勝ち負けは書きたくない。生きてる限りはいつだってスタートラインに立てる――工藤晴香さん2ndミニアルバム『POWER CHORD』に込めたメッセージ
「“勝ち負け”は絶対に書きたくないんです」
――では曲の制作のお話や聴きどころについて詳しく教えてください。オープニングナンバー「GROOVY MUSIC TAPE」は、シンガロングから始まっていくライブ映えするナンバーです。
工藤:前作のときに、たくさんの媒体のかたから取材を受けたんです。はじめましてのかたがほとんどだったので「工藤さんが初めて音楽に触れたきっかけは?」という質問を受けることが多かったんですが……それがすごく新鮮で。普段友だちと会話してるときってそういうことはなかなか話さないじゃないですか(笑)。
そういった質問を受けて「子どものころ、友だちとカセットテープを聴きながら歌っているうちに……」と自分で話していたら、思い出が鮮明に蘇ってきて……初めて素晴らしいアーティストや曲に出会った衝撃、初期衝動を思い出して、インタビュー中にひとりエモくなっていたんです(笑)。それを曲にできたら良いなと思って、書いていきました。
――インタビューで話していくうちに気付きがあった……というのは、いちインタビュアーとしても嬉しいお話です。
工藤:たくさんインタビューを受けて、人と話すことが好きなんだなと改めて思いました。そこでアイディアが出てくるんだなって。
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――<AとBの狭間で>など、テープ時代を知ってる者にとって心をくすぐる言葉も。
工藤:カセットテープってA面、B面とあるじゃないですか。自分の探している音や声が見つからないときって、その狭間に隠れてるんじゃないかなって想像して。そういったカセットテープネタが詰まっています。
――テープは最近見かけないので、知らない世代のかたは新鮮かもしれません。
工藤:あ、それが普通に売っているらしいんです! わたしも売ってないと思っていたんですが、「MVの撮影でカセットテープを使いたい」って話をしたらデザイナーさんが普通に買ってきてくれました(笑)。
MVでは、憧れのカセットテープレコーダーとヘッドフォンをつけています。私、家にラジカセはあるんですが、ウォークマンは持ってなかったんです。だからずっと憧れていました。カセットテープの世代じゃないかたもいると思いますし、最近は配信でしか音楽を聴かないってひともいるとは思うんですけど、これをきっかけに興味を持ってくれたらうれしいです。
なかには、私の音楽を「親と一緒に聴いてます」と言ってくれているかたもいるので、ご両親の耳に刺さったらいいなと思いつつ。
――最近レコードを出される方はいますけど、いつかグッズでテープを出してほしいです。
工藤:実は出したいなと思っているんです! どうなるかは分からないんですが、カセットテープはCDとは違う味わいがあるので、カセットテープの良さを伝えられたらいいなって思っています。
――2曲目のタイトルは「ROCK STAR」。工藤さんにとってのロックスターってザ・ビートルズやニルヴァーナでしょうか?
工藤:ビートルズは本当にロックスターだと思います。私が影響を受けているひとたちが、おそらくみんなビートルズの影響を受けていて。脈々と流れるものの最後はそこなのかなと。
自分が表現者としてステージが立つにあたって、「私はロックスターなんだ」って自己暗示してるんです(笑)。私よく(自分のことを)「スーパースターだよね」って言うんですよ。
でもロックスターって……自分からしたら程遠い存在なんです。バンドさんのライブを見に行くとプロフェッショナルって本当にすごいんだなと感じます。
私はたくさんのロックスターに背中を押してもらっていて。私も誰かの背中を押すことができたら、と思って作った曲です。
――3曲目「KEEP THE FAITH」は初挑戦のラップあり、攻めた曲ですよね。
工藤:実は最後にできた曲なんです。
――意外! 作品の軸となるう曲なので、てっきり前半に完成したのかと。
工藤:そう思われることが多いんですけど、最後に……というか、ギリギリに完成した曲なんです(笑)。最後にめちゃくちゃ強い曲が平地さんからきて、でも言葉が出てこなくて。どうしようか迷ったんです。
私は作詞をするとき、紙とシャープペンシルと消しゴムで書いていくんですけど、メロにハメるとか考えずに「自分の伝えたいこと」を書きだしていって。
今まではファンのみんな、自分自身に向けたものが多かったんですけど、“世の中”に向けて言いたいことってなんだろうって。
――そこで出てきたのが、<可能性に終わりなどない>というメッセージだったんですね。年齢は関係ないと。
工藤:はい。私のテーマでもあるんですが、 “勝ち負け”は絶対に書きたくないんです。「生きてる限りはいつだってスタートラインに立てるんだよ」という気持ちを書いて、「これだ!」と思いました。
私は、生きていればいくらでも再スタートできるって思っているんです。それでも、どうしてもだめになってしまう時ってあると思うんです。
そこで周囲の人が「あの人、終わった」とか決めつけるのは簡単なんですけど、実は知らないところで再スタートを切ってることが多くて。それって素晴らしいことだと思うんです。
――しかも “終わらせる勇気”があったわけで、それは凄いことですよね。
工藤:そうなんです! スポーツ選手の方々の引退などを見ていると、考えてしまうことがあって。同年代の選手が頑張ってるのを見ると、応援したくなってしまうんですよね。
――初挑戦のラップはいかがでしたか?
