第三期fripSideが放つ1年ぶりのニューアルバム『infinite Resonance 2』sat(八木沼悟志)・上杉真央・阿部寿世ロングインタビュー|「お客さんを置き去りにしないまま、今までやっていなかったことにもチャレンジしたい」
ふたりの異なる個性と相乗効果
――アニメイトタイムズでは現在の体制になってから初のインタビューになるので、少し遡ってお話をおうかがいさせてください。三期はツインボーカルで、というのは当初から決められていたのでしょうか。
sat:はい。南條さん卒業に際して、僕とレーベルのプロデューサーでいろいろなことを考えたときに、ツインボーカルだったらこれまでとは違う景色をお客さんに見せられるんじゃないかなと。それで現マネージャーとボーカル探しを……1年半くらいしていましたね。
――そして出会ったおふたりについて、satさんからご紹介もしていただけますか?
sat:姉となるのがmaoさん。一言で表現するなら……普段はのんびり屋で、歌うとビブラートがとっても上手です。僕が知り合ったのは彼女がまだ10代の時。僕が参加していた「リスアニ!」のオーディションをトップ通過して優勝しました。彼女の歌声を初めて聴いたときのインパクトはいまだに覚えているくらいです。荒削りながらも素質があるなと思い、1枚シングルを切って。そこからですよね。僕がプロデュースできなくなってから約10年、「アニソンシンガーになりたい」という夢を忘れずに、一般の職業をこなしながら努力を続けていて。その中で、fripSideの仮歌を担当してもらってもいました。第三期では、彼女の才能をお借りしようかなと。
で、もうひとりのhisayoさんとは、僕とはふたまわり以上離れています。彼女のお母さんは僕と同世代ですから、保護者の感覚です(笑)。もちろんそれだけじゃなく、対等な立場であるというか……ひとりのボーカリストとしてもリスペクトしています。彼女にとっては若干とっつきにくいところはあるかもしれないですけど。
hisayo:いやいや! そんなことないです!
sat:世代を越えて、ふたりとも良いビジネスパートナーになっています。ここには、20代、30代、40代全員いるので。僕はもうちょっとで50代になりますけど。
――(インタビュー時点では)satさんはもうすぐ誕生日ですよね。
sat:今月48歳になります。でもあと2年は40代なので。でもさ、その頃にはまだふたりとも20代、30代じゃん。40代をひとり入れるか(笑)。……というのは冗談として、hisayoさんの話の続きになりますが、彼女はある方の紹介で歌を聴く機会をいただきました。その時に「奇跡の、天性の歌声だな」と思って。その場で「素晴らしいですね」と言ったことを覚えています。
で、後日テストのためにふたりを呼んで。その時は「when chance strikes」(2019)と「final phase」(2020)を歌ってもらいました。ふたりが合わさった声を聴いたときに「よし、これだ!」と思ったんですよね。fripSideの楽曲をカバーしていただいているアーティストさんや、歌ってみたの動画をアップされてる方ってたくさんいますけど、やはりどこかfripSideとは違って。でもふたりが歌うと、fripSideになっちゃうんですよ。今はふたりとも頼もしいパートナーです。
今回のアルバムでも(セルフ)カバーがありますけど、そのうちの1曲が「final phase」で。ご縁がつながった曲でもあります。
――おふたりともsatさんのお言葉を真剣な表情で聞かれていましたが……。
hisayo:そう言っていただけると改めてうれしいなぁって。そのテストのときが“はじめまして”で……真央ちゃんと初めて会った時のことを思いだして「懐かしいなぁ」って思いました。
sat:あの時は俺がいちばん緊張していましたよ。
hisayo:えーっ!
sat:もしふたりが合わなかったら、と思うと緊張していました。俺は男の子だからさ、女の子のことはわからないから。もしギスギスしたらどうしようと(笑)。でもふたりは個性もキャラクター性もちょっと違うんですよね。それとmaoは天然なところがあるけど、懐の深さがあることも知ってたから。だから安心感はありましたね。今、ふたりが仲良くやっている姿を見ると「ああ、ふたりを選んで良かったな」と思います。
――ふたりが歌うとfripSideになるというお言葉がありましたが、第二期fripSideにインタビューした時、南條さんは当初「fripSideらしさ」に悩んだ時期があったというお話をされていましたよね。
sat:南條さんは途中から入ったボーカリストとしての苦悩があったんだと思います。ただ、南條さんと僕で「only my railgun」(2009)で大ヒットを飛ばした状況と、今の状況ってまた少し違うと思っていて。彼女はその時はまだ無名の声優さんでしたしね。
今改めて振り返ると……一期fripSideも人気ありましたけど、二期の「only my railgun」以降は世界が一変するくらいに変わって。その間、南條さんは一期の呪縛と戦って、乗り越えて……5年、10年という長いスパンで乗り越えていったんじゃないかなと僕は想像しています。ただ、このふたりは現代っ子なんですよ。「過去は過去で大切だけど、私たちは私たちだから、私たちの形で良い」という意志を垣間見ることができています。直接言葉として聞いたわけではないんですけどね。僕自身もふたりからエネルギーをもらってる気がします。良いチームになってきている気がしていますが(ふたりを見て)どうでしょうか。
mao:fripSideらしさってところは、去年の『infinite Resonance』と『double Decades』でさんざん悩み倒したところで。私たちは急ピッチでfripSideにならなければいけなくて。じゃあfripSideの歌ってなんだろう?って。いろいろな模索をして、擦り合わせがうまくいかず時にはレコーディングで壁にぶつかることもありました。
