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- 藤崎萌恵
- 数年前にBLと出会い、心に潤いを取り戻しました。BLとブロマンスが癒し。主な記事は『チェリまほ』『陳情令』等。
尾崎 南先生の伝説的漫画『絶愛』『BRONZE』と聞いて、「懐かしい」「私の原点!」と懐かしむ人も多いのではないでしょうか。
1989年より集英社の少女まんが誌「マーガレット」に『絶愛-1989-』が連載され、その後、続編となる『BRONZE ZETSUAI since 1989』が連載。さらに、番外編を発表するなど男性同士の激情の愛を描いた『絶愛』シリーズは大ヒット作品に。海外でも翻訳版が出版され世界中のファンを魅了しています。
本作は、人気絶頂の歌手・南條晃司が、壮絶な過去を抱えるサッカー少年・泉 拓人に出会い禁断の恋に堕ちていく物語。晃司と拓人の究極の愛を描くストーリーに多くの読者が夢中に。過酷な運命に抗いながらお互いを想い合う二人を通して、愛とは何かを考えさせられる作品です。
そんな『絶愛』『BRONZE』が、連載当時のカラーページや雑誌表紙、付録のイラストなどを追加&加筆修正されて再編集。2023年1月より新たに『絶愛/BRONZE 完全版』として全20巻で電子版が配信されました。さらに、2023年2月から3月にかけてヴァニラ画廊で「尾崎南展「絶愛」」が開催され、大きな注目を集めています。
絶大な人気を誇る『絶愛』シリーズ。本記事では、読者の心を揺さぶる本作の底知れぬ魅力に迫ります。かつてハマった方も、これから初めて読む方も、晃司と拓人の愛をじっくりとご堪能ください。
小5の夏に出会った鋭い瞳の「イズミ」という少女が忘れられないでいた南條晃司。人気歌手に登りつめた彼は芸能界から逃れ、高熱のために路上で倒れていたところをサッカー少年・泉 拓人に拾われます。
拓人の鋭い眼差しを見て、6年間想い続けた初恋相手が男である拓人だったと知りショックを受ける晃司。自分の気持ちを否定しながらも拓人に惹かれていき、抑えることができないその感情を認めることに。
ひた隠しにしてきた恋心をさらけだし、想いをぶつける晃司に拓人は──。
少女まんが誌「マーガレット」で連載されていた本作。破滅的な愛を描く激情の物語は、当時の読者に衝撃を与えました。爽やかな青春の恋やハッピーな恋愛はここにはなく、あるのは壮絶で絶望的な愛。強く求め合い、絆を深めていく晃司と拓人の究極の愛に溺れ、読者は夢中になって読んでしまいます。
当時は男性同士の恋愛が描かれる作品(今で言うBL作品)が今ほど浸透していたわけではなく、『絶愛』が初めて読んだボーイズラブ作品で「原点」という人も多いはず。その初めてがとても美しく衝撃的で、ファンの心に深く刻まれていることと思います。
『絶愛/BRONZE 完全版』となって新たに息が吹き込まれた本作を再び手にした人は、この興奮を誰かと共有したくなるのではないでしょうか。『絶愛』というワードを目にしただけで、何年経とうと一気にその物語に引き戻されるような、そんな強い力を持つ魅力的な作品です。
小5の時に拓人のことを女の子だと思って心を奪われた晃司は、その初恋相手が実際は男だったと知って混乱。拓人の表情ひとつひとつに晃司の鼓動はドクンと強く打ち、自身の気持ちに動揺していました。とことん冷めていて喜怒哀楽がないと言われる晃司が、人が変わったかのように拓人に執着し始めます。
自分以外は全て敵であるかのような空気を漂わせ、野生の獣ような強くて綺麗で真っ直ぐな瞳を持つ拓人。そのゾクゾクさせる瞳が晃司を狂わせることに。拓人は踏み込まれることに嫌悪感を覚え、睨みつけるその瞳が晃司の血を沸きたたせています。
