『キングダム』李牧(りぼく)と昌平君(しょうへいくん)、2人はどちらが有能軍師!? 経歴と特徴をまとめました! 史実にもびっくり!
『キングダム』は、中国 戦国時代末期(紀元前245年頃から)を舞台にした、週刊ヤングジャンプ連載中の原泰久先生の漫画作品です。主人公は、中華統一をめざす秦(しん)王 嬴 政(えいせい)と、大将軍を目指す信(しん、李 信)。彼らを取り巻くたくさんのキャラクターたちも魅力的です。
ここでは軍師の2人を取り上げます。趙(ちょう)の李牧と、秦の昌平君です。
この2人は、趙と秦という敵対関係にある両国で、それぞれの軍の司令官として活躍。物語序盤から最新刊現在まで、その有能さが見られる人物たちです。
「どちらが有能軍師!?」なんて大変失礼。まして結果が出せるはずのない邪推なのですが、2人を比べてより理解度を上げたい! とは思うのです。
ということで、まずは2人の経歴をまとめ、そこから見えてくる特徴を挙げてみようと思います。その後、史実の2人のことも歴史探偵していきます。
[ご注意:2024年9月時点での最新刊 コミックス73巻までを読んだ上での記事となっています。また、史実を調べる上で、物語の先を予想させるような内容も含むかもしれません]
目次
趙の李牧
まずは、趙の李牧からいきましょう。
李牧は“将軍であり軍略家”です。李牧は、軍師という役職にあるわけではないので、宮中の王の眼前で軍議をすることはほとんどありません。役職が将軍なので、主な職場は戦場。李牧の仕事場は役員室ではなく現場ということですね。
李牧はこの現場、つまり戦場にて、陣全体を自分の思い通りに動かせるということで、“将軍であり軍略家”とされるのです。また、将軍としてふさわしい武の力も供えています。
過去
出身国は趙です。そして、最新刊現在も趙王に仕える身です。とはいえ、最初から国の中央にいたのではありません。李牧は、もともと、国境寄りの都市 雁門(がんもん)を守る将でした。
雁門の場所は、匈奴(きょうど)との戦闘が頻繁に起きる国境沿いです。匈奴というのは、部族単位で遊牧生活をおくる騎馬民族ですから、馬の扱いはお手のもの。自在に馬を走らせながら間髪おかずに矢を射ってくる、やっかいな相手です。李牧は、彼らを相手に勝利を重ねます。
しかも、住民を戦いが始まる前に避難させ、兵士たちには戦うよりも自らの命を守ることを優先させたことで、趙の被害はほとんどありませんでした。
こうした戦い方は、現代の価値観ではすばらしいと評価されるでしょうが、当時の常識では異色でした。当時は、命うんぬんよりも敵をどれだけ殺すかが大事だったのです。
そのため、敵味方双方から「李牧は臆病者」とばかにされてしまいます。王にまで臆病者として叱責されるという、なんとも理不尽な目に遭います。
王との関係は良くないものの、李牧は結局その有能さを買われて、国全体の軍事にかかわることに。国運を左右するほどの将軍かつ軍略家として活躍します。
作中では、李牧初登場はここの時点。無双の状態からです。秦の中華統一を阻む強敵として、重要な場面に現れ続けます。
(李牧の過去については、作品のところどころに出てくる台詞からひろったもので、作品内に李牧過去編としてのエピソードがまとまっているわけではありません。また、『キングダム 公式ガイドブック第3弾 戦国七雄人物録』(原泰久、集英社、2021)も参考にさせて頂きました)
特徴:「奇策」と孤独
無双の李牧ですが、さらにその先へ。「三大天(さんだいてん)」と呼ばれる趙国最強の将軍に名を連ねるのです。
秦との戦いである「馬陽(ばよう)の戦い」にて。李牧は隠し玉として、一匹狼的な強さを発揮する龐煖(ほうけん)を投入します。これによって、秦の大将軍王騎(おうき)に致命傷を負わせることに成功。趙の勝ち戦として引き上げます。ちなみに、王騎は前線から辛くも脱しますが、馬にまたがったまま最期をむかえています。
また、李牧は、「趙・楚(そ)・魏(ぎ)・韓(かん)・燕(えん)・斉(せい)」の6カ国合従軍成立の立役者となり、秦にとって“ここが破られたら終わり”な場所 函谷関(かんこくかん)を攻め立てます。途中、彼は合従軍参謀にもかかわらず姿をくらまし、秦への隠れた入口ともいえる蕞(さい)を落としにかかるといった「奇策」を打っています。
この「奇策」は、李牧の得意とするところで、“フェイント・不意打ち”と言い換えると、理解しやすい気がします。これは、李牧がずる賢いという意味ではなく、彼が“王道の戦い方”を好まないという意味です。普通の将軍なら正面でぶつかった所から順に兵を減らしていくことで、首級を狙える位置まで近づくでしょう。しかし、李牧は「奇策」を用いることで、早々に首級を狙うのです。
