劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』幾原邦彦監督インタビュー|今の若者にこそ『輪るピングドラム』を見てほしい【連載第1回】
10年前のピュアさと、現在のうまさ
ーーメインキャスト4人(木村昴さん、木村良平さん、荒川美穂さん、三宅麻理恵さん)は10年ぶりの集結となりました。10年前と比べていかがでしょうか。
幾原:当時メインの4人は、(木村)良平くん以外みんなほぼ新人でしたからね。ピュアさがあったけれど、演技は追いついていなかったので、収録も一言ずつでした。今はみんな売れっ子だから場慣れしていて、そういう意味では全然違います。
ーー今回、TVシリーズの部分について、新録(再録)をしているのでしょうか?
幾原:TVシリーズの声をそのまま使っているところと、新録にするところで、バランスをとっています。当時のピュアさが全部なくなってしまうのは嫌で。今の4人のお芝居は、当時のピュアさを真似はできるけど、でもちょっとどうしても“何か”がないんですよね。それが何かははっきり言えないのですが、演技ができてしまうとなくなってしまうディテールがある。計算していない演技の中にある何かが、キャラクターのピュアさを構成していることがあるんです。
その一方で今回の新録は、ピュアさをある意味諦めるかわりに、前うまくいかなかった演技を今回やってみてもらえましたね。
ーー10年前と今回のアフレコで変わったことはありましたか。
幾原:当時は良平くんだけが主役をすでにやってて場慣れしてる。(木村)昴ははっきり言ってほとんど素人で、最初に1カ月くらい特訓をやったんですが、そこで「ダメだな」と思ったのを覚えています(笑)。
みんな演技プランを立ててもガチガチになってしまうし、プランが1つ2つくらいしかないので、「Aをやりました」「違います」「Bをやりました」「それも違う」「もうないです……」という感じになってしまう。それよりは素のままで、そのときに出てきたいちばん良いところを録りたいと思っていました。劇場版のアフレコはみんなうまくなっていますね。
『ピングドラム』のメッセージはより切実になっている
ーー10年前、TVシリーズの放映時、印象に残ったことはありますか?
幾原:TVシリーズは僕にとって、「SNSを使ってみんなで見る」という視聴体験を初めて実感した作品でした。Twitterがちょうど使われ始めた時期で、「ハッシュタグで実況する」という、アニメを同時に視聴する、新しい映像体験が生まれているなと。
これまでのアニメの見方って、個人的に録画したものを見たり、映像ソフトを見たりはしていたけど、「みんなで時間を共有して見る」ということはなかった。放送時、スタッフルームにテレビがなくて(笑)、僕たちは毎週ハッシュタグで放送を「見て」いました。
ーー実況文化でいうと、ニコニコ動画などもその前にありますね。
幾原:そうですね。ただ僕はあまり詳しくないんですが、ニコニコ動画でアニメを盛り上げていた人たちは、もう少しコアな層だったんじゃないかな? あの時期の作品は、インターネットの人たちが「俺たちが見つけたよね」と盛り上げていたように見えた。そのときも「PCでアニメを見るという体験があるんだ」という驚きはありましたが、そこから5年経ってSNSが登場して、さらに広い客層にとっての体験になっていったように感じます。
ーーその感覚が、作品作りに反映されていることはありますか?
幾原:「一斉に見られているんだ」という意識はありますね。『さらざんまい』では、「知ってる風景が出てくると良いんだな」という感触がありました。浅草のランドマークもそうだけど、もっとご当地的な、「このスーパーの裏口を知ってる!」という喜びがあるんだなと。
ーー10年前の作品にもう一度携わるというのは、監督にとってどういう感覚なのでしょうか? 同窓会のような……?
