マンガ・ラノベ
4月のダリア文庫新刊情報をお届け!

<4月のダリア文庫新刊情報>高月まつり先生『年下ワンコとリーマンさん』坂井朱生先生『したたかに甘い感傷』松雪奈々先生『潜入捜査~美しく淫らな男たち~』の3冊! 試し読みページもお届け!

 乙女がときめくボーイズラブレーベル・ダリアより、4月に発売する文庫の新刊情報がまるっと到着♪ 今月は、高月まつり先生の『年下ワンコとリーマンさん』、坂井朱生先生の『したたかに甘い感傷』、松雪奈々先生の『潜入捜査~美しく淫らな男たち~』の3冊が登場です! 各書籍のお試し読みページもたっぷりありますので、発売情報とあわせてしっかりチェックしてください☆

■生活能力0の甘えた君×面倒見がいい長男

タイトル: 年下ワンコとリーマンさん
著者: 高月まつり
イラスト : こうじま奈月
本体価格:593円+税

【STORY】
健康食品会社に勤めている政道は長男気質。隣に住む大学生・遼太のあまりの生活能力のなさに、放っておけなくてついつい餌付けしてしまう。すっかり懐いた遼太は、政道に対して独占欲をみせて甘えてきたり、臆面なく求愛してきたりする。そんなある日、ささいなことで政道は遼太を傷つけてしまう。彼をなだめているうちに、気づけば言葉巧みに丸めこまれ、何故だかエッチなことをされていて…!?

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「年下ワンコとリーマンさん」(著:高月まつり) (本文p50~56より抜粋)
 

「初めて相手の手料理を食べたときに運命を感じたんだって。押しつけられた料理が不ま味ずかったら最悪だ……とまで思っていたそうだ。手料理は大事だよなあ。というか、手料理を押しつけるってよほど腕に自信がある人だったんだろうな。俺はそういうのは……ちょっとダメ」
 貴道は、家族か正式な料理人が作った物でないと食べない。子どもの頃からそういうところはとても神経質だった。
 政道は「そうだったな」と言って昔を思い出す。
「イカと里芋の煮物が旨くて、もの凄くびっくりしたんだって。そういや、マサ兄の煮物も旨かったよなあ。母さんから習ったんだっけ?」
「いや、母さんと一緒に祖父さんから習ったんだ。一番上手いのは祖父さん。……で、一つ質問だが、相談者のモデルは男か? 女か?」
「男。たしかね、ヨシくんと同い年。大学二年生だって」
「そうか。でもまあ……つき合っている相手がいるだけ凄いじゃないか」
「それがどうも、友だち以上恋人未満という関係らしい」
 曖昧な関係は、政道は好きではないが、最後の一歩を踏み出す勇気がなかなか出ないのも分かる。
「あー……それは大変そうだ。俺はガンバレとしか言えないな」
「相手は年上なんだって。今日の朝に最後の撮影が終わって、そのときに『今日から積極的に頑張る』って気合い入れながら帰ったんだけど……今頃どうしてるかな」
 貴道は「ごちそうさま」と言って、マグカップを持って立ち上がり、キッチンに向かう。
「まさか、な」
 なんとなーく、どことなーく、遼太に当てはまる点がいくつかあるが、遼太だという証拠はない。ただの、偶然の一致だ。
 政道は複雑な表情を浮かべ、遼太の顔を思い出す。
「ところでさ、俺の会社が関わった雑誌の名前がメモしてあるのはなんで? あと、この集合写真は、いつ見ても構われてるヨシくんが笑えるよね」
「あのな、偶然だと思うんだが……絶対に偶然だと思うんだが」
 政道はそう前置きして、じっと弟を見つめた。
「ん? ああ、そう言えばね! その子もゲームが得意なんだよ! ほら、マサ兄がヨシくんと一緒に遊んでたゲーム。ええとストハンだっけ? あれを休憩時間にずっとやってた」
「名前は行峯遼太じゃないか?」
 今度は貴道が目を丸くして黙った。
 そして、次の瞬間「あれはもしやマサ兄のことを相談していたのか!」と大声を出し、両手を顔で覆って寝転んだ。
「世間は狭いな……。遼太なら隣の部屋にいるぞ。言いたいことがあるなら言ってこい」
「いやもう……俺は一体何をしてたんだ。マサ兄はストレートだってのに……行峯君をけしかけてしまった」
「俺には今のところ事件は起きていないから心配するな。いやしかしなあ……」
 遼太の真の顔を知らなければ「俺はずっと気づかないふりをしよう」と心に誓えただろうが、憧れの目を目まの当たりにしてしまった後では、知らんぷりはきっとできない。
 貴道。兄さんはもしかしたら……もしかするかもしれないが……万が一のときはよろしく頼む。
 最悪の事態を想定しておくと、いざそうなったときの対処はスムーズだ……と思いつつも、遼太とそういう仲になることは果たして最悪なのか? と己にさり気なく突っ込みを入れる。 そんなとき、とても良いタイミングでSNSの着信音が鳴った。相手は遼太だった。