工藤:めちゃくちゃ難しかったです! 韻を踏む歌詞を書いたことがなかったうえに、歌うこともなかったので、ラップ部分だけ最後に録りました。ヒップホップの方々は本当にすごいなと思いました。
いつもディレクションをしてくださっている方がヒップホップ寄りの方なので、作詞のアドバイスをいただいたんです。
「最初から最後まで言いたいことを詰め込むよりも、パンチライン(印象的な言い回しのこと)を自分で決めて書いていったら?」と。
それで、パンチラインとしてBメロの<可能性に終わりなどない>という言葉を入れました。楽器の音が少なくてしっとりしているところなので、言葉がスッと入ってくるんじゃないかなと思っています。
●「KEEP THE FAITH」MUSIC VIDEO(short ver.)
――4曲目から作品のカラーが少し変わっていきます。「君へのMHz」は、タイトルから分かる通りラジオをテーマにしたミディアムナンバーです。ラジオをテーマにした理由を改めて教えてください。
工藤:昔からラジオ番組が好きだったんですが、ステイホーム中はいつも以上にラジオを聴いていたんです。
テレビなどのメディアはソーシャルディスタンスの関係で収録が難しい状況だったじゃないですか。かといってニュースを見ていても落ち込んでしまって。
そんななかでラジオだけリモート収録で通常運転していたんですよね。そこだけいつも通りの日常のように感じて癒されていました。
ラジオ番組を聞いているなかで、番組と番組の間や、パーソナリティさんが何気ない日常の話をされている間に流れる曲に、特別な感動を覚えて。
自分の曲がラジオで流れるなら「こういう曲が流れたら聴いてるひとたちも感動するかも」と思いながら書いた曲です。
――今はラジオもいろいろな方法で聴くことができますが、それこそラジカセでテープに録っていた時代もあって、そうした関連性も感じます。
工藤:「GROOVY MUSIC TAPE」を最初に書いて、次がこの曲だったんです。アナログ感や、なつかしさを感じる曲を書きたいなという気持ちがありました。
でも、数字(周波数)を調整しながらラジオ聞くことを知らない世代のかたが「分からないことばっかり言ってる」となってしまうのは嫌だなと。だから、できるだけ分かりやすく書きました。
――5曲目「Magic Love」は童心に帰るような曲。初の作曲とは思えないクオリティですが、どのように取り組んでいったのでしょうか?
工藤:2ndを作るにあたって前作とは違うことをやりたいなと思っていたんです。ギターは最低限弾けるのと、ステイホーム期間で時間があったので「作曲をやってみようかな」って。
しかもSNSを見ていたら、みんな新しいことに挑戦してたんですよね。家庭菜園とか、家で陶芸とか。私も家にあるもので新しいことできないかなと思って、作曲してみようと。iPhoneで簡単に録音できますし。
――ではスムーズに進んでいったんですか?
工藤:めちゃくちゃ時間かかりました! 作詞の倍くらい時間が掛かって最初はちょっと後悔したくらい(笑)。全てのアーティストを改めて尊敬しました。
「いいな」と思ったメロディができても、次の日聴いたら「微妙だな」と。それを繰り返して、良いものだけ残していきました。
いろいろなタイプの方がいるとは思うんですけど、私は作っては壊し、作っては壊しのタイプだったようです。でもすごく楽しかったので、今後も作曲させていただく機会があれば、していきたいなと思っています。
――ここに“影送り”のワードが出てるんですが、これは教科書にも載っている物語『ちいちゃんのかげおくり』から?
工藤:はい。小学校の教科書に載っていて。とても悲しい物語ではあるんですけど、学校の休み時間に友だちと影送りをよくやっていたんです。
それだけで昼休みが終わっていました。大人になっても教科書の内容や昼休みのことを覚えてることに自分でもびっくりしました。
――最後の曲「My Story My Life」は、爽やかなメッセージソングです。
工藤:ステイホーム期間中に小説をたくさん読んでいたんです。ハードカバーだと置く場所がないので、最近は文庫化するまで待っているんですが、今年やっと文庫化『サラバ!』(西加奈子著)を読み始めたらあっという間に時間が経ってしまいました。
主人公の男の子の人生を自分が歩んでいるような気持ちになって、距離が近づいて、一心同体のような気持ちになって。
そのとき、知らない誰かが私の人生を見たときに、私の人生も小説みたいなのかなってふと思ったんです。みんなそれぞれ歩んできた道があって、歩んできた道すべてが退屈ってひとはいないと思うんですよ。
「そんな経験あったの?」「そんな人に出会ったの?」というような面白いことがいっぱいあるし、なおかつ、道を間違えてしまっても、新しい出会いがあって、新しい人生がはじまっていく。そういうミラクルを書きたいなって。
その当時、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』という映画を見ていて、そこからも影響を受けました。
――<道に迷って間違えた chapter masterpieceには必要なpage>という言葉があるように、間違った道も進んでいけば本当はあっているかもしれない。遠回りしてるかなんてわからないんですもんね。
工藤:そう! 意外と近道だったこともありますし、その遠回りが正規ルートだったかもしれないし。みんな人生プランはあると思うんですけど、ほとんどのひとがプラン通りにいっていないと思うんです。私自身も人生プランはたくさんあるけど、その通りかといえば別にそうでもなくて。
でも、私は後悔も恥ずかしさもないんです。だからこそ、いろいろな人たちに出会えているし、作品もリリースできているし……「間違ってないんだな」って。この曲ではそんな気持ちを表現しました。
――最後の<走れ>という言葉が、聴き手の背中を爽やかに押してくれます。
工藤:この曲は先にメロディとサウンドが届いていて、仮歌のようなメロディが参考に入っていて。それが「走れ」に聴こえて「絶対に最後に入れたい!」と思っていました。
そのときはまだテーマは決まってなかったんですが、ここに向かって物語書かなきゃって気持ちがありました。