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- わたなべみきこ
- 出産を機にライターになる。『シャーマンキング』『鋼の錬金術師』『アイドリッシュセブン』と好きなジャンルは様々。
3人組ロックバンドMrs. GREEN APPLEの楽曲「ライラック」。2024年4月に放送された高校野球が舞台のアニメ『忘却バッテリー』の主題歌として制作され、キャッチーで爽快感のあるメロディで多くの人を魅了。昨年末には第66回日本レコード大賞を受賞し、2024年を代表する一曲となりました。
先日YouTubeで公開されているMVが100億回再生を突破するなどまだまだ楽曲人気は衰えない「ライラック」ですが、『忘却バッテリー』大ファンの筆者としては、国民的な楽曲となった今こそ、アニメ『忘却バッテリー』主題歌としての本楽曲に注目していただきたいのです。そこで本稿では、歌詞を中心に作品を通して「ライラック」を紐解いていきたいと思います。
※本稿にはネタバレ要素が含まれますのでご注意ください。
私が思う『忘却バッテリー』の特徴のひとつとして“才能に恵まれなかった側”の人間にもスポットライトがあたるという点が挙げられます。中学時代に怪物バッテリーと呼ばれた投手・清峰葉流火と捕手・要圭ですが、清峰はフィジカルにも才能にも恵まれた人物である一方、要はそうではありません。
清峰とは幼馴染でもある要は幼い頃から圧倒的な才能を見せつけられながらも、懸命な努力を重ねて天才投手の隣に立ち続け、自分もきっと清峰と同じような才能ある人間になれると信じていました。しかしある日、彼が才能がない側の人間であることを突きつけられてしまい、それまで蓄積していた心的ストレスが限界に達し、記憶喪失となってしまいます。
これが作品の根幹となる部分なのですが、これは青春を過ごし終えた多くの大人たちにも共感できることではないでしょうか。楽曲の2コーラス目では<主人公の候補 くらいに自分を思っていたのに 名前も無い役のような スピンオフも作れないよな>と残酷なまでにはっきりとこのことが歌われています。
楽曲制作を手掛けるボーカル・ギターの大森元貴さんは、『忘却バッテリー』の物語を「人の弱さが描かれていて、みんなに通ずるものがある作品」と感じたそうで、多くの人が経験する青春の痛みや傷といった作品と読者(視聴者)との共通項を見事に表現していると感じました。
また、私がMrs. GREEN APPLEとのタイアップが運命的だと感じるのは、2018年にリリースされた彼らの代表曲のひとつ「青と夏」で<主役は貴方だ>と歌っているからです。大森さんご自身も「ライラック」は「青と夏」のアンサーソングに近い感覚だと語っており、「大人の思う青春」を描いたと言います。
「主役は自分ではなかった」と厳しい現実を突きつけられたとしても、苦しい経験や心の痛みを糧に突き進んでいく姿が描かれる「ライラック」。私には“物語の主人公になれなかった人たちへの賛歌”のように感じられるのです。
本楽曲はMrs. GREEN APPLEが出演しているオリジナルMVとは別に『忘却バッテリー』Ver.のMVがYouTubeにて公開されています。こちらを見ると楽曲が本作のために作られていることをより強く実感できるのですが、私が注目したいのはアニメOPで使用されていない2コーラス以降です。
<一回だけのチャンスを 見送ってしまう事が無いように いつでも踵を浮かしていたい>というフレーズは、コンマ数秒を削るためきつい姿勢でキャッチングをする要のことを指しており、MVでもそんな彼の姿が映されています。また、ラストサビ前のCメロディ部分では、野球が好きだったからこそ苦しんだ経験を持つチームメイトの藤堂、千早の過去を彷彿とさせる歌詞と映像に。
私が個人的に一番胸に刺さった部分は、先ほどもご紹介した<名前も無い役のような スピンオフも作れないよな>という部分で、強豪・帝徳高校の練習風景が映るシーン。シートノックを受けるのは名前が明かされることのない球児たちなのですが、彼らにもこれまで野球に励んできた人生と強豪校に入学するほどの実力、そして家族や友人たちからの応援があるのです。しかし、上には上がいて、強豪校ではレギュラーどころがベンチ入りもできない子も大勢いるのが厳しい現実。数秒間の僅かなシーンですが、帝徳高校で3年間レギュラーになれなかった選手が描かれた原作35話を彷彿とさせました。
そして、ラストサビ部分<雨が降るその後に 緑が育つように 意味のない事は無いと 信じて進もうか>は、努力が実らなかった要や千早、イップスに苦しんだ藤堂だけでなく、一度も背番号をつけられなかった帝徳高校の名も無き球児たち、そして苦しい経験をした全ての人に対するエールだと私は感じています。同じように感じた方がたくさんいたからこそ、「ライラック」は国民的一曲となったのではないでしょうか。
<あの頃の青を 覚えていようぜ 苦みが重なっても 光ってる>
終盤では傷や味わった苦しみをひっくるめて光る青春が歌われ、疵のある自分を肯定する形で楽曲は締めくくられます。「ライラック」を聞くと、野球の苦しさで記憶を失った要が忘れられない、忘れたくないと思うような青春を過ごして欲しいと願わずにいられません。
『忘却バッテリー』の世界観がたっぷり詰め込まれた「ライラック」。本作が大好きな筆者は、こんなに素敵な主題歌で作品を彩ってくれたMrs. GREEN APPLEに感謝がつきません。
作品を知ればもっと「ライラック」が好きになること間違いなし! だって、<ワサワサする胸>の歌詞が、要の“あの一発芸”にしか見えなくなるんですから……(笑)。原作はマンガ誌アプリ「少年ジャンプ+」で初回全話無料にて読むことができますし、アニメも各動画配信サービスで配信中されています。「ライラック」をきっかけにアニメや原作をもっと多くの人に知っていただけると嬉しいです。
1990年生まれ、福岡県出身。小学生の頃『シャーマンキング』でオタクになり、以降『鋼の錬金術師』『今日からマ王!』『おおきく振りかぶって』などの作品と共に青春時代を過ごす。結婚・出産を機にライターとなり、現在はアプリゲーム『アイドリッシュセブン』を中心に様々な作品を楽しみつつ、面白い記事とは……?を考える日々。BUMP OF CHICKENとUNISON SQUARE GARDENの熱烈なファン。