 ゲーム端末と袋菓子を持って政道の部屋を訪れた遼太は、玄関で貴道と会って「うわっ!」と声を上げた。
「……なんで沢野さんがいるんだ?」
「沢野政道は俺の兄だからな」
「それは知ってる。沢野さんは仕事中、いっつも『俺の兄は』ってブラコンを爆発させてるじゃないか」
 遼太の言葉で職場でのブラコン振りを暴露された貴道は、「弟が兄を好きで何が悪い」と開き直る。
「とにかくこっちに来て座れ」
 政道は笑いたいのを堪えて、弟と遼太をこたつに手招きした。
「……いきなりクライマックス的な何かを感じるんだけど」
 政道の左横に腰を下ろした遼太は、表情の見えない顔で呟く。
「俺のミスでもあるんだけどね、行峯君……。君が想っている相手の名前と性別を先に聞いておけば良かったと思うよ」
 貴道の言葉に、遼太は「やっぱりなー」と肩を竦める。
「で、どこでどんな風に俺の名前が出てきたんですかね」
「すまん。俺がピンと来てしまった」
「政道さんかよー。じゃあ話は早いじゃないか。俺と結婚してください」
 話が早すぎて光の彼方かなただ。
「そうじゃないだろう? まずは、俺とつき合ってくれますか……だろ? 相手はストレートなんだぞ? 遠回しに遠回しに言わないと、大変なことになるんだ」
 貴道は遼太を指導するが、すでに政道の心の中は大騒ぎだ。
 やっぱりそうきたか。今の今まで、ごく普通の友人づき合い(ご近所づき合い含む)だったから、実感が湧かないんだが。これはどうしたらいいんだ? というか、ここで俺に返事をしろと?
 政道は生まれて初めて女子に告白したときよりも焦あせっていた。
「俺は自分のペースで、政道さんと恋愛がしたかったんだけどな。全部バレちゃったのか」
「話の流れが恋愛だったから、ついそうなったんだと思う。だが貴道は、いつも口が軽い男じゃないということは、俺が保証する。今回のことは、俺に思い当たる節が山ほどあったから君の名前が出たんだ」
 弟を弁護しなければ……と必死になっていたが、遼太が勢いよく眼鏡を外したので、政道は慌あわてて顔を背そむけた。
 憧れの切れ長の目に見られるのはいい、だが自分も見つめ返すとなると話は別だ。
 気恥ずかしくてきっと転げ回る。
「そうか! 政道さんに思い当たる節がたくさんあったということは……俺が告白する前から、あなたは俺を意識していたということか。なるほど。結婚してください」
「こら」
 ここで貴道が割って入った。
「だからどうしてそう、ムードのない台詞せりふが出てくるんだ?」
「最終的にはそうなるんだし」
「男同士は養子縁組だ」
「そうか。じゃあ政道さん、俺を養子にしてください」
 ちょっと待てお前ら。
 政道は「冷静になれ」と言って、テーブルを拳こぶしで軽く叩いた。
「俺はストレートで、男を恋愛対象にしたことはない」
 カミングアウトした弟がすぐ横にいるので、ここは丁寧に丁寧に言葉を選ばなければ。どんな言葉ならいいんだろう。恋愛用のボキャブラリーよりも、ゲームに登場するモンスターの弱点の方がたくさん覚えている。だがここでゲームを出すわけには……!
 政道は脳内で最適な言葉が出て来ずに焦った。
 貴道と遼太は真剣な顔で政道の言葉を待っている。ああプレッシャーだ。
「あの、な」
「急がなくてもいい、政道さん。俺の顔に慣れてからでいいから」
 遼太が政道の左手を両手で掴み、その顔を近づける。
「いきなりのアップは……ちょっとやめてくれ」
 弟がいる前でいきなり迫るな。兄としての沽こ券けんと矜きょう持じを考えてくれ! そうだとも! 年下の、弟とも思っていた青年に迫られる俺の気持ちを考えろ!
 政道は視線を逸らして「話の流れが速すぎる」と嘆いた。
「行峯君、今はそれ以上マサ兄に触らないこと」
 貴道は微笑を浮かべ、政道から遼太を引き剥はがす。
「いやでも、俺たちが恋愛関係になれば……今以上に触りまくることに」
「今はちょっと我慢して」
「沢野さん、相談してるときに言ってた言葉とまったく違うんですけど。俺にもっと積極的になれって言ったじゃないか」
「…………俺の見てる前で、俺の大事な兄を襲うなと言ってるんだけど、聞こえなかったかな? 恋人たちの営みは、二人っきりでやりなさい。ただし、合意の上でだ」
 おい貴道。お前はどっちの味方なのか分からないぞ……!
 物静かな弟の新たな一面を見た政道は、心の中でそっと突っ込みを入れるしかない。

