『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』制作統括・橋本トミサブロウさん&アニメーションプロデューサー・董哲さんインタビュー|『ローハンの戦い』はこのようにして生まれた……!
WETAとの毎週の定例会議ですり合わせ
──『ロード・オブ・ザ・リング』といえば、ワーナーにとっても非常に大きなフランチャイズシリーズですよね。全世界で公開されるビッグプロジェクトですが、この企画がどのようにして皆さんのもとに持ち込まれ、制作に至ったのか、その経緯を教えていただけますか?
橋本:いろいろな背景がありますが、近年、日本のアニメが海外で成功し始めているのは間違いありません。例えば、近年のアニメ作品では『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』や、『呪術廻戦』、そして『スパイファミリー』も、全劇場映画のジャンルの中でトップ10に入るなど成功を収めています。
また、我々の代表であるジョセフ・チョウはもともとワーナー本社で仕事をしていました。彼は『アニマトリックス』のプロデューサーで、アニメを作るのであれば、「ジョセフの会社が適任だよね」と。ワーナーさんから発注をいただきました。
──WETAからデジタルデータを借りてビジュアルを作成したという話もありましたが、ワーナーやWETA、ピーター・ジャクソン監督からのビジュアルチェックや確認事項は頻繁にあったのでしょうか? それとも、ある程度任せていただけた感じでしょうか?
董:まず、WETAさんからの設定に関しては、毎週の定例会議で、うちの作成したものをスタッフと共に確認していました。例えば、「この時代には存在しない色だから使わない」、といった細かい部分まで監修していただいています。ルールというよりは「ファンが楽しめる正しいものを作りたい」という熱意が強いかつ、共通認識だったのでお互いにコミュニケーションがスムーズでしたね。
橋本:ピーター・ジャクソン監督については、個々のビジュアルやプロップデザインではなく、全体としての『ロード・オブ・ザ・リング』感、つまり世界観の演出に対するアドバイスをいただきました。
董:神山監督も、ピーター・ジャクソン監督と直接対面でやり取りが多くありました。監督同士なので、お互いの言っていることが通じ合って、神山監督も非常に吸収力が高かったです。ピーター監督も神山監督のことをだんだん理解してきて、最終的には褒め合うような関係になりましたね。もっと時間があれば、さらに良い形で絡めたのではないかと思います。
橋本:最終的に、やっぱり監督同士じゃないと分かり合えない部分があるんだなとつくづく思いました。
──観客としても、世界観が非常に継承されていると感じました。ニュージーランドでの作業についても話がありましたが、ピーター・ジャクソン監督もその仕上がりに満足している感じなんでしょうか?
橋本:そうですね。ジョセフが神山監督に同行して、ピーター・ジャクソン監督とも会話をしました。伝わってきた情報では、ありがたいことにかなり気に入ってもらっているようです。
董:神山監督のために、ピーター・ジャクソン監督が剣を作ってプレゼントしてくれました。気に入ってくれた証拠じゃないかと! 日本にまだ剣を持って帰れないですけどね(笑)。
──このプロジェクトに参加することで、SOLAさんとしてスタジオとして、どんな資産や経験が増えたと思いますか?
橋本:そうですね、まだ完成間近ですが、最終的には上映されてから皆さんに見てもらって判断いただく形になると思います。これまでCGを使った映像を作ってきましたが、SOLAとして作画に挑戦するのは今回が初めてです。そういう意味で、チャレンジャーの気持ちです。なので大層なことはあまり言えないですかね。
本当にゼロから始まり、少しずつ仲間が増えていったという感じです。まさに仲間たちが集まって、サウロンと戦ったような感じですね。神山監督を筆頭に、『ロード・オブ・ザ・リング』のアニメを真剣に作りたいという想いで動き続けて、気がつけば何十人、何百人もの人が関わる大プロジェクトになりました。
まだ旅の途中という気もしますが、この経験で得たものはこれから実績として評価されるのではないかと思います。業界的に誇れる実績になるように、恥を残さないように進めていきたいです。
──伺ったところによると、海外のスタッフも多数参加していると聞きました。ワールドネットワークを活かして、いろんな国の方々と一緒に制作されたんですね。
橋本:うちの会社は社長も外国人ですし、CGのスタッフも本当にワールドワイドです。作画のスタッフもいろんな国の人が参加しています。
──その方々と一緒に映像を作る際の制作システムが非常にうまく機能しているなと感じました。
橋本:逆に、もっと生々しい話でいくとスタッフが少なかったので、どんな人が入ってきても一定のクオリティを達成するために、CGで下地を作るというのもありました。それが神山監督の狙いでした。それは、結果的にうまく達成できたと思います。
──そういう取り組みは、これまでの作品でもあったんですか? それとも今回、新たな工夫があったのでしょうか?
董:これまでは主にCGを使った作品が中心でしたが、今回は『ロード・オブ・ザ・リング』という大作で初めて作画に挑戦しました。このCGでベースを作るという手法は他の会社さんも使っているので発明とまでは言えないかもしれません。しかし、全カットやっているのは珍しいですよね。この手法を導入して、誰でも作業ができるシステムを構築したんです。
──これまで日本のアニメの強みだった部分が、全世界規模で実現できるようになったんですね。今後も同じように展開できるということでしょうか?
橋本:国内のアニメーターの数が減っている一方で、海外ではアニメの人気が高まっています。それによって海外のアニメーターも大勢参加したがっているので、CG技術を使えばそのネットワークを十分に発揮できますよね。世界中の人が取り組める環境が整う筈です。
──その意味でも、今後もこういった挑戦を続けられる体制が整っているということですね。
橋本:やるとなれば、ですけどね(笑)。また機会があればぜひ挑戦したいです。
──もう一度やるとして、次はどんな工夫をしたいですか?
