まだ奇跡は終わっていなかったーー未完の大作『シェンムー』のアニメ化は盲点? アニメ『Shenmue the Animation』芭月 涼役・松風雅也さんインタビュー
演じる涼はプレイヤーや視聴者の方自身。自分の分身のように感情移入してもらえる喜び
――演じる涼についての印象や魅力についてお聞かせください。
松風:このアニメの放送が始まってから、僕の芝居が「うまくなった」という人と「まったく変わらない」という人と評価が真っ二つに分かれて。でも、『シェンムー』以降にたくさんの役を演じてきて、また20年前と同じ芝居ができるのは1周回って、すごいのではないかという声もありました。
僕が今思うのは「涼は皆さんなんだな」と。声優として演じたり、モーションキャプチャーも担当させていただきましたが、プレイヤーの方々が感情移入してくれて、自分の分身のように思ってくれていることを改めて感じました。
また当時やっていておもしろかったのは、みんなが僕を動かしていることですね。涼が意志を持って右に動いたり、走ったりするのではなく、皆さんのコントローラー次第で。そんな主人公は普通いないし、まさにプレイヤーキャラなんだなって。アニメでも自分自身を投影しているキャラだからこそ、いろいろな見え方や評価が出てくるんでしょうね。
――個性的なキャラクターが多数登場しますが、気になるキャラクターは誰でしょうか。
松風:難しいですね。キャラクターの数も多いし、街の人たちも総勢2,000人もいますから。その街の人たちそれぞれに生活があって、ちゃんとタイムスケジュールも設定されていて。それを知った時は驚きを通り越して、恐ろしささえ感じました(笑)。
例えば、昼間にある場所で働いている人が夜になると酒場でくだをまいていたり。でもさすがに今回のアニメでは全部入れることはできないので、キャラクターをチョイスしています。『シェンムー』の人たち、作品の舞台になっている横須賀の街の人たちはすごく濃いので(笑)。そして掘り下げるレベルも絶妙なんですよね。
涼をアニキと慕う五郎と、「涼にいちゃん」と呼んでいる麻衣ちゃんをクローズアップしていますが、描かれなくても成立するかもしれないけど、しっかり描かれているんですよね。ゲームでもしつこくプレイしないと見られないシーンなのに(笑)。そんなバランス感覚も素晴らしいなと思います。
アニメは「懐かしさ」がコンセプト。テイストも80年代の雰囲気そのまま
――アニメ映像をご覧になった感想をお聞かせください。
松風:既に放送や配信が始まっていますが、反響や評判が良くて驚いています。映像を見た時、今の時代に合わせるのではなく、ゲームの世界観と同様にアニメのテイストも80年代の雰囲気のままに意識的にしているのかなと思いました。
実は『シェンムー3』のクラウドファンディングを始める時に裕さんから直接、電話で呼び出されて、一緒に飲むことになって。『シェンムー3』への協力のお願いと、「基本コンセプトに『懐かしさ』があるから、オリジナルのキャストさんに演じてもらおうと思っている」と言われたことを思い出しました。
OPとEDの映像もまさに「THEアニメ」という感じで、ED感があるED映像も久しぶりに見た気がします。あの水彩タッチのイラストやモノクロトーンの風景とさわやかな曲とか。むしろ今の若い方にとっては新しいのかも。
またゲームをプレイされているファンの方には「どうして?」というシーンが多いかもしれません。でも1つひとつに意図と理由があって、知り合いと見ていると、つい説明したくなっちゃうんですよね(笑)。
――ゲームの「ミステリー」・「アドベンチャー」・「アクション」の要素がしっかりアニメで詰め込まれていて、毎回、涼になった気分で謎を追っています。
松風:ありがとうございます。急展開の連続に驚いたり、今の時代の作品としてはちょっと古く感じることがあるかもしれません。それでも惹きつけられるのはキャラクター全員の人生がしっかり描かれているからかなと。シナリオの濃密さに加えて、『シェンムー』では元々、全員に裏設定があって、2,000人の行動パターンまで作られているアニメはたぶんないんじゃないかなと思います。
そしてディテールへのこだわりですね。OPに舞台の1つである白鹿村(はっかそん)。あの絵を作ろうとしたら、いったいいくらかかるやら。ハリウッド映画で本物の高価な着物を使ったりするのと近いのかも。
――アドベンチャーゲームでは聞き込みから情報を得て、次に進むという流れがありますが、このアニメでも涼がいろいろな人に会うことで次にすべきことへのヒントをつかんでいくので、アニメを見ながらもゲームをプレイしているような感覚がありました。
松風:ゲーム自体はリアルにし過ぎたせいで、丁寧じゃないから僕も全然クリアできなくて。最初に会うのが必要な山本さんがなかなか見つからなくて嫌になるみたいな(笑)。そんな経験をしているので、何もしないですさまじい勢いで物語が進んでいくアニメの『シェンムー』を見たら楽だなと、プレイしたことがある方は思うのでは?(笑)
――物語の舞台も横須賀から香港へと、世界を股にかけるわけですが、街の雑多な雰囲気とオリエンタルな劇伴がマッチして独特の異国感が見事に表現されています。
松風:横須賀同様、香港もめちゃめちゃ時間と労力をかけて、描かれているのがわかりますよね。またゲームが壮大すぎて、アニメでどこまで描かれるのか、果たして収まるのか、心配される方もいらっしゃると思いますが、エピソードやシーンのセレクトや切り取り方も素晴らしくて。どう着地するのか、期待しながら見ていただけたら。