この記事をかいた人
- 石橋悠
- 1989年福岡県生まれ。アニメとゲームと某王国とHip Hopと自炊を愛するアニメイトタイムズの中堅編集者。
森見登美彦先生の大人気小説『夜は短し歩けよ乙女』が、湯浅政明監督によりアニメ映画化。2017年4月7日より全国の映画館にて上映がスタートします。『四畳半神話大系』に続く待望の映像化ということもあり、話題となっている本作。今回は、学園祭事務局長役で出演している神谷浩史さんのインタビューを通して、魅力を探っていきましょう。
個性豊かなキャラクターの数々が登場しますが、学園祭事務局長も負けず劣らず尖った性格をしています。森見先生、湯浅監督をはじめとするスタッフ陣、そして神谷さんが作り出した学園祭事務局長の魅力に迫ってみました。
──映画『夜は短し歩けよ乙女』はファン待望の映像化ですが、作品に関わってみて、どんな作品だと感じましたか?
神谷浩史さん(以下、神谷):説明するのはすごく難しいのですが、湯浅監督が作り上げた映像世界は、原作を読んだときに僕が自分の中に思い描いていたものよりも、はるかにクオリティーが高いもので「まさにこんな感じだよね」と思うものでした。僕はこんなに素晴らしいものを想像できていないのに「ああ、そうそうこんな感じ」って思ってしまうような映像が広がっていましたね。
──原作のままの世界が映像化されていて、しかも、それを超える「ああ、そういうことだったのか」という再発見があったりと、すごく楽しい作品に仕上がっていましたね。
神谷:はい、まさにその通りですね。上手く言葉で言い表せないんですが、僕はあんなに素晴らしいものを想像できていなかった。でも、自分の頭の中にはこんな世界が広がっていた、と錯覚するくらいに原作の世界そのままのものが動いていた印象があります。
森見先生の文章って「ああ、森見先生が書いたな」という感じの独特の文章じゃないですか。僕はそれが動いたときに、どんなふうになるのかって想像つかなかったんです。それでも、すでに『四畳半神話大系』が湯浅監督によって映像化されていましたし、中村祐介先生がキャラクター原案をされることもわかっていたので、ある程度は「こういうふうに動くんだろうな」というヒントはありました。その全てのヒントが一本の線でつながったみたいな感じがしましたね。「ああ、こんなにきれいな線だったんだ」と。
──そんな本作に登場している文化祭事務局長は、どんなところが魅力だと思いますか?
神谷:学園祭事務局長は、現実にいたら相当おかしな人なんですけど、森見先生の描かれる世界は、そのおかしさを許容してしまうような世界です。その認識もあって、最初は「こうい人なんだな」とだけ思っていました。もっと突拍子もないひとたちがいる中で、単純に“先輩のいち友人”というだけの印象ですね。
でも、アニメーションになって動き始ると、学園祭事務局長というキャラクター自体が非常に愛おしく感じたんですよ。役としては、言い方が悪いですけど、それほど目立つ役じゃない。それが今回映像化されたものを見て「あ! すごくいい役じゃん!」って思いましたね。
──ちなみに『夜は短し歩けよ乙女』は四季でパートが分かれていますが、学園祭事務局長がとくに活躍する秋のパートです。秋のパートで神谷さん自身が面白いと感じたところはどこでしょうか?
神谷:学園祭事務局長は、優雅で落ち着いていて余裕があって、みんなから慕われている存在なんですが、秋のパートでは、彼が学園祭事務局長という“役割”を演じている、担っている部分が垣間見えるんですよ。十手を持ってゲリラ演劇集団を追いかけているシーンなどは非常に演劇的というか、“役割”を担っている感じがするんです。
だからそういったシーンを通じて、やっぱり彼は、そういう“役割”として機能するということに特化した人間なんだなと、求められているがゆえにそういうことをやっているんだなと、垣間見える彼の一面が印象的でした。
──なるほど。学園祭事務局長の側面が見られるのですね。
神谷:それから、先輩にゲリラ演劇集団について説明するシーンがあるんです。そのシーンだけはもう、セリフ間の息継ぎも何もまったく考えなしに作られていて、メチャクチャ早口なんですよ。何かおかしいなと思って、どこかのセリフがカットされているんだろうと解釈してスタッフさんに「修正が僕のところまで来ていないだけで、このセリフはカットですか?」と聞いたら、「いや……入ります」と言われて。「いや、入んないですよ!」と。その後「後でこちらで合わせますので、気にせずとりあえずやってみてください」と言われて「ウソだろ……」と思いましたね(笑)。
──そんなことがあったんですね(笑)。
神谷:実は、僕は『四畳半神話大系』の主人公・私のオーディションも受けていたんですが、そのオーディションが「主人公の長いセリフを淡々と息継ぎなしで読み上げてください」というものだったんです。それを思い出して「ああ、そうだった」って思いました。
湯浅監督の映像に対するこだわりなんでしょうね。このシーンだけは猛烈に早口で、淡々と先輩に対して、今起きている事象を機械のように説明するんです。すごく苦労したんですけど、何テイクかやらせていただいて、なるべく映像と合わせるように演じました。そんな学園祭事務局長が学園祭事務局長然としているのも、秋のパートですよね。
──秋のパートといえば、湯浅監督によって映像化された学園祭の出し物が印象的だったのですが、神谷さんがご覧になって一番楽しかったところはどこですか?
