『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』神山健治監督インタビュー|目に見えるものを描くだけが映画じゃないーー神山監督が映画でやりたかったことが詰め込まれた最高傑作がここに
ファンタジーの始祖とも言われるJ・R・R・トールキンの偉大なる小説『指輪物語』。2001年に映画三部作の一作目『ロード・オブ・ザ・リング』が公開されるやいなや、そのムーブメントはまたたく間に世界中に広がり、トールキン亡き今でもサーガが続いている歴史的な作品でもあります。
その壮大な物語の新たないちページは、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』でも知られる神山健治監督に託されることとなりました。2024年12月27日(金)公開の『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』では、原作の『指輪物語』でも詳細は語られていない、まだ誰も見たことがない物語が描かれます。
そんな重大なミッションが与えられた神山監督はどんな心境で本作に挑んだのでしょうか。
今回のインタビューでは、本作の裏話だけでなく、神山監督の映画論に至るまで、幅広い事柄について語っていただきました。『ロード・オブ・ザ・リング』のファンはもちろんのこと、神山監督のファン、そして全ての映画ファンに読んでいただきたい内容になっています。
ぜひ、その目で神山監督の『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』の想いをご堪能ください。
インタビューバックナンバー
画像をクリックすると、関連記事にとびます。受けちゃったら大変なことになるね
──まず、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズがアニメーション映画化されると知ったときは驚かれたかと思いますが、監督としてお話を受けた際の気持ちを教えてください。
神山健治監督(以下、神山):内心ではすごく面白い企画だなと思いました。しかし、今の日本のアニメーション制作状況を考えると、こういった大規模な題材でスタッフを集めるのは大変だろうというのが最初の印象でしたね。
『指輪物語』や『ホビット』のシリーズは特に好きで、公開された当時の衝撃は今も忘れられません。僕が『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』を作っていたときくらいに映画『ロード・オブ・ザ・リング』が公開になりましたが(2001年)、三部作のどれも初日に見に行くくらい好きでした。特に1本目の『ロード・オブ・ザ・リング』を見たときの衝撃が忘れられなくて。それこそ子供の頃に『スター・ウォーズ』を見て映画監督になろうと思ったときと同じくらいのインパクトを受けたんです。
また、SFの『スター・ウォーズ』はああいった形で映像化しましたが、実写向けと思われがちな『ロード・オブ・ザ・リング』のようなファンタジー作品は、映像化が一番難しいと思っていました。映像に説得力をもたせるのがSF以上に難しいんですよ。時代劇的な要素もあるし。
特にトールキンの世界はファンタジーの中でも変わっていると思っていて。作品の舞台が地球ではある。大方の作品が舞台が地球かもわからない世界観ですよね。だからファンタジーの世界観を構築する上で、現実世界にない植物や食べ物といった架空の要素をどこまで作り込むかが大きな課題なんです。
最近で言えば『アバター』のような世界観だと、違う惑星ということで葉っぱ一枚から作らないといけない。それが大変なんです。SFの場合振り切っちゃえば植物を登場させないこともできるんですけどね。まあ『スター・ウォーズ』は登場しますけど(笑)。
なのでファンタジーは大変だなと思っていました。だからこそニュージーランドの自然を背景にすることで、架空の世界にもリアリティが加わった『ロード・オブ・ザ・リング』は革新的だと思ったんです。
そんな感じで、いちファンとして楽しんでいた作品に「僕が映画にしていいの?」と(笑)。というのが内心だったし、「大変なことになったな」と思いました。
──監督がこの作品に取り組む上で、プレッシャーはありましたか?
神山:もちろんプレッシャーはありました。スケジュール的にも作りきれるかという気持ちもありましたね。ハリウッド映画も時間をかけて作りますが、昨今の日本のアニメ映画制作の感覚でいったら、今回の制作期間は決して長くないと思うんです。
アニメの制作期間はプリプロ(制作準備段階)から考えても約4年くらいだと思いますが、それよりも短い期間でこれを作るのかと。そもそも二千騎の騎馬隊と数万人のワイルド・メン(褐色国人)の戦闘シーンなんて、これまでの経験でもこれだけのスケールのものを手描きで作り上げるのは初めての試みですからね。内心、嬉しさはありつつ、無理じゃないかなとも思って……。
『ロード・オブ・ザ・リング』では発想の転換で、ニュージーランドでロケをしてしまえば人や馬を集められるということになったし、3DCGも使って実現できました。
今回はとにかく「手描きのアニメが欲しいんだ」「CGのアニメじゃない」と言われて。その気持ちもすごくわかりました。手描きだからこそ、実写に近い雰囲気が描けるかもしれないという思いもありますが、オーダーの大変さに相当な覚悟が必要でした。新人のころなら迷わずにできたかもしれませんが……。「受けちゃったら大変なことになるね」とプロデューサーと話していました。
前代未聞の方法でスケジュールを進める
──大変だという話につながってくるのですが、『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』では大半のシーンで馬が登場しますよね。現在の日本では馬を描けるアニメーターがほぼいなくなっていると聞いています。その作画カロリーへのハードルはどのように乗り越えていったのですか?
