『HUMAN LOST 人間失格』冲方丁さんインタビュー|日本SF界の巨匠が今のSFを語る「社会におけるSFの役割の変化の先にある“提案型SF”」
この先のSFは「提案型」が主流に?
――本作には原案の『人間失格』をモチーフとした設定や小ネタがたくさん仕込まれていますが、その中で気に入っているものはありますか?
冲方:原案をモチーフとしたネタをいろいろなところに散りばめたり削ったりしたのですが、これ以上はいいだろうと思ったところで、「まだ入れてくれ」と言われたのを覚えています(笑)。
これは木﨑さんの演出力の賜物なのですが、個人的に印象的なのが、作中で葉藏が描いた絵である「地獄の馬」の扱いですね。
「これ以上自分を操作しないでくれ」という葉藏の鬱屈とした気持ちが竹一に託されていたことが、ああいった形で描かれるのかと。
あとは、葉藏、堀木、美子の三人の関係性が、原案と同じ構造のままやれたことにも満足しています。
これは改めて『人間失格』を読んで感じたのですが、美子がいないと葉藏の大事な側面が書けないし、堀木の独善性と美子の他人に尽くしすぎて却って自体を悪化させてしまう対比であるとか、誰かが欠けると何かが描けなくなるようになっていて、人間配置が完璧なんです。
日本の全クリエイターの共有財産としてもいいと思うくらい隙がなくて、太宰治のすごさを改めて実感しました。
――SFというジャンルは、常に衰退説とそれを否定する説が定期的に出てきますが、冲方先生としては現状のSFというジャンルの位置づけをどのように考えられていますか?
冲方:テクロノジーは常に更新されるので、SFも同じように更新され続けていくだけの話だと思います。
ただ、現代において初めて発生したのが、テクノロジーの成長スピードがあまりにも早く、バラバラに発達したので、その最先端が誰も分からないという状態に陥っているという問題です。
さらに問題はもう一つあって、今から頑張ってテクロノジーを学んだとしても、それがいつ役に立たなくなるかが分からないことです。
例えば、エンジニア志望の人が大学でプログラムを勉強しても、テクノロジーが進歩しすぎて、社会に出る頃には勉強したことが何の役にも立たなくなっている可能性もあるんです。
――確かに、プログラムは将来的に主流となる言語が変わってしまう可能性が常に付きまといます。
冲方:そうなると、社会におけるSFの役割もすこし変わってくるのではないかと考えていて。
リアルタイムで最先端のテクロノジーを描きつつ、その一歩先を見据えるというのも大事なことだと思うのですが、「このテクノロジーはまだ現実にはないけど、実現したらどうなると思う?」という原点に立ち返った、提案型のSFが主流になるのではないかなと。
実際に本作も「皆が健康になりすぎたあまり、超高齢化社会が今後100年続いたらどうなる?」という提案の元に作られています。
今後、提案型が主流になることによって、こうした突拍子のないアイディアというのが求められることが増えてくると思います。
そういう意味でSFの現状を考えると、衰退というよりはカーブに差し掛かって、方向を変えようとしていると考えるのが正しいのかなと。
今までは次に来るテクノロジーを予見することこそに価値があるとされていましたが、この先はその進化したテクノロジーで何がしたいのか、テクノロジーを何に使うのかと提案するのが、SFの役割に切り替わったのではないかと思っています。
――テクノロジーの先を描くというやり方は、そろそろ限界を迎えつつあるというか。
冲方:そうですね。例えば、かつて世界中の人々が砂糖がいっぱい作れたら幸せになると思っていたら、現実では紛争よりも糖尿病で亡くなる人の方が多くなっているわけです。
その際に、「砂糖に代わるものを作る」のか、「砂糖をいくらとっても耐えられる身体を作る」のか、いろいろバリエーションが作れますよね。そうした発想から作られるSFが増えてくると予想しています。
――なるほど。では最後に、本作の見所となるポイントや、公開を楽しみにしておられるファンの方々に向けてメッセージをお願いします。
冲方:僕は脚本を書いているのにも関わらず、最初に完成したフィルムを見たときに度肝を抜かされました(笑)。
これは木﨑イズムとポリゴン・ピクチュアズさんの総力、役者さんの演技の賜物だと思うのですが、5分ごとに違う見所がやってきて、とにかく見ていて飽きないんです。