神谷:クレーンゲームのところ(参加者がクレーンのアームになり、景品(?)の女性をつかむ出し物)は馬鹿馬鹿しかったですね(笑)。たった2カットなんですけど、よく考えるなと思いました。普通の人がやっても、釣られる側の美女はまったく動かないけど、イケメンがやったら、釣られる側が群がるようにとびつくというだけなんですけど、すごく面白いですよね。
学園祭に限らず、登場するキャラクターたちが自分の人生を楽しんでいる感じがして、すごく見ていて気持ちのいい映像でした。学園祭では特にそれが強かったような気がします。「ああ、この学園祭はきっと楽しいんだろうな」と思えるような映像でしたね。
──劇中で、学園祭事務局長が女性のような声でミュージカルを歌唱するシーンがありましたが、どういったディレクションがありましたか?
神谷:歌のシーンに関しては、音響監督ではなく、作曲家さんがディレクションしてくださいました。もともとは、男性の声で歌ったものを加工して女性の声の感じにする予定だったんです。なので、最初はその手順で確認しながらレコーディングしていたんですけど、途中で「神谷さんの声で女性を表現してやってもらってもいいですか?」ということを言われたんですよ。やってみたら「こっちのほうがいいかもしれない」ということになり、結果あのような形になりました。
──ラジオなどではたまに女性の声をやっていらっしゃいますが、まさか演技のほうでもされることになるとは思いもしませんでした。
神谷:そうですね。やっぱり声を仕事にしているので、キャラクターにアプローチするにあたって、そのキャラクターが持っている範囲で何かを表現することはできると思うんです。もともと機械でピッチを加工することを前提として作られていたものを任せていただいて、トライさせていただけたので、この役を演じることができてよかったなと思います。自分がアプローチしたものを採用していただけたというのも、すごくありがたかったですね。
──新たな挑戦というか、結果としてそうなったということですかね。
神谷:どうなんですかね(笑)。まあ、人間ってどうしてもいろいろな面があるじゃないんですか。しっかりしている面や、そうでない面、そういう多面性にスポットを当てて、ひとりのキャラクターを作っていこうという意味だったと思います。
──神谷さんが、湯浅監督の作品と森見先生の作品で好きなところはどこですか?
神谷:こればかりはわからないですね。原作を読ませていただいたときもそうなんですけど、今回映像を拝見してすごく面白かったんですよ。でも、なんで面白かったのかがわからないんですよ。夢中で見ちゃいました。全部が面白くて、ずっと見ていられるなと思ったんです。それがなんで面白いのか、なんで好きなのかはわからないんですけど、出ているキャラクターたちが自分の人生を楽しんでいる感じがするのが、気持ちいいのかもしれません。
──確かに、引き込まれるような世界観ですよね。
神谷:作品を見るときって、物語の主役に自己投影したくなるじゃないですか。でも、実際はそうじゃなくて、いろいろな人がいて、いろいろな物事があって、ひとつの事柄が成り立っていて、誰かが欠けたら作品が成り立たないと思うんです。『夜は短し歩けよ乙女』では、そういったことがうまく表現されているので、映像としてすごく魅力的に感じますね。
先輩だったり黒髪の乙女だったり、自己投影できないような特徴的なメインキャラクターなのに、最後にストーリーが落ち着いたときは「ああ、すごく良かったな」って感じる。恋愛ものの作品って「リア充爆発しろ!」って言いたくなっちゃう人が一定数出てくる気がするんですが、今作はまったく思わないんですよ。
──では最後に、本作を楽しみにしている皆さんにメッセージをお願いします。
神谷:とにかく、僕は面白いと思いました。キャラクターひとりひとりにストーリーが垣間見えて、登場人物たちが全員幸せになればいいなと思えるような話で、最終的に「ああ、良かったね」と思えるような不思議な作品でした。
どうやって言えば魅力が伝わって、みんな見てくれるのかなと思うんですけど、言葉にするのは難しい。でも、見た瞬間にとりこになると思いますよ。ちょっとでも興味があれば絶対に見てほしいし、全然興味がない人も、食わず嫌いはやめて、騙されたと思って見に行ってほしいですね。
[インタビュー/石橋悠]
1989年(平成元年)生まれ、福岡県出身。アニメとゲームと某王国とHip Hopと自炊を愛するアニメイトタイムズの中堅編集者兼ナイスガイ。アニメイトタイムズで連載中の『BL塾』の書籍版をライターの阿部裕華さんと執筆など、ジャンルを問わずに活躍中。座右の銘は「明日死ぬか、100年後に死ぬか」。好きな言葉は「俺の意見より嫁の機嫌」。
■スタッフ
原作:森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』(角川文庫刊)
監督:湯浅政明
脚本:上田誠(ヨーロッパ企画)
キャラクター原案:中村佑介
キャラクターデザイン・総作画監督:伊東伸高
作画監督:濱田高行、霜山朋久
フラッシュアニメーション:ホアンマヌエル・ラグナ、アベル・ゴンゴラ
色彩設計:ルシル・ブリアン
美術監督:上原伸一、大野広司
撮影監督:バティスト・ペロン
音響監督:木村絵理子
音楽:大島ミチル
主題歌:ASIAN KUNG-FU GENERATION
「荒野を歩け」(キューンミュージック)
制作:サイエンス SARU
製作:ナカメの会
配給:東宝映像事業部
■キャスト
星野源
花澤香菜
神谷浩史
秋山竜次(ロバート)
中井和哉
甲斐田裕子
吉野裕行
新妻聖子
諏訪部順一
悠木碧
檜山修之
山路和弘
麦人