新時代の劇伴アーティスト・未知瑠が紡ぎだす『BEM』の音セカイ ハンドパンなど個性的な楽器にも注目
TVアニメ『終末のイゼッタ』の音楽を担当し、アニメ劇伴シーンに新たなる風を吹き込んだ音楽家の未知瑠さん。民族音楽を織り込んだ独特の世界観が話題を呼び、現在『ギヴン』『7SEEDS』『刻刻』『三ツ星カラーズ』など様々なアニメで活躍されてます。
誕生50周年を記念して新たに生まれ変わったTVアニメ『BEM』では、SOIL&〝PIMP〝SESSIONSと音楽を分担。SOIL&〝PIMP〝SESSIONSのサウンドを収録した第一弾作品『OUTSIDE』に続いて、未知瑠さんが手がけた20曲が『UPPERSIDE』としてリリースされます。どんな想いで『BEM』の音楽を紡いでいったのでしょうか。
〈profile〉
1980年生まれ。2004年東京藝術大学音楽学部作曲科を首席卒業、2006年同大学院修了。これまでに自身のソロ名義で2枚の作品アルバム『WORLD’S END VILLAGE』『ALLEGORIA INFINITA』を発表。映像音楽においては、近作としては映画『あさひなぐ』(2017)、『真白の恋』(2017)、『あの頃、君を追いかけた』(2018)、ドラマ『賭ケグルイ』(2018)、『ラブリラン』(2018)、TVアニメ『終末のイゼッタ』(2016)、『刻刻』(2018)、『三ツ星カラーズ』(2018)、『ギヴン』(2019)、『7SEEDS』(2019)、『本好きの下剋上』(2019)、等の音楽を担当。
「未知瑠さんらしいものを自由に作ってほしい」
──アニメイトタイムズでは初の取材となるので、未知瑠さんが劇伴を作られるようになったキッカケをうかがってもよろしいでしょうか。
未知瑠:大学卒業後に自主制作で2枚の作品アルバムを作り発表してきたのですが(『ワールズエンド・ヴィレッジ -WORLD'S END VILLAGE』(2009年)、『空話集~アレゴリア・インフィニータ』(2015年))、そのアルバムが私の出発点になっています。2ndアルバムの発売からしばらく経った頃、作品を聴いて下さったフライングドッグの福田さんから「アニメの劇伴を依頼したい」という連絡をいただいたんです。そのご依頼であった、2016年の『終末のイゼッタ』がテレビアニメ劇伴のデビュー作になりました。
──もともと『機動戦士ガンダムSEED』の劇伴などを手掛けられている作曲家・佐橋俊彦さんのもとでアシスタントをされていた経験があるとうかがっています。アニメの劇伴のお話をもらったときは率直にどんな思いでしたか。
未知瑠:大学院生の頃から数年間、佐橋さんのもとで様々な劇伴音楽のお手伝いをさせて頂きながら、数多くの現場を見学したり、経験を積ませて頂いていました。そのアシスタントの傍ら、仕事とは別に自分の表現活動として自主制作でオリジナル作品を作っていたんです。当時はそのオリジナル作品が、後になってアニメ音楽の仕事に結びついてくるとは想像していませんでした。ですので、「ソロアルバムの世界観をアニメ劇伴に活かして欲しい」というようなご依頼を頂いた時、すごく驚いたのを覚えています。
──未知瑠さんの音楽には民族音楽をはじめさまざまなジャンルの音が入っていますが、もともとのルーツというのは……。
未知瑠:元々はピアノをやっていたのでクラシックから入っていますが、ポップスもロックも民族音楽も垣根なく好きなんです。1stアルバムに対して「ジャンルはなに?」とよく聞かれるんですが、一言では答えられないんですよね。歌モノもあればインスト曲もあるし、今思うといちばん近いなと思うのがサントラ的なものというか。それが私の原点となっています。
──その幅の広さがアニメの世界観に通じるものがあったんですね。
未知瑠:そうかもしれませんね。あと架空の世界観といいますか、多様な民族楽器、民族ボイスを使ったり、ポーランドのオルタナティブなシンガーに参加してもらったり……そうやって作って行ったソロアルバムは何だか不思議なミクスチャー感に仕上がっていました。そのアルバムの雰囲気がファンタジー感や架空の民族感を醸し出していて、アニメの持つ世界観に合ったのかなと思います。作っていた当時は自分が面白いと思う欲求に従って作っていっただけで、自分のアルバムのようなある意味マニアックな音楽を、アニメ劇伴に求めてもらえるとは思ってもいなかったんです。でも時代の流れで、アニメ文化が近年ますます成熟し多様化していく中で、独特の音楽が欲しいという依頼を頂けるようになってきて。そういう時代にたまたま合っていたのか、こうして作らせてもらえるのはとても嬉しい事です。
──まさに『BEM』は新時代を感じるスタイリッシュな作品ですよね。
未知瑠:そうですね。今回の『BEM』はとにかくオシャレでスタイリッシュなイメージが強いです。ストーリーも大人向けに練り込まれていて魅力的です。
──『BEM』のお話をもらったときはどんなお気持ちでしたか?