幾原:そんな余裕はなかったです。『ピングドラム』はディテールを作り込んでいる作品で、それを「映画」にできるだろうと直感では思っていたけれど、実際作業を始めてみたら、さっきお話ししたように想像していたより大変でした。無理かなと思うくらい。
でも、10年という節目で一回再構成して、今の若い人に見てもらいたい、タイトルを知ってもらいたいという思いでした。
ーー「今の若い人」に新しく届けたいと。
幾原:10年前はエッジが強くて、「ちょっと食べづらいな」と感じた人はいたと思っています。そんな当時は「エッジ」だった部分や世界観が、今では現実に接近しているように感じています。
生きづらさは当時からあったと思うんだけど、それぞれがよりどころにしている、学校だったり、会社だったり、家族のコミュニティの強度が弱くなっている。周辺のコミュニティの強度が弱くなっているから、なおさら家族というコミュニティを守ろうとする……というのは、今の若い人にとってより切実なんじゃないかな。
ーー社会の中で弱い場所に立っているから、家族というつながりを大事にしている……劇中での高倉兄弟妹ですね。
幾原:僕らの若者時代って、そんなに家族の重要度は高くなかったと思います。暑苦しいし鬱陶しいし早く家を出たいなと思っていた。高度成長期で世間がどんどん上り調子だったのもあって、自分たちの生活がある日突然壊れるという不安はなく、当然ずっと続くという感覚があった。一概には言えないけど、今の若い人は自分のコミュニティがいつ壊れるかわからないという不安を持っていて、だからこそ感度が高い気がするんですよ。
例えば一人暮らしとシェアハウスで、あえてシェアハウスを選んだりするじゃないですか。僕らの時代だと一人暮らしでいいじゃんと感じるけど、シェアハウスを求める気持ちの中には、コミュニティを求めているところがあるんだよね。会社というコミュニティだけじゃなくて、家に帰ったら誰かがいる。そういうのがいいんだろうなと。
ーーありがとうございました。最後に、今回初めて『ピングドラム』の世界に出会う方にメッセージをお願いします。
幾原:『ピングドラム』は、ある事情を抱えた子どもたちが擬似家族をつくるお話。今いろいろなコミュニティの強度が失われている中で、若い人にもすっと入ってくる話ではないかなと思います。
それから、後編のお話もすこし。主題歌はやくしまるえつこさんの新曲「僕の存在証明」ですが、たぶんこの「存在証明」というワードは、台本にも資料にもなかったはず。やくしまるさんはコンテや脚本を読み込んだ上で作詞をする人で、今回劇場版を通してテーマを一言で「存在証明」と表現してくれたんだと思います。前後編通して、「存在証明」とは一体なんなのかを見つけてもらえるとうれしいです。
[取材・文/青柳美帆子]
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『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM』作品情報
公開日:[前編]君の列車は生存戦略 2022年4月29日(金)/後編 2022年予定
STORY
これは、ある兄弟妹と、突然やってきたペンギンと、この世界の過去と未来についての物語であるーーー。
病気の妹・陽毬の命を救うため、謎のペンギン帽の命令により「ピングドラム」を探す高倉家の双子の兄弟・冠葉と晶馬。自身の運命を信じて日記に書かれた出来事を実現しつづける荻野目苹果。新たな運命を導くため萃果の日記を手に入れようとする夏芽真砂子。大切な運命の人を取り戻すために目的を果たそうとする多蕗桂樹と時籠ゆり。
彼らはそれぞれの運命と大切な人の為に「ピングドラム」を追い続けたのだった。
あれから10年ーーかつて運命を変える列車に乗り込んだ冠葉と晶馬が、運命の至る場所からひととき戻ってきた・・・。
『輪るピングドラム』とは?
2011年7月にテレビ放送されたオリジナルアニメ『輪るピングドラム』。星野リリィ原案による個性的なキャラクターたちや、「ピングドラム」とは何なのか?という謎が謎を呼ぶ展開、クリスタルワールドなどの独特のビジュアルを使用した世界観で、放送当時大きな話題を集めた。
やくしまるえつこメトロオーケストラとCoaltar of the deepersによる主題歌をはじめ、劇中キャラクターのTRIPLE HによるARBのカバー曲など、音楽面でも高い評価を得ており、今でも多くのアニメファンの間で語り継がれている。
STAFF
監督:幾原邦彦
副監督:武内宣之
原作:イクニチャウダー
キャラクター原案:星野リリィ
脚本:幾原邦彦・伊神貴世
キャラクターデザイン:西位輝実・川妻智美
色彩設計:辻田邦夫
美術:中村千恵子(スタジオ心)
アイコンデザイン:越阪部ワタル
CGディレクター: 越田祐史(スタジオポメロ)
VFX:田島太雄
撮影監督:荻原猛夫(グラフィニカ)
編集:黒澤雅之
音響監督:幾原邦彦・山田 陽
音響効果:三井友和
音楽:橋本由香利
音楽制作:キングレコード
アニメーション制作:ラパントラック
製作:ピングローブユニオン
配給:ムービック
CAST
高倉冠葉:木村昴
高倉晶馬:木村良平
高倉陽毬:荒川美穂
荻野目苹果:三宅麻理恵
多蕗桂樹:石田彰
時籠ゆり:能登麻美子
夏芽真砂子:堀江由衣
渡瀬眞悧:小泉豊
荻野目桃果:豊崎愛生
プリンチュペンギン:上坂すみれ
10周年特設サイト公式サイト
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幾原邦彦監督公式ツイッター(@ikuni_noise)
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