『キラッとプリ☆チャン』キャラクターソング・主題歌を手掛ける松井洋平さんが歌詞で描いたセカイを紐解く|圧倒的な愛情に満ちたソルルとルルナ。 “悪者”にはならないように、完璧ではない、論破ができるような歌詞に
ソルルとルルナの楽曲制作エピソード
――まずはソルルとルルナの楽曲からおうかがいさせてください。それぞれの曲があった上で、それをデュエット曲にするって、いったいどのように作られていくんでしょうか。
松井: それぞれ同時進行で書いていきました。2つの曲がひとつになるということで、めちゃくちゃ考えましたね。それぞれのソロ曲は、優しさと温かさで、それぞれの2人の良さを引っ張り上げるような曲だけど、合わせたら圧倒的な敵感があるようにしなければいけない。
同時進行とは言いつつも、まずデュエット曲の「Awakening Light」を先に書いたんです。先にどういう文脈にするかを決めて、一行一行、ゴールは決めずに書いていきました。ふたりの声が重なる部分は強い言葉にしたいなと思っていて。例えば<だから言ったのに><永遠をあげるの x 永遠をあげるよ>がそうですね。ふたりが歌ったときに“永遠の安心をあげる”という意味になるようにしたいなと。
また、<愛という真実を><欠け落ちた世界を>が重なったとき<愛という欠け落ちた真実と世界を>になるようにしたいなと思ってました。<愛>は、AI=バーチャルな存在という意味も含まれていて。
つまり、この世界であなたたちがやってる不確実なこと――つまり「やってみなくちゃわからない!わからなかったらやってみよう!」という言葉には成功だけじゃなく、失敗も含まれてる。それが傷になって、帰ってこられない子もいる。厳しいことでもあるんですけど、実際にいると思うんです。それって親の目線から言うと「転ぶ前に石を取ってあげたい」という気持ちなんですよね。現実の世界でいうと“過保護”という言葉になってしまうかもしれませんが、石を自分でどける可能性を子どもから奪ってしまうような、その確信になればいいかなって。
――ふたりの<だから言ったのに>という言葉はその象徴ですよね。
松井:<だから言ったのに>って、親が子供に対して「高いところ登っちゃダメって言ったでしょ! だから言ったのに!」って注意することと一緒だと思うんです。でも先に言ってしまえば、高いところから見られる景色を奪うことにもなる。そういった愛の重さが壁になるという歌詞をふたつに分けたら、優しい愛と強い愛が表現できるんじゃないかなと。
――なるほど。
松井:あとは太陽と月というモチーフがあったので、日蝕は出したいなと思っていました。月と太陽が重なったら星の存在そのものは見られなくなって、光だけが見えるんですよね。太陽は直接見えることができない眩しさがあって、仮に直接見てしまったら目を傷つけてしまう。月と重なったときに幸せになる光は見えるけど、実体が見えなくなり、それは恐ろしいことでは…そんなことを意識しました。
Dメロに<愛を忘れないで贈るわ、全てやってみて 開く…キミの可能性を>という言葉があるんですが、ここで言う<全て>や<可能性>というのは、親のシュミレーションしたものであって、それが本人の望みとは限らないという怖さを表現できたらなと。
例えば、医師や歌舞伎の家系に生まれて、その職業になることを望まれている子たちって現実にいるじゃないですか。もちろん後から考えたら「それでよかった」となることもあるとは思うんですが……。いちばん怖いのは、幸せを与えられたら、人間ってそこで満足しちゃうことなんですけどね。
『プリ☆チャン』で描いた管理された世界というのは、ジョージ・オーウェルのSF小説『1984年』に近い世界観だと思うんです。昔のAppleのCMでその閉塞的な世界観から飛び出すという内容なものがあったんですが、「ミラクル☆キラッツ」(桃山みらい、萌黄えも、青葉りんか)の存在ってそういうものだったんじゃないかなと。
憧れを憧れのままで終わらせない、憧れを導く存在に自分たちもなってきた彼女たちだからこそ、ひとつの世界に閉じこもってた誰かの心の扉を開けて、その場所だけじゃなくて、世界はもっと広いんだよと教えることができる。
ソルルとルルナが管理しているのは愛かもしれないけど、管理されてしまったら見られない景色がいっぱいあると知ってる彼女たちだからこそ、改心させることもできる。だから歌詞が完璧じゃだめなんですよね。最初の彼女たちなら倒せない、でも今の彼女たちなら論破できる、そういう歌詞にしないとなと考えながら作っていきました。
――いまお話を聞いて鳥肌が立ちました。凄いという言葉しかでない状態なのですが……。
松井:いやぁ、いちばんすごいのは発注だと思います(笑)。それとは真逆の意味でプレッシャーがあったのが、オープニングですね。
