劇場アニメ『青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない』増井壮一監督インタビュー|咲太の心情をどうすれば伝えられるかを意識した
fox capture planの音楽はキャラクターたちの心を音にしてくれた
――ここから『ランドセルガール』の話題に移るのですが、原作・鴨志田先生からのシナリオに関する指摘で印象に残ったものはありますか?
増井:本作には翔子が登場するのですが、鴨志田先生の方から「登場しないと違和感が残るかも」と意見をいただいたんです。のちのち作業が進むにつれて、彼女の出番が必然だと分かったので、お話をいただけてありがたかったです。
――本作では咲太が自分自身と向き合っていく面があるかと思います。制作ではどのような点に気を付けましたか?
増井:TVシリーズや『ゆめみる少女』では、各エピソードのヒロインが持つ悩み、思春期症候群に咲太が寄り添う形でストーリーが展開しました。ですが本作では咲太本人の思春期症候群が焦点になっていて、誰にも助けてもらえない点が今までと違うところです。他人に振りまわされていた咲太自身も心の中に大きな問題を持っていて、そんな彼の心情をどうすればファンのみなさんに伝えられるかを制作中は一番意識しました。
――そんな咲太の独白がポイントとなる静かな展開の劇場アニメである点も注目かと思います。
増井:『おでかけシスター』と『ランドセルガール』はあまり派手な出来事がなく、『おでかけシスター』では花楓の受験にまつわるエピソードが描かれ、『ランドセルガール』では咲太とお母さんの物語にフォーカスしています。それ以外に余計な演出は必要無いし、ここまで来たのだから迷いなく行こうと思っていました。
物語を進めるほど静かになっていくと予想はしていたのですが、あえて賑やかすことはせず、自らと向き合う咲太をしっかりと描きたかったんです。静かな分、繊細な作業を求められるので音響監督の岩浪美和さんも音響設計に難儀したのではないかと。
――演出についてもご苦労された部分があると思います。どんな点に意識をされていたのでしょうか?
増井:咲太の孤独な時間は、実際には作中で描かれた以上に長かったと思っています。当然ながら映像では全てを描くことはできないのですが、咲太の孤立感や孤独感をなるべく再現したくて意識的に少し多めに時間を取ったりしていました。
――先ほど音響設計の話がでましたが、fox capture planの音楽についてはいかがでしょうか?
増井:咲太の心情を表現するのに音楽には非常に助けられています。本作では今までよりも特に静かな曲が用いられていますが、咲太の心を掬い取って伝えてくれている、キャラクターたちの心を音にしてもらったと感じています。
アニメ『青ブタ』では言葉と音楽がとても大きな存在感を放っていると思います。
――監督がシリーズ通して印象に残っている楽曲はありますか?
増井:メインテーマになっている麻衣とのドラマチックな場面で流れる曲は、TVシリーズ初期の頃から使っているので聴くと安心感があります。後は『おでかけシスター』『ランドセルガール』では登場しなかったのですが、翔子さんが登場する咲太の初恋関連のエピソードで使った楽曲も美しいメロディが印象に残っています。
――『ランドセルガール』で音楽をお願いする際はどのようなことをお話されたのでしょうか?
増井:麻衣に似た奇妙な少女が登場するので、不思議感のある楽曲がほしいといった抽象的なリクエストをしたのですが、「欲しかったのはそれです」と言いたくなるような曲をあげていただきました。
――本作では是非音楽にも注目してもらいたいですね。
ここまで静かな作品は今まであまりなかったと思いますし、今回の挑戦的な部分かもしれません。セリフのないシーンもでてきますが、会話のない時間も音楽と一緒に楽しんでもらえたら嬉しいです。
――先日石川さんにお話を伺った際に、咲太がメインになって描かれることに少し不安を感じていたようでしたが、増井監督はいかがでしたか?
増井:僕は不安よりも楽しみな気持ちの方が大きかったです。一番共感できるのが咲太でしたし、彼に焦点を当てて物語を描けるので「やっとこの時が来た」という感じでした。
――増井監督は咲太が好きなんですね。
咲太は適当なところがいいですよね。後は妹である花楓へのいじめ以降から、自分とそれ以外とを切り離して物事を見ているところがあるじゃないですか。その視点が小説を読んでいて面白かったし、だからこそヒロインたちと深く関わっていけたのかなと思っています。
――本作では咲太や花楓の両親が掘り下げられます。両親とのシーンはどんなことにこだわりましたか?
増井:梓川家が全員揃うのは本作がほぼ初めてなので、家族4人がそれぞれ何を見ているのか、何を気にしているのかに注意して制作を進めました。特に咲太は無自覚に花楓のことが第一になっていると思っていたので、そのような形で絵作りをしています。
花楓に対するいじめをきっかけに、家族の関係性が歪になるところから『青ブタ』の物語は始まりました。『ランドセルガール』では、その放置してきた関係性に迫るんです。花楓に対するいじめが無かったら、きっと全然違うドラマになっていたと思います。
――梓川家という家族を描いた映画です。若い人たちだけでなく親世代の方にもご覧になってもらいたいですね。
増井:僕も今までは咲太と同年代の子供や学生目線だった部分があるのですが、改めて本作を見て初めて親たちの目線だったらどう見えるのだろうかと考えさせられました。『おでかけシスター』の時に親子で劇場に来られている方がいたので、ぜひ本作も親子で見てもらえたら嬉しいです。
――アフレコの雰囲気や声優陣へのディレクションについても伺えますか?
増井:珍しく咲太が笑うシーンがあったので、石川さんには「思いっきり笑ってください」とお願いしたんです。ですが普段咲太は、なかなか思いっきり笑わないので、戸惑ったのではないかと思います。お願いしたのはそれくらいで、後はひたすら石川さんの力にお任せしました。
――麻衣についてはいかがでしょうか?
今回は咲太が自分と向き合う中で大変なことになりますが、麻衣はずっと前にそれを乗り越えている。元々ひとり暮らしが長かったのだと思いますし、喧嘩中であまりお母さんを頼ることも無かったでしょうから。そういう点でも咲太にとっての先輩といった雰囲気を瀬戸さん自ら表現してくれました。