多様化する人間の愛し方に愛交物語を大幅リニューアル――いしいのりえさん・岩田光央さんが“大人の女性の恋愛”をテーマに活動するカナタ、11年目の新シリーズ「トライアングル」特別インタビュー【前編】
イラストレーター・いしいのりえさんと声優・岩田光央さんのふたりで活動中のクリエイターユニット「カナタ」が、2020年に活動10周年を迎えた。これまでカナタが手掛けてきた「あぶな絵、あぶり声」シリーズは、絵本と朗読劇で“大人の女性の恋愛”を表現する作品として毎年出版・公演されている。
同シリーズのコンセプトとして掲げてきた「愛交物語(あいこうものがたり)」は一貫しており、2010年に出版された第一巻から多くの女性の共感を呼んできた。そして記念すべき10周年を迎えた2020年は、全10巻を出版した「あぶな絵、あぶり声」シリーズの集大成として、記念公演「KANATA 10th Anniversary あぶな絵、あぶり声~祭~」が開催されたのは記憶に新しい。
当記事では、10周年で活動の一区切りを迎えたカナタの今後の活動について、主催のいしいのりえさんと岩田光央さんにお話を伺った。「あぶな絵、あぶり声」シリーズからタイトルを変更し、新たに始まる新シリーズ「トライアングル」のコンセプトや、カナタが目指す未来について、前編・後編でたっぷり語っていただいた。
カナタ発足から10年「あぶな絵、あぶり声」シリーズの軌跡
――いままで約10年間「カナタ」として活動してきた感想をお聞かせください。
いしいのりえさん(以下、いしい):カナタは10年前に「大人の女性の恋愛“愛交物語”」として立ち上げた企画なのですが、この10年間で「恋愛」のスタイルがずいぶん変わってきたなというのが印象です。
――恋愛のスタイルですか?
いしい:10年前は雑誌「an-an」でセックス特集が掲載されたり、その他にも出版物でイラスト付きの「セックス指南書」がバカ売れしたり、性に対して奔放な時代でした。ですが、この10年で人間の愛し方が大きく変わってきています。それこそ、いまでは「LGBT」と言われるようなジェンダーレス、多様化をよく耳にするようになってますよね。
――それは実感します。
いしい:なので、この10年を振り返ってみて、私は「もう一度、愛交物語のスタイルを考えてみよう」と思いました。いままでカナタでやってきた性描写を押し出したスタイルは、「いまの時代に合わないのではないか?」とスタッフで話し合って、大幅にリニューアルすることにしたんです。
――大幅なリニューアルとは、思い切った判断ですね。
いしい:いままでの「あぶな絵、あぶり声」は、独立した3~4のお話でひとつの物語をパッケージした作品でしたが、今後はひとつのストーリーを3人で朗読するように変更します。
――いままでの作品は複数のお話を、複数の視点で描いたユニークな作品だったと思います。具体的にはどのように変化するのでしょうか?
岩田光央さん(以下、岩田):いままでは三編の独立したストーリーを、3人の役者が個々に読んでいました。新シリーズ「トライアングル」は、ひとつの物語を三等分し、前編・中編・後編として作ります。三編通して読むと、最後にストーリーが完結するようなイメージですね。
――ひとつの世界を異なる視点で描くのではなく、時系列に沿ってお話が進むのですか?
岩田:そうです。例えばいままでだったらテーマを「悲恋」にすると、3つの異なる悲恋ストーリーを作っていました。ちょっと時空が違うけれど、時空を超えて共通した恋愛がテーマみたいな。なので、いままではひとつずつ物語が完結していました。ですが、今度は前中後編をすべて聞かないと、物語がわからないような感じです。
――なぜスタイルを変えたのでしょうか?
いしい:「トライアングル」の第一回「秘密」に出演してくださるゲストの3人(小野大輔さん、日野聡さん、菅沼久義さん)と顔合わせしたとき、どのような物語がいいかをディスカッションしたんです。その中で、新しいスタイルにするのもおもしろいかもしれないなと思いつきました。それに、せっかく10年の節目の大幅なリニューアルですし、これくらい新しい表現をしてみるのもよいのではないかと。
岩田:僕らカナタは、この10年間“セックス”もちゃんと表現する、いろいろな愛交物語を作ってきました。しかし新たなシリーズ「トライアングル」を作るにあたって、もっと自由でいいのではないかと考えたんです。いままでの「あぶな絵、あぶり声」シリーズはシバリがあったので、不自由だったのかもしれないと思うようになっていました。
――シバリですか?
