獣とはすべての表現の縛りを乗り越えられる唯一の存在――悠木碧さんがシナリオを手掛ける漫画『キメラプロジェクト:ゼロ』第1巻発売記念インタビュー
役者としての意識に変化
――『YUKI×AOI キメラプロジェクト』を通して、役者としての意識に変化はありましたか?
悠木:台本にちょっとした齟齬があった時、そこを指摘するのは生意気かな?とか思っちゃうんですよ。でも台本を書く側としては、“その齟齬に気付くほど読み込んでくれたんだ”とめちゃくちゃ嬉しくって。作品に対して提案することは作品の仲間になることなんですよ。この考えは役者として作品に参加するにあたっての変化だと思います。
あと細かいところですが、アニメのプレスリリースってよく声優のコメントがあるじゃないですか。私もちゃんと書くんですけど、正直あまり意味がわかっていなかったんです。でも最近になって「なるほど。書いてくれるだけで取り扱ってくれるんだ……!」と。より良いコメントを書きたくなりましたね。
――こちら側としてはコメントがあるとすごくありがたいです(笑)。
悠木:直前になって声優さんにお願いしちゃうこともあるんですけど、即良いコメントを返してくれる役者さんがいるとすごくありがたくて! 私も絶対に早く返したほうが良いなと意識が変わりました。
――かなり意識に変化があったんですね。
悠木:見えてくる仕事の範囲が広がりましたし、そこで信用を築けばまた一緒に仕事をしたいなと思ってもらえるなって。役者としてそこも大事なことですよね。
キャラクターに魂を入れるだけでなく、自分を商業的にどう捉えるのか、どうレスポンスをするのか。どれもやってみないとわからないことだったので、役者としてすごく学びになりました。
声優感覚が活きたキャスティング
――『YUKI×AOI キメラプロジェクト』ではすでに声優さんも発表されていますよね。
悠木:企画に芽が出るまでの数年間で「これは一生に何度も出来る企画じゃない」と自覚して。そう考えたら、キメリオたちは私の最後の子供になるかもしれないんですよ。だから私が一番好きな人たちに声をあててもらいたいと思い、キメリオたちの声のイメージに合う人たちを好きな声優さんの中からお願いしました。
でもキャスティングは声優としての感覚がちょっとだけ活きているんです。例えば、曜日キメリオさんたちは基本的に上下関係がないので、年齢が近い人たちにすることで演じやすかったら良いなと思ったり。
――声優さんならではの感覚かもしれませんね。
悠木:自分たちがほかの現場で会った時に「『キメプロ』どうだった?」と談笑できるようなメンバーで組みたくて。そうすれば、いつか取材とかイベントがあった時に話しやすくなると思うんですよ。ほかにもお芝居中の掛け合いのテンポが良くなるかな?といった理由もあります。
あと、ほかの役者さんがこういう役をやってみたいという話を聞くことがあって。なので、この機会にお願い出来たら良いなと思いつつ、ちょっとずつ叶えてもらっています。でも皆、快くオファーをうけてくれたのが本当に嬉しくて。正直、最初の段階だとこの企画はどう転ぶかわからなかったじゃないですか。
――たしかに。
悠木:今やっと漫画になったことで、世の中から認められるようになって。最初は「これなに?」だったと思うんですよ。それなのに協力してくれたのは絆を感じちゃいました。
――キャストは結構最初のほうで発表されていましたよね。
悠木:言葉をテーマにしていて、声優が立ち上げた企画ということもありますし、音にした時の言葉と文字にした時の言葉って全然インパクトが違うから。そして4コマ漫画をひつじロボ先生に描いてもらっていたということもあって、声があったほうがより言葉を身近に感じてもらえると思って。
もちろんキャラクターとしてそれぞれのキメリオたちが愛されてほしい気持ちもありましたし、早い段階からより立体的にキャラクターを想像してもらえるようにという意図もあって。キャスティングはかなりわがままを言いましたね(笑)。
――ご指名だったんですね?
