知れば知るほど奥深い刀剣世界を体験! 刹那と悠久の深部へ……ーー「刀剣博物館」(渋谷)来館レポート
『刀剣乱舞-ONLINE-』の影響で、いま全国の刀剣展示会が熱い! 今回は東京都渋谷区にある「刀剣博物館」を取材しました。刀剣博物館は初台駅もしくは参宮橋駅から徒歩約10分の場所にある日本刀専門の博物館で、貴重な刀剣類の展示や保存を行っている。刀剣の正しい見方や楽しみ方について、学芸員の井本悠紀さんにお話を伺ってきました。
訪れる前は「ホンモノの日本刀って、なんだか格式が高そうだけど、『とうらぶ』きっかけで見に行ってもいいのかな……?」などと気負っていたが、そんな心配はまったく無用! それどころかホンモノの真剣の迫力を肌身に感じられて、とても有意義な見学をさせていただけました!
■アクセスしやすい博物館に海外からも「刀剣ファン」が訪れる
刀剣博物館は新宿からアクセスしやすいため、平日は100人、休日は200人ほどの人が訪れる。なかでも日本人は6割ほどで、その他4割が外国人。井本さんによると、「最近は日本人の女性が増えてきている」とのこと。おそらく『刀剣乱舞』の影響でしょう。刀剣博物館の館内に入って2階に上がると広い展示スペースが一室あり、基本的には反時計回りに見ていくことに。
そもそも「日本刀」の定義とはなにか? 井本さん曰く「鎬造り湾刀(しのぎづくりわんとう)」とのこと。「鎬(しのぎ)」とは、刀身(柄(つか)より先)でもっとも厚い稜線部分のことで、「湾刀(わんとう)」はその名の通り湾曲している刀のこと。なので古墳時代に作られていたまっすぐな刀は日本刀には分類されないそうです。
そんな日本刀だが、元々、武器として発明されたのは周知の事実。いまでは美術品として多くのファンに愛されていますが、実は室町時代から「刀剣書」なる書物が出版され、刃文(はもん=刀身に見られる波状の文様のこと)の表現などが記されていたそうだ。なので当初から武器としてだけではなく、美術品としての意味合いもあったようです。「もしかしたら室町時代にも薄い本があったのかも……」などと妄想するとワクワクが止まりませんね!
井本さんは日本の刀剣を「実用から生まれた美」だと仰ってました。海外では「刀身」自体を見る文化はあまりなく、どちらかと言うと埋め込まれた宝石や鞘(さや)などの装飾品を見る。日本は刀身自体を評価する、日本独自の独特な文化なんだそうです。
■特別展「備前刀剣王国」を開催中
ちょうど現在、刀剣博物館では「特別展 備前刀剣王国」が開催中。第一期が8月23日までで、第二期が8月25日〜11月1日までを予定している。「なぜ備前なのか?」という疑問を井本さんに伺うと、「当時の備前は良質な砂鉄が採れるなど地理的条件に恵まれていたから、刀剣を作る一大産地だったんです」とのこと。昔は物流が発達していなかったため、日本刀の原材料である砂鉄が多く採れる場所の近くに刀工(とうこう=日本刀職人の事)も栄えたのだそうだ。当時(平安時代後期から鎌倉時代初期)活躍した刀工で有名なのは、「友成(ともなり)」と「正恒(まさつね)」。これらの作品を中心に、館内には美しくも力強い刀剣がズラリと並んでいた。
展示されている刀は、「国宝」と「重要文化財」、「重要美術品」などに指定・認定されており、これらは一言で言うと希少度を現したものなのとのことですが、その定義付けはさまざまな尺度で付けられているそうです。一概には言えませんが、歴史的資料性や刀の姿(形)、地鉄や刃文の構成、美術性の高さ、保存状態など、さまざまな評価を元に、刀剣の価値は決まるそうです。井本さんは、「歴史を経ている刀の評価は高いですが、古い刀だからといって必ずしも貴重というわけではありません」と言う。
しかし、よく考えるとなにかおかしい! 平安時代ごろの刀と言うと、ザッと計算しただけで約1000年前。「1000年前の金属」がこのようなピカピカの状態で残っている理由はなぜか? 普通、金属は数年もすればサビてぼろぼろになるはずなのに。
井本さんによると、「しっかり手入れをしていれば錆びない」とのこと。ピカピカな状態で保存されている刀剣も、ツバが付着すると数日でサビが出てきてしまう、ごく普通の繊細な金属だそうだ。時代劇で侍がクチに紙を咥えて刀の手入れをしているシーンを誰もが見たことあるのではと思いますが、あれはツバが飛ばないようにするためにしているとのこと。逆に、数百年を超える時間の中で、多くの人が大切にしてきたからこそ刀剣がいま現存して「国宝」や「重要文化財」、「重要美術品」として残っているものとも言えるのです。
■「オタでもわかる刀の見方」を教わった
刀剣博物館のことを教わったので、次は基本的な刀の見方のレクチャーを受けてきました。現在行っている特別展「備前刀剣王国(前期)」では、主に「太刀」が展示されています。ここでまた素朴な疑問、「刀と太刀」の違いってなんですか?