岩田:ひとつ挙げるとしたら絵本の装丁です。「あぶな絵、あぶり声」シリーズは、ずっと立派な装丁で作ってきました。同じ判型で同じデザイン、ずっとハードカバーでした。でも、これからの「トライアングル」では、判型や装丁を、内容に合わせて変えてもいいと思っています。それくらい柔軟性を持って、ファンのみなさんが毎回ワクワクできるような作品を作っていきたいです。
新シリーズの「トライアングル」はどうなる?
――タイトルは「トライアングル」に変わりましたが、テーマの「愛交物語」に変わりはありませんか?
岩田:もちろんです。日常のどこにでも溢れているような、人と人の愛する・交わる物語を描き続けます。「愛交物語=カナタ」なので、それはブレずにやり続けます。
――それなら既存のファンも安心です。
岩田:ただ、もっと柔軟に「愛交」を捉えていきます。先程のりえちゃんが言ってましたが、いまは「LGBTQ」のようないろいろな恋愛があります。実はこれ、「あぶな絵、あぶり声」シリーズでも徐々に変わってはきているんです。
――布石はあったのですね。
岩田:蒼井翔太くんと僕が一緒にやったお話(第10巻「あぶな絵、あぶり声~楓~」)は、セックス描写がほとんどありません。物語の内容は、お互いに好きな相手がいる兄弟のお話です。異性よりも兄弟愛の方が強く描かれているくらいです。もしかしたら、あのお話が「トライアングル」の雛形になったのかもしれません。
いしい:そうですね。今後の「トライアングル」は恋愛というくくりではなく、もっと大きく「愛」の話になるのかなと思います。第一回目の「トライアングル~秘密」も、そんな感じかな?
岩田:僕はもう読ませてもらったのですが、そうですね。切ない……というか、なんとも言いがたいお話です。切なくもあり、微笑ましくもあるんです。
――岩田さんが初めて読んだときの感想は、いままでと変わったと感じましたか?
岩田:はい。変わったなと思いました。とても面白く読ませてもらったのですが、僕は楽しんでるだけじゃいけないんです。これからこのお話の演出をしなければ!
一同:(笑)
――いしいさんにハードルを上げられた感じでしょうか?
いしい:あははは(笑)。上げてしまったかもしれませんねぇ。というのも、これもゲストさんとのディスカッションのときに思いついたのですが、複数の出演者の会話があっても面白いんじゃないかと。いままでの「あぶな絵、あぶり声」では、ひとりの役者さんが25分くらいの朗読で完結する物語にしていたんですけどね。
――「トライアングル」では掛け合いがあるのですか?
いしい:少し掛け合いがあるようにしてみました。でも、そうなると朗読劇が困っちゃいますよね。いまは「どういう演出にしましょうかねぇ?」という段階です。
岩田:そうなんですよ(笑)。出演している演者さんにあまり負担はかけたくないのですが、最初から最後までずっと3人出っぱなしかなぁ……とか!
いしい:そうなると、みなさんがずっと緊張しっぱなしになっちゃう。
岩田:でもね、自分が舞台に出ているときも裏で待機しているときも、ずっと緊張しているから。舞台ってそういうものだしね(笑)。1時間45分の舞台に、ずっと立ちっぱなしの公演もあるし……という前提を踏まえても、朗読は体力を使うからねぇ(苦笑)。どういう演出にするかまだ考え中だけど、ぜんぜん浮かんでません!
一同:(笑)
――掛け合い以外の変更点はありますか?
岩田:個人的に「トライアングル」の絵本も楽しみです。のりえちゃんは「イラストのタッチも変えたい」と、自分で宣言していますから。
いしい:「変えたい」と思っていたのですが、大幅には変わらないかなぁ(笑)。でも、イラストは時代によって流行がありますので、少しは変えます。10年前に描いてたスタイルが、いまはトレンドから外れているとずっと思っていたんです。「トライアングル」はいい機会だから、テコ入れをしようとは思っています。