映画
牛尾憲輔が語る、『きみの色』の音楽と色彩が生み出す新たな世界、その挑戦【インタビュー】

「音楽のノイズを色として捉えることができるんです。その色を使って……」音楽監督・牛尾憲輔さんが『きみの色』で彩った色が奏でる音、音が映し出す色。その共鳴のクリエイティブ【インタビュー】

“山田尚子のコンテ”は、大きな存在を示すもの

ーーちょっと話が逸れてしまいますけども、そうは言いつつも、牛尾さんはすごくコミュニティーの場が広いですよね。

牛尾:色々な人の話を聞くのが好きなんですよ。友だち、と言ったらみんな嫌がらないといいなと思いますけど、自然と広がっていきましたね。今回は永井(聖一)くんにも参加してもらっていますし。

ーー永井さんならではの音色ですよね。もともと仲が良いんですか。

牛尾:そうですね。普通に飲み仲間というか、気の合う友だちなんです。「永井くんどう?」って話をしたら「良いね」と。それもそういう繋がりから生まれたものなので、とてもポジティブなことだと思っています。

ーー人と人との繋がりはすごく大切だなと、本作を見ても、コロナ禍を経ても感じます。ところで、山田監督の絵コンテについて「譜面台に乗せたら曲になる」という例えをされていましたが、この発言も牛尾さんらしいなと。そうは思いつつも、この言葉に込められた意味も詳しく知りたいなと思っているのですが、どうでしょう?

牛尾:ああ。これはもしかしたら、誤解を招いてしまう発言になってしまうかもしれないので、少し慎重にお話をさせていただきますが……僕も色々な監督、色々なコンテマンと仕事をしていますが、音楽的だなと思うコンテは多くないんです。だからと言って決してその方々への敬意を欠いているわけではありません。ものづくりに取り組むみなさんに対しては、深い敬意を持っているので、そこはしっかりとお伝えしたうえでお話できればと思うのですが。

作品づくりでは、実写の映画やドラマも含めて、どうしても多くの人が関わることになります。その中で、コンテは全体の指針や設計図として重要な役割を果たすべきものです。山田さんのコンテっていうのは、そこで世界観ができているというか、今まで山田さんと一緒にやってきて……完成した作品が“山田尚子のコンテ”に勝っているかどうかは、僕はちょっとまだわからない。それくらい“山田尚子のコンテ”っていうのは、大きな存在を示すものだと個人的には思っています。

ーー牛尾さんにとって分からないものなんですか。

牛尾:山田さんってご自身の矜持としてコンテを出版されはしないから、みなさん見たことがないと思うんですけど。完成形のフィルムとコンテを比べたときに、必ずしも完成形のフィルムが優れていると一概に言えないくらい、“山田尚子のコンテ”にしかないものがあるんです。

何ですかね、あれは。もともと僕と山田さんの感覚的な趣味が近いんです。90年代に、10代、20代を過ごしてきて、そこで聴いてきた音楽が近いので、ある一定のクロスオーバーがあって。だからこそ感じられることかもしれません。個人的な見解なので一般論として、押し並べてそう、と言えるか分かりませんが。

ーー趣味が近いというのは、ニューウェーブだったり、テクノだったり……。

牛尾:そうですね。主に80年代、90年代のイギリス、ドイツを中心にした音楽かなと思います。共通している分かり易いところだと、ニュー・オーダー、アンダーワールド、ケミカルブラザーズ、あとはジャーマンアンダーグラウンドテクノとか。そういうパロディやオマージュが少し入っています。

僕はそこから、Warp(Record)系やエレクトロニカ、音響、現代音楽に行くんだけど、山田さんはそこを中心にしつつも、ラフ・トレード(レコード)やパンク、R&Bの方に造詣が深くて。そっちは僕はそこまで詳しくないので、お互いの共通点の大きなエリアを占めるのは、ヨーロッパのアンダーグラウンドシーンという感じですね。

ーーおふたりが好きな音楽の雰囲気は、劇中歌「水金地火木土天アーメン」にも反映されているように感じています。

牛尾:そうですね。決して参照しているわけではないのですが、ファクトリー(レコード)っぽい感じは影響が入っている…といいな、と。

※ファクトリー・レコード…イギリス・マンチェスターのレーベル。ニュー・オーダー、ハッピー・マンデーズ、ジョイ・ディヴィジョンなどが所属。

特にニュー・オーダーとかね。あの時期の、ニューウェーブ、エレポップみたいなものの、楽器、時代性は踏襲しています。ちょっとおじさんの話になりますけども(ニュー・オーダーの)「ブルー・マンデー」は、83年に存在する楽器で作られているわけで。

ーー「ブルー・マンデー」はまさに83年に生まれた曲ですもんね。牛尾さんが生まれた年でもある。

牛尾:ですね。「ブルー・マンデー」が83年3月の頭にリリースされている。その時期にあったもの、ニュー・オーダーのPVに映っている楽器で作っていたりもするので……そういう時代性はちょっとね、ルイくんの趣味ということにしていますけど(笑)。

