「逃げ」を披露するところで流れる曲はアフリカ音楽を取り入れると面白いかもという話になりまして|TVアニメ『逃げ上手の若君』連載第7回:劇伴制作担当・立山秋航さんインタビュー
『魔人探偵脳噛ネウロ』『暗殺教室』を手掛けた人気作家・松井優征先生が描く歴史スペクタクル漫画『逃げ上手の若君』がTVアニメ化。2024年7月よりTOKYO MX・BS11ほかにて放送中です。
本作の主人公は、信頼していた幕臣・足利尊氏の謀反によってすべてを失った北条時行。時行は逃げ落ちてたどり着いた諏訪の地で仲間と出会い、訪れる困難を「逃げて」「生きて」乗り越えていきます。
アニメイトタイムズでは、本作の魅力を深掘りする連載インタビューを実施! 第7回目は劇伴制作を担当するGEMBIさん・立山秋航さんにお話を聞きました。今回は立山さんにインタビューした内容をお届け!
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野球に例えると劇伴は8番バッターくらいのイメージです
――最初に原作を読んだときの感想をお聞かせください。
立山秋航さん(以下、立山):すごくエネルギーが詰まった作品だと思いました。情報量やセリフが多く、絵の密度も高かったので、読み終えるのに時間がかかった記憶があります。1巻を読むのにとても体力を使う、力のこもった作品だと感じました。
――そんな本作の劇伴を作るうえで、監督をはじめとするアニメ制作者の方々からはどんなリクエストがありましたか?
立山:音響監督の藤田亜紀子さんからは「実写に近い雰囲気の音楽が欲しい」というリクエストがありました。アニメの劇伴って、ポップで構成が分かりやすいものが多いんですよ。
ただ本作では、そういう曲だけでなく、あまり歌い上げない、極論言うとメロディがなくてもいいくらいの曲や、気味の悪い音が持続してちょっとだけ展開があるというアプローチの曲も取り入れたいと言われました。そのリクエストを受けたときは正直、少し戸惑いました。
――戸惑った?
立山:はい。というのも、先ほどもお話しましたが、アニメの劇伴はポップで構成が分かりやすいものが好まれる傾向にあるんです。例えば、楽しいシーンなら明るい音階を入れたり、怖いシーンなら分かりやすく怖い音やメロディ自体を暗い音階にしたり。音楽をデフォルメ化して、シーンやキャラクターの心情を分かりやすくすることが多いんです。
――なるほど。
立山:一方の実写は、作り方にもよりますがデフォルメ化し過ぎると、とたんにダサくなってしまう。逆にアニメでそういう音楽の作り方をすると、絵や芝居を盛り上げる要素としては弱い可能性があるんです。なので、「実写に近い雰囲気で」と言われたときに、どれくらいの塩梅にすればいいのか悩みました。デフォルメ化し過ぎてもダメだろうし、かといって実写的に作り過ぎて情報量が少なくなってもアニメの絵と音楽が合わなくなってしまう気がして。
ただ、藤田さんからは「この作品は大丈夫です。実写的なアプローチを取り入れていただいて問題ないと思います」と言われたので、恐る恐るではありますが制作を進めていきました。
――実際のオンエアを見て、音楽に違和感はありませんでした。
立山:僕もオンエアを見て、藤田さんがおっしゃっていたことが分かった気がします。アニメの映像で答え合わせができました。
――音楽が作品に与える影響って、色々あると思うんです。例えば、いいシーンを盛り上げるとか。そういうのも大切だと思うのですが、本作は劇伴が物語に馴染んでいると、非常に感じています。
立山:それは嬉しい感想です。アニメって総合芸術なんですよね。物語があって、絵があって、キャストの演技があって……。そのなかのひとつに劇伴もあります。僕のなかで劇伴は、野球に例えると4番バッターではありません。8番くらいのイメージです。
――8番バッター!
立山:もちろん、ある瞬間では劇伴が4番になる可能性もあると思いますが、全体を通して見ると4番は物語とか絵になるんじゃないかなと。僕個人としては、劇伴は4番じゃないことを意識しています。むしろ、「劇伴がアニメのメインだぜ」って考え方で作ると、上手くいかない気がしますね。音楽が悪目立ちしてはいけないんですよ。劇伴を制作するときには、“引きの美学”を大切に持ち続けていたいと思っています。
「逃げる」ときの曲は時行の“誰よりも生きたい”と渇望する生命力の強さを表現して欲しい
――楽器構成についてもお聞かせください。本作は歴史を題材にした作品ですが、劇伴は和楽器だけでなく、金管・木管、弦など様々な楽器が使われていると感じました。
立山:音響監督の藤田さんからいただいた音楽のリクエストは、ロックあり、クラシックあり、ジャズもありと、ジャンルが様々だったんです。そのリクエストに応える形で、オールジャンルで曲を作りました。それに合わせて使う楽器も、ストリングスや木管などのほか、ありとあらゆるものを選択肢に置いていたんです。
――歴史もの作品でオールジャンルというのが面白いです。
立山:僕もそう思います。とはいえ、オールジャンルで音楽を作るというだけでは、めちゃくちゃになってしまうんですよね。色々とやり過ぎてアニメに合わなくなってしまったら、すべてが台無しです。
音楽プロデューサーの山内真治さんは「本作の音楽の一丁目一番地として、いちばん分かりやすい指針となるものが必要」とおっしゃられていました。その一丁目一番地の音楽をGEMBIさんが作ってくださったんです。GEMBIさんが歴史ものに即した音楽、僕がバラエティに富んだ音楽を作るというダブルヘッダーでいくという山内さんの考えた座組によって、楽曲のすみ分けをより意識できました。
―― 一丁目一番地が明確になって、作曲の方向性が定まった。
立山:そうですね。この雰囲気が基本だよねというところが決まったので、僕はロックやコミカルな曲などを積極的に作れました。色々と曲で遊ばせてもらえて、感謝しています(笑)。本作に関してはGEMBIさんと僕のどちらかだけだったら、作品に深みを与えられなかったかもしれません。
――バラエティに富んだ音楽というのは、史実に基づいたシリアスな物語ながらも、松井先生らしいキャラクターが登場して笑える『逃げ上手の若君』らしいなと思いました。
立山:そう言っていただけると、嬉しいです。
――バラエティに富んだ楽曲のなかでも、立山さんが特に印象に残っている曲を教えてください。
立山:第一回で時行が初めて「逃げ」を披露するところで流れる曲ですね。あの曲は逃げている躍動感や、時行の“誰よりも生きたい”と渇望する生命力の強さを表現して欲しいというオーダーがありました。色々なアイデアが出る中で、山﨑雄太監督から“生命力と言えば、生命の起源の地と言われているアフリカ”という発想が出てきたんです。そこから、アフリカ音楽の要素を入れたら面白いかもという話に発展したんですよ。
――日本の歴史を題材にした作品で、その発想に行き着くとは。
立山:面白いですよね(笑)。それでアフリカン・クワイアという力強い男性コーラスを入れてみることになったんです。アフリカン・クワイアは、分かりやすく言うと『ライオン・キング』のイメージですね。
普通だったら歴史を題材にした作品でそんなコーラスを入れようとは思わないですし、勝手にそんなことしたら「やめてくださいよ」と言われると思います。それが本作では、「あり」だったんですよね。歴史をイメージした曲ってベタに作ろうとすると、とことんベタになってしまうのですが、今回はそれに囚われることなく作れたので、すごく楽しかったです。