井本さん曰く、「刃を下にして展示しているのが“太刀”、刃を上にして展示しているのが“刀”」とのこと。
室町時代初期までの刀剣は、刃を下にして腰から下げていた。その理由は主に馬上で戦うため、帯にさしていると機動性が悪く、すぐに抜いて戦えるように紐で腰にぶらさげて携行していたそうです。しかし時代が変わり、戦闘が馬上から徒歩による集団戦変わると、腰からぶらぶらと武器が下がっているとジャマなので、帯に刀をさして歩くようになったとのこと。簡潔に言うと、大まかな傾向として馬上戦闘が多い時代は「武器の反りが深く、刀身が長い」。一方、室町時代(戦国時代)の徒歩戦闘が多い時代には、「それまでに比べて幾分反りが浅く、刀身が短くなる」そうです。
また、作られた時代によって刀剣の形状が異なっている理由も、時代背景が影響しているとか。一般的な刀剣は「斬る武器」ですが、一説では鎌倉時代は斬るだけでなく叩いて衝撃を与えることも目的にされたため、刀身が肉厚になっているのも特徴だそうです。
反対に桃山から幕末の時代にかけては、屋内戦が始まるので刀身の「反り」が浅くなったそうです。狭い室内では刀剣を振り回しにくいため、突き刺すための武器としての変容もこの頃に現れた特徴だそうです。刀剣というよりも、槍のような使い方をしたとも言われています。
また、刀剣の「見た目」についても時代が大きく関わっているそうです。動乱期になると豪壮な刀剣が多くなるとの研究結果が出ているとか。
井本さんの解説を聞きながら展示品を見学すると、刀剣の中に秘められた時代背景や美術性が、醸しだされるようで実に奥深くておもしろい。見学する際には、その刀が誕生した時代背景を考えながら見ていただきたい。
■イラストを描くときにも参考になる! 「よい刀剣」と「悪い刀剣」
館内をぐるりとまわらせてもらったところで、またしても疑問が! 「ほとんどの展示物が右を向いていますが、この展示方法は意味があるのでしょうか?」。井本さんによると、これが正しい展示だと言う。
「刃を下にして展示しているのが太刀」と前述したとおり、現在開催中の「備前刀剣王国」の展示品はほとんどが太刀だ。それは説明があったので理解できるのだが、すべて右を向いているのは、他にも理由があるのでは?
