『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』富野由悠季監督インタビュー|「素人芸だった」と語る『逆シャア』への反省と、『閃光のハサウェイ』に向けて
登場人物たちの死は、ラストシーンのための逆算の結果で生まれたもの
――『逆襲のシャア』の終わりはまさに奇跡と呼ぶべき展開だと思うのですが、その前に逆上したハサウェイがチェーンを殺していなければ、あの奇跡が起きていなかったのかもしれないという構成は、今改めて見直しても衝撃的だと感じました。
富野:それについては、正直面倒くさいからあまり話したくないんだけれど(笑)。ご指摘のチェーンを殺さざるを得なかったということも、物語の“急”の一節なんです。
戦場の中だったらドラマ的な展開がなくてもキャラクターが死ぬことが許されます。ああしないと、生まれてくる赤ちゃんの声を聞かせるというラストがうまく成立しないから、逆算してチェーンをあそこで死なせたわけです。チェーンを含めたキャラクターの生死というのは、ラストカットの赤ちゃんの泣き声ありきのものなんです。
この部分に説得力がないというのは、当時コンテを切っている時にも気がついているのだけど、手持ちの尺の中ではどうやってもケリがつけられない。やろうと思ったらあと30分は必要で、今の尺だって長すぎて見てられないのだから、これ以上伸ばすわけにはいかない。
結果こういった形になったわけですが、改めてそのはしょり方をみると不慣れな感じが見え隠れしているんですね。
名作と誉れが高い『フォレスト・ガンプ』という作品も省略をしているんだけど、頭からのドラマのラインをしっかりと受け継いでいるから腹が立たない。一方で『逆シャア』でのチェーン達の死に方はよくわからなくて、ドラマとしての“受け”になっていない。そういうところが素人芸だなと言えます。
――なるほど……。
富野:ただ、今は否定的に言いましたが、逆に肯定している部分もあって、なぜ『逆シャア』がガンダムファンからの評価が高いかというと、「成長したアムロとシャアが好き」だったり、ゲスな作りではあるんだけど「ララァをしっかりと救っている」という見かたができることが影響しているとは思っています。
言ってしまえば、『機動戦士ガンダム』を見てきた人にとって溜飲が下がる作りになっていて、「俺も歳をとったから、こういう物語も理解できるようになったんだよな」という感想を抱いているんだろうなと感じています(笑)。
一同:(笑)。
富野:けど、そのおかげで今回のように新しい形で見ることができる経済的基盤を手に入れているわけですから、そういったファンの存在はありがたいという想いはあります。
だけど「戦闘シーンばっかりで、見ていて腹が立つんだよね」というのが、『逆シャア』に対する本当の評価の仕方なんじゃないかなと思っています。
――富野監督自身は厳しい評価を下されていますが、とても30年前の作品とは思えない、とくに演出面においてまったく古さを感じさせない作品だという印象を受けました。
富野:そこに関しては自惚れていますし、当時も自惚れていました。ただ当時は「話が早すぎて分からない」と、周囲からは徹底的に嫌われました。
僕自身としては、映画とはこういうものだし、戦争ものはこのテンポでやらなければいけないという厳然とした計算があってやっていましたから、今見返してみても嫌悪感がまったくないですね。映画というのはこのレベルでやらないとダメなんです。
それでも僕の中で『逆シャア』の評価が低いのは、先程も言った通り『フォレスト・ガンプ』に負けているから。『ガンダム』が出ている、出ていないに関わらず、男女の絡みがあるお話としてうまく作っているなという自画自賛はあるんだけど、最後の劇としての詰め方に素人的な部分があって褒めきれないんですよ。
映画の基本として、男女の絡みという分かりやすい支えがあって、そことはまた別の話があるものなんだけど、『ガンダム』ではそこで「人類が地球を食いつぶす」というとんでもない話をしているわけで、さらにそこに、ナナイに抱きついて泣く30後半の変な男まで出てきている……(笑)。
一同:(笑)。
富野:そういう変な構造が『ガンダム』の面白さだということは分かって欲しいし、そこは当時から計算してやっていました。だから映画として最低限のラインはクリアしていると思えるので、(『逆シャア』の採点は)50点じゃなく、55、60点くらいになったんです。
――最近のアニメは、どれも絵が綺麗で面白い作品も多いのですが、『逆シャア』の当時のような新鮮さをあまり感じることがなくなってきた印象があります。
富野:僕は最近のアニメをほとんど見ていないので、あまり大きなことは言えないんだけど。『鬼滅の刃』にしても『ONE PIECE』にしても、上手だなという見え方はしているんだけど、僕の年代としては「こうまでファンタジーでいいのかな」という感覚はあります。
例えば僕は、『指輪物語』『ハリー・ポッター』は見られないんです。同じようなキャラクターが同じようなことをやっていると感じてしまう。映画っていうのはもう少しファンタジーでない方が面白いのかもしれないという感覚があります。