフワフワしたものがあると、ちょっとまた計算が大変なので(笑)。
――そうだったんですね(笑)。すごく可愛いんですけれども、現場は相当大変だったんですね。
中尾:この先、虫型の機械の大群が出てくる話もあるんですけど。あれもけっこう大変でした。本当はもっとたくさん描きたかったというのはあったんですけど、テレビでそれ以上やるのはちょっと限界ですと言われて(笑)。逆に、よくやってくれたなと思いましたけどね。
――宇宙ステーションから様々な惑星に行けるようになるということで、7話からは観ていてすごく開放感がありました。
中尾:そうですね。宇宙ステーションという閉鎖的な空間の中で圧縮・圧縮して、やっと7話でどこか他の所に行けるという解放感は、ちょっと計算をしてやっていたところでもありますね。
あとは、物語の中で“人間たちは何故いなくなってしまったのか?”という、ミステリー要素も含ませていて、そこを最後まで引っ張るようなお話にしています。
――宇宙ステーションの中でのシーンで、特に気に入っているところはありますか?
中尾:主人公の一員が、ゲロッパたちとトイレで戦闘になるシーン。あのシーンは宇宙ステーションのトイレがバキューム式だということを知ってからアクションを思いついたんです。縦移動のアクションと、上での大乱闘シーンとのコントラストがうまく機能していると思います。ぜひ楽しんで観てもらいたいシーンの1つです。
トラウマやコンプレックスは、物語に深みを持たせるためのスパイス
――キャラクターデザインを、アメリカでコミックアーティストとして活躍しているグリヒル(作画担当のササキさんとカラリストのカワノさんのユニット)さんに依頼されていましたが、完成したキャラクターを見たときの印象について教えてください。
中尾:日本らしい可愛らしさと洋風な感じがミックスされていて、僕好みのキャラクターに仕上がってくれました。この作品はいろんな国の人に観てもらいたいので、愛着がわく感じのキャラクターになってくれたし、最高だと思いましたね。
――監督が特に気に入っているキャラクターは誰でしょう?
中尾:みんな大好きなんですけども、あえて挙げるとするならミツバチの「エレン」ですね。僕が作る女の子のキャラクターって、強い子が多くて、自分的にすごく愛着がわくんですよ。エレンは悲しい過去を背負っているという設定もあり、彼女が登場したことによって物語の深みが増した部分もあって、重要なキャラクターかなと思っています。
――クモの「マルボ」など、キャラクターの成長が丁寧に描かれているのも本作の魅力ですよね。
中尾:そうですね。マルボはとある出来事がトラウマになり、コンプレックスを抱えていたりするんですけど、そういうキャラクターがいると物語の深みが増すので。
――敵キャラクターのカエルのゲロッパやその子分のイトー&カトーも動作がコミカルで、憎めないキャラクターになっています。
中尾:舌を器用に使ってキーボードの操作をするなど、カエルたちが出てくるシーンはすごく面白くできたと思います。あと、ロボット「ドクター・ハンプティ」は難しい質問をされると同じ答えを繰り返してしまったりと、ちょっと馬鹿っぽいのがいいなと思っていて(笑)。ロボットをボケキャラにするのが僕は好きみたいです。
――本作は監督が好きなものの集合体なんですね(笑)。
中尾:確かにそうですね(笑)。舞台となるCGに制限があったので場面は制限されましたが、内容的に制限はありませんでした。そういう意味では自由に物語や世界観を作れている感じですね。
――作品全体の雰囲気として、注目して欲しい部分があれば教えて下さい。
中尾:僕はイベントやアクションといった事象が、キャラクターやストーリーを動かしていくようなタイプの作品が好きなんですよ。例えば、とある場所に閉じ込められている主人公たちがどのように脱出するのかといった、アクションがキャラクターを動かしていくような作品が好きなんですね。
あと、本作には排他的な思想を持っているキャラクターが登場したり、テーマとして環境問題が挙げられたりとしている部分も盛り込んでいます。「もしかしたら人間ってこうなのか?」とか様々なテーマを、視聴者に問題提起をするような内容が随所に含まれていていたりもするんです。
でも、堅苦しく考えずに、まずは「次はどうなるんだ!?」というハラハラドキドキさせてくれる物語を楽しんでもらって、それから本作が持っているテーマとか社会風刺であったり問題提起についても考えてもらえると嬉しいですね。
中尾監督が提示した、アニメーションの新たなる可能性
――声優さんのキャスティングについても、お伺いしたいと思います。本作の主人公・ミッジ役の小川夏実さんやエレン役のブリドカット セーラさんの起用の経緯など教えてもらえますか?
中尾:主人公・ミッジはポジティブで勇気あるヒーローといったキャラクターなのですが、かといって暑苦しくない声が欲しかったんです。それで小川夏実さんの声を聞いたら、強いだけじゃなくて可愛いらしさもあったので、「これだ!」と。
ミツバチのエレンにはやっぱり、凛とした強さみたいなものを求めていて。ブリドカット セーラさんは、エレンが過去に抱えている悲しみや孤独感を表現してくださって、すごく合ってるなと思いました。
――アフレコの収録現場の様子はいかがでしたでしょうか?
