難解と言われても敢えてお客さんに背伸びしてもらいたかった|映画『HELLO WORLD(ハロー・ワールド)』伊藤智彦監督&武井克弘プロデューサーロングインタビュー
『君の名は。』以降のアニメ映画の現在位置
――近年はオリジナルのアニメ映画が大きな盛り上がりを見せているのと同時に、デートムービー的要素が求められたり、アニメ映画を見る層にも変化が生じはじめているようにも感じます。監督は消費者のニーズの変化について、感じる部分はありますか?
伊藤:僕は実は(オリジナルの)アニメ映画に足を運ぶ人が増えている、というのが本当かどうか少し疑っていて。まだそれほどアニメ映画を観る人の層自体は増えていなくて、現在の状況は「新海誠の作品」を観に来る人が多い、ということだと思っています。
作り手側の感覚としては椅子取りゲームをしているような感じですね。今はかつてジブリが担っていた「ファミリーでも観られる映画」が若干空いているのですが、そことは別にティーンが安心して見に行ける層を新海さんががっちりと掴んでいる。
その周辺にはもう少しコア層向けのSF寄りのゾーンがあって、そこは押井(守)さんや神山(健治)さんが担っていました。
ただ、神山さんは『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』でそのSF寄りとは違う方向性に進まれたので、今少し空いているんですよね。
――確かに、SFはアニメ映画から定期的にヒット作が出ています。
伊藤:なので、僕はここを狙うべきなんじゃないかと思っていて。自分が勝負できるポイントですし、これは意識的にやらなければできないことです。
まったく新しい層を開拓しようとしている方々もいますが、やはりなかなか大きくはなりませんし、ある程度特定の客層に向けて作品を作りながら、新しい属性を加味させて、徐々に層を広げていくやり方が良いのではないか、というのが僕の考えです。
――武井さんの方はいかがでしょうか?
武井:確かにアニメ映画の本数は増えていますね。それはもちろん、先ほど述べたように『君の名は。』の影響が大きいと思います。
伊藤:あとは単純に、TVシリーズの制作にクリエイター側が疲れてしまっているというのもあると思います。納品が一回の劇場アニメのほうが体感として楽ですから。
武井:ただ、一般の人たちがどれくらい映画館に行って映画を見るか考えた時、せいぜい年に2~3本くらいじゃないかと思うんです。
その中で戦うというのは、TVシリーズとは違う厳しさがありますし、簡単なことじゃないというのは、2019年に他のアニメ映画を作られた皆さんも感じられていることなのではないかなと。
その一方で、劇場アニメが増えている今だからこそ、いろんな作品があっていいし、そこに対して『HELLO WORLD』は一つの提案ができたと思っています。
――具体的には、どういった部分でのチャレンジができたのでしょうか。
武井:SFというジャンルは、今では十分世間に浸透と拡散をしています。言ってしまえばどのアニメにもSF要素って少なからずあると思うんですけど、僕はもう少し世の中に流通する作品の「SF濃度」を上げるトライがしたかった。
正直に言えば、僕は今回そこまでゴリゴリのSFをやったつもりはないんです。かと言って、『HELLO WORLD』がSFじゃないかと言えば、そういうわけでもなくて、SF的な想像力は確かに働いている。
世の中にはもっと濃くて驚きに満ちたSFがあって、そういった作品への入り口に『HELLO WORLD』がなってくれたら光栄ですし、そういう紹介者としての役割は東宝のような配給会社こそが担うべきだと思います。
だから今回はあくまでもSFの入門編として、物語への理解度としてこれぐらいまではついてきてもらえたら嬉しい、というラインを狙いました。
――先程の伊藤監督の話ともつながりますが、SF要素の強い作品は、TVシリーズより映画のほうが受け入れられやすいという印象もあります。
伊藤:TVシリーズは、画面だけに集中しながら見ているわけではない、ということかなと思っています。
