
「泣き活も笑い活も、すべて「霧尾ファンクラブ」でやってもらえたらありがたいなと思います」──TVアニメ「霧尾ファンクラブ」監督・外山 草さん【連載インタビュー第1回】
2026年4月2日より放送開始となるTVアニメ「霧尾ファンクラブ」。ひとりの男子生徒をめぐって、揺れ動く友情や恋心(?)が騒がしくも愛おしく描かれる“青春群像劇”が、ついにアニメとして動き出します。
アニメイトタイムズでは、本作の放送をもっと楽しむための連載インタビューを実施! 第1回となる本稿では、監督・外山 草さんが登場です。
キャラクターの魅力はもちろん、切れ味するどいギャグ、ふと胸に刺さるストーリーテリング。それらが一挙に描かれる「霧尾ファンクラブ」のアニメ化は「『霧尾ファンクラブ』ファンクラブ」で行われていた!? 愛にあふれる制作の裏側などについて、たっぷりと語っていただきました!
「根底に流れる感情を読み取れるような映像になると最高だなと」
──外山監督が「霧尾ファンクラブ」に初めて触れた際、心をつかまれたポイントをお聞かせください。
監督・外山 草さん(以下、外山):誰かが誰かを想うことで、この世界は構築されている。ギャグや日常的な高校生活の中で、その軸がとても上手に、さりげなく描かれていると感じました。どちらかといえばギャグが強めにきて、その裏で根底に流れている世界観にぐっと、一瞬で引き込まれるんですね。漫才とかコントとか、落語の世界に通じるものがあるなと思いました。
僕もこんな漫画に出会うのは初めてだったので、もう楽しく読んでいたのですが、最初はこの物語がどこに終着するかわからなくて。結末を知らないまま始まったプロジェクトだったのですが、(結末を)知った途端に「ちょっと待てよ」と。
「誰かが誰かを想う」という行為はものすごく高尚なこと。そのことを最初から、一話目から声高らかに宣言して、描いている作品なんだと理解しました。一方通行のベクトルが最終的にまた違う形のベクトルになって、集約されたラストを見たときに「このストーリーテリング」はスゴい!と思いまして。なので一番は、その妙なるストーリーテリングでしょうか。
──冒頭のギャグシーンなどを見ていると、シンプルなギャグ漫画なのかと思ってしまいます。
外山:一見、ストーリーがないものだと思っちゃいますよね(笑)。日常系だと思って読んでいたら「なんだこのラストは!」と。知らずのうちに“ここ”まで連れてこられてきた楽しさ、そして悔しさがありました。
──地球のお魚ぽんちゃん先生の頭の中を調べたくなるような展開でした。
外山:最初から計算されていたとおっしゃっているので、スゴいなと思いました。一気に心を掴まれましたね。
──アニメの制作にあたり、先生とはどのようなお話をされたのでしょうか。
外山:まず最初にアニメーションとしてのアプローチのお話をさせてもらいました。
「霧尾ファンクラブ」は表面が非常に面白いギャグ漫画なので、表現可能なギャグアニメの手法が無尽蔵にあるんです。でも、そのすべてを飲み込んでしまうような原作ですから、これはちょっと困ったぞと(笑)。
いざ地球のお魚ぽんちゃん先生とお会いできるとなった際、先生から「アニメへとアプローチするために、こういうところを注意してほしい」「こんな作品を望みます」のような資料をいただいてたんです。その中に「青春群像劇」という言葉がありまして。
──「青春群像劇」。
外山:その言葉を見つけたとき「そうだ、この作品は青春群像劇だった」と。つまりギャグアニメとしての表現方法ではなくて、本当に彼女たちの日常を描くというアプローチをすれば、先生が望んでいるアニメと僕たちがやろうとしているアニメがちょうど結びつくんじゃないかなと思ったんですね。なので、そのあたりのプレゼンテーションをちょっとさせてもらいました。
描くものが「青春群像劇」ということになり、「何をやるか」よりも「何をやらないか」を考えていきました。結局たどり着いたのは「日常を描くこと」「ギャグアニメ的なオーバーなアクションはしないこと」。こちらも後日先生にお伝えしたのですが、非常に喜んでくださいました。
もしかしたら言葉は違うかもしれませんが、真面目に作るといいますか。ぶっ飛んだアニメーションにしない、ギャグ頭身にしない。「しないこと」を決めていって制作を進めていきました。
──やろうと思えばコミカルにもできたけれど、それは「霧尾ファンクラブ」ではないと。
外山:そうなんです。いわゆる漫符と言われているものも極力使わないようにしましたし、(漫符が)必要な場面があったとしても、彼女、彼らがしゃべっている会話で見てもらえる、間で見てもらえるような……根底に流れる感情を読み取れるような映像になると最高だなと思っていました。
アニメーションだと絵にしてしまうことを選びがちなのですが、間や音楽、キャストさんの演技、そしてアニメーターによる技で表現していく。簡単に言ってしまうと、原作をとにかくリスペクトして、原作以上の茶化した映像にしないというルールがあった、と表現すれば良いでしょうか。「茶化した」っていうのもちょっと言葉が違うのかも……「軽くしない」って言うんですかね。
一見軽い作品ですが、実は重いものがあるということが、第1話から描けるといいなと思っていました。
──先んじて映像を拝見させていただきましたが、第1話のラストシーンに、とてつもない衝撃を受けました。
外山:第1話の最後のセリフは、やはりあそこを持っていきたくて。シリーズ構成と脚本を担当してくださった皐月(彩)さんも交えて、よく吟味したポイントです。あのセリフの意味が後々わかってきます。ぜひ覚えておいてほしいですね! 12話全部見終わった後に、もう一度戻って見ていただきたいシーンでもあります。
──丁寧に形作られたアニメ「霧尾ファンクラブ」において、稗田寧々さん、若山詩音さんをはじめとするキャスト陣の演技はいかがでしたか?
