アーティストではなく、職人になりたかった。今でも「勘違いしないように」を心がけて――羽多野渉さん音楽活動10周年記念連載企画『Wataru’s Music Cafe』Part,2「Artist Road」編
スタッフ・キャスト総出でイジられた『ハマトラ』のイベント。タイアップを歌う意義や道筋が見えた一曲に
――ここまでリリースしたシングルやアルバムの中で印象深い、またターニングポイントになった曲を挙げていただけますか?
羽多野:ターニングポイントになった楽曲はいくつかありますが、まずは4thシングル「Hikari」です。僕も出演させていただいたTVアニメ『ハマトラ』のED曲で、初めて『ハマトラ』のイベントがあった時、共演者の先輩や仲間たちがみんなでイジってくれたんですよね。そのおかげで、『ハマトラ』を見てくださる方の中で、演者としてだけではなく、ED曲を歌っているアーティストとしても密度濃く根付いてくれたことはありがたかったですし、タイアップを歌う意義や道筋が見えた気がします。それまでは「どう表現したらタイアップになるのだろうか?」とわからなかったけど、やってみたことで腑に落ちた部分もあって。岸(誠二)総監督がアニメの中でも、ネタにして僕の演じるキャラクターがボロボロになって吹っ飛ばされるシーンで「Hikari」を流してくれたりして。スタッフとキャスト総出でイジられてたんです(笑)。でもそういうアーティスト像ってあんまりないし、実際にこんなにイジられる声優アーティストは見たことないし、そういう「自分だけにしかできないアーティスト像」もあるのかなと可能性を示してくれた曲です。
――また3部作が終わった後なので、どんな方向性の音楽をやるのかなと思っていたら、予想外なバンドサウンドのロックチューンだったので衝撃を受けました。羽多野さんと逢坂良太さんがパーソナリティを務めたラジオ番組のテーマ曲&カップリング曲の「Mach 1.67」もジャズっぽいテイストがある曲だったので、音楽性の広がりを予感させたシングルだったかなと。
羽多野:ありがとうございます。『ハマトラ』のおかげで、いろいろなアニメイベントやフェスに出させていただいて、たくさんの方の前で「Hikari」を歌わせていただけたことも貴重な経験でした。ステージに上がる直前は、足をガクガクさせながら緊張していて、「朗読劇とは違う緊張だなぁ」と思ったりして(笑)。
さらに自分が楽しい音楽表現との出会いという意味では1stアルバムの『W』に収録した「I’m a Voice Actor」です。アーティスト活動を始めてからも、アーティスト然とするのではなく、自分が声優であることにこだわりを持ちつつも、それを表立って声に出すことはありませんでした。でも、この曲を前山田(健一)さんにいただけたことで、「自分はやっぱり声優であり、役者だな」と再確認できたし、音楽への向き合い方も「自分自身のままでいいよな」と気づきをもらえました。
「覚醒のAir」では激しいゴシックロックに挑戦!
――続く5thシングル「覚醒のAir」は、ゴシックな雰囲気の激しいロックナンバーで。ご自身も出演するTVアニメ『Dance with Devils』のOP曲ですが、作品の世界観に合っているし、違った表情を見せてくれました。
羽多野:『Dance with Devils』という作品との出会い自体が大きくて。ミュージカルアニメなので、劇中歌と、さらにOP曲を歌わせてもらえるというプレッシャーの重さに押し潰されそうになりました。すごく刺激を受けた現場で、いまだに共演した仲間たちとは仲が良くて、今も収録中じゃないかと思うほど会うと久しぶり感がないんです。キャストやスタッフの皆さんと密度の濃い時間が過ごせました。
「覚醒のAir」のレコーディングはすごく悩んで、今まで表現したことがない、大人っぽさや色気があるけど、ロックの力強さもある楽曲。落としどころが見つからなかったのが正直なところで、終わった後もうじうじしていたことを覚えています。アニメでも音楽プロデューサーを担当されていたElements Gardenの藤田(淳平)さんが素敵に仕上げてくださって。藤田さんとの出会いも大きかったです。
またこのゴシックな響きや表現の中にはEvan Callさんのお力も入っていて。当時はElements Gardenに所属されていて、コーラス部分などを手掛けてくださって、「Breakers」にも繋がったと思うと不思議ですね。
第2章の幕開けとなった『YURI!!! on ICE』のED曲「You Only Live Once」
――そして次の大きな変革を感じたのはご自身も出演するTVアニメ『YURI!!! on ICE』のED曲「You Only Live Once」(YURI!!! on ICE feat. w.hatano名義)でした。クラブ系のエレクトリックなサウンドで歌声もエフェクトがかかっていて。
羽多野:「羽多野 渉 第2章」の幕開けみたいな。出演しているアニメの役者さんたちがネタにしてくれることがめちゃめちゃありがたいことであり、喜びでもあって。主人公の勇利役の豊永(利行)くんやヴィクトル役の諏訪部(順一)さんがわざわざツイッターでアニメの1話放送後に「みんな、気づいた? ED歌っているのは羽多野だぜ」ってつぶやいてくださって、それで視聴者の皆さんが驚いていて。
当時、音楽制作のPIANOの方たちから言われたのは「声優さんに歌ってもらって、ここまで音声を加工することはあまりないです」と。声優の声は個性が強いので、加工しすぎてしまうと楽曲と乖離してしまうことが多いらしいんですけど、僕の場合は「いくら加工してもなじむんですよね」と言われて。その時は、どういう意味なのかはわからなかったけど、自分の声が何かの役に立つことが嬉しくて。気づきでもあって、「声を加工していいんだ」と。それまでは歌は、歌声とバックで流れるオケというイメージでしたが、一体化して思考を邪魔しない楽曲になったのが「You Only Live Once」かなと思います。ここでお世話になった彦田元気さんとは後にもご一緒しているし、今後もご一緒したいです。自分が好きな音楽のジャンルの1つで、やりたいなと思っていたところにこの曲がバチっとハマったのかなと思います。
デモの状態から加工されていたので、サビがどこなのかも、どう歌えばいいのかもわからなくて。丁寧にレクチャーしていただきましたが、とにかく英語の発音が難しくて、レコーディングの半分は英会話教室でした(笑)。
――この曲が出たおかげで、次に羽多野さんがどんな曲を歌っても驚かなくなりました(笑)。
羽多野:いまだに、「『YURI!!! on ICE』のED曲を歌っていたんですか?」と驚かれることがあるのが嬉しくて。この作品までとっしー(豊永さん)とは音楽で絡むことはなく、僕にすれば雲の上のような存在で。シンガーソングライターとして楽曲制作やライブ活動もしているとっしーが「正直、うらやましい。いいね、あのED。」と言ってくれて。その後にライブでご一緒したり、最近だと『エリオスライジングヒーローズ』というゲームでデュエットで主題歌を歌わせていただいて。『YURI!!! on ICE』の時の「いつか一緒にやりたいね」と話していたことが形になって嬉しかったです。