『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』神山健治監督インタビュー|目に見えるものを描くだけが映画じゃないーー神山監督が映画でやりたかったことが詰め込まれた最高傑作がここに
予期せぬトラブルも連発
──3DCGはどのようなソフトを利用されたのですか?
神山:いろいろ使っているんですけど、Autodesk Maya、Autodesk 3ds Max、LightWaveなどいろんなチームがいました。ただ、Unreal Engineに持ってくるのが難しくて、MotionBuilderから持ってくるしかなかったですね。MotionBuilderに持ってこられるように変換してアニメーションをつけ直したり、このカットはライティングを諦めてAutodesk Mayaでモーションをやっちゃおうとか、シーンの特性や作業をお願いしているスタジオに特性に合わせてバラバラに作業をしていました。それを統一していくのも大変は大変でした。
──大変な作業ですね。何人くらいのスタッフが関わっていらっしゃるんでしょうか?
神山:何人くらいですかね……。昨今の3DCGを使っている映画などは、エンドロールが4〜5分あって、アニメではそんなこともないんですが、今回は4分超えなので(笑)。何人くらいですかね(笑)。
──(笑)。モーションキャプチャーやプレスコでも大変な作業だったと思います。
神山:『ロード・オブ・ザ・リング』はイギリス英語なので、今回の作品も最初にイギリスの役者陣がプレスコを行いました。その段階で脚本はできていたんですけど、絵コンテはまだできていなかったので、ざっくり僕の方で脚本からシチュエーションや役者どうしの距離感を説明して、それを手がかりに演じてもらいました。
ただ、声優自体がはじめてという役者もいて、相手とどのくらい距離があるのかもわからなかったり、フィジカルな動きを使わないで息が上がる演技をしてもらうなどは、最初は掴みにくかったんじゃないかな。最初のプレスコが1ヶ月くらいかかって、それを持ち帰って絵コンテを描いていって、できたところからモーションキャプチャーをやっていきました。
──最初にプレスコをやっておく必要性とは何なのでしょうか?
神山:向こうの役者さんは、実写で出演している作品にアフレコをすることはあるので、アフレコ自体には慣れていると思うんですけど、アニメーションのアフレコのような自分が演じていないものに対して声を乗せていくのは慣れていないんです。
日本の声優はあまりにも上手に合わせるので普通だと思ってしまうんですが、海外の役者にとってはやっぱり難しいんじゃないかな。
それは通しや掛け合いがなく、一人ずつ収録しているからでもあって、シーンでもないような部分的な台詞ごとに収録しているからというのもありました。そこからいいものを抽出して並べていく作業をしていきました。
その音声を編集してつなぎ合わせて、それを参考にモーションキャプチャーのアクターさんに演じてもらいました。音声を流しながら演じてもらうんですけど、日本のモーションキャプチャーのアクターさんは英語を原音のスピードに合わせて演じなければならず、大変だったんじゃないかなと思います。
他にも、アクターさんは普段アクションの演技がメインのところ、今回の演技は外連味よりもリアリティを求めていたので、そこも苦労されたと思います。重い剣を振り回すシーンで、本当に重い剣を使ってしまったら怪我をしてしまうので軽いダミーの剣を使ったりしたんですが、モーションキャプチャーは正直でそういった作った演技はモロに出ちゃうんです。それはそれでアニメーターが望む画にならないんですよね。そこから演技を足すのも難しいんです。なので実際に重い剣を使ったり、本当に重いものを投げたりしてもらいましたね。
どこかしらでトラブルが発生したら進まないスケジュールで、予定ではもう少し上手く進むはずだったんですけど、そういった他のトラブルも発生したりして……。Unreal Engineで読み込めませんでした、とかね(笑)。予期せぬトラブルはかなり発生したんですけど、都度都度でやれる方法で進めていきました。
──制作期間についても、かなり長い期間をかけられたようですね。
神山:脚本の開発期間も含めるて今日(取材日)でちょうど三年ですね。実際の制作期間は二年半ほどでした。
──そこまで短縮できたのはモーションキャプチャーを利用したからですか?
神山:結果的にはそうなりました。「なんでそんなことやってるの?」と思っている方もいたと思うんですが、結果的には作業スピードで追い越すから信じてやってみて……! と伝えてやっていましたね。
僕が映画でやりたいことがかなりできたんじゃないかな
──今回の取材にあたって試写を拝見させていただいたのですが、字幕なしの英語版でした。英語がわからない私でも大丈夫かなと思ったのですが、これがしっかりと見れたことに驚きました。これは何か作品的な理由があるのでしょうか?