外山:亀山(俊樹)音響監督は、良いテストテイクならばそのまま使ってしまうぐらい、あまり繰り返しをさせないんです。その時にポンって生まれたものをとても大事にされる方のなので、この作品にバッチリだなと思っていました。
僕も同じく、キャストさんが最初に演じてくれたもの、感じてその場で出してくれたものに茶々を入れるのはやめようと。先生も全話のアフレコに付き合ってくださって、アイデアやアドバイスをいただいたのですが、本質的な演技の部分に関してはツッコミがなく、ちょっとした言い回しへの補足ぐらいだったんですね。
作品をさらに華やかにするような、先生の中にある音声を、そのまま忠実にアニメとして出していくためのアドバイスやアイデアをいただきました。なので、キャストのみなさんが、最初に出してくれたお芝居をものすごく大事にしたんです。
──その場で生まれたものを活かした形だったのですね。
外山:今のアニメの作り方ですと、絵はアフレコ段階ではまだ作られていないので、みなさんのお芝居から逆にアイデアやインスピレーションをもらっていました。「こういう演技をしてくれたんだったら、こういう表情にしよう」「こういうアプローチ、間にしよう」と。
──作品の中で印象的なのは、やはり三好藍美(CV:稗田寧々)と染谷波(CV:若山詩音)の掛け合いかと思います。監督から見て、稗田さんと若山さんのお芝居はいかがでしたか?
外山:オーディションのときには、掛け合いを想定した原稿を用意しまして、実際にスタジオで収録・ディレクションを行いました。そのうえで、録れたものをベースに掛け合いを再現し、一番しっくりきたのが、稗田さんと若山さんだったんですね。
お二人は同年代で仲も良いのですが、僕はある種の緊張感を感じていて。二人の掛け合いを見ていると「そっちがそう来るんだったら、こっちはこう行くよ」みたいな……漫才やコントではありませんが、そんな空気感があったんです。これは非常に心地良い響きになっていくし、本番に強いということでもある。さらにこちらがお願いしたことにも、迅速・柔軟に対応してくれるということでもあると思うんです。結果的に二人の化学反応が爆発して、とても楽しくアフレコが進んでいきました。僕もこれまで、色々なアフレコ現場を経験しましたが、本当に一番なのではと思うぐらい楽しかったです。
──お二人のお芝居に、ある種の生っぽさを感じていました。
外山:生っぽさは、最初からすごく狙っていました。やはりお二人のリズム感といいますか、ものすごく良いものを持っていますよね。
──霧尾賢役の梶原岳人さんのお芝居は、いかがでしょうか。
外山:暗いんだけど、イケボで声が通る、芯がある。これが霧尾の声が表現するものだと思っていました。その暗さを持っているというところが、僕の中では決め手となっています。
──ぼそぼそとした喋り方だけれど、耳に心地良い響きといいますか。
外山:今おっしゃってくださったぼそぼそがね、すごく通るんですよ! フッと入ってくるというか、梶原さんの霧尾を聞いたら、これは胸を打つなと思いました。そこはもう、梶原さんの持っている天性のものなんでしょうね。
物語が進むにつれて霧尾の感情が爆発するシーンもありますが、その爆発力も説得力があって。「梶原さんって泣きの演技もうまいやん……!」と(笑)。梶原さんに霧尾の声を担当していただいて、正解だったなと思いました。また新たな発見があった瞬間でもありました。
