スマホの小さい画面や、ながら見が多くなっている今の視聴環境を考えると、あまり難解な作品は作れない。それに対して、映画館なら画面だけに集中して観てもらえるわけですから。
武井:そういった映画の恵まれた視聴環境に対して、SFだけじゃなく様々な作品が供給されると、どんどん新しいチャンスが生まれてくると思いますし、僕自身そうなってほしいという意識で制作しています。
もうこれは完全にユーザー目線の話になってしまうんですが、やっぱりもっといろんな作品が観たいんですよね。
現状の日本の映画、特に上映館数の多い大型の邦画は、洋画ほどのバラエティの豊かさは持てていない。アニメという、原則的に何でもできてしまう表現であれば、尚更もっといろいろな作品があって良いと思いますし、皆が同じジャンルをやる必要もないわけです。
本作は、そういったさまざまなチャレンジができる土壌をつくるための映画でもあったと思います。
――やはりお二人とも、海外の作品というのはよくご覧になられているのでしょうか。
武井:そうですね。伊藤監督と会えば、この前どんな映画を観ました、といった話をすることが多いです。
伊藤:例えば韓国映画も、とても面白いものを作り続けているわけです。先入観だけで見ていない人は損をしていますよ。日本のアニメよりもよっぽどアニメっぽいことをしている作品もありますからね。
武井:韓国映画の得体の知れなさは半端ないですよね。ジャンル分け不能だったり、物語がとんでもないところに着地したりする。
僕自身も、どう形容すればいいのか分からない、けど面白い、という映画体験はいっぱいあります。(お客さんの反応を見るに)きっと『HELLO WORLD』も得体が知れなかったんだろうなと。
伊藤:その可能性はありますね。やっぱり同じジャンルで、同じ刺激ばかりを与えていくと、他の感覚が鈍化していくと思うんです。たまには違う見方、違う刺激に触れるのも良いのではないかということは、常に考えています。
――日本の映画界の中でも、アニメは世界でも勝負できるジャンルの一つだと思います。制作時、世界を意識した部分はありますか。
伊藤:僕は意識しています。というよりは、このご時世に世界を意識しないで作品を作ることは罪ですよ!(笑) かといって特別なにかをしたわけではないのですが、強いて言えばどこからも嫌われない表現にしたのと、中国人の研究者(徐 依依)がいるぐらいですね。
とはいっても昔のハリウッド映画でも、研究者にアジア系の人物はいたので、特段珍しいことではないと思います。舞台が日本であることを考えると、アメリカから来るよりも自然ですから。
武井:ビジネス的に考えても海外市場は無視できませんから、意識はしているのですが、そのために具体的な何かをしたという感じではないですね。
ただ、今回のお話のアイデア、設定の組み合わせ方はある種の発明だと思っているので、そういったネタの新しさを海外の人が面白がってくれたら嬉しい、という想いはあります。
僕らが過去作を観てきてそうしたように、将来的に本作をオマージュした作品が作られたり、リメイクしたいと言ってくれるような人が出てきたり、そういう届き方をしたら最高ですよね。
――伊藤監督は劇場アニメとしては今回が初めてのオリジナル作品だと思うのですが、原作ありのものと勝手が違う部分はなにかありましたか。
伊藤:原作者に気を遣う必要がないというのは気楽でしたね。
一同:(笑)
伊藤:あとは自分が思っていることを周りに伝えるという作業が多くなるので、それをいかに上手くやるかということでしょうか。
意外と、皆ちゃんと確認しに来たりするんですよ。こちらとしてはもっと遊んでもらってもいいのにな、という想いもあるのですが、皆すごく真面目で(笑)。
もし自分が作画として参加する立場だったら、結構好き勝手やっていただろうなと。もちろんダメな場合はダメだとジャッジすることにはなるのですが、もう少し自由に挑戦して欲しかったところはありますね。それがオリジナルだとプラスに働くことも多いので。
▼予告
――本作は高校生と大人というふたりの直美を、北村匠海さんと松坂桃李さんがそれぞれ演じられていますが、同じ役者さんを起用しようという考えは浮かびませんでしたか?
