
「音楽というものは劇薬に近い」──アニメ『違国日記』音楽担当・牛尾憲輔さんインタビュー【連載第5回】
原作を最初に読んだとき、僕は朝だった気がするんです
──楽曲を制作するうえで「こういう曲を用意してほしいです」といったメニュー表はありましたか?
牛尾:それが、しばらくメニューがなくて。というのも、音響監督の大森(貴弘)さんが本作にジョインするのがスケジュールの都合でだいぶ後ろにズレてしまったんですよ。大森さんのジョインまで待つと僕の作業時間が取れないという状況だったので、しばらくは僕が思い描いた曲を提出するという形で進行していきました。後からメニュー表もできて、作っていた曲を当てはめていった流れです。
──メニュー表がない状態で、そのときにあった資料を読んで物語に必要そうな曲を作っていったと。
牛尾:そうですね。自分がやりたいことがたくさん浮かぶ作品だったので、それほど悩まずに曲を作ることができました。監督の大城さんの印象が、なんだか槙生さんみたいだなと思ったのも大きかったかもしれません。直接会ったのは一度くらいでしたが、大城さんはキリっとした雰囲気なのに、ときどきゆるいことも仰っていて。
槙生さんもそういうときがあるじゃないですか。雰囲気はキリっとしているのに、ダメな部分も露呈する人。もちろん、監督にダメな部分があるという訳ではありませんが、この人が舵を取ってアニメ『違国日記』が制作されるなら、こういう曲がいいんじゃないかと思いながら、作ることができたんです。信頼を勝手に寄せて曲を作っていました。
──その感じ取り方と曲の作り方は、原作を読んでいた牛尾さんならではかもしれません。槙生の曲に関してはどのような方向性で曲を作られたのでしょうか。
牛尾:槙生に関しては、「必死に自分の生きる場所を築いてきた人の確固たる意志」というオーダーがあったので、それに沿って曲を作りました。その内面は僕にも分かる部分があるような気がしたので、そんな気持ちも踏まえて制作しています。
──朝についてはいかがでしょうか?
牛尾:原作を最初に読んだとき、僕の視点は朝だった気がするんです。ただ、作品を作る立場になって改めて原作を読んだときに、視点が大きく変わっていて。正直、朝のことが分からなくなったんですよね。
──時が経ってから原作を読んでみたら、朝のことが分からなくなっていた。
牛尾:恐らく、自分自身の経験や環境の変化が関わっているのかなと思いました。最初は自分が朝だと思っていたのに、朝だったはずなのにすごく遠い存在になってしまって。朝の曲は明るく楽しげで、スキップしているような感じに書いたのですが、それは客観的に朝を見て曲を作りました。
ただ、朝は迷いがあるのがいいと思っています。槙生さんも苦しんだ方が楽しいじゃないかと言っていたと思いますが、それには僕もすごく共感するし、もともと悩んでいたいタイプでもあるんです。そういう意味で、朝が色々と悩んでいるのは、とてもいいことだと思いました。















