見終わったあとで「自分は今何を見たんだろう」と圧倒される、一体何がすごかったのかをこれから僕自身が考えないといけないくらい、不思議な感覚を味わえる作品になっていると思います。
自分としては「よくわからないけどとにかくすごい」としか言いようがなくて。逆に皆さんに僕に何を見たのか教えて欲しいくらいですね(笑)。
その分見終わったあと、誰かに内容を話したくなるような作品になっていると思います。
――ありがとうございました。
[取材・文/米澤崇史]
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◆第1回「ダークヒーロー特集 最強MARVELから大ヒットJOKERまで」
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作品概要
劇場アニメ『HUMAN LOST 人間失格』
11月29日(金)全国公開」
配給:東宝映像事業部
<INTRODUCTION>
全人間、失格
昭和111年・GDP世界第1位・年金1億円支給
日本文学の最高峰「人間失格」
狂気のSF・ダークヒーローアクションへ再構築
破滅に至った一人の男の生涯を描く日本文学の金字塔――太宰治「人間失格」。深い死生観、文学性が今なお、強烈な衝撃を与え続ける不朽の名作。そのスピリチュアルを内包し屈指のクリエイター陣によって再構築された、新たなるオリジナルアニメーション映画が誕生した。“日本発の世界を魅了するSFダークヒーロー”を創出すべく本作の起点となったのは、スーパーバイザー・本広克行。脚本は、太宰治と同じ小説家であり、日本SF大賞ほか数々の賞を受賞した冲方丁が担当。日本文学を大胆なSF世界観と重厚な物語へと昇華させた。
異様の日本をリアリティある映像へと落とし込むのは、海外でも多数の賞を受賞し、次々に映像革命を起こし続けるアニメーション制作・ポリゴン・ピクチュアズ。主題歌には、グラミー賞にノミネートされSpotifyにおいて世界でもっともストリーミングされたシンガーJ.Balvinをfeat.に迎えた、音楽シーンの最前線を走り続けるm-floが参加し、世界を彩る。そして、それら鋭く多彩なクリエイティブを、「アフロサムライ」において卓越したアクション描写で世界を驚愕させた監督・木﨑文智が、エモーショナルにまとめあげた。
“日本文学の最高峰×ジャパニーズアニメーション”が危うく交錯する――
狂気の“日本”を巻き添えにする、誰も知らない“ダークヒーローアクション”「人間失格」。
<STORY>
昭和111年――医療革命により死を克服し、環境に配慮しない経済活動と19時間労働政策の末、GDP世界1位、年金支給額1億円を実現した無病長寿大国・日本、東京。
大気汚染と貧困の広がる環状16号線外“アウトサイド”で薬物に溺れ怠惰な暮らしをおくる“大庭葉藏”は、ある日、暴走集団とともに特権階級が住まう環状7号線内”インサイド”へ突貫し、激しい闘争に巻き込まれる。
そこで”ロスト体”と呼ばれる異形体に遭遇した葉藏は、不思議な力をもった女性“柊美子”に命を救われ、自分もまた人とは違う力をもつことを知る。
暴走集団に薬をばらまき、ロスト体を生み出していたのは、葉藏や美子と同じ力をもつ男“堀木正雄”。正雄はいう。
進み過ぎた社会システムにすべての人間は「失格」した、と。文明崩壊にむけ自らのために行動する堀木正雄、文明再生にむけ誰かのために行動する柊美子。
平均寿命120歳を祝う人類初のイベント“人間合格式”を100日後にひかえ、死への逃避を奪われ、人ならざる者となった大庭葉藏が、その果てに選択するものとは――
STAFF
原案:太宰治「人間失格」より
スーパーバイザー:本広克行
監督:木﨑文智
ストーリー原案・脚本:冲方丁
キャラクターデザイン:コザキユースケ
コンセプトアート:富安健一郎(INEI)
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ
企画・プロデュース:MAGNET/スロウカーブ
配給:東宝映像事業部
CAST
大庭葉藏:宮野真守
柊美子:花澤香菜
堀木正雄:櫻井孝宏
竹一:福山潤
澁田:松田健一郎
厚木:小山力也
マダム:沢城みゆき
恒子:千菅春香
公式サイト
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