未知瑠:お話をもらった最初の段階では50年前の『妖怪人間ベム』の独特のイメージを思い浮かべていたんですが……今作の『BEM』の絵柄を見ながら説明を受けて、近代的で都会的に生まれ変わっていて驚きと興味を憶えました。でもスタイリッシュな一方で、根底にあるドロドロした感情、人間の汚さ、人間になりたいけど報われない悲哀のようなものはしっかり残されていて。今の時代の新しい『BEM』という感じがしました。
──福田さんから未知瑠さんにリクエストのようなものはあったんでしょうか。
未知瑠:ソイルさん(SOIL&"PIMP"SESSIONS)と共同で作ることは当初から決まっていたようで、そのように説明を受けました。「ソイルさんの曲とはどんな風に棲み分けをすればいいですか?」って質問をしたところ、「あえてソイルさんを意識せず、未知瑠さんらしいものを作ってほしい」と言われたんです。
──それはクリエイター冥利につきますね。
未知瑠:ありがたいことです。「自分らしくやって」と言われたときに「じゃあ自分らしさってなんだろう?」という自分に対する問いかけはあったにしても、それはソロアルバムに立ち返ればいいなと思って。
──先ほどジャンルは一言では答えられないとおっしゃっていましたが「未知瑠さんらしさ」というのは言葉にするとどんなものになるんでしょう。
未知瑠:なんでしょうね……。敢えて言うなら独特のミクスチャー感でしょうか。多様なジャンルを私なりにミックスしながら作って行く事が、自然と自分らしさにたどり着くのかなと思っています。
「いろいろな音をアドリブで出してもらった」
──『UPPERSIDE』に収録されている楽曲は実際にどんな風に作られていったんでしょうか?
未知瑠:音響監督の亀山(俊樹)さんから音楽メニュー表をいただき、各曲を当てるシーンの説明を受けました。このキャラクターのこういうシーンで使う曲といったことが細かく書かれてはいるんですが「表現の仕方は自由でよいです」と言って下さって。
──オーダー表を見られたときってどんな印象がありましたか?
未知瑠:多くのメニューの中に「歪み感」「不思議感」「違和感」という言葉が書かれていて、全体に渡って異質感を求められているんだなと感じました。
──さまざまな曲があるなかで意識したことはありますか?
未知瑠:全曲を通して意識したことがひとつあって、それは『BEM』の混沌とした世界とスタイリッシュさをどう融合させるか、ということ。そこがいちばん考えたところでした。
──そのバランスというのはすごく難しいと思うのですが。
未知瑠:そうですね。いろいろなバランスで約20曲を作っていった感じです。各曲ごとに様々なタイプのドロドロ感、混沌感があって。使われるシーンを想像しながら、多様なミュージシャンの力を借りて作っていきました。
──ものすごく豪華な方々が参加されています。皆さん、未知瑠さんのリクエストで集まった方たちなんでしょうか。
未知瑠:はい、そうです。個性的なミュージシャンに参加して頂けて、一緒にレコーディングをして作ることが出来ました。
──力を借りたというのは具体的にどんなところだったんでしょうか?