人気ミュージシャンの晃司が近づく度に、拓人の家族の過去がマスコミによって暴かれそうになります。スキャンダルを消すには会わないのが一番と分かっているのに、拓人の高校のグラウンドが見える家に引っ越したりと変質者の自覚もある晃司。
会うたびに傷つけてしまうのに、会わずにはいられない。仕事を抜け出して拓人のサッカーの試合を観て、近くに住んで覗きをする。まわりをうろつくなと言われてもつきまとい、拓人の高校に転入するなど、もはやただの恋愛感情ではありません。
葛藤しながらものめり込んでいく抑えきれない愛情は読者を夢中にさせていて、晃司の見返りを求めないひたむきな愛情の深さや徹底した執着ぶりは本作の醍醐味のひとつでもあります。
性のことには縁のなさそうな熱血サッカー少年に欲情し、晃司は罪悪感も感じているようです。百戦錬磨のような晃司ですが、拓人に触れるだけでその手が震えてしまったり、顔が近づくだけでドキドキするという可愛い一面も。しかし、拓人に近づく女に憎悪にも似た嫉妬の目を向けるなど想いは膨らむばかり。晃司は感情を抑えきれなくなり、拓人に強引にキスをしてしまいます。
自身の想いをひた隠しにしつつ、夢の中で何度も拓人を犯す日々。褐色のなめらかな肌がエロティックで艶っぽく、悲壮な場面であっても魅入ってしまう美しさがあります。
キスをして以来、拓人に「ただの変な奴」と思われているのを利用して晃司は「変なコト」をするように。そんなことをしながらずっと拓人への本当の想いをしまっていた晃司ですが、ついに「愛してる」と、心も体も欲しいと本心を告げます。
男である晃司の気持ちを受け入れられず激しく抵抗する拓人を命懸けで組み敷く晃司。好きなだけなのに追い詰めて傷つける。拓人にとって一番有害になる自分を抹殺しなければならないけれど、自分より拓人を愛する人なんていないし、彼がその腕で誰かを抱くなど耐えられるはずもないのです。
晃司の想いは拓人を苦しめていると同時に、拓人の心を大きく揺さぶっています。容赦なく食い込んでくる晃司が恐いし、ずっと守り続けてきた何かが崩れそうなのに、晃司がどれだけ真剣か分かる拓人は突き放すこともできずにいました。
一人の人間として好きなのか、それとも男だから女だから好きになって当たり前だから好きになるのか。本作はそんな深いテーマも描かれていて、晃司は拓人がどんな存在であろうと好きになることを明言しています。
6年前に一目惚れした拓人が最初から男だと知っていたとしても、それでも晃司は当然拓人に惹かれていたのでしょう。拓人は晃司のそんな重すぎる愛を少しづつ理解していきます。
純粋で負けず嫌いで強情で乱暴者。けれど優しくて寂しがりやで、大切な人を守るため自分の一番好きなものを犠牲にして生きている拓人。中2で全国優勝してから有名人になることを恐れてサッカーで本気を出さなくなっていました。それは拓人の壮絶な過去が関係しています。
12年前に話題になった事件の家族として、超人気歌手である晃司が近づけば近づくほどに拓人の家族のことがかき回され、晃司に怒りをぶつける場面も。他人に対する警戒心が並ではなく、極力目立たないように暮らしてきた拓人にとって、自分の中に入り込んでくる晃司は危険な存在。
事件のときに重傷を負って左腰に傷の痕が残る拓人は、「愛する」ということに恐怖と疑惑を抱き、12年前を再現しているかのような晃司の狂気的な愛情を拒絶していました。この恋は破滅で、この想いは禁忌。愛する人を自分だけのものにしたくて手をかけたある人物の呪いに拓人はとらわれているようです。
武道家の家元である晃司の家族も様々な事情があり、二人の腹違いの兄との確執は相当深く、この南條家は物語に大いに食い込んでいます。昔から感情を見せない冷酷な晃司を知る兄たちにとって、拓人に執着するこの弟の変貌は驚きだったようです。