■好きだと気づいた時に、恋は終わりを告げた――。

タイトル:したたかに甘い感傷
著者:坂井朱生
イラスト :旭炬
本体価格:620円+税

【STORY】
大学生の沢野英実は、先輩・津曲弘明が苦手だ。彼の父親は実家の老舗旅館を奪った企業の関係者だったからだ。冷たい応対にもかまわず何かとかまってくる弘明の意図がわからないまま、気づけばほだされて次第に彼へ惹かれていく英実。けれど弘明が優しくしてくれるのは、英実に好意を持っているためではないと知ってしまう。その胸の痛みで恋だと気付く英実だが…。書き下ろし収録!

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「したたかに甘い感傷」(著:坂井朱生) (本文p140~145より抜粋)
 


(──そう、か。それで……)
 一つわかれば、次々ともつれた糸がほどけていく。ときどき土日を留守にしていたのはあの男に会っていたからかと、ようやく得心した。
 そして、もう一つ。悠貴が、英実と弘明が会うのに複雑そうな表情を浮かべていた理由も、だ。
「じゃあ今まで津曲さん、ってあぁややこしいな、こっちの大学にいるほうだけど、あの人が俺にいろいろしてくれたのも、そのせいなんだね」
 英実の機嫌をとりたかったのも、妙に優しくしてくれたのも。細かく気を砕いてくれたのはすべて、このためだったのだ。
 英実の言葉に、一瞬、悠貴は押しだまった。
「それは違う」
「もう嘘つかなくていいよ」
 口籠もったのが、なによりの証拠だ。きっと弘明は、悠貴とあの男のことが知れて、それで英実が反対したらと慮っていたのだろう。彼が二人のつきあいをどう考えているのだか知らないが、英実の世話をすることで、万一バレたときにおかしな行動をとらないようにとでも考えていたのか。
「莫迦だね、悠貴。最初から話してくれてたらよかったのに。わざわざ、津曲さんにあれこれしてもらわなくても、反対なんかしないよ。それにもし反対だったとしても、親父たちに告げ口なんかしない」
「だから、違うよ。誤解だ」
「いいって、もう。でもちょっとショックだったから、一晩頭冷やしてくる。莫迦なことはしないから、安心して」
 頼むから、一人にしてほしい。重ねて頼むと、ひき留めようとしていた悠貴も承諾してくれた。
「財布を持って行きなさい。それと携帯電話も」
「いいよ、明日には戻ってくるし。大学にもちゃんと行くから」
 それでもと自分の携帯電話を押しつけてくる悠貴に、英実はおとなしく従った。家出するつもりではないというのを示そうと、黙々と明日使うテキストを鞄に放りこむ。
 行く宛などないにしろ、とにかくひどく頭が混乱している。まずは気持ちをおちつけようと、英実は家を出た。
「……そっかあ…………」
 あれもこれも、すべて。悠貴のためだったのだ。悠貴と父親のために、弘明はなにくれとなく親切にしてくれていたのだ。
 ようやく腑ふに落ちたものの、とても気持ちが苦い。苦くて、心臓が鷲わし掴づかみされたように痛い。
 ──好きだった、のかな。
 悠貴は、熱にひきずられたと言っていた。それでは自分は、どうだったんだろう。
 少なくとも弘明からは「熱」など感じられなかったのに、今さら気づいてみれば、どうやら彼が好きだったらしい。
 ふざけて揶揄われて、細かく気遣われて。そんなふうにしているうちに、気持ちが弘明に向いていたみたいだ。
 見惚れるような端整な顔をした男に、ああまで優しくされてしまったから。ろくに免めん疫えきもない英実は、包みこまれるようにのぼせてしまっていたのだ。
「はじめから、そう言ってくれればよかったのに」
 そうすれば、こんな気持ちを抱えこまずにすんだ。今までどおり、恋愛になど興味もないまま、バイトにいそしんで誉田とふざけて、忙しいけれど平穏に、毎日がすごせていたのに。
 これは、罰かもしれない。祖母を忘れて、あの人に惹かれてしまったせいだ。
(ごめん、祖母ちゃん)
 もう忘れるから、勘弁。一人ごちて、英実はふらふらと町中を歩いた。
 なにも知らないまま弘明に告白などしないですんだのが、せめてもの幸運かもしれない。こうなると、しばらく顔をあわせなかったのも好都合だったのだと思う。
 もしあのままひきずられていたら、うっかり好きだと告げていたかもしれない。ただ悠貴の弟だというだけなのに熱をあげられて、弘明はきっと困っただろう。
(それとも、慣れてるかな)
 自嘲する。一方的に好かれるのには慣れているだろう弘明は、そういうときもソツのない応対をするのかもしれない。
 誤解されると困るから女の子には親切にしない、と言っていたのに。よりによって男の自分まで、彼に惹かれてしまうなんて。
「おっかしーの」
 声が湿っているのには、敢えて知らないふりをする。明日には普通の顔をしなきゃならない。でないと、悠貴が心配してしまうだろう。
「どこに行こうかなあ」
 ファミレスででもすごせばいい。とにかく一晩で頭を冷やさなければ。
 英実はひたすら歩きつづけた。