橋本:準備をもっとしっかりして挑みたいですね(笑)。
董:初めてのことなので今回は試行錯誤が多く、結果が見えない状態でやりながら進めるしかない部分もありました。どうにか成果物を見ることができたので、しっかり逆算できるはずです。もっと時間を短縮したいし、コストも抑えたい。というより、コストを別のところに使いたいという気持ちもあります。
橋本:CGの準備にはもっと時間をかけたいです。作りながらワークフロー、パイプラインを構築していたので、本当に大変でしたよ……。
ファンのために作品を作る
──少し話が前後しますが、作品自体が未だ語られていない部分も多いと思います。今回「ローハンの戦い」が映画化された経緯についてお聞かせいただけますか?
橋本:オーダーがあったんです。我々が選んだというよりは、オーナー側から「ローハンの物語を映像化してほしい」という要望がありました。特にヘルム王が登場する部分ですね。彼は原作ファンにとって人気のあるキャラクターですが、一度も映像化されていませんでした。人気があるのに映像化されていなかったので、それを映像化するというのは非常にポジティブなことだと思いました。
ただ、原作では4~5ページ、10ページあるかないかという内容なので、そこをどう膨らませていくかが大きなチャレンジでしたね。
──実際、神山監督とはどのような話し合いの上で進めていこうと決めたのでしょうか?
橋本:実は原案というものがありまして。かなり壮大なプロットだったんです。原作を読み返していただくとわかるんですが、ローハンで戦いが繰り広げられている一方で、ミドルアース全体ではゴンドールが南方人に攻められている状態なんです。それに乗じて内戦が起こっているという設定が原作にあります。最初は海から何千、何万という海賊が襲ってくるというプロットがあったのですが、「これ、どうやって作画するんだ……」と(笑)。それは全てオミットされました。
シンプルにローハンの戦い、ヘルム王とその家族、ウルフたちの民族間の争い、そして人間ドラマ、家族愛、兄弟愛、親子の愛に焦点を当てました。諸々を削ぎ落としながら、核心部分にピントを合わせた作り方をしました。
──確かに、『ロード・オブ・ザ・リング』は同時並行で様々な物語が進行している作品ですからね。
橋本:そうですね。それこそ三部作ならやりようがありますけど、1作品だと難しいですね。
──先日の制作発表会でエオウィンがナレーションで登場するという情報もありましたね。
橋本:基本的にローハンの戦いが物語の主軸です。原作や映画の三部作にリンクする部分はファンサービス的な要素として、ファンが喜んでくれるスパイスのように使っています。
エオウィンやサルマンなどのキャラクターも登場しますが、物語の本筋にはあまり関わりません。メインのストーリーに直接影響するキャラクターではなく、あくまでもスパイスとして登場している形です。
──どちらかというと、映画の三部作や原作ファンへの橋渡し役としての役割なんですね。
橋本:おっしゃるとおりです。ですから、キャラクターを本線に組み込もうとしたら大変な苦労があったかもしれませんが、今回はあくまでも補助的な役割です。
地球上の多くの人に見てもらいたい
──日本国内に向けて作られたアニメが海外でもヒットするケースと、最初から世界をターゲットにして作られたアニメの違いはどのように感じていますか?
橋本:違いはありますね。キャラクターデザインももちろん違います。ただ、日本の普段アニメを見ている方が見て違和感がある造形にしてしまうのもダメです。逆に、いわゆる萌えアニメのようなキャラクターで『ロード・オブ・ザ・リング』を作るわけにはいきませんよね。それでは世界観が崩れてしまいます。
例えば、北米をターゲットにする場合、頭身が高くてハードな劇画っぽいデザインが合うかもしれませんが、あまりにもそちらに振りすぎてもなと。我々は日本の会社ですし、日本のアニメらしさも守らなければならないので、そのバランスが難しいです。ゆっくりと時間をかけて調整して、最終的に今のビジュアルに落ち着きました。
物語自体は原作ありきなので、国内向けかどうかはあまり意識しませんでした。ジェンダー的な要素には非常に気を使いました。今回の主人公は女性で、国を守るキャラとして強くなければなりませんが、単にマッチョ(マッチョイズム)な女性では誰も共感できません。主人公はやはり愛されるキャラクターでなければならないので、優しさや知性、懐の深さ、美しさを持ちながらも強さを持つという難しいバランスになっています。
董:作画的には英語のセリフに合わせて動きを作ることが大変でした。英語と日本語とで、語順など言語的な違いがあって、キャラクターがセリフを聞きながら表情でリアクションするシーンなどは、日本のアニメのパターンと違うんです。英語だと先に答えが来るので、その語順に合わせてリアクションの作画の手順を変える必要がありました。
発音に合わせた口の動きも工夫があります。完全にリップシンクするわけでもなく、少ない枚数で口を動かすのでもない。ちょうど中間のような独自のやり方を探しました。
ソフトに音声データを入れて、音の波形を見ながら口の動きを合わせてチェックして、修正するという手順を繰り返しました。英単語ひとつひとつの口の形に着目していくのですごく大変でしたが、やっただけのクオリティ担っていると思います。
橋本:しかも、セリフを変更することもあるので、そのたびにまたやり直しでかなり大変そうでしたね。
──今後も基本的には世界をターゲットにした作品作りを進めていくのですか?
橋本:そうですね。SOLAとしてはグローバルに作品展開していきたいです。日本アニメのアイデンティティを守りつつ、日本から世界に向けて発信するというスタイルは変わりません。ドメスティックなだけではなく、地球上の多くの人に見てもらいたいです。
[インタビュー/石橋悠 撮影/小川遼]
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