拓人は自分の頭を撫でる晃司の優しくて大きな手が好きで、晃司のことを失いたくないと思うぐらいには深い情があって、いつしか晃司のキスを拒まなくなっていきます。晃司の想いとは違う感情だとしても、いつの間にか晃司のことを必要としていることを知ります。
そんななかで晃司が事故に遭い意識不明の重体になったことがありました。何故こんな目にばかり遭うのか、二人して事故や怪我で何度病院送りになったことでしょう。晃司は死にかけてさらに拓人を苦しめていて、拓人は晃司を失うことに狂いそうになっていました。
どこか拒絶しているようでありながら自分がいなきゃダメだと晃司を守ろうともしていて、晃司の存在は拓人のなかで確実に深く根付いています。
やがて拓人はこんな自分は知らないと戸惑いながらも体を委ね、晃司を求めるように。晃司のことを全力で拒んでいた頃を思うと、拓人が体を自ら開く姿はたまらないものがありますし、二人が激しく求め合う姿に強く惹きつけられます。
晃司は壊れ物を扱うようにそっと触れるくせに、強引に引き寄せる。拓人は離れるとすぐに晃司のことで不安になり、余計なことを考えてしまうように。
過去のトラウマを抱える拓人が欲しいのは永遠に変わることのない愛。甘い言葉と優しい態度だけで幸せにはなれず、体を繋げるその瞬間は幸せでもずっと幸せなんて夢みたいなことがあるわけないと、愛という不確かなものは拓人をますます壊していきます。
拓人は警戒心の強かった頃が嘘のように晃司に安心して寝顔を見せるようにもなり、二人とも穏やかで幸せそうな表情を見せる場面もありますが、足元から崩れそうな不安定感があります。
晃司が想像以上に拓人の中に食い込んでいて、この不安定な調和が崩れたとき、この恋の結末には破滅への道を辿る悲劇しか待っていないと感じさせます。落ち着いている二人ですが、見ている方は不安で落ち着かないのです。
器用に生きられない二人は、自らを傷つけて流血することも。己を犠牲にする晃司の狂気的な愛に衝撃を受けた人も多いはず。そんな晃司の想いを受け入れる拓人の行動もまた狂気に満ちていて、ゾクリとさせられます。
拓人を愛し尽くす晃司はとても不器用で、他に方法がなかったのかと考えてしまいますが、そうする以外の選択は晃司にはなかったのだと、その真意に気づかされたときにはさらに背筋が凍る思いでした。
晃司と拓人に訪れる平穏のひとときは一瞬で終わるもので、物語の終盤で拓人に残酷な運命がふりかかります。絶望感が半端なく苦しい時間が続きますが、晃司と拓人の愛の形はもはやどんな言葉でも形容できないほどのものに。言葉にできるとしたら「究極の愛」なのだろうと思います。
見返りが欲しくて愛しているわけではないのに、独占欲が消えることはない。愛おしくて狂おしくて、晃司はどこまでも究極へと突き進んでいます。
拓人の感情はとても複雑ながらも、晃司を包み込むような愛情を見せるようになっていて、その感情の変化にドキドキします。拓人に誘われたら晃司の理性なんて一瞬で飛んで行きますよね。
ラストシーンも印象深く、求め合う晃司と拓人の姿を目に焼きつけつつ、二人の選ぶ道に思いを馳せてしまいます。晃司と拓人の究極の愛は読者を魅了し続けています。
数年前にBLと出会い、心に潤いを取り戻しました。BLとブロマンスを愛し、大好きな作品はたくさんありますが『チェリまほ』が心のよりどころです。そして『魔道祖師』をはじめ中華BLの沼へ。趣味は国内外のBL漫画や小説を読むこと&ドラマ観賞で、これまでに執筆した記事は『チェリまほ』『美しい彼』『魔道祖師』『陳情令』『ENNEAD』など。