あんずちゃんは猫である――『化け猫あんずちゃん』久野遥子&山下敦弘監督インタビュー|“寺の化け猫”という設定に込められた作品の裏テーマも判明!?
実写映像とアニメーションが融合するまで
ーー脚本の作業の後は、どのような工程に進んで行ったのでしょうか?
久野:絵コンテなどはなく、そのまま撮影ですね。それは山下さんの映画の作り方でもあります。
山下:僕はコンテを割らずに、現場で芝居をつけながら撮影する、というやり方を取っているんです。
ーー現場には久野さんも同行されたと伺っています。
久野:カメラマンの池内義浩さんのフレーミングが素晴らしかったので、画作りに関して、何も言う必要はなかったです。ただ、実写で撮れないシーンやアクションシーンなど、現実では再現できない部分については、私が絵コンテを描かせていただきました。
山下:フルアニメのパートは、池内さんのカメラを意識したりとか?
久野:前後のシーンを実写で撮っている部分に関しては、地続きにしたいなと。それが1番大変だったかもしれません。実写で撮影したシーンと雰囲気を変えずにアニメにしなければいけないので、緊張した記憶があります。
ーー作品全体の世界観やルックを構築していく中で、意識したことはありますか?
久野:やはり原作の存在が頼りです。なるべく、原作そのままの世界観や空気感にしたいと考えていましたが、原作のあんずちゃんは、正面・真横・真後ろしか描かれていなくて(笑)。
山下:(笑)。
久野:斜めの顔がないんですよね。私はあんずちゃんのデザインも、先生の潔さも好きなんですが、ロトスコープでは難しいなと。あんずちゃんの顔は横と正面で全然違っていて、そこも大好きなところなので大切に描いています。
山下:あと、久野さんがこだわっていた表現は「汗」ですよね。
ーー確かに、キャラクターから離れたところに汗が描かれていました。
山下:いましろさんが原作でそういう描き方をしているんです。それを「映画でもやりたい!」と言うんですよ。
久野:ピッピッて、空気中に雫があるんですよね。あの滞空感がとても面白いので、原作通りアニメでもやろうかなと。
山下:フランス(第77回カンヌ国際映画祭「監督週間」などで上映)でも、「この汗は何?」と質問されていたよね。
久野:「これは背景の木から水が出てるの?」って(笑)。
ーー(笑)。山下監督は、本作とロトスコープの親和性について、どのように感じられましたか?
山下:『花とアリス殺人事件』や『スキャナー・ダークリー』(リチャード・リンクレイター監督作品)など、ロトスコープの作品って、写実的な人間をトレースして、アニメとリアルのせめぎあいをしている印象があったんです。でも、『あんずちゃん』はアニメ側に寄っているような気がします。動きの生々しさが他の作品とは少し違うというか。
ーーリアルだけど、可愛いですよね。
山下:その通りです。アニメの良さも活きているんですよ。個人的には、ずっと写実的だと疲れてしまうので、最後までアニメとして楽しめるのはすごく良いと思います。
久野:観ている方に、「アニメとして没入して欲しい」という思いがありました。細かいところまでトレースしてしまうと、逆にノイズが出るところもあるんです。例えば、驚いた表情は実写の印象よりも派手にしないと、同じ印象にならないとか。役者さんの演技を拾いつつ、アニメとして楽しいところを探っていきたいなと。
山下:僕自身は、実写で不足する部分をアニメーションで足して貰っているという感覚がありました。
久野:全くないわけではないですが、基本的に実写で映されているものを尊重していますよ。
山下:それで言うと、森山くんは演技がぶれないんですけど、かりんちゃんを演じた五藤希愛さんは初のヒロイン役なので、当然本来の力が出し切れない時もあれば、120%が出ている時もあるんです。それをアニメーションの力で統一感のある映像にできたと感じています。
森山未來さんのお芝居は“背中で語る”
ーーあんずちゃんのデザインや動きがとても可愛かったんですが、森山さんの動きを元に描いているんですよね?