未知瑠:例えばアドリブ部分です。通常、劇伴は限られた時間の中で多くの曲をレコーディングしていくんですが、そんな中でもなるべくアドリブのセッションをする時間を取るようにしました。
例えば「ドロドロ感」と言っても、私の中だけではバリエーションも限られた範囲になっちゃうと思うんですが、いろいろなタイプのミュージシャンにアドリブで表現してもらうことによって、その幅が広がっていくなと。それでベーシストの渡辺等さんやギタリストの西川進さんをはじめ、各ミュージシャンにイメージをお伝えしながら、いろいろな曲にアドリブを入れてもらいました。
──『BEM』という一言で音楽性や世界観が伝わるのでお話もしやすそうです。
未知瑠:そうですね。特に渡辺等さんは「リアルタイムで第一作のベムを観ていたよ」とおっしゃって、逆にいろいろと教えていただきました(笑)。「こういうので遊んでみたら面白いかもしれない」とコントラバスギターというちょっと珍しいギターを持ってきてくださったり、アイデアもいただきました。
──バトル曲である「摩天楼の決闘」のスリリングさも、ミュージシャンのかたのアドリブあってこそなんでしょうか。
未知瑠:そうですね。特にあの曲は西川さんのギターソロがアドリブで、全編に渡ってスリリングさ、激しさ、違和感を出してくださいました。あとそこにハンドパン奏者の陶山さんに不思議な音を入れてもらったんです。
──ハンドパン、気になっていました。実物はどんなものなのでしょうか。
未知瑠:見た目がUFOのような感じなんです。スイスで2000年代に生まれた比較的新しい打楽器なんですけど、まだ珍しい楽器なので演奏をお願いできる方が日本には数人しかいらっしゃらないんです。冷んやりとした印象の綺麗な音が出るんだけども、人間の手で叩くグルーブ感で温かみが出るんですよね。
──スイスの風土を表しているような楽器ですね。
未知瑠:そうですね。クールさが『BEM』にぴったりだなと思って今回の劇伴に入れたんです。最近いくつかの劇伴で意識的にハンドパンを取り入れています。珍しい楽器をアニメの劇伴に入れていくのが好きで。
──では不穏な雰囲気とアイスランド音楽のようなミステリアスさがマッチしたオープニングナンバー「アウトサイドの蠢き」はどういうイメージだったんでしょうか。
未知瑠:「謎めいたシーンにつける」「事件の証言をしている場面」に使う曲として作りました。はじめは淡々としたリズムなんですが、緊張感、不安が充満していくイメージです。
──「ドクターリサイクル」はガラリと変わってコミカルな雰囲気ですよね。
未知瑠:ああ、少しおかしな曲ですよね(笑)。音響監督の亀山さんから「マッドサイエンティスト」というリクエストをいただいて。マジメだけど何かコミカルというオーダーでした。あと「ドクターリサイクル」のイメージ図をいただいて、そのビジュアルからイメージしていきました。
──ピアノバージョンが収録されている「柔らかな微笑み」はすごく染みるものがあったんですが、現時点(9月上旬)ではまだ流れていない曲ですよね。どんな場面に使われる曲なんでしょうか。
未知瑠: 唯一安らぐ曲ですね。この曲は8話で出る予定なのですが、ヒロインとしてのベラの側面をイメージして作っていきました。ベラの見せ場ですね。楽しみにしていただけたらと思います。
──本当に色々な曲が入っていて、音楽的にもボリューム的にもすごく贅沢な1枚ですよね。『BEM』の劇伴制作を通して感じたことや得たことなどはありましたか。
未知瑠:多様なミュージシャンとセッションをしながら劇伴を作らせてもらう機会は本当に貴重で。各ミュージシャンの個性や面白みを存分に取り入れて音楽を作っていくことが出来ました。今回『BEM』の劇伴をこんな風に作らせてもらえたことで、私自身とても刺激を受け、これからもより幅を広げながら音楽作りをやっていきたいなと思いました。
──その過程は未知瑠さんのお人柄やクリエイターとしての信頼あってこそなんでしょうね。
未知瑠:今回のように「自由にやっていいよ」って言って頂く事は本当にありがたくて。その期待にしっかりと応えるためにも、思う存分自由にやることが大事だと思ってそうしました。