■悪いがお前に 本気で惚れちまった

タイトル:潜入捜査~美しく淫らな男たち~
著者:松雪奈々
イラスト: 緒田涼歌
本体価格:602円+税

【STORY】
才色兼備の捜査官・マサは、不敵で危険な香りのする企業家・カルロと潜入した会社で出会う。隙あらば口説かれ淫らなことをされるマサだが、なんと彼も同じ事件を追う潜入捜査官で手を組むことに。反発しながらも、カルロの優れた手腕と魅力に惹かれていくマサ。事件を追ううち、ある組織から狙われた二人は、ホテルで一夜を過ごすことになり…。甘くてセクシーなデンジャラス・ラブ

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「潜入捜査~美しく淫らな男たち~」(著:松雪奈々) (本文p37~43より抜粋)
 


「ちょ、ちょっと、なにするんですか……っ」
「これだけいい身体をしていて、なにもやってないってことはないだろう。剣道? 柔道?」
 カルロはこちらのとまどいなどまるで気づかぬふうに話しかけてくる。
 マサが必死に手を剥がそうとしても、大きな手は胸から離れず、揉み続ける。
「あの、やめ……」
「うん? 剣道?」
「いえ──わっ」
 そのうちもう一方の腕が背中側から胸へとまわされ、後ろから抱きかかえられるような格好で両方の胸を揉まれた。
「あ、あのっ!?」
「なに?」
「あ、だ、だから、たまに筋トレしたり、ジョギングしたりしてるだけですよ。昔柔道を習いましたけど、最近はまったく」
 ここまでされているのだから、マサもなりふりかまわず抵抗すればいいものを、ついつい律儀に答えてしまう。胸を揉まれながら。
「あの、ほんとに、ふざけないでくだ──あんっ!」
 男の指先が、服の上から乳首の場所を見つけだし、ピンポイントで押してきた。
 思わず変な声をあげてしまって、慌あわてて口を閉ざしたが遅かった。
 くくく、と低い笑い声が後頭部の辺りから届く。
「ここ、感じるみたいだな」
 恥はずかしさと悔しさで顔が赤らむ。完全にからかわれている。
「いいかげんにしてくださいっ!」
 背後にいる男を睨にらもうとして首をひねると、ヘーゼルの瞳に至近距離から見つめられていた。からかうような表情なのにまなざしは真剣で、男の色気が滲にじみ出ていた。
 まさか、本気なのか?
 やばい空気を感じとり、逃げようとして前方へ重心をかけたが、後ろから抱きついている男の重みでうつぶせに倒れ込んでしまった。その反動で眼鏡が畳たたみに転がる。
 カルロに上からのしかかられている格好で、いよいよまずい事態である。
「ちょ」
 気持ちは焦るのに、予想以上に力強い二の腕に拘束されて逃げられない。身を強張らせていると、男の吐息が耳じ朶だをかすめた。
「──こういう身体ってさ、俺、ぞくぞくするほど好みなんだよな」
 低く艶つやっぽい声が耳に吹き込まれる。
「しなやかで、色っぽい身体だ」
「な、にを、冗談」
「俺、あんたを気に入ったって言ったよな。こういう意味も含めていたんだが、気づかなかったか?」
「私は男ですよ」
「知ってる」
 マサはひっそりと深呼吸し、冷静になるよう努つとめた。
 この男、ゲイか。
 ハニートラップという単語が頭に浮かぶ。敵を性的に誘惑して懐かい柔じゅうしたり、行為を録画しておいてあとあと脅迫したりする、地味だが多用されるスパイの手法だ。
 公安の所属となって二年になるが、この手を使う機会はなかった。いつかすることもあるかもしれないとは思っていたが、まさか男相手にトラップを仕掛けることになるとは夢にも思わなかった。
 いや、この場合、こちらが仕掛けられているのだろうか。
 カルロがスパイならば──、自分はゲイではないが任務のためなら譲歩しよう。しかし、ただの一般人という可能性もあるのだ。単純に枕まくら接せっ待たいを望んでいるだけなら断固としてお断りだ。