中尾:現場ではセリフを先行して収録して後から絵を合わせるという「プレスコ」を行っていたんですよ。だから、あまりアニメを意識しないで演じてくださいというお話をしました。自分がどう感じるかというのを、自由に表現してくださいと。
アフレコじゃないので言葉尻も「~です」じゃなくて、「~だ」と言い切ってしまった方が感情が表現しやすいというのだったら、全然語尾とかも変えてもらっていいですよと。演者に合わせてアニメを作るので、わりと実写の演出に近いような収録になりました。
――そうだったんですね。
中尾:本当はスタジオみたいな場所で、芝居をしながら収録をやりたかったんです。例えば後ろを振り返るといったシーンは、演者自身にもちゃんと振り返って演じるみたいな、動きをつけてやるとよりリアルになるかなと思ったんですけど。さすがにそういう前例も無いし、時間的にも難しいと言われて(笑)。
――それは以前から実写を撮られていた監督ならではの目線かもしれないですね。徹底的にリアリティを追求するという。
中尾:そうですね。アドリブを出して欲しいというオーダーもしていますし。そのアドリブに合わせてアニメを作るから、別にそこで遊んでもらっても構わないんですね。
――声優さんのアドリブの中で、驚いたシーンとかありましたか?
中尾:例えばカエルのイトーがミッジと戦うシーンで、武器として綿棒を構えて「めんぼう~ッ!」とか言ってますけど、あれはアドリブですよ(笑)。CGはそれに合わせてアクションを加えました(笑)。プレスコの良さを活かして、自由な表現ができた部分ですね。
ドラマにしても実写にしてもそうですけど、作り方のフォーマットって既に決まっちゃっていることが多いんです。そういった「お作法を壊したい」といつも思っているんですよね。「本当はもっと自由にできるんじゃないか?」とかいつも考えてます。
――監督ならではの工夫を盛り込んでいるということでしょうか。
中尾:例えば、時代劇を撮影している時に飛行機などのノイズ音が多少入ったとしても、そういったことで芝居を止めたくない。後から風の音をかぶせてカモフラージュしたりするなど、自由なアイデアで現場を回したいというのがあるんですよね。
声優さんにも「台本をめくる音がマイクに入らないようにする」といったルールがありますが、それが芝居の足かせになっていたりとか、何かの制限になるんだったら、別の方法を考えてみてもいいんじゃないかと。もっといろんなやり方をトライする余地があってもいいじゃないかと思っていて。
今回の収録でも、舞台のように立ち位置や体を自由に動かし実写のように収録すれば、演技によりリアリティを持たせることができるんじゃないかと思ったんです。だから、収録の提案もしたんですよね。ただ、「さすがにそれはちょっと」と言われてしまいました(笑)。
ただ、そういった発想をずっと持っていたいんですよね。例えば、街のシーンとかだったら「街雑踏も一緒に収録する形で、街中でのアフレコを実施してもいいのでは?」と思ってますね。
――街に行ってロケをするということですか?
中尾:そうです。実写のドラマは、街中で雑踏を含んでロケ収録しているので、アニメのアフレコだって、ドラマの収録のようにできると思うんです。例えば、新宿駅が舞台のアニメだったら新宿駅まで役者さんに行ってもらえれば、すごくリアルな芝居ができるんじゃないかとか。
『タイムスクープハンター』でも、時代劇ってみんなカツラをかぶるというイメージがあるけど、それは別に誰が決めたわけでもないじゃないですか。なので、当時「剃髪すればリアリティが出ますよ」って話たら、「そんなこと言い出したら誰も来ませんよ」って怒られましたね。でも、実際にオーディションでは、「剃髪可」で人がいっぱい集まったんですよ。
ルールという枠にはめ込もうとするんですけど、その枠自体も慣例とか慣習とかっていうやつじゃないですか。もっと違うやり方があるんじゃないかなと。なるべく、いつもフリーでいたいんですよね。『スペースバグ』にも、自分のそういった「新しい事へのチャレンジ」が、にじみ出ていると思いますね。
――最後に、本作の放送を楽しみにしているファンに向けてメッセージをお願いします。
中尾:僕らが子どもの頃に味わえたような、ハラハラドキドキできるテレビ体験が堪能できる作品になっています。子供はもちろん、大人も楽しめる作品になっています。ぜひ、家族のみなさんで観ていただければと思います。『スペースバグ』をどうぞよろしくお願いします。
――ありがとうございました。
[取材・文・写真:島中一郎]
作品情報
オリジナルテレビアニメ『スペースバグ』
TOKYO MX:2018年7月8日(日)より毎週日曜10:30~
【配信情報】
・「dアニメストア」7月8日(日)より配信開始
・「dTV」7月8日(日)より配信開始
・「FOD」7月8日(日)より配信開始
・「あにてれ」7月8日(日)より配信開始
・「J:COMオンデマンド」「ビデオパス」7月9日(月)より配信開始
・「バンダイチャンネル」7月9日(月)より配信開始
・「U-NEXT」7月9日(月)正午より配信開始
・「アニメ放題」7月9日(月)正午より配信開始
※配信開始日は変更となる可能性がございますので、あらかじめご了承ください。
<スタッフ>
脚本:中尾浩之
監督:中尾浩之 / YOON Yoo-Byung
キャラクターデザイン:グリヒル
音楽:戸田信子・陣内一真
アニメーション制作:W.BABA / P.I.C.S.
企画:トムス・エンタテインメント
協力:トムス・ジーニーズ
製作:SPC/トムス・エンタテインメント / W.BABA
<キャスト>
ミッジ:小川夏実
ハカセ:丸山智行
マルボ:佐野康之
ゲロッパ:藤原貴弘
イトー:落合弘治
カトー:田中英樹
エレン:ブリドカット セーラ 恵美
ワン:堀越富三郎