伊藤:そこは初めから一切考えてなかったですね。
武井:僕もです。
伊藤:(同じ役者だと)ある程度声がかたまっているように見えてしまうのと、僕の場合はもう少しずるい理由があって。プロモーション的な意味合いでも、役者はふたりいたほうが良いだろうと(笑)。
一同:(爆笑)
伊藤:あとは狙いとしては、同じ人物であることよりも、両者の違いの方を強調したかったんです。むしろ違う人格に見える方が良いくらいでした。
武井:この直実があんなになってしまうというところから、沸き起こる感情を狙ってのことですから。ふたりの雰囲気の変化から、どれだけ大変なことがあったのか感じとって欲しいんですね。
伊藤:あとは高校生の直美は、単純に成長期の前でしたからね。声変わりしてないからああいう声なんだよっていう。
――成長した際の声の変化としては、非常に違和感のない配役になっているとも感じたのですが、キャスティングの際、声質の近い方を選ばれたというわけでもないのでしょうか。
伊藤:そちらはゼロではないですが、どちらかというと直実の時からカッコいい声になりすぎないようにという意識のほうが強かったですね。
最終的な声が松坂さんだと考えた時、そこから逆算して高校生の時点で声が低すぎると、子供感や大人のナオミとのギャップが出ないだろうなと。そういったことを踏まえて、北村さんに決まりましたね。
――最後に、作品をもう一度観られる方と初めて観られる方に向けて、注目してほしいポイントやメッセージをお願いします。
伊藤:リピーターの方は、ぜひ大人のナオミ側の世界を描いたスピンオフである『ANOTHER WORLD』をご覧になってから見て欲しいですね。また違う感情で本編を楽しめると思います。
初めての方には、デートムービーとしても観ていただきたいです。映画を見終わった後、喧嘩にならない程度に言い合える余地がある作品になっていると思います。
100%答えを明かすのではなく、一端を隠したままの状態に意図的にしているので、フリーハンドで書き足していってもらいたいんです。
もちろん我々が考えた「答え」は用意しているのですが、本当にそれが正しいかどうかも分からない。そうした楽しみ方ができる作品として作ったつもりですので、作品を見て、自分なりの答えというのを導きだしていただければ嬉しいですね。
武井:初めてご覧になる方には、先入観なしにまっさらな気持ちで楽しんでいただきたいですね。僕の立場でこういうことを言うのはアレですが、映画の観方として、まずは宣伝を疑うとこころから始めてもらいたい(笑)。
それから個人的に、もっとたくさんの人にあらゆるエンタメを楽しみ尽くしてもらいたいという想いがあって。映画はお話も絵も音もある贅沢なメディアだからこそ、あらゆる別のメディアへの入り口にもなり得ると常々思っています。
「2027Sound」による音楽がそれを象徴していますが、様々なジャンルが入り混じった、ある意味得体の知れないキメラのような作品ですので、本作がいろいろな興味の入り口になってくれたら嬉しいですね。
すでに繰り返し観ていただけている方は、本作の魅力を理解していただけたということだと思うのですが、そうした方々の感想を見るのも僕自身の楽しみの一つになっています。
本作を観て、お客さんそれぞれの楽しみ方を見つけていただけたら嬉しいです。
――ありがとうございました。
[取材・文・写真/米澤 崇史]
映画『HELLO WORLD(ハロー・ワールド)』作品情報
9月20日(金)より全国劇場にて公開中!
<スタッフ>
監督:伊藤智彦
脚本:野﨑まど
キャラクターデザイン:堀口悠紀子
アニメーション制作:グラフィニカ
<声の出演>
北村匠海(堅書直実)、松坂桃李(カタガキナオミ)、浜辺美波(一行瑠璃)