――最後の主題歌を飾った「ドリーミング☆チャンネル!」ですね。
松井:まずテーマとしていただいたのが「原点回帰」で、それぞれのオープニングのフレーズを使ってひとつのメッセージを作ってほしいと。かつ、Run Girls,Run!の曲としても成立するもの。今現状、プリティーシリーズではRun Girls,Run!としての最後の曲になるわけで。だから、彼女たちにとっての思い出も必要だなと思ったんです。あと最終回の全員ライブで使うというところで、最終回のストーリーの文脈も含まなければいけない。
――いわば全部盛り状態(笑)。
松井:そうですそうです。また「無理だ」と思いました(笑)。でも作り方としては意外と難しくなくて。今までのオープニングの歌詞をパソコンの8画面で見るような感じで(笑)。そのとき「イルミナージュ・ランド」(作詞:只野菜摘さん,作曲:瀬尾祥太郎(MONACA)さん)がリリース前で「あ、歌詞がねぇ!」って(笑)。もちろん言ったらいただけると思うんですけど、MVがあったので、ひたすらMVを見ながら歌詞を拾っていった記憶があります。
全部を過去の曲から引っ張ってしまうと、他の文脈が使えなくなってしまうので、A~Bは空けておきたいなと思ったんです。Aは初めて「やってみた!」という初心に戻るような形にして、Bメロは、1期・2期を伝えようと。サビでは『プリ☆チャン』という物語をまとめました。まずサビから作っていきましたね。
――それぞれのブロックについても、詳しくお伺いしたいです。
松井:最初の<はじめて発信するようなドキドキいつでも期待感でいっぱいだよフォローとフォローでつないだ世界へみんなで飛び込んでいこう!>というところには、『プリ☆チャン』を見てきた人にしたら「今さら何言ってんだよ、知ってるよ」って思うような感覚をあえて入れています。出発点からはじめようと。
で、<出会えたゼンブのいいね☆が 勇気をくれた>の部分で、二期の軸を持ってきて。バグホールを倒すときに世界中のいいね☆を使ったという文脈も込めました。その直後の<キミの (キミの) ステキ (ステキ) >は白鳥さんの「ステキガールズ」も重ねています。
そこから3期につながるサビは、「never-ending!!」(第4クール主題歌)から拾ったんですけど、「まだまだ物語が続いていくんだ」という流れにしたかったんです。<やってみたら 夢は叶うよ!>と、今の彼女たちだったらハッキリ言っても良いんじゃないかって。
あと気付いている人も多いと思うんですけど、Run Girls,Run!さんのお名前(林鼓子さん・森嶋優花さん・厚木那奈美さん)と演じたキャラ名も歌詞に入れ込んでいます。アニメで流れない2サビは、 “for Run Girls,Run!”って意味合いも込めていて、彼女たちのシングルとして特別なものにしたかったんです。彼女たちはプリティーシリーズを見てきた世代だったので、<Rhythm! × Paradise! × Bright!>という言葉の意味が強くなるとも思いました。
作品シリーズに対してというより、『プリティーリズム』を見た人たちが10年後に『プリ☆チャン』の歴史を作ってる、その最先端にいるのがRun Girls, Run!であることを彼女たち自身に証明して欲しいなと思ったんです。
――実際プリフェスの23日の公演で、林さんが過去を振り返られるMCがありました。「プリティーシリーズを見て育ってきた私が、大好きな作品のなかに入っていいのかなという葛藤が当時はありました」とおっしゃっていて。この曲を聴きながらだとよりグッとくるなと感じていました。彼女たちの軌跡がこの曲を作ったといっても過言ではないんですね。
松井:だと思います。彼女たち自身の「やってみよう!」の積み重ねがなければ、今の場所に辿り着いてこなかったんだなと思うと、僕としても感慨深いものがあります。彼女たち自身も声優としていろいろな“はじめて”があった中で、不安もあったと思うんです。でも見てくださっている方の応援のおかげで挑戦することができたのではないでしょうか。
きっと『プリティーリズム』が始まった段階で彼女たちにプリインストールされたと思うんですよね。<プリインストール>という言葉は、まだ使ったことがなかったんじゃないかなと思ったので、いま使おうと。彼女たちはキャラクターになる前からプリティーの魂がインストールされてたんだよって。
そこまで言えたので、Dメロにはサビの最終回の物語として<想いは 宇宙(そら)だって届く>という言葉を入れました。宇宙に行くという話は聞いていたので、<ここにある現実(リアル) おこりえる仮想(ヴァーチャル)>はうまく韻が踏めたなと。リアル、バーチャルって一緒に綴るとRで始まってLで終わるんですよね。
――あ……本当だ!