悠木:直にお願いしたんですけど、いろいろな大人たちが困っていました(笑)。
――(笑)。でも曜日がテーマということもあって、すごく親しみやすいキャラクターたちですよね。
悠木:ちょっと憂鬱な月曜日とか、ちょっと中だるみな水曜日とか。自分の推しが好きな曜日だったらその日テンションが上がる、みたいに思ってもらえたら嬉しくて。そこに声が付くことでより身近に感じてもらえるかな?って思いました。
間違えている人が可愛い。短所こそ人間が一緒にいる理由
――『キメラプロジェクト:ゼロ』を拝見したんですけど、良い意味で騙されました。
悠木:私は人間のダメな部分が好きで、可愛いとすら思っています。なので「短所で愛して、長所で尊敬して」という部分を煮詰めながら書いていて。でも、その人間の可愛さって、人間以外の生き物がいないと伝わり辛いんですよ。そこで、人間とキメリオを並び立たせることで短所と長所があることがわかるんです。
――なるほど。
悠木:そうすることで人間とキメリオの両方を好きになってもらいたいんです。第1話だと嘘を付く旦那さんの話がありましたけど、話としては残酷なものの、そうやってコミニュケーションを取ろうとする人間ってなんか愛おしくて。
――あの女性が「愛おしい」ですか。
悠木:間違えている人が可愛いんですよね。彼女の行動は自己防衛とかもあるかもしれませんが、頑張ってその関係性を繋ぎ止めたいからこそであって。私はそこに愛情があるのだと思って書きました。でも、いつの間にか“闇甘”と呼ばれていて(笑)。
――“闇甘”はご自身が付けたキャッチコピーではないんですね(笑)。
悠木:編集さんが付けてくれました。音も可愛かったので納得しています(笑)。
――でも短所を愛するという考えは独特かもしれませんね。
悠木:短所って人間が他者と一緒にいる理由だと思っていて。長所だけの人はひとりで生きていける超人ですけど、短所がある人は誰かと生きなければいけないんですよ。それって逆に考えると相手に居場所を与えていて。だから人間ってダメな部分が可愛いですし、そこを可愛いと思うからこそ皆で仲良くしたいとか、一緒に物を作りたいとか思うようになって。私自身そう考えるようになってから、短所を克服したい反面、その短所を愛してくれている人もいるのだと受け止められるようになりました。
――『キメラプロジェクト:ゼロ』にはそんな悠木さんの思いが詰まっているんですね。
悠木:人間っていっぱいダメなところもあるけど、だからこそ社会を形成しているんだよ、という部分をこの漫画に閉じ込められたら良いなと。最終的にキメリオの倫理観と人間の倫理観はぜんぜん違うんですけど、私としては「なにが違うんだ?」と思いながら書いていて。でもキメリオは人間の言葉から生まれているので、確実に人間の短所に気付くはずなんですよ。今後はその辺りも注目してもらえると嬉しいです。
――随所に悠木さんのオタク的な趣向が詰まっていますよね。
悠木:私はサブカルが大好きなので、いろいろなサブカルから得たものが私のフィルターを通してこうなったんだと思います。じゃが芋を入れてポテトを出す機械みたいに(笑)。
▼第1話ボイスコミックムービー
――(笑)。構想自体はどれくらい前からあったんですか?
悠木:どのくらいでしょう。
スタッフ:『キメプロ』の構想自体は2017年くらいですよね。
悠木:そうでした。
スタッフ:『ゼロ』は2020年辺りでした。
悠木:初期から曜日キメリオちゃんたちに人気があったので、曜日キメリオちゃんたちの連載作品を作りたいというお話がずっとあって。そんな中、せっかく連載になるなら続けていけるようなお話にしようとなって。
そこから「人とキメリオのお話」という意見が挙がり、私自身その案にピンときて。人間とキメリオ両方が立つ案だったので、そこから『ゼロ』の骨格が出来上がっていきました。
スタッフ:そもそも『ゼロ』は、『キメプロ』の骨格を作ろうという話から始まって。悠木さんはすごくたくさん案を考えていらっしゃるんですけど、その中でどれが形に出来そうですか?と話し合った結果、今は曜日キメリオの連載だよねとなり、じゃあ双葉社さんに持っていこうと。
――持ち込みだったんですね!
悠木:そうなんです。
スタッフ:すべて悠木さん発信で動いているので、先程の話にあったように、ひつじロボ先生も悠木さんが「この人が良い」と言って決まりました。「リリシニウム・ビブリオラ」の時も、この声優さんたちで、この子たちの物語を歌として作りたいと。そして次に形にするなら漫画だよね、と悠木Pが発信していました。
一同:(笑)
悠木:本当にたくさんの方が参加してくださっていますし、いろいろな作品を作られた方々だからこその提案をしてくれたり。アニメはどうやって突然降って湧くのかわからないじゃないですか?(笑)
――たしかに(笑)。
悠木:そういったところからちゃんと段階を踏んで進めています。
――漫画化にあたって、ひつじロボ先生になにか要望は出されましたか?
悠木:先生はキメリオたちの理解度がめちゃめちゃ高いので、細かいオーダーはあまり出していなくて。部屋の広さとか家具の種類、ほかにもお香が炊いてあるとか、この子は今何を見ていますとか。そういう行動の指示は脚本に書いてあるんですけど、この子がこのシーンでどういう風に魅力的に映るのかという部分はほとんど先生が感じ取って描いてくれていて。私が想像した以上に、可愛いくセクシーになっていてすごいなと思います。
――結構細部まで指示されている部分もあるんですね。
悠木:そこまで細かいわけではないんですけど、先生の描きやすさが大事なのでそこもどうしようと思ったりしました。「アンティークな家具です」とか「白基調の家具です」とか。そういうことは書いてあったりします。
あ、でも、カルパの角はウミウシの一部分をイメージしているんですけど、ひつじロボ先生にはもっと硬質な角と伝わっていたことがあって。そういった解釈のすれ違いは『キメプロ』ならではで面白かったです(笑)。