神山:おっしゃる通り、素晴らしいアニメーターはいっぱいいるんですけど、それだけのアニメーターを集めることは現実問題できません。1カット描くだけでも大変なシーンがたくさんある中で、でも手描きじゃないといけない。
そうなってきたときに、第一原画と呼ばれている基本の動きを描く作業を3DCGでやってしまおうと考えました。そこはCGチームが頑張ってくれました。大量の馬が登場しますが、それぞれをコピペで使い回すのではなく、個別に動きをつけてもらっています。
第一原画を3DCGでやるのは手描きと同様に大変なんですけど、一度動きをつけてしまえば動きのリピートはひとまずできるので、そこから演技を足していける。それだと第一原画を作画でやるよりは早く正確に作れるだろうと。
ただやっているうちに、乗っている人間を描かなければいけなかったり、馬への乗り降りを描いてあげなければいけなかったり、馬の周りで芝居をしなければいけなかったり、課題は別の所で生まれました。馬が登場しないシーンでも軍勢をどう作っていくのかというのもありました。
特に甲冑のディティールが細かくて大変なんですよね。キャラクターデザインの段階でも一回削ぎ落としてみたり、作画でできるギリギリのところを模索しました。それも時間がない中ですが。でも、ディテールを減らしてしまうとやっぱり迫力が出ないんですよね。『ロード・オブ・ザ・リング』の雰囲気が出ないんです。
そういうこともあって、キャラクターデザインも3DCGで作ってみようと。そこまではどこの会社もやっていると思うんですけど、それでもこの作業工程だと2原、動画作業がパンクしちゃうのがわかってきて。
そこで、これはキャラクターの芝居も3DCGでつけてしまったほうがいいなと思いました。モーションキャプチャーを使って、考えられる限り第一原画に近いものを作っていきました。
兵士が剣を振るうような動作ひとつ取っても本当に大変なんですよ。複雑なデザインの甲冑を正確に動かしながら、それを格好良く見せるのは本当に大変なんです。
そういうシーンはもうベテランしか描いたことがないんじゃないかな。ショートムービーでやられている方はいますが、長編の作品でやるのは無理だなと。
ということがあって、今回集まってもらったアニメーターや作画監督には申し訳ないんだけど、第一原画を3DCGで出して、それをもとに作画をしてもらうようにしました。
最初の一年目はモーションキャプチャーとそれを3DCGのアニメーションにする作業です。それだけでもアニメ作品になるくらいにしっかりと作ってもらって。作画の参考にするためにはそこからアウトラインの出る3Dモデルに置き換えてもらいました。
それもあって、3回この映画を作ったような気がしますね。モーションキャプチャーで1回目、3DCGで2回目、そこから作画にも入っていって、作画で3回目。ざっくりと言うとそういうイメージですね。
──なんと……。前代未聞の作業だとは思いますが、現場のみなさんの反応はいかがでしたか?
神山:大変だったと思います。3DCGのみなさんが作った映像は完成作品では映らないので申し訳ないなと思いますし、作画のみなさんにとっては3DCGのアタリで作画するのが嫌だという方もいらっしゃいましたしね。もちろん、3DCGでも難しいカットなどで、素晴らしい作画を描いてくださる方には3DCGのアタリ無しで描いてもらっていますが。
僕も3DCGだけのアニメーションを作ったり、モーションキャプチャーを使った経験があったので、それをフル活用してやった感じですよね。
それに加えて今回はゲーム開発エンジンのUnreal Engineを使っていて、リアルタイムでカメラワークを作っているやり方をしています。これは副産物ですが、以前からアニメーション制作でUnreal Engineを使いたいなと思っていたんです。この工程を組み込んで4回目の撮影といった感じで進めました(笑)。面白い試みだし、こういう機会じゃないとできないことでもあります。