井本さんによると、日本刀には表裏があり、外側が表で、そこに作者の銘が刻まれている。展示するときは名前を見せなければならないため、すべての刀剣は表を向けて展示してあるとのこと。
また、柄(ツカ)が右側にあると、日本人に多い右利きの人が手にとって、すぐに斬り掛かることもできてしまう。反対に柄が左側にあると、掴みとってから右手に持ち替えてからじゃないと振り下ろせない。そのため美術品として刀剣を飾る場合には、相手を威嚇しないという意味も込めて「柄を左側」にして飾ってあるそうです。
また、刃が向き合うように展示するのもナンセンスだと言います。いまでは美術品である刀剣も、元々は武器だったため、鋒(きっさき=刃の先端)が向き合うように展示するのは斬り合っているように見えるため、よくないとのこと。
井本さんによると、あまり考えないで作られた時代劇などではナンセンスな飾り方をしているシーンが見られるそうです。イラストを描いたりコスプレ写真を撮るときは、井本さんの言葉を少し思い出してみてください。
■これだけ知ってれば楽しくなる! 刀剣をもっと好きになる「刃文(はもん)」の見方
最後に「刀剣」をもっと好きになる楽しみ方を伺いました。井本さんは刀身に上部に備え付けられているスポットライトが当たっている部分をよく見て、その光に反射して浮き上がる細かい刃文を見るのがおもしろいと語る。
これが「本当の刃文の姿」だそうだ。一般的に遠くから見える白い部分は研師(とぎし=刀を切れることに加えて美術工芸品として研ぐ専門の職人)が 本来の刃文の上から細かい砥石によって白く研磨しているためで、華やかさを見せるための研磨技術と言え、「化粧砥ぎ」と呼ばれている。一方、刀鍛冶によって作られた刀本来の刃文はスポットライトを当てなければ見えてこないそうです。
「なるほど!」などと驚いていると、井本さんは「最近訪れる女性のお客さんたちは、本当の刃文を見て楽しまれていますよ。みなさん勉強されてますね(笑)」と言う。すみません……我々が勉強不足でした。
でも確かに、これだけ愛好家が多い刀剣の世界。ハマるには理由があるワケだ。いま刀剣博物館に展示されているような昔の刀剣が有名だが、実は現在も刀鍛冶がいて美術品として作られている。刀剣博物館では定期的に展示会などが行われているので、興味がある読者は問い合わせてみてはいかがでしょうか。
■「太刀」から「刀」に変わる瞬間を見逃すな!
すべての見学を終えて思ったのは「刀剣って奥深い! 実際に足を運んでよかった!」と実感。1000年も前の刀剣がこれほど美しいものかと、写真ではわからない魅力を感じられました。
刀剣博物館では、現在「備前刀剣王国」のイベント展示を前期・後期で実施中。井本さん曰く「備前刀剣王国の前篇は8月23日までで、後期が25日から始まります。すべての展示品を入れ替えるので、違いがおもしろいです。ぜひ前期を見て頂いて、追って後期を見てほしいです。太刀から刀の時代に移り変わるので印象が異なると思います」とのこと。
夏休みに、刀剣の奥深さと美しさを、「刀剣博物館」で体験してみてはいかがでしょうか。
《刀剣博物館 情報》
特別展 備前刀剣王国
第一期 平成27年6月09日(火)~8月23日(日)
第二期 平成27年8月25日(火)~11月1日(日)
【開館時間】 10:00 ~ 16:30 (入館は16:00まで)
【休館日】 毎週月曜日(祝日は開館)
【観覧料】 一般800円、会員・学生300円 (中学生以下 無料)
【団体割引】 300円(10名以上)
【交通】
(1) 小田急線 参宮橋駅(各停に乗車、新宿から2つ目)徒歩約7分
(2) 京王新線 初台駅(新宿から1つ目)徒歩約7分
(3) バス
a.渋谷駅西口より京王帝都51系統(新宿駅西口行き)代々木三丁目下車 徒歩約5分
b.同じく渋谷駅西口より京王帝都63、64系統(中野駅行き)もしくは都営バス66系統(阿佐谷駅行き)東京オペラシティ南下車 徒歩約5分
c.新宿駅西口より京王帝都51系統(渋谷駅行き)代々木三丁目下車 徒歩約5分
日本美術刀剣保存協会、刀剣博物館の所在地
〒151-0053 東京都渋谷区代々木4丁目25-10
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