彼が「奇策」を好む理由は、過去の雁門の行動でもわかりますが、「なるべく犠牲者を出したくないから」だと思います。
平和を愛する李牧は、現代人から見るとまるで映画のヒーローのようですが、2000年前の世界ではなかなか理解されません。周囲の将や王宮に、心を許せる人物は少ないようです。
軍略について誰かと相談したり、他人に教えを乞うような場面もないので、どうしても孤独な印象が拭えません。
李牧のこうした面も含めて理解しているのは、側近の女性剣士カイネでしょう。彼女が李牧に夢中なのは最初から読者にバレバレなのですが、李牧の気持ちはどんな動きをしたのでしょうか。2人の恋の行方も気になりますよね。
秦の昌平君
次は、秦の昌平君です。昌平君は、感情を表に出さない口数の少ない人物ですが、軍師としての才と筋を通す生き方から、政に深く信頼されています。
過去
出身国は楚です。楚の王子様(当時の言い方では公子)なのですが、人質として送られた先の、秦で成長しています。
初登場時は、秦国軍の司令官。その後、秦軍総司令官 兼 右丞相(うじょうしょう)となります。
また、軍師育成の場を設けて先生をしており、ここが実質的に秦国内最高峰の軍師養成機関となっています。作中に明言されてはいないのですが、どうやら自費かつ自らの意思でやっているような気配です。
人質時代の不遇の中で何か思うところがあったのかな、と勝手に想像してしまいます。昌平君の人質時代のことは、作品中に描かれていません。だたし、原先生の読み切り作品「蒙武と楚子」には、楚への帰国が叶わなくなり落ち込んでいた少年 昌平君が、同年代の蒙武(もうぶ、後に将軍となる)と親友になり、共に将軍になる夢に向かって歩き出す旨が描かれます。ちなみに、将軍を目指したくらいですから、昌平君の武力もなかなかのものです。
話を本編作品に戻しますが、作品中、弟子たちが「先生」と慕って昌平君を尊敬している様子がよく出てきます。この様子から、昌平君が、冷たい機械的な頭脳の持ち主ではなく、血の通った頭の良さの持ち主だということが見えてくるのではないでしょうか。
特に、以下の弟子たちを見ると、わかりやすいかと思います。
・蒙恬(もうてん)
信と同年代の良きライバルで、蒙武の嫡男。昌平君に才を評価され、早々に特別軍師認可を得て軍師学校を卒業しているが、軍師の道を歩まず武人として大将軍を目指す。
・河了貂(かりょうてん)
信が歩兵になる以前からの仲間で、信より年下の女の子。初登場時は男の子のふりをしているが、まあ普通に見て女の子。信だけがコミックス23巻になるまで気づかない。蒙恬以来の早期認可をうけて軍師学校を卒業、信が率いる飛信隊(ひしんたい)の軍師に。
・蒙毅(もうき)
蒙武の子で蒙恬の弟。河了貂の兄弟子。落ち着きがある知的な少年。後には中央で昌平君と共に軍議に参加するまでに。
特徴:周りに人がたくさん
作品初登場時の昌平君は、「呂氏 四柱(りょし しちゅう)」のひとりです。呂氏とは呂不韋(りょふい、丞相のち相国、政の実の父親説も)のことなので、つまりは呂不韋の取り巻きですね。呂不韋と政は、当初政治の主導権をめぐって争っていましたから、主人公側から見ると昌平君は同国人なのに敵なわけです。
昌平君には、呂不韋に対して、軍師として中央に引き上げてもらった恩があります。しかし内心では、自分の理想と呂不韋の行動とが矛盾するストレスを抱えているようで、話の進行とともにそれが表情に表れていきます。
そしてとうとう、政の成人式典「加冠(かかん)の儀」で、呂不韋と決別。別れの言葉はただ一言、「世話になった」です。
有無を言わせぬ眼力でキッとした表情の昌平君と、平静を装う呂不韋に対して、周りの人たちの、“え、おまえが? ここでかよ! 権力の天秤が!”みたいな汗だくの顔がおもしろい場面です。
ここのエピソードもそうですが、昌平君が登場する場面には、とにかく人がたくさんいるように思います。中央政界しかり、軍師学校しかりです。
作戦の立案も、政の前で机を囲み模型の駒を動かしながら、皆が様々な意見を言う中で進めています。共同作業のような立案の仕方ですが、最終的にはその頭脳で最も勝率の高い作戦を導き出しますし、自らが全責任を負っているという自覚もちゃんとあります。
また、昌平君は、職業柄王宮内にいることが多いにもかかわらず、各将軍の力量と性格をよく把握しています。ですから、戦場という現場での判断や作戦は各将軍にお任せ。その判断や結果に対してジャッジすることはありません。
将軍以下の兵のことも可能な限りよく見ていて、信に対しては、彼がまだボロ服の少年だった頃からその才を見抜いています。
ついつい、私たちの現実にもこんな上司が存在してくれ! と、あこがれてしまいますよね。