今でも私がfripSideのボーカリストとしてきちんとできているか、自分自身では分かっていないですけど……でもsatさんが「ふたりが歌ったらfripSideになる」と言ってくれたんだから、そこは自信を持って良いのかなって。私たちふたりのボーカルだからこそ歌える歌をこの先は模索していこうって気持ちが切り替わりました。それが前回と今作との大きな違いですね。
sat:うんうん。非常に良いと思います。
hisayo:自分たちがどうあるべきかは難しいですし、考えても答えが出ないところではあるんですけど……でも三期のボーカリストとしてsatさんが認めてくれたからには、あまりマイナスなことは考えなくて良いのかなと。それと、ひとりのボーカリストから、ツインボーカルのスタイルに変わったことも大きかったように思うんです。
sat:そこは大きいと思う。
hisayo:naoさんのことも、南條さんのこともとてもリスペクトしているんですが、satさんが言ってた通り、私たちは私たちらしくというのは常に心にありますね。言葉にするのは少しむずかしいんですけども。
sat:良いね。三期になって、改めて2人とfripSideを構築していく中で……僕が真にやりたかったこと、楽しいことが明確に見えてきたところがあるんです。「fripSideとはこうあるべきだ」というものが消えて、自由度が増した気もしています。チームのスタッフはほぼ二期から同じ人たちなんですけど、その人たちも同じ気持ちじゃないかな。水を得た魚のように楽しくやれています。
ただ、僕らがそう思っていても、お客さんの評価も大切だと思っているんですよね。fripSideと言えばこの3人って、100%そう思ってもらえるようになるにはまだまだ時間がかかるのかなと思っています。現にボーカルは南條さんだと思っている方も多いですから。でもその状況に僕らは悲観していなくて。むしろそれは当然だと思っています。
僕自身も、二期fripSideってやってることに対しての周りの反響が大きすぎたと思いますから。だから僕らの感覚をお客さんたちと共有できるまでにはもう少し時間がかかるかなと。そこは真摯に音楽と向き合いながら、やり続けるしかないなと思ってますね。
――やり続けることで、共鳴をしていくというか。
sat:そういうことだと思います。それと、もう少し捕捉すると……歌って個性があって。fripSideに入ったときの、僕のふたりの評価についてお話させていただくと、hisayoには歌声に癖がないんです。それが良さのひとつで、このひとはそのまま歌えばすぐに馴染むだろうな、と。それがhisayoの個性。で、maoは、良い意味で個性が強い。だから彼女が考えなしで歌ってしまうと、fripSideにとっては我が出すぎな歌声になってしまう。
最初の2枚では、それを叩いて潰して、という作業をやって……相当苦痛だったと思いますよ。でもfripSideとしての音を活かす時に、ちょっと我慢してもらわなきゃいけない局面はあって。だから当時はレコーディングにも時間がかかっていました。一方、hisayoはパッと終わっていて。それが今回のアルバムで逆転しました。maoのほうが早く終わるんです。しかも、自分の個性の出しどころを理解していて「ここでは私は個性を活かします」と言わんばかりに、メリハリをつけて飛び出してくる。それはこの1年で大きく変わったところです。ステージも同様で、そんなmaoを横目で見ているhisayoが、「私ももっと個性を出さなきゃいけない」と真似しはじめた。それが今回のアルバムに出ているのかなと思っています。
――尖った個性が出ているという意味でも、fripSideのトライアングル感が出ているというか。
sat:そうなんですよ。ツインボーカルは三期fripSideの強みでもあるので、相乗効果が生まれています。
――satさんが先程おっしゃっていた「真にやりたいこと」について、もう少し詳しくうかがっても?
sat:僕はやはり音楽家なので、ひたすら新しい音楽を生み出して、積み重ねていきたいと思っているんです。年々音楽家として成長しているように感じていて。いつ退化するかはわからないですけど(笑)。ふたりからものすごくエネルギーをもらってるんですよ。おかげでそれができています。やっぱりね、若さってすごいですよ。俺も若返りてえなあ(笑)。
――(笑)。それにしても、おふたりのレコーディングの時間が逆転したというのは面白いですね。maoさんについて「懐が深いところがある」とおっしゃっていましたが、それも影響しているのでしょうか。
sat:あるんじゃないですかね。彼女はピュアで誠実なんですよ。ふたりとも、実力があるのに誠実で、かつスポンジ的なところがあって、お互いの良いところをものすごく吸収していく。なかなかそういう逸材っていないんです。
mao:私からちょっといいですか?
sat:もちろん。
mao:前回のレコーディングを通して、「意外と負けず嫌いなんだな」と感じていたんです。私はレコーディングに時間が掛かっていて、寿世はすぐ終わってて。この差はなんなんだろう?って。これは半分冗談ですけど、時間が掛かれば掛かるほどスタジオ代もかかるじゃないですか(笑)。
sat:そこを考えるなんて、えらいねえ!(笑)
mao:スタジオの時間は有限ですから。私ばかりがレコーディングに時間をかけてしまうのは申し訳ないですし、私も負けたくないなと。それで「きっと寿世のこの歌い方がsatさんには刺さるんだろうな」とか、この1年、自分なりに研究し続けていたんです。その成果が出たのかなと思っています。
sat:僕がボーカルのディレクションで何を物差しにしているかというと、fripSideのお客さんなんです。「お客さんに最善