40年前の作品をリブート『MUTEKING THE Dancing HERO』音楽プロデューサー・島崎貴光さん×ムテキ役・真白健太朗さんロングインタビュー|ストーリーも音楽も良い意味で一筋縄ではいかない作品。それを楽しんでほしい
『とんでも戦士ムテキング』の放送終了から40年。あのムテキングがとんでもない時代に帰ってきた――。シティ・ポップが漂うネオ・サンフランシスコを舞台に、淡い(?)恋の物語や3DCGを駆使した圧巻のライブやダンスバトルが繰り広げられる『MUTEKING THE Dancing HERO』。
本作のオリジナルサウンドトラック『MUTEKING THE Dancing HERO オリジナルサウンドトラック』が12月1日(水)にリリースされます。
アニメの中で使用された音楽を、CD2枚組、全43曲の大ボリュームで収録。音楽を担当しているのは、アーティスト・声優・アイドル・アニメ・ドラマなど幅広い作品を手掛ける作曲家・島崎貴光さんと増田武史さん。矢野顕子さんが作詞・作曲をした「空のうた」(アイダさん CV:高橋李依)、「ローラーヒーロー・ムテキング -Version.2021-」(ムテキ CV:真白健太朗+DJ CV:江口拓也)といったキャラクターソングや、竹内まりやさんの「Plastic Love」、山下達郎さんの「土曜日の恋人」「LOVE SPACE」、和田アキ子さんの「星空の孤独」を劇伴用に制作したインストゥルメンタル音源も収録されています。
『MUTEKING THE Dancing HERO オリジナルサウンドトラック』の発売を記念して、島崎貴光さんとムテキ役・真白健太朗さんの対談を敢行。音楽制作のエピソードを中心に、本作にまつわるお話をたっぷりおうかがいしました。
「すごい声優さんが現れたな」と
――『MUTEKING THE Dancing HERO』オリジナルサウンドトラックがリリースされることを記念して音楽のお話を中心にいろいろとおうかがいできればと思います。今日はムテキ役の真白さんもお越しくださっていて。
真白健太朗(以下、真白):ムテキ役の新人声優、真白です。宜しくお願いします!
島崎貴光さん(以下、島崎):今日は僕の拠点であるスタジオで取材をしているわけですが、真白くんはこのスタジオを気に入ってくれているようで「実家みたい」「落ち着く」って言うんですよ(笑)。そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど……この空間が落ち着くってすごくないですか?
――すごいですね(笑)。確かに島崎さんのお人柄もあってアットホームな雰囲気はありますが……。
島崎:ここで新人声優さんの初レコーディングをすることもあるんですが、ほとんどの場合緊張してしまうんです。無理もないですよね。スタジオに慣れているとは言え、アフレコ現場とはまた違った雰囲気ですから。だから真白くんは珍しいタイプですね(笑)。普通に会話してるので驚きましたよ。「この椅子、良いですね!」とか。
真白:(レコーディング現場にある)アーロンチェア、めちゃくちゃ憧れます。
島崎:アーロンチェア本当に良いよ。高いけど長く使えるから。特に真白くんはゲームをする人だから絶対損はしないと思う。
――今日も取材前に椅子の話で盛りあがりましたね(笑)。
真白:楽しかったです(笑)。レコーディングのときもこんな感じで、ついつい話し込んでしまいました。
島崎:彼の大物っぷりが伝わるエピソードだと思います(笑)。人懐っこいんですけど、馴れ馴れしいというわけじゃなく、しっかりと礼儀も弁えているんです。まだ20歳なのに、中身は大人。実力面も含めて「すごい声優さんが現れたな」と感じています。
――では真白さんについてのお話をまずはおうかがいさせてください。真白さんは本作のオーディションがきっかけで声優デビューを果たしています。もともと、どのような経緯で声優を目指されたのでしょうか?
真白:中学1年生のときにいじめにあって、不登校になってしまったんです。そのときに別の中学に通う親友から『東京喰種』を勧められて読んでみたんです。そしたらすごく面白くてアニメでも見始めたんです。
そんな中で主人公の金木研の「何も出来ないのは もう嫌なんだ」と言うセリフが自分に刺さりました。本当にそうだな、今のままだと何も解決しないなと思って、親と話し合って。いじめの難しいところだと思うんですが……親にいじめの話をしたくなかったんです。でも逃げていてもしょうがないなと。それで結局転校することになって。
島崎:それはつらかったね。でも前に進めてよかった。デリケートな話だけど公に話しても大丈夫?
真白:はい、大丈夫です。自分の中では受け止められているので。
――その言葉がきっかけになって、前に進むことができたんですね。
真白:あの言葉のおかげで救われました。今もその言葉は大切にしています。当時は声優という職業を意識せずにアニメを観ていたんですが、ふと「そういえば金木くんの声を演じているのは誰だろう?」と思って、花江夏樹さんを知って。花江さんの出演作を見ていくうちに「自分もアニメに携わる仕事がしたい。声優になりたい」と思うようになりました。その後、学外連携で声優のレッスンを受けられる高校に進学したんです。そこで滑舌や外郎売などを学ぶことができて。
島崎:そういう授業を受けられるんだ。積極的な姿勢は大切だね。
真白:専門学校や養成所とは違って基本的なことを学ぶ場ではあったんですけど、すごく楽しくて。それで高校卒業後は専門学校に進もうと思っていたんです。
でも金銭的な余裕があるわけではないので、学費が難しそうだなと……。悩んでいたときに、ネットで『MUTEKING THE Dancing HERO』のオーディションの公募を見つけて。オフィシャルYouTubeに公開されている『ムテキング』を観たらすごく面白かったんですよね。いい意味で変わった作品で、歌って戦って終わる。こんな展開のアニメって他にないなって。もう締め切りまで残り一週間というタイミングだったんですが、ダメ元で応募したんです。そしたら書類審査が通って、1次、2次も通過して……。で「合宿があるから」と。
――合宿があったんですね。
真白:三泊四日の合宿審査があったんです。そこでレッスンも受けることができました。
――そのオーディションを勝ち抜いて、ムテキ役を射止めたわけですね。
島崎:真白くんの声はムテキ役に合ってると思う。確実に運命だよね。ネットで探すのが一週間ズレていたらオーディションに応募できなかったわけだから。
真白:そう言っていただけるとすごく嬉しいです。でも自信はなかったんです。だからオーディション中は常に心臓がバクバクしていました。合宿審査のとき、サトウユーゾー監督が「ムテキくんに重なって見えた瞬間があった」とおっしゃってくれていたそうで。それを聞いてめちゃくちゃ嬉しかったです。
――当時とアフレコに入ってからで、ムテキくんの印象は変わりました?
