劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』音楽担当・橋本由香利さんインタビュー|幾原監督との仕事は「魔法をかけられたよう」【連載第6回】
2011年に放送されたTVアニメ『輪るピングドラム』が劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』として待望の映画化! 前編が4月29日(金)より全国の映画館で上映中、後編も7月22日に公開を控えています。
10年という時を経て劇場版が制作されることになった『輪るピングドラム』ですが、幾原邦彦監督による独特な世界観も相まって、多くのファンを生み出し、今なお語り継がれる名作となっています。
なぜ、人々はこれほどまでも『輪るピングドラム』に魅了されてしまうのでしょうか。アニメイトタイムズでは、『輪るピングドラム』に関わるスタッフや声優陣にインタビューを行った長期連載を通して、この答えの一端に迫ってみようと思います。
第6回となる今回は、TVシリーズから劇場版まで音楽を担当している橋本由香利さんが登場。『ピングドラム』の世界を彩る音楽の世界についてじっくりと伺いました。
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手探りだったTVシリーズ
ーー10周年を機に劇場版が制作された『ピングドラム』。制作の話を聞いたときはどんな気持ちだったでしょうか。
橋本:10周年なので「何かあるのではないか」とは思っていたんです。ただ、あるとしたらイベントかなと想像していたので、劇場版を作ると聞いてすごくびっくりしました。 でも『ピングドラム』をまたみんなが見てくれる、みんなが望んでくれているんだなとうれしかったです。
ーー橋本さんはTVシリーズから『ピングドラム』の音楽を担当されています。幾原監督とのお仕事は本作が初めてだったとか。
橋本:TVシリーズの『ピングドラム」は、私のキャリアの中ですごく重要な位置の作品です。幾原監督と初めて会って、初めてご一緒した作品なので、いろいろな意味で"手探り感”がありました。やりとりや進め方もですし、まだストーリーが半分くらいしかできていない状態で音楽制作に入ったので、「果たしてアニメーションに合っているのだろうか」と思いながら進めていたのを覚えていますね。
ーーアニメの音楽制作の世界を詳しくお聞きしたいのですが、どういったタイミングから音楽の制作が始まるのでしょうか?
橋本:基本は1〜3話くらいの絵コンテができているタイミングで打ち合わせに入ります。そういう意味ではそこまで珍しくないタイミングとも言えるのですが、原作ものだと内容や絵の雰囲気がわかっているので、なんとなくイメージをしながら曲を書けるんですね。その点『ピングドラム』はオリジナル作品だったので、なかなか難しくて。前半の話の流れを監督から伺って、そこで想像をしながら、監督に提出してはフィードバックをもらって……という制作状況でした。
ーーだから"手探り”だったと。幾原監督とのやりとりで思い出に残っていることはありますか?
橋本:まだ制作が始まっていない段階で打ち合わせに行った際、監督の机に何気なくARBのCDが積まれていたんです。そのときはまだ何も知らなかったので「監督の趣味なのかなあ」と気にしていなかったのですが、打ち合わせが始まると最初に「ARBのカバーをやります」と(笑)。私はARBを知っている世代なので、インパクトがありました。
ーーあれが伏線だったと(笑)。『ピングドラム』では、1980年代に活躍したロックバンドARBの歌が随所に使われています。「生存戦略!」の叫びから始まるバンクシーンでかかる「ROCK OVER JAPAN」は本作を代表する歌のひとつです。
橋本:最初に制作が始まったのが「ROCK OVER JAPAN」。監督が絵コンテとともに説明をしてくれたんですが……あまりよくわからなかった(笑)。でも監督の頭の中には「ROCK OVER JAPAN」を通してやりたいことがあるんだなと思ったので、それを探りながらアレンジを作っていきましたね。
制作していくうちに映像の尺が決まってきて、「途中でキャラクターが会話できるように間奏パートを長くしてほしい」「プリンセス・オブ・ザ・クリスタルの服が剥がれていくのに合わせた効果音的なサウンドをつけてほしい」といった細かいオーダーに応えていきました。でも最初、このアレンジが監督に受け入れられるのか、すごく迷いながら提出したんです。
今でも覚えているんですが、最初にデモを聞いていただいたときに、みんなが「シーン」とした感じになったんです。その瞬間、このアレンジはリテイクだろうな……と覚悟しました(苦笑)。でも監督に「イメージと違う感じでしょうか?」と尋ねたら、「これをどう絵に合わせようか考えてるんですよ」って言われて、あれ、いけるのかな? と。……多分監督も迷われたんだと思います。
ーー監督の予想を超えていいものが出てきたから、迷うリアクションになったのでしょうか?
橋本:うーん、どうでしょう。私自身もアレンジをして、「なぜかわからないけど、こうなってしまった」という感があるんです。
ーーTVシリーズの1話で「ROCK OVER JAPAN」がかかったとき、多くの視聴者が度肝を抜かれたと思います。橋本さんは初めて完成バージョンを見たときにどんなことを感じたでしょうか。
橋本:オンエア前のタイミングで、効果音がついていないほぼ完成形を見せていただいたのですが、「これはすごい感じになりそう」と思っていました。でも実際にオンエアで見たとき、映像の美しさと奇抜さ、音楽と効果音、そしてセリフ、「全部が合わさって『アニメ』なんだ!」と強く感じました。この発見と驚きは自分の中で印象に残りましたし、「このアレンジでよかったのかもしれない」とようやく思えました。
ーーTVシリーズでは、エンディング部分にARBのアレンジがたくさん採用されていました。ほかの曲についてはいかがでしょうか?
橋本:ARBの歌に関しては、1曲ずつ「こんな感じにしたい」という監督のオーダーがありました。「この曲はシンセで打ち込み主体の曲でいきたい」とか「オリジナルに近いアレンジでやりたい」とか。
ただ、合わせる際にオーダーが変更になることもありましたね。たとえば「魂こがして」(21話)は、最初は「オリジナルに近い感じのアレンジでいきましょう」という話があって、オリジナルの明るい曲調に近い形で作ったのですが、デモを出した後に、「21話がシリアスなストーリーなのでこのアレンジだとエンディングに合わないんだよね」となったんです。なら暗い感じに変えてみましょうかと、キーを全部マイナーに変え、エレクトロな音を入れ提出すると、「これなら合いそうな感じがする」と言われて今の形になりました。
ーー劇伴についてもうかがいたいです。ARBのアレンジとはまた違った方向性で、強く印象に残る名曲ですが、どのように作られていったのでしょう。
橋本:劇伴は最初「ラウンジミュージック(ホテルのラウンジでかけられているような曲)の感じを出したい」とお話をいただいていました。60年代っぽいテイストの曲がわりとあるのはそのお話があったからですね。
音楽を合わせるにあたって、大切なのは「どういうお話であるか」。ラブストーリーなのか、ミステリーなのか、日常なのか……それによって音楽のテンションは変わってくると思うんです。監督に「『ピングドラム』はミステリーなんだよ」と言われたことで、だんだんと方向性が定まっていきました。
ーーメインテーマ「運命の子たち」は象徴的な曲で、TVシリーズのみならず、劇場版でも重要なシーンに使われています。劇場で聞いたときに涙腺がゆるみました。
橋本:ありがとうございます! 「運命の子たち」は、自分でも「納得のいくメロディが作れた」と思っている曲です。TVシリーズで後半の話数にこのメロディを使う時、もっと楽器を足したいという心残りもあったのですが、劇場版で再編して、やりたいことが全部できた、それをみなさんに聞いていただけるのがすごくうれしいことだなと思っています。