神山:ありがとうございます。これまで自分で監督した作品は脚本にも関わっているんですが、今回はこれまでではじめて自分自身で脚本を書いていない監督作品なんです。もちろん企画の当初から関わってきていますが。
もちろん今回も作っていると「ここは台詞が足りないな、付け足したいな」と思うところがあったんですが、それはできない。叫んだり、息の芝居は付け足すけど、基本的には足せないし、引けない。僕も英語が得意ではないし、古いイギリス英語なので聞き取りにくいところもありました。さらに、台本が一行しかないシーンでも、実際の映画ではかなりの尺があるようなシーンもあるんです。
そのため、台詞がない映画としても見られるような作りは意識しました。日本語で作品を作る場合、僕は台詞を大事にする方なので、モノローグ含め台詞は多くなるんです。でも今回は台詞が少なめだと思います。
台詞が足せないからこそ、画で「このシーンはこういうことじゃない?」というのを増やしていったんです。おそらくそれが、英語がわからなくても十分に見られた理由なんだと思います。
もうひとつは音楽も含めたファイナルミックス(作品の完成版)のプランを画を作りながらずっと考えていて。劇伴でやれるし、ハリウッドのスタッフとやれるチャンスだったので、どうやったらそのシーンのエモーショナルをお客さんに上手く伝えられるかはずっと考えていました。
最初に作られた劇伴を聴いた際、画に沿って作られているので「THE 劇伴」な曲で素晴らしいけど、エモーショナルが絵と同時に来ちゃう。
基本、自分のカットの並びは、疑問と答えの順にしたいんですよ。劇伴があまりにも美しく寄り添ってしまうと、湧き上がるエモーションが映像内で起きたことだけのエモーションになってしまう。
だから、「ちょっとずらしてくれないか?」となかなか失礼なお願いを劇伴のスタッフにお願いしていました。「これだと音楽がこれから起きることを歌い上げちゃっているんです」と。個人的にはオチはあとで来てほしいというか……。画とドンピシャではなく、絵より遅れて一番良いフメロディーが来てくれると、キャラクターを最も称賛する形にできるんです。
スケジュールがない中だったんですが、試したいこともあったし、向こうのスタッフにぶつけてみたいこともあったし、実際それは上手くいったと思います。音楽プロデューサーもコンポーザーも本当に素晴らしかったです。
音楽の効果は2種類あると思っていて。ひとつわかりやすいものだと、例えば泣ける映画で泣けるシーンに泣ける曲がかかっているもの。これが一番わかりやすいものだと思います。
それとは別にもうひとつは、登場人物の心象を歌い上げて貰う必要があるものです。それはダイレクトにお客さんのエモーションを想起させるものじゃダメで、このキャラクターが今こういう心象なんですよというのを客観的に見てどういう気持ちになるかというものです。
劇伴って、ハマると最高に気持ちいいけど、一個ずれると音楽のほうが全部を持っていったりしちゃうんですよ。音楽で全てマスキングしちゃうのがいい場合もあるけど、今回は違う。
それは今回、画を作っているときにずっと考えていたんです。とにかく色味と音。それが密接に関わっているんです。
台詞を翻訳したものを見て作品を作っているけど、英語で聴いたネイティブの人がどう感じるのかわからないところもあった。何度もどのシーンでも確認したんですが、その疑問が払拭できなくて。キャラクターが「if」って言われたことでブチギレたのか、言われる前からブチギレていたのか、「if」の言葉自体でブチギレたのか、何度も確認したりしました。
だとしたら音楽って先に出ちゃうと、英語圏の人たちからしても「ん?」ってなっちゃうのではないかと思ったんですよ。画より少し遅れて来る方がいいんじゃないの、と。
そういったことをずっと考えていて、台詞に触れないからこそお客さんにどう感じてほしいかというのは相当意識してやりました。
──ライティングはかなりこだわっているとお話は聴いていましたが、実は“音”もかなりこだわられていたんですね。
神山:そうですね。あと、どうしても映画のダビングは音楽が主役になりがちですが、「SEを引っ込めて」と言われがちなんです。でも、SEが主役になることもある。一緒に作業していく上で最初は「ここ外して」「あれ外して」ばっかりだったので、「なんだこいつ」と思われたかもしれないんですけど(笑)。でも、目に見えるものだけつけるのはダメだんです。
ライティングもそうなんです。スタッフからも「なぜこのシーンでこういう光を入れるのか」と何度も質問がありました。実写の映画では、主人公の後ろにキャラクターを演出するライトが入ることがありますよね。アニメでもそういうのやろうよと。
そこちらの意図がわかると、逆にいろいろと提案してくれましたね。
そういった、各スタッフの協力もあって、今回はスケジュールがタイトだった中で、僕が映画でやりたいことがかなりできたんじゃないかなとは思っています。
[インタビュー/石橋悠 写真/小川遼]
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