真白:合宿オーディションでお話を聞いていたときは、純粋無垢でまっすぐな少年だと思っていたんです。前作を見ていても「こんなに淀みない少年なんだ」と感じていました。その後、台本をいただいて読んだら「思っていたムテキくんと違う!」と(笑)。DJにめちゃくちゃツッコむし、優しいけど誰でもウェルカムなわけでもない。常識を持った、いい意味で普通の男の子というか……。
島崎:そうそう。ムテキくんって常識的な人間で。実は周りが変わってるんだよね(笑)。
真白:そうなんです!(笑)だからギャップがありました。
島崎:そうだよね。分かる分かる。
「歌モノに勝たなければいけない」
――島崎さんは本作で劇伴・音楽プロデュース・制作・ディレクターを務められています。本作のお話をいただいたときはどのような印象があったのでしょうか?
島崎:最初に話を聞いたときは驚きました。僕自身は世代ではないのですが、井上和彦さんに楽曲提供をしている関係で、タイトルは知っていたんです(井上さんは『とんでも戦士ムテキング』で遊木リン/ムテキング役を担当)。だからお話を聞いたときに「あのムテキング? 和彦さんの? タツノコプロさんの? 40年前の?」とクエッションマークがいっぱいでした(笑)。
40年前の作品を今リブートするってすごく挑戦的なことですよね。タツノコプロさんらしいなと思いました。昨年放送されていたタツノコプロさんのアニメ『ハクション大魔王2020』の劇伴・音楽プロデュース・制作も私が担当させていただいたのですが、今回は、タツノコプロさんと手塚プロダクションさんの初タッグ作品。「こんなすごい作品に関わらせていただけるんだ」と。一方で、予定調和でいかない作品だろうから、「どういう制作スタイルで進めようかな」という不安とドキドキがありました。
――まさにサントラには「不協和音」という曲がありますが……(笑)。
島崎:(笑)当時はまさにそういう状態でしたね。しかも音楽がメインの作品でもありますから。竹内まりやさん、山下達郎さん、矢野顕子さん、和田アキ子さんなど大御所アーティストの楽曲を使わせていただくことに加えて、多数のアーティストさんが挿入歌で参加されると。
「歌モノのサウンドに勝つ」という表現は語弊がありますけど、対等な劇伴を作らないと視聴者の方に違和感を覚えさせてしまうなと。なので、歌モノと劇伴の差をつけないような作り方をしようと意識していました。
――それは本作の劇伴を作るにあたって、いちばん意識されたことなのでしょうか。
島崎:そうですね。要するに歌ものって目立つんです。挿入歌であっても声が入る曲があればそっちを耳が追ってしまう。オープニングやエンディング、挿入歌はタイアップ曲として作るものですが、劇伴は違って、より一層作品に寄り添った曲として作るもの。それをどう一致させるか、いかに近い距離感にさせるか。それが自分の使命なのかなと思っていました。
――島崎さんと同じ事務所に所属されている増田武史さんも音楽制作に参加されていますが、島崎さんからお声掛けされたのでしょうか。
島崎:そうです。最初の打ち合わせのときに「シティ・ポップ」という言葉と、竹内まりやさんの「Plastic Love」(84年発表。プロデュースは山下達郎さん)がアニメ側のプロデューサー陣からキーワードとして挙がっていて。
――「Plastic Love」はジャパニーズ・シティ・ポップの金字塔ですね。
島崎:そうなんです。増田さんは松田聖子さん、近藤真彦さん、郷ひろみさんの楽曲の他、竹内まりやさんのソングミュージカル『本気でオンリーユー』の楽曲制作をされていました。
まりやさんの曲をすべて理解した上で、ものすごい精度で作られた方なんです。増田さんは僕より上の年代なので、シティ・ポップや80年代をリアルタイムで体験している方でもある。増田さんとであればいい形で役割分担ができるんじゃないかなって。
――サントラにはおふたりが劇伴用としてインストにアレンジした「Plastic Love -Guitar Chorus Mix-」(1話挿入歌)さらに山下達郎さんの「土曜日の恋人 -Guitar Chorus Mix-」「LOVE SPACE -Guitar Chorus Mix-」、和田アキ子さんの「星空の孤独 -Nostalgic Mix-」も収録されていますね。
島崎:まりやさん、山下達郎さん、和田アキ子さん、さらに矢野顕子さんの曲が流れるアニメってなかなかないですよね。正直最初はビビりました(笑)。でもまりやさんと達郎さんは、(島崎さんが所属する)事務所の大先輩アーティストでもあるんです。そんな先輩たちに関われるという喜びとスリリングさを感じながら、凄まじいプレッシャー、恐怖感がありました。増田さんも同じ気持ちだったと思います。