アニメ映画『兵馬俑の城』日本語吹き替え版 モンユエン役・福山潤さんインタビュー|中国のアニメ、エンタメ分野の技術力や熱を感じて、楽しんでほしい
スタッフの熱意が伝わってくるアクションシーン。モンユエンは出ずっぱりなので超大変!?
――収録はどのような形で行われたのでしょうか?
福山:まだコロナ禍で、メインの4人は2つのスタジオに分かれて、同時に収録しました。同じスタジオだとテストは一緒でも、本番は別々に録る形になります。戦闘やアクションシーンでは言葉が重なったり、言葉の裏に息があったりするので、どうしてもどちらかを先に録るしかありませんが、2つのスタジオで同時に収録することで、ぶつかり合う人を分けてしまえば、テストも本番も、アクション込みでセリフを録れるんです。
ガヤやモブの人は別日にして、1日は主に役持ちのキャストが一緒に収録していたので、自分が出ていないシーンも見ていただいて、出番がきたら入れ替わってという形だったので、他の方ともコミュニケーションをとりながら、コロナ前の収録と同じ状態でやれたので楽しかったです。
――収録で新たな表現や挑戦したことはありますか?
福山:表現自体を新しくしようということはありませんでした。映像がすごいクオリティで、3DCGだけではなく、手描きの2Dアニメでもエフェクトやカメラアングルなど立体的に動かせる技術があるし、音楽もそうで。でもお芝居はアナログでしかないんですよね。アウトプットした先に技術の進化はあるかもしれませんが、それ以前に演じるのは人間であることは変わらないので、もしかしたら新しい表現はないかもしれないとも思っていて。むしろここまで映像表現や音響などが革新的になったり、ハイクオリティになればなるほど、最後に残された声は変わらないほうがいいんだろうなと。
なので、今回も新しいことはしていませんし、そのまま思い切りやっています。それでいいかなと思うし、そうでないと見る方も安心できないかなとも思うし、知らないものや進み過ぎたものは理解の範疇を超えてしまうので。たぶん今後の映像表現の中で、声をどうしていくのかは大きなテーマになっていくと思いますが、イジればイジるほどおかしなことになっていく気がするし、改めて言葉をしっかりと伝えることに注意して収録に臨んでいました。更に吹き替え版の場合は、元々の言語の体系に合ったところに声や表情の変化が出てくるので、セリフは日本語に翻訳されているけれど、なるべくその言語でのポイントを変えないように意識しています。とにかく、新しいことよりも当たり前のことを大切にやろうと思っています。
――この作品の見どころはバトルやアクションシーンですが、かなりエネルギーを消費されたのでは?
福山:この作品を見ていただければわかると思いますが、超大変なんです! というか、ここまで大変な作品はそうそうありません(笑)。モンユエンとシーユイはずっと出っぱなしで、しゃべりっぱなしですし、シーユイと出会う前からもモンユエンは出続けていて。
シーンもほとんどがアクションで、戦いではなく、飛んでくるものをよけたり、飛ばされたりで。シーユイと出会ってからはしばらく会話が続きますが、その後もずっと動いていて。叫んだり、わめいたり、いろいろあって、最後にとんでもない戦いもあるし。「自分は収録の最後までもつのだろうか?」と心配もありつつ、みんなでやり切りました。
アクションシーンは制作する側もかなりカロリーやコストが高くなるので、ある程度はセーブするものだと思いますが、この作品はお客さんに楽しんでもらえることを第一に作られているんだろうなと感じました。
――ある中国アニメの吹き替え版の取材をした時、日本では同じ絵を繰り返し使うことがあるけど、中国ではそういうことはせず、コストや手間をかけて作っているとおっしゃっていました。本作でもそれは感じましたか?
福山:たぶんクリエイターの素晴らしいものを世に送り出そうという意識や情熱も大きいと思いますが、それを可能にしているのは中国という巨大市場だからなのかなと。膨大な予算と労力を投資しても回収できる、もしくは見てくれる人がいるからこそだと思うんですよね。スケールの大きさはさすがだなと思います。