『異世界チート魔術師』原作者・内田健先生インタビュー|「楽しい」からこそ、ここまで書き続けられた
会社帰りに小説を書くことが楽しくて仕方がなかった
――そもそもの話になりますが、本作は、どのような発想から生み出されたものなのでしょうか?
内田:その前に、僕が「なろう」を最初に知ったきっかけから説明させていただくと、最初は7〜8年前にWEBに掲載されていた『魔法科高校の劣等生』(※2)を読んだことがきっかけでした。
その後で、「これ、無料で読めるけど、どこに掲載されている作品なんだろう」と、その時になって初めて「なろう」の存在を知ったんです。
それから他の「なろう」に掲載されている作品をどんどん読んでいったのですが、その時に思ったのが「自分が本当に読みたい作品ってなんなんだろう」ということで。
ここからが本題に繋がってくるのですが、本作は端的に言ってしまえば、「俺の俺による俺のための小説」というコンセプトの元に書き上げた作品です。
とにかく作者本人が面白いと思えることをひたすらに追求したので、これを面白いと思ってくれる方は、間違いなく僕といい酒が飲めると思います(笑)。
※2 『魔法科高校の劣等生』
超能力が魔法として体系化された近未来の日本を舞台に、並外れた才能を持ちながら、通常の魔法が使えないことから劣等生の烙印を押された主人公・司馬達也の学園生活が描いた佐島勤氏によるライトノベル。2008年より連載がスタートした、「小説家になろう」人気の火付け役とも言える作品で、2011年より書籍版が電撃文庫から刊行、2014年にはTVアニメも放送され、電撃文庫を代表する人気作品の一つとなった。
――自分の好きなものを、これでもかと詰め込んだというか。
内田:もちろん、全てが全部理想通りにいったかというとそうではなくて。
「この要素を好きにやったら、作品が破綻してしまう」ということも少なくないので、そのあたりのバランスは取りつつ、できるだけ自分の好きな要素を詰め込みました。
あとは他の方の作品を読んでいる時、「自分ならこうするのにな」と感じていたことなども反映させています。
やっぱり異世界召喚というジャンルの性質上、ある程度他の作品とシチュエーションが似通ってしまう部分もあるのですが、そこに自分なりの差別化ポイントを考えていくのは、書いていて楽しい部分でした。
――ここまでの話を聞く感じだと、最初に本作を投稿した時には、「書籍化を目指そう!」といったような意気込みはあまりなかったのでしょうか。
内田:正直にいうと、まったくと言っていいくらいなかったですね。本当に軽い気持ちで書き始めたら、段々と読んでくれる人が増えてきて、書いている自分も楽しくなってきて。
当時は、1日に一気に2話、3話と更新する日もあったりして、モチベーションが本当に高かったのを覚えています。
あの頃は、異世界転生・召喚モノが全盛期に入る少し前くらいの時期で、確か『Re:ゼロから始まる異世界生活』もスタートしたくらいの頃でした。
書籍化できたのは、そういうタイミングの良さもあったのかもなしれません。
――とはいえ、会社員としての仕事をしながら小説を定期的に投稿し続けるというのは、並大抵の労力ではないと思います。どうして書き続けることができたのでしょうか?
内田:コンセプトの通り、最初はあくまでも自分のための作品だったんですが、読者さんからの感想をもらっていく内に、「自分のためだけじゃないんだ」という意識ができてきたのが、大きなモチベーションになっていたと思います。
時には、それがプレッシャーになって、スランプに陥ったこともあったのですが……。
――社会人との両立は、スケジュールのやりくりも大変だと思うのですが、どうやって執筆の時間を確保したのでしょうか。
内田:働いていた会社は朝9時半の始業だったんですが、会社が始まる20分くらい前に近くの喫茶店に入って、小説を書いてから出社していました。
あとは、運良く定時で終わることの多い仕事でもあったので、会社が終わったらすぐ喫茶店に入って、そこで閉店まで小説を書いてから家に帰ったり……。
結構ハードな生活だったと思うのですが、僕自身はまったく苦にはならなくて、楽しくて仕方なかったですね。仕事中も小説が書きたくて、内心で「早く終わらねぇかなぁ」と考えていたり(笑)。
――自宅ではなく、喫茶店を作業場にされていたんですね。
内田:家にいると、やっぱり何かと誘惑が多すぎるんですよね。休みの日は朝から閉店まで喫茶店にいて、ずっと小説を書いていることもよくありました。
一応、顔なじみがやっている喫茶店なのですが、時間単価を考えると申し訳ないのでコーヒーから昼飯、おやつ、タバコとか、落とせるだけお金を落としていましたね(笑)。
――小説は、「なろう」に投稿される前からも書かれていたのでしょうか?
内田:そうですね。僕は今年で35歳になるのですが、小説を書き始めたのは、高校3年生くらいの頃でした。
友人が小説を書いていたのでそれに触発されたのですが、自分で書いてみるとボロボロで(笑)。
自分に書けたのは、名前の横に「」がついている、ほぼ会話文だけみたいな小説で、当時の友人のすごさを思い知らされましたね。
一応その後も、小説は書き続けていましたが、PC一台あればできる安上がりな趣味としてなんとなく続けていたくらいの感覚でした。
――そこから「なろう」に投稿をするのには、どのような心境の変化があったのでしょうか。
内田:これといった出来事があったわけではないんですよ。というのも、実は僕はマンガ家を目指して専門学校に通っていた時期がありまして。
――そうだったんですか!? それは、かなり意外な経歴ですね。
内田:ええ。その時に、自分の作品を提出して、誰かに見てもらうという工程をずっとやっていたので、WEB小説を投稿していろいろな人に読んでもらうことには、まったく抵抗感はありませんでした。
専門学校に通っていた当時はSAN値をガリガリと削られていたんですが(笑)、今思うと、あの頃に作品を他人に読んでもらうのに慣れることができたのは、いい経験になったと思います。