「“っぽいもの”ではなく、本格的な民族楽器を」
──ちなみにSOIL&"PIMP"SESSIONSの曲はいつくらいに聞かれたんでしょうか。
未知瑠:ソイルさんのほうが先にレコーディングを終えられていたので、福田さんに「どんな曲なのか聴きたいです」と言っていたのですが、結局レコーディングが終わるまで聴かせてもらえなかったんです(笑)。もし聴かせてもらっていたら、どこか影響を受けたり少しでも自由じゃなくなる事を、懸念されていたからかなと思います。
──聴いたときの印象はいかがでしたか。
未知瑠:まず物凄くおしゃれでカッコいいなということを一番に感じました。私にはない最近のジャズのカッコよさや、ヒップホップの要素があって、両者の劇伴がしっかりと棲み分けがされているなと。
──映像で見たときに違和感なく混ざっていますよね。
未知瑠:自分でも「どっちの曲だっけ?」と思うことがあるくらいなんですよ(笑)。アニメで使われるときは、ステムと言って一部の楽器からスタートすることがあるんです。その場合は特に「あれ、どっちかな?」と思うことがあります。それくらい自然と融合しているなと。
──オープニング、エンディングもすごくカッコいいですよね。
未知瑠:そうですね。どちらも世界が違ってすごくカッコいい。両方のアーティストさんの声も好きです。このオープニングとエンディングからも、いかに音楽に力が注がれているかがよく分かります。そんな作品に携わることができて改めて光栄だなと思いました。
──未知瑠さんは『BEM』のほかにもアニメ『ギヴン』、実写版『賭ケグルイ』などの劇伴も担当されていますが、アニメ劇伴を作る面白さはどんなところに感じていますか?
未知瑠:アニメの場合は魔法やバトル、ファンタジーなど、世界観のふり幅が広い感じはします。その分、劇伴に求められるジャンルの幅も広いところが面白いなと思っています。
また、例えばハンドパンのような、なかなか普段お目にかかれないような個性的な楽器や、他にも民族的な珍しい楽器等をアニメ劇伴で使ったりする事で、アニメを通して多くの方に耳にしてもらうことができる。「この音は何?、この楽器は何?」と、もしかしたら興味を持ってもらえる事もあるかもしれません。そんな風に、素敵な珍しい楽器を知ってもらえるきっかけになったら嬉しいなと思いながら、可能な時は、“っぽいもの”ではなく、本格的な民族楽器を劇伴に取り入れるようにしています。そのバランスはなかなか難しかったりするんですが(笑)、うまく劇伴に入れられたら、それは私の個性にもなるのかなと思っています。
──わかりました。今日はいろいろなお話をありがとうございました。
[インタビュー/逆井マリ]
CD情報
TVアニメ「BEM」オリジナルサウンドトラック
「UPPERSIDE」
【サウンドトラック】TV BEM オリジナルサウンドトラック UPPERSIDE
CD:VTCL-60506 税抜:¥2,500
【収録曲】
01.アウトサイドの蠢き
02.摩天楼の決闘
03.運命の歯車
04.猟奇の予兆
05.怪奇事件
06.人間への憧れと無情
07.見えざる議会
08.欺きと陰謀
09.ドクターリサイクル
10.アウトサイドバトル
11.水男出現!
12.立ち上がる決意
13.哀しい告白
14.邪悪な存在
15.あの橋の向こう側
16.Mysterious Lady
17.柔らかな微笑み
18.Chasing Game
19.希望の欠片
20.柔らかな微笑み-Piano Ver.-
TVアニメ『BEM』作品情報
スタッフ
原作:ADKエモーションズ
企画:NAS
プロジェクト協力:Production I.G
シリーズ構成:冨岡淳広
キャラクター原案:村田蓮爾
キャラクターデザイン:砂川正和
アニメーション制作:ランドック・スタジオ
監督:小高義規
キャスト
ベム:小西克幸
ベラ:M・A・O
ベロ:小野賢章
ソニア:内田真礼
ウッズ:乃村健次
謎の女:坂本真綾
『BEM』公式サイト
『妖怪人間ベム』50周年記念サイト
『妖怪人間ベム』50周年プロジェクト公式ツイッター(@bem_50th)