ーー「ブルー・マンデー」のタイトルが出てきましたが、本作を観た音楽好きの方の中には、この話を聞いて、ピンと来られた方もいらっしゃるのでは?と思うのですが……。

牛尾:それについては、試写を見た音楽を知っている友達から全員連絡がきましたね(笑)。ライブシーンのイントロが「ブルー・マンデー」のイントロを彷彿させるものだったので、失笑と爆笑のメールがね。

ーー失笑も(笑)。

牛尾:「いよいよやったな」と。

ーーテンションが上がりました。絶対に気付く人は気付くと思います。

牛尾:そうなったら良いなと。観た人に「おっ」と思われたら嬉しいなと思っているんです。だから公開前までは、何も言及しないでおこうと考えています。

白に染まる瞬間、音と色がひとつに

ーー色をテーマとした本作ならではの音楽の作り方というのはありましたか。

牛尾:劇伴で言うと、相変わらず変なことはしているわけですけども……。コンセプトワークという、山田さんと一緒に話し合う時間があって。今回はバンドの比重が大きいので、劇伴であまりにも“ど”アバンギャルドなことをやってしまうと、訳の分からないことになってしまうので、そのあたりの比重は気にしていました。

それと、僕は作中のバンドメンバー3人のフィールドが必要だなと思っていたんですね。それが教会という場で。

ーーバンドの練習場所となった、離島の古教会ですね。

牛尾:そうです。そこをちゃんと描かないと、3人が相互作用するもの、場所がないなと。場をちゃんと作りたいと思っていたので、そういう話をして。それで……ちょっと小難しい話になっちゃうんですけど、実際に(作品の教会のモデルとなった)旧五輪教会堂に行ったんですよ。

ーー長崎県に。国の重要文化財に指定された、歴史ある場所ですよね。

牛尾:はい。あの教会の残響がどうなるのか、音響計測してきて。実際に全ての言葉や楽器があの場所で鳴った時と同じように響くように、音響合成上のモデル化をしたんです。だから、場がちゃんと鳴るようになっているんですね。

ーーえっ!? 

牛尾:あの場、あそこのシーンだけに限らず、色々な場で3人の響き合いが必要な時、その残響は全て旧五輪教会堂で鳴っているようにできています。

あともうひとつ、学校内でトツ子が祈っている教会に関してもモデルとなる場所があって。そこでも同じように音響測定をしました。だからあの教会での残響もシュミレーションできるようにしています。それを私の作曲はもちろん、ダビングを担ってくれた録音技師の太田さんという方に使っていただいたんです。例えば、声に少し部屋の残響を足す時とか。

ーーすごい話です。それだけ、その場の臨場感、生々しさを大切にされたということですね。

牛尾:押し並べて、その“場”を作るようにしているのが劇伴の特徴のひとつですね。それはコンセプトから導き出されたものです。

加えて……これもまた説明のしにくい話なんですけども、トツ子が色を見るシーンで使っているんですが、音楽のノイズってあるじゃないですか。

ーーはい。

牛尾:あれってすべての周波数を含むとああいう音になるんです。それを色として捉えることができるんですね。カラースペクトルって言うんですけども。全部が鳴ると白になるんですよ。真っ白になる。

ーー全部というのは、どういう範囲で?

牛尾:えっと……48キロヘルツのナイキスト周波数だから……1ヘルツから24キロヘルツまで、全部同じ音量で鳴らすとホワイトノイズになるんです。それがノイズの謂れなんですけど。つまり、色の三原則によって切り取ると、グリーンノイズ、ブルーノイズも、原理的に作れるんですね。白から切り取ればいいだけですから。で、それを切り取るフィルターをプログラミングして作ってあるんです。

ーーそれは牛尾さんが作ったんですか。

牛尾:はい。僕とプログラマーが協力して作りました。で、それを使ってグリーンノイズ、ブルーノイズ、レッドノイズがそれぞれのキャラクターに合わせて鳴るようになっていて。

ーーええ? 質問しておいて何ですが、先程から「ええ?」としか言葉が出てこないです(笑)。

牛尾:(笑)。で、最終的には、トツ子が踊りながら自分の色を見る瞬間、白に混ざり合う構造になっています。つまり「見えた!」という瞬間に、音が真っ白のスペクトラムになる。

ーー……同席されているスタッフのみなさんからも驚きの声が上がっております(笑)。

牛尾:(笑)。こういうことばかりやっているので、説明が難しいんです。

ーーそれはもう、冒頭で仰っていた通り、自分で思いついたことを実行するのが「面倒くさい」でしょうね……。

牛尾:面倒くさいですよ(笑)。

ーー牛尾さんは普段から色というのは音楽制作の上で意識されているんですか?

牛尾:今回のテーマだったからという感じですね。とはいえ、音楽を作っているとノイズの色は意識せざるを得ないんですよ。ホワイトノイズは「サーッ」という音なので何もないんですけど、それをちょっと足すことによって音の質感が変わるんですよね。それでホワイトノイズを使います。

高周波と低周波、一定の音量で鳴っているとホワイトノイズなんですけど、角度をつけると、ピンクノイズというのが出てくる。そうすると「コーッ」という少し低く感じる音になるので、短く切るとパーカッションになるんです。実際、シンセサイザーにはホワイトノイズからピンクノイズに切り替えるスイッチがあるものもあって。

だから、ノイズと色って我々の職業ではすごく大事なことなんですけど、こうやって色を主題にすることはあまりないですね。

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