宇宙はコンビニやスマホがある普通の場所!? 磯光雄監督が『地球外少年少女』で描きたかった宇宙とは?
前編が大ヒット上映中、2月11日後編 各2週限定劇場上映が決定し、劇場公開限定版Blu-ray&DVDが2月11日発売、Netflixにて全世界配信中、『電脳コイル』の磯光雄監督最新作『地球外少年少女』。
インターネットもコンビニもある2045年。商業宇宙ステーション「あんしん」に訪れた少年少女たちは大きな災害に見舞われるーー。
キャラクターデザインに吉田健一(『交響詩篇エウレカセブン』『ガンダム Gのレコンギスタ』など)、メインアニメーターに井上俊之(『電脳コイル』『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』)と、最高のアニメーター陣を迎え、完成したオリジナルアニメ。
原作・脚本も務める磯光雄監督に、作品についてたっぷりと語ってもらった。
宇宙は普通の人が行く普通の場所になっていくだろうなって
ーーアニメスタイル010(2016年12月)を持っていて、そこにこの作品の企画書が掲載されていました。この企画が、今実現した感じになると思うのですが、ちょうど前澤友作さんが宇宙へ行ったこともあり、すごくタイムリーな題材になりましたね。
磯光雄監督(以下、磯):なりましたね(笑)。商業宇宙は、今のような感じになるだろうというのは(企画した)当時からわかっていたというか、知っている人は知っていたんです。なので、今作らずにいつ作るんだ!と思っていましたが、アニメ業界は日常モノが多く、宇宙を題材にした作品が少なくて、これからすごい時代がくるのに何でわからないんだろう!という気持ちはありました。
キャラクターデザインを担当した吉田健一も同じ気持ちだったみたいで、声を掛けたらすぐに参加してくれたので、共通する思いを持っていたんだと思います。
ーー実現しそうな未来ということで、商業宇宙ステーションを舞台にしたのですね。
磯:そうです。物語の舞台は商業宇宙という、誰もが宇宙に行けるような時代の宇宙になっています。
昔は大ヒットした宇宙アニメがたくさんあったんですけど、今は宇宙という題材がすっかり下火になってしまっている。これは流行り廃りの問題ですけど、古いも新しいも関係なく宇宙は138億年前からあるんですよね。
ただ描き方としては、20世紀っぽい宇宙の描き方を避けたいと思っていました。”20世紀の宇宙”の定義もだいぶ悩むところなんですけど、基本的には重厚長大で鋼鉄製でできている宇宙かなと思ってます。
20世紀は鉄の時代だから、巨大な鉄、重いものが宇宙に行くんだという発想があったのですが、実際の宇宙は軽ければ軽いほどコストが安くて、商業宇宙になると黒字か赤字かという問題にもなるので、できるだけ軽くしたいんですよね。だから今回出した宇宙ステーションは布でできているんです。それを風船で膨らませているんですけど、それは実在する技術で、宇宙ステーションもこれからはそうなっていくはずなんです。
これからの”軽工業の宇宙”は“重厚長大な宇宙”が好きな人達からするとカッコ悪そうに見えると思うけど、それこそが今はカッコいい! 新しい宇宙なんだという見せ方にしたかった。
ーー確かに、イメージしていた宇宙とはだいぶ違いました。
磯:ありがとうございます。イメージと違う!と言ってほしかったんですよ(笑)。
少なくとも風景は違うものにしたかった。ギザギザした鋼鉄の隔壁がぐわーと閉じるとか、そういう宇宙はもう何度もやっているからいいじゃんって思ったんです。なので、布でできた隔壁とか、実際にできそうな技術を考えて出したりはしています。
若いスタッフで『電脳コイル』を見ていたような、いわゆるゆとり世代と言われている世代の子と話していると、見たいアニメに大きな差があるんですよ。
重厚長大な宇宙と言っても全然乗ってこないし、宇宙というとそういう古いイメージが付きすぎてしまっているところもあるんですよね。で、ずっと話していると「この世代は宇宙に行かないな!」と思ったんです(笑)。最初、自分は行かせよう行かせようと思って話していたんですが、「もう君たちは宇宙に行かなくていいです!」となかば諦めた気持ちになったくらいで(笑)。
それで、これはもう無理だと思っていたんですけど、ゆとり世代の中でも、唯一宇宙に行きそうなタイプがいることを発見したんです。誰だと思います?