久野:そうですね。ただ、森山さんをそのままあんずちゃんにすると大きくなりすぎるので、全身が入る画角の時には森山さんの目の辺りをあんずちゃんの頭、耳込みで森山さんと同じくらいにしています。
ーーあんずちゃんを見ていて「これが本物の猫背か……!」と感心してしまいました。
久野:私が撮影前に、「猫背でお願いします」とお話したら「それはアニメでなんとかしてくださいよ!」と言われました(笑)。
一同:(笑)。
久野:でも、本人も無意識のうちに猫っぽくなっていたと思うんですよね。実際に撮影の映像を見ながら作業していると、猫背にしてくれているような気がしました。
山下:そもそも体幹がとんでもない役者さんで、姿勢は良いはずなんです。なので、若干やっていたのかもしれませんね(笑)。語弊があるかもしれないんですけど、森山さんは仕事をしやすい俳優なんですよ。普段はフラットで現場に気を使わせることもなく、本番が始まると、スイッチが入って凄まじい演技をしてくれます。
久野:お芝居では、周りを見ている印象がありますね。
山下:そうそう! よく周りを見ている方です。相手がお芝居をしやすいような空気を作ってくれているんじゃないかな。
ーー本作は五藤さん(かりん)とのシーンがほとんどだったと思います。
山下:僕が五藤さんに芝居をつけているとき、森山さんが隣で聞いてくれていたんですよ。一緒にシーンを作りながら、彼の中でのイメージも五藤さんに共有してくれていました。
久野:森山さんと沢山お話したわけではないですが、「この役者さんたちが集まったらこういうことが起きる」という想定をしている気がします。それだけ全体像が読めていて、かつ山下監督を信頼しているんだなと。
山下:現場が終わった後、スタッフの方に「山下さん、森山さんにあまり指示しないですよね」と言われたんです。逆に彼からも質問がなくて、自分で考えた良いものをしっかり出してくれたんだと思います。
久野:それが信頼関係ですよね。
ーーキャスティングに関してはどのようなポイントがあったのでしょうか?
山下:みんなで決めましたよね。
久野:そうですね。結果的には山下さんに縁のある方が多くなりました。
山下:近藤くんが『苦役列車』の際に助監督をしていたこともあり、蓋を開けてみたら『苦役列車』のキャストが多かったです。
ーー今作はアニメーションですが、みなさんの演技自体もかなり実写に近いのかなと。
山下:若干アニメーション寄りにしてくれていたとは思いますけど、そんなに意識して変えているわけでもないはずです。僕からも「アニメらしく」という注文はしてないですね。
久野:今回は、セリフがほぼ同時録音になっています。通常は声だけで演技をしていただきますが、動きも含めた芝居の声なので、アニメの演技の印象とは違うかもしれません。一見地味な雰囲気になるときはあるものの、生っぽさがあるのでロトスコープという手法に上手くハマったと思います。
ーーそういった細かい動きや空気感も見どころですよね。
山下:仰る通りで、今作はセリフじゃないところで語るシーンが多いんです。かりんの行動を何も言わずにあんずが見ていたり、あんずがただ掃除をしていたり……。実写だと雰囲気や表情で分かりやすくなりますが、アニメではあまりない手法ですよね。
久野:アニメにおいては「背中で語る」みたいな表現の難易度が高いんですよ。
山下:ですよね。でも、今回はそれがかなり効いているので、新鮮味がありました。説明的になっていない、さりげないシーンにグッときます。
ーー色々なキャラクターに対するあんずちゃんの眼差しが素敵でした。
久野:実写の距離感でやっていますから。個人的には、妖怪たちが宴会をするけど全然盛り上がらないシーンが好きです。あの絶妙な空気感をアニメでやって良いんだなって。
山下:あのシーンもしっかり実写で撮りました。
久野:枚数をたっぷり使って、細かい動きまでしっかりと描いているのに、盛り上がっていないという(笑)。あれはロトスコープならではのシーンだと思います。