 どうする。
「だいじょうぶ。全部俺に任せてくれればいい」
 男の唇くちびるがうなじに押しあてられる。ほのかに鼻び腔こうをくすぐる男の匂いは最初の印象どおり野性的で危険な香りがした。
「あの、セニョール・カルロ、いや、スィニョーレ……」
「わかってる。なにも心配することはない。女なんかにゃ興味がなくなるほどいい思いをさせてやる」
 胸元にあった男の手がするりと下へおりていき、マサの股こ間かんの辺りにふれた。
「あ……、や、そこは……っ」
「さわるだけ。いまはそれ以上のことはしない。気持ちよくしてやるだけだ」
 低いささやきは心地よく、うっとりしそうなほどいい声だった。
 股間にふれる手がゆっくりとそこをさすりはじめる。
「……っ、……」
 もう一方の手がスーツの上着のなかへ忍び込み、シャツ越しに乳首をいじる。刺激で、身体がピクリと震えた。
「ぁ……」
 どうする。どうする。
 このまま流されていいのか。
 そんなわけにはいかない。
 ここまできて上司に相談はできないし、するつもりもない。ここはひとまず時間を稼ぐべきだろう。
「あの」
「うん? 場所を移そうか」
「いや、その」
「なんだ? ここでもいいのか? この店はそういう店だったのか」
「ま、まさか。そうではなくてですね」
 身じろぎして上半身をひねり、どうにか身体のあいだに隙間を作って上を見ると、男の開襟したシャツのなかから鎖さ骨こつが覗いて見えた。それに続く太い首。その辺りからほのかな香りが漂ってくる。
「ああ、キスがほしい?」
「違いますっ」
 なにか、幻惑作用のある香水でもつけているのだろうか。カルロの香りを嗅かいでいると、平静ではいられない気分にさせられた。冷静に切り返したいと思うのに、そう思えば思うほど焦りが生じて混乱する。
 これぐらいのことでとり乱すだなんて。
 どうかしていた。
「そうではなく、お誘いは大変嬉しいのですが、私は現在腹を壊しておりまして、お応えすることができません。数日待っていただければ──」
 苦慮した末、どうにかそこまで言ったところで男がぷっと吹きだした。
「は、腹ぁ?」
 次いで、腹を抱えてぶははははっ、と爆笑した。妖あやしい雰囲気が瞬時に払ふっ拭しょくされる。
 マサは男の下から這はいだし、眼鏡をかけ直すと、笑う男をとまどいながら見つめた。
「あの?」
 そこまで大笑いされるようなことは言っていないはずだが、外国人の笑いのセンスはわからない。よほどツボに嵌はまったのか、彼の笑いはしばらく待っても収まらなかった。
「ああもう、あんた……か、かわいすぎる……」
 目尻に涙まで浮かべたカルロが言う。
 マサは整った顔をしているし、身体も鍛えているとはいえ骨格がたくましいわけではない。けれどもけっして女性っぽいわけではなく、比較的男らしい部類に入る。その自分のどこがかわいいというのか理解不能だったが、問題なのはそこではない。
 笑いながら呟つぶやかれたその言葉は英語、正確には米語だった。
「どうやって断ってくるかと思ったら、腹とはな。まいった。あんた、最高……。ジョーが過保護にガードしてる理由がよくわかったわ」
 ジョーという呼び名は聞いたことがある。上司の新田が外国人スパイにそう呼ばれていた。
「いったい、どういう……」
 呆ぼう然ぜんと呟くと、カルロが真正面から見返してきた。例の不敵な笑みを浮かべて。
「あのさ、俺、CIAなんだわ」
「…………」
 CIA。友好国アメリカの諜報機関。つまり、味方だ。
「ちょっと待ってろ。詳しいことはジョーに説明してもらおう。あんたの上司には俺から話す」
 男は目尻の涙を拭ぬぐいながら、携帯電話を片手に流暢な日本語で喋りだした。

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