ーーYouTuberですか(笑)。
磯:そうなんです! ということで、美衣奈というキャラクターが生まれました。YouTuberだったら命の危険があってもフォロワーが増えそうだったら行くだろうし、冒険を求める人は少なからずいると思った。ただ、舞台は2045年くらいなので、もうゆとり世代ではないんですけど。あとコンビニとスマホがあれば、離島とか異世界でも行けそうな気がしますよね。
ーーゆとり世代でなくても、その2つがあれば生きていける気はします。
磯:確かにそうですね(笑)。いまだにゆとり世代という言葉を使っているのもちょっと古いかもしれない。その世代ももう30歳に差し掛かってますからね。
ただ今の日本は、世代を問わずリスクを冒したくない人が増えすぎてしまっていると思うんです。もともと日本人自体がそんな面がありますが、宇宙なんてリスクそのものですから。この間前澤さんが宇宙に行きましたけど、それを斜めに見て、変なことをやっているよって言う人がいるじゃないですか。日本人にとって、まだ宇宙って“変な人が行く変な場所”なんですよ。
でもこれからは、普通の人が行く普通の場所になっていくだろうなと思って、このあとの世界を描きたかったというのはあります。この作品の宇宙は、普通の象徴であるコンビニやスマホがある場所なんです。
ーーそのふたつがあると、安全の象徴みたいな感じがしますよね。ひとつ聞きたかったのですが、美衣奈は、隕石がくるような危機的な状況にあっても、わりと陽気というか、危機感があまり感じられなかったのですが、これはどうしてですか?
磯:実際もそうだと思うんです。震災があっても、実際にそこに危機が迫るまでテレビを見ていたりする。隕石が近づいていたとしても、実際に目で見えるわけではないから、あんな感じなのかなぁと思いました。ただ、そこからじわじわ実感が湧いてくるというアプローチもやりたいと最初から思っていて、うまく行ったかなと思ってます。
宇宙は楽しいですよ。無重力だから遊びに来てください! コンビニもありますよって、商業宇宙ステーションはお客さんを呼ぼうとしているんですけど、実際に事故が起こると安全なはずだったのに!ってなる。そういうリアリティも、震災後の世界だから実感を持って見られると思うんです。楽しいことだけってそうそうないので。
ーー実は楽しいことだけが起こるアニメなのかなと思っていたんです。ただ実際は、大きな災害に見舞われるんですよね。
磯:そうですね。序盤で大事故が起こるんですけど、実は事故が起こらずに楽しい宇宙滞在だけを見せて終わったらどうなるだろう……、と試し書きしたバージョンもあったんですよ(笑)。日常系アニメしか見てないスタッフと話していて、無重力だったらこういうことが起こるよねとか、宇宙の日常ネタがその時いっぱい出来たんです。無重力トイレや無重力シャワーも出る予定だったんですけど、今回は残念ながら尺が足りなくて切ってしまいました。
まあ普通に考えると、事故ばかり起こっていたら宇宙になんて行きたくないじゃないですか(笑)。なんですけど、エンターテイメントとして考えたら、盛り上がっていかなければいけない。宇宙のリアルな描写もそうで、数字とか軌道に詳しいスタッフに色々聞いて、それなりに頑張ったのですが、リアルにすればするほどドキュメンタリーになってしまって、エンターテイメントから遠ざかるんですよね。そういう時は容赦なく捨てて、リアルじゃなくても面白い宇宙を選ぶように気をつけていました。
ーー宇宙ステーションで遊ぶというよりは、もっと冒険のような、未知のことが起こることをリアルに描いていったわけですね。
磯:たとえばガタガタ揺れたら安全ベルトをするとか、映像作品でよくある描写ですけど、隕石が当たったとしたら即死なので、宇宙に詳しい人によると安全ベルトすら無駄なんだそうです。ただ、それだと演出にはならないので、そこは押し切ってやっちゃう(笑)。だってこれはエンターテイメントだから。それでも、なるべく話を聞いて、聞いた上で却下してました。
『電脳コイル』もそういうところはありましたね。政府が、企業が……って話も出てくるけど、あくまで子供がテレビでそれを見たというだけの情報で登場するんです。だから宇宙もそういう感じで行けないだろうか、『電脳コイル』と同じ文脈で宇宙を見たらどう見えるのか、というのは考えながらやっています。
ーー細かい用語はわからないけど、起こっていることはわかるみたいな感じでしょうか。
磯:そうですね。よく分からない用語が出てきたら、そういう用語が出てきたなと思ってくれるシーンになればいいなと思いました。実際もそういう感じですよね? 国の借金がいくらとテレビで言ってても実感はない。そのくらいが我々の目と手が届く範囲で、その範囲での宇宙でどこまで描けるかな?っていう意味での冒険はしています(笑)。
ーーEMP(電磁パルス)とかわからなくても大丈夫なわけですね。
磯:そうです。EMPはアメリカのドラマ「24」で有名になった用語ですが、よくわからないけど面白いわけです(笑)。どんな人が見てもわかるようには作っていないけど、どんな人が見ても面白いようには作るよう、心がけました。