松井:RとLって僕の世代からすると“向かい合わせ”というイメージなんです。鏡の世界と自分の世界。向かい合ってみたときに、起こりえるバーチャルっていうのは、全部自分自身である、と。
で、最後に<ワクワクの遥か先へ 物語は走っていくんだ>っていう。これはラン、ガール、ランという意味です。彼女たちやキャラクターたちが走っていくということを、ここで書きました。
「やってみなきゃはじまらない」し、「はじめたことをやってみたらおわらない」。そのはじまりと終わりを最後の二行で表現できるようにと。本多君が用意してくれたメロディの繰り返し部分のおかげで綴じることができました。
――いつも曲を先にいただいているんでしょうか?
松井:そうですね、基本的には。プリティーシリーズでいうと、詞先で書かせていただいたのは、「プリマ☆ドンナ?メモリアル」だけですね。これは詞先のほうがいいだろうと、作曲のArte Refacの桑原(聖)さん、酒井さんにお願いいたしました。
神秘のヴェールに包まれてきた80年代アイドルを見てきたからこそ
――ところで、松井さんはプリティーシリーズ以外にも、『あんさんぶるスターズ』、『ドリフェス!』、『アイドルマスター』シリーズなど、アイドル関係の曲を手掛けられることが多くあります。松井さんとアイドル関係の相性の良さというのは、どのようなところにあると分析されていますか?
松井:なんですかね?(笑) 僕、50歳近いんですけど……若い世代の素晴らしい作詞家さんも本当に言葉の使い方が巧みですよね…。あえて僕自身としては、おそらく80年代のアイドルをリアルタイムで見てきたことなのかなと。当時のアイドルって、ゲームの世界観のアイドルに近かったのかなと思っているんです。今のリアルアイドルって近くにいそうな存在じゃないですか。実際に握手もできるし、直接話すこともできるし。
でも、昔のアイドルってもっと不思議な存在だったんですよね。プライベートは謎だし、もちろん会って話すようなこともできない。芸能界という物語の中にいるキャラクターのような感じで、曲もキャラクターソングのような印象を抱いていました。
例えば松田聖子さんの曲は聖子ちゃんが歌うからこそ、聖子ちゃんというキャラクターに合ってるように感じがするし、中森明菜さんの曲は、明菜ちゃんというキャラクターに寄り添って作られているような感じがある。昔から歌詞を覚えることが好きだったので、その感覚を持ってることが大きいのかなと。
もちろん当時は自分が作詞家になるとは思ってなかったんですけど(笑)。目指したことはまったくなくて、たまたま自分のバンドやメンバーの仕事を手伝うような形で作詞をやってたというだけだったんです。
――へえ! そうだったんですね。作品で本格的に作詞をするようになってから、松井さん自身、作詞に対する思いのようなものに変化はありましたか。
松井:歌詞を書きながら「うらやましいなあ」と思うことも多いんです。作品の中の彼ら・彼女らが、しんどいことも、楽しいことも、いま自分では経験できないすべてのことをキャラクターが見せてくれて。それを理解して、応援したいなと思いながら歌詞を書くようになりました。たとえば『ドリフェス!』では「こうあってほしい」という気持ちを強く出していたような気がします。
『アイドルマスター SideM』は経験の大切さ、『あんスタ』は人間関係の流れを大事にしながら書いていて。プリティーシリーズの場合は、概念としての“女の子”の夢を意識しながら書いているんですが、それは大人になった今、初めて分かるような気がするんです。昔は、自分も“男の子”というカテゴリーで、それが当たり前な時代だったので。
プリティーシリーズのキャラクターは一人ひとりが、とにかく熱いんですよね。女の子の世界観の中で少年マンガをやってるイメージというか。そういう意味ではキャラクターソングも書きやすいです。AIの話とは矛盾してしまうんですけど、大人として見せたくないものは最初からどけて、綺麗なものだけ見てほしいなという気持ちもやはりあります。無意識のうちにですけどね。
――それはRun Girls,Run!さんに対してもそうですか?
松井:いや、ランガちゃんに対してはどちらかというと勝手ながら歌詞を通した親のような気持ちで書きました(笑)。