『僕の心のヤバイやつ』連載インタビュー第4回:音楽担当・牛尾憲輔さん|「ふたりの歩くテンポを意識して曲を作っています。ふたりの歩くテンポはおおよそ0.5秒。0.5秒って音楽的には扱いやすい数字なんです」
尊死”続出で大反響! 今一番応援したくなる、青春初恋ラブコメがついに幕開け――『僕の心のヤバイやつ』がテレビ朝日系全国24局ネット“NUMAnimation”枠・BS朝日・CSテレ朝チャンネル1にて放送されています。
桜井のりお先生が『マンガクロス』(秋田書店)で連載中の『僕の心のヤバイやつ』は、SNSを中心に人気を集め、コミックス累計発行部数 300 万部を突破中の話題作です。
アニメイトタイムズでは連載インタビューを実施中。第4回に登場してくれたのは、音楽担当・牛尾憲輔さん。牛尾さんはTVアニメ『チェンソーマン』や『日本沈没2020』などの劇版やソロ・プロジェクトagraphの活動でも知られる音楽家です。『僕ヤバ』の繊細で淡い彩りをどのような想いで作っていったのかをうかがいました。
通学路を録音しながら歩いた
――『僕ヤバ』のご依頼をいただいたときのお気持ちや、作品に対するご印象を教えて下さい。
牛尾:僕があまりやったことのないテイストではあったので、最初は「できるのかな」という不安がありました。でもご依頼いただいてから原作を読み込み、「市川くんが主人公ならできるな」という手応えを感じました。
――それはどのようなところで感じたんです?
牛尾:アニメーションでは放送されていない部分なので詳しい言及は避けますが、あるお話の中にある市川くんの言葉に感動したんです。市川くんの頑張ってるところ、ひたむきな姿から劇伴のイメージが膨らんで「これなら頑張れるかも」と。
――赤城監督は市川くんの内面的な部分に共感されたようです。牛尾さんの場合はどうでしたか?
牛尾:それもあるかもしれません。僕は劇伴でいつもコンセプト・ワークを行っています。『僕ヤバ』のお仕事をいただいてから、僕の地元に帰って、中学校の通学路を録音しながら歩きコンセプトを練っていったのですが……曲がり角ごとに黒歴史が落ちていて死にそうになるっていう……(苦笑)。その時に「俺、そういえばジェルつけてたわ!」と突然思い出したんですよ。
――あー……同世代なので分かります、分かりますよ!
牛尾:つけましたよね(笑)。しかも前からつけていくから前だけパリパリになる。そういう世代ですからね。
――牛尾さんにもいわゆる黒歴史があったと。
牛尾:ありましたよ。目をつぶりながら音楽室でピアノ弾いてましたもん(笑)。『僕ヤバ』のお話をしていると、自分の黒歴史話につながってしまいますね。
こんな言い方をすると語弊があるかもしれませんが、こういう職業に就いてる人たちって、クラスの中心にいた人というより、教室のはじっこで鬱屈した日々を送っていた人が多いんじゃないかな。だから共感せざるを得ないというか。もちろん「山田さんかわいい」という視点もあるんですけど「市川くん、頑張れ!」と応援したくなる。「あの市川の素直さが俺にもあったらなぁ……」って思いました。「かわいい山田さんに好かれて羨ましい」というよりも「市川くんの性格が羨ましいな」と。
――分かります。市川は最初こそ鬱屈してましたけど、自分の気持ちには素直で。自分ならと考えると、もっと斜に構えてしまうかもしれない。
牛尾:そう。そしてその結果、今です(笑)。だからせめて、という僕の願いも込めつつ、ふたりを繊細に描きたいなと思って作りました。
足音のリズムが聴こえるような音楽に
――録音しながら歩くというのは、牛尾さんが他の作品でも行われているフィールド・レコーディングだと思いますが、その音はどこに使われているのでしょう?
牛尾:結局その音はあんまり使わなかったのですが、ヒントにはなっています。最初の打ち合わせのときに監督から「ふたりの歩くテンポ」を教えていただいたんです。
――そのお話を赤城監督もされていました。「彼らは1秒6コマくらいで、離れにくい感じでゆっくり歩きます」とお伝えしたと。
牛尾:具体的に言うと、おおよそ500ミリセカンド。つまり0.5秒くらい。0.5秒って音楽的には扱いやすい数字なんです。BPMが120だと一拍が500ミリセカンドになるから。
自分で録音したものを聴き返してみたら、ちょうどそのテンポのものがあったので、そのリズムを参考にしながらピアノを弾いて。そのときにイメージしていたのは、自転車を引く市川くんと、その横を歩く山田さん。わざとゆっくり歩くふたりのスピード感を大事にしたいなと思っていました。それがコンセプトのリズムになっています。
――今お話を聞きながらハッとしたのですが、自分の歩くスピードを意識したことがなかったので、数字にするとそういうものなのだなと。
牛尾:歩く音って結構面白いんですよ。二人で歩く場合は、4本の足があるから、4つ音があるんですよね。それが揃ったりズレたりしながら、リズミカルになっていく。それをBPM120で構成していくと音楽的になっていきます。足の音を効果的に使うというよりは、そのリズムが聴こえるような作り方にしたいなと思っていました。
――ではそれを元に、劇伴を作られていったのですか?
牛尾:それだけだと繊細になりすぎてしまうんですよね。例えば男子生徒が下ネタを話しているときにそれだけになっても、っていう。赤城監督や、音響監督の小沼さんも、繊細さとコミカルさが軸になるというお話をされていたので、その2軸で作っています。
――赤城監督は1話のラストの場面の一連の流れが最高だったとおっしゃっていました。
牛尾:あ、うれしいです。それがまさに、ふたりで歩くテンポで作った最たるものです。