転移したからって成功できるわけなんてない!? 異世界転生・転移作品として初の主人公は“アンチ異世界もの”な役どころ? 夏アニメ『異世界失格』センセー役・神谷浩史さんが第1話を振り返る【インタビュー連載第1回】
「とある文豪」が異世界に転移してモンスターを倒す……わけでもなく、ダメな作家のまま、しかし確実に異世界に影響を与えていく異色作『異世界失格』(野田 宏さん原作、若松卓宏さん作画。小学館『やわらかスピリッツ』連載中)。本作のTVアニメが2024年7月9日(火)から放送中です。
第1話では、最愛の人であるさっちゃんと心中しようしたセンセーがトラックにはねられるとなぜか異世界の教会に。神官のアネットに「召喚したのは何かの手違いだった」と言われるも、教会の外に出たセンセー。その最中にモンスターのデスツリーに襲われているタマと遭遇し、助けを求められるも捕獲されてしまいます。
しかし、LV1、HP1のセンセーなのに、なぜか体内に猛毒を持っており、それを吸ったデスツリーを撃退。タマを見て、まずさっちゃんを探さなければと思い出し、さっちゃんとの心中を成し遂げるために、アネットとタマを引き連れて……棺桶に入ってひきずられて旅に出た第1話となりました。
アニメイトタイムズでは、声優陣のインタビュー連載を実施。1回目となる今回は、主人公のセンセーを演じる神谷浩史さん。
異世界ものとしては初めて主人公を演じる感想から、放送されたばかりの第1話の振り返り、今後の見どころや次回登場するアネット役の大久保瑠美さんへオススメの文学作品の紹介など、大ボリュームのインタビューをお届けします。
初めて演じる異世界ものの主人公役。この作品は「アンチ異世界もの」かも!?
――原作を読んだり、演じられて感じた作品の印象と魅力をお聞かせください。
センセー役 神谷浩史さん(以下、神谷):「異世界転生もの」……この作品では「転移」と呼んでいますが、これまで異世界ものの作品に関わったことはゼロではないものの、自らが転移して、なおかつ主人公というポジションで作品に関わらせていただくのは本作が初めてになります。しかも異世界ものとしてかなり変化球な作品だったので、「異世界もののすべてがこういうものではないんだろうな」という想いで受け止めました(笑)。
いわゆる異世界もののテンプレみたいなものをなぞりつつ、それをズラしていくのがこの作品の肝だと思うので、お約束を知った上で楽しむのが正解なんだろうなと。でも僕はこれまで、そういう作品にほとんど関わっていないので、今ある異世界転生もののお約束をほぼ知らないんです。
それでも『角川スニーカー文庫』の創刊時からの読者だったり、『指輪物語』(J・R・R・トールキン作、原題『ロード・オブ・ザ・リング』)などのファンタジー作品を元にして日本で創作された『ロードス島戦記』(原案:安田均、著者:水野良)などは読んでいましたし、そのゲーム化作品も遊んだことがあって。
昨今の異世界転生ものの大部分はいわばそのゲームのパロディじゃないですか。異世界ものは詳しくはないですけど、これらの作品を履修していたからこそ今の異世界もののお決まりも「ああ、そういうことがやりたいのか」と理解はできて。そんな変わった立ち位置で今回は関わっているなという印象があります。
――これまでいろいろなキャラクターが異世界に転生・転移する作品を見てきましたが、今回、神谷さんが演じるセンセーほど異質なキャラクターはいなかった気がします。
神谷:現実世界でうまくいかない人が異世界に行って、すごく認められたり、大成功する異世界ものが多い中で、この作品は「現世でダメなヤツが異世界に行ったって、良いことがあるわけねぇじゃん。ダメなヤツはダメなままに決まってんだろ」という、元も子もない作品のような気がしています(笑)。
そして、今後明らかになるセンセーが持つとある能力が、そんな人たちに大きな影響を与えていきます。。本人が意図したわけでも望んだわけでもないけど、彼に秘められたその能力こそ、ある意味「アンチ異世界もの」と言われる所以かもしれません。
――演じるセンセーの印象とご自身と似ている点や魅力を感じる点をお聞かせください。
神谷:似ているところなんて、あるワケないじゃないですか(笑)。キャラクターの声を音にするにあたって必要なことは、「何を考えているのか」や「どうしてその考えに至るようになったのか」をわかったほうがより明確に音にしやすいわけです。でもセンセーの場合は、恐らくは実在したとある作家がモデルになっているであろうこと以外は語られていません。だからいわゆる文豪を知っている前提のお話であり、前提が多い作品なんです。「異世界ものを知っている」「主人公はとある文豪をモデルにしている……のではないか」とか。
もちろん普通に楽しめる作品ではありますが、前提を知っているほうがより楽しめる構造になっています。僕自身、最近の異世界ものにはあまり詳しくありませんが、『指輪物語』や『ロードス島戦記』を読んでいたり、主人公のモデルかもしれない文豪のことは知っているので、そういう断片的な情報を集めて、この作品に向き合っています。
だからよくわからないと言えば、わからないわけです。だってセンセーは死を望んでいて、彼の中の優先度第一位は、最愛の人と心中することであり、それが人生最良の瞬間だと思って行動しているので。そんなヤツの気持ちなんて、僕は少しもわかりません(笑)。
でもこの作品は基本的にはコメディやギャグのテイストで作られているので、その作品や主人公のことを理解しようとしてもあまり意味がないんですよね。だからそこまで深く考えながら演じているかといえば、「そうでもないです」というところではあります。こんなことを言ったら怒られるかもしれませんけど、そんなに深く考えながら見るアニメではないでしょうし(笑)。
要するにこのアニメは珠玉な文学作品ではなくエンタメなので、気楽に楽しんでほしいし、僕も楽しみながら演じています。ただ見ていく中で、モデルになっている「とある文豪」のバックボーンなどにも興味を持って視野を広げていくと、より楽しめる、正しいエンタメ作品だと思います。
――この作品の「とある文豪」は、誰しも顔を見たことがあったり、作品に触れた原体験があるので、すぐに入りやすいところが強みかなと思います。更に異世界であんな行動をするのも当たり前に感じてしまって。
神谷:確かに「何で?」という疑問を持たないかもしれませんね。このアニメは、センセーがさっちゃんと呼ばれる愛する人と心中しようとするところから始まり、異世界に導くトラックに轢かれて転移して。転移先でも無気力なセンセーは、何のスキルも持たず、神官のアネットから「転移させたのは手違いでした」と言われ、「どこの世界に行っても失格の烙印を押されるのだな」とつぶやいて。
でも視聴者の方はそれに対して何の疑問も抱かない。本来なら疑問だらけのキャラクターなのに、元になっているであろう文豪をみんなが知っているから成立するんですよね。本当に上手な作品です。
ちょっとお話はそれますが、かつて劇作家で演出家の、つかこうへいさんの『松ヶ浦ゴドー戒(まつがうらゴドーのいましめ)』という作品がありました。これはサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を下地に作られている、つまりはパロディなのですが、当時は『ゴド待ち』という不条理劇をある程度知っている前提で、作り手もお客さんも成立していたと言うことなんですよね。異世界ものも作劇としては同様の手法だと思うのですが、そのほとんどが元を知らなくても雰囲気だけ知っていれば良いくらいの、とてもライトなパロディになっている印象です。その中でもこの「異世界失格」は誰でも知っている人を題材にしているところが目の付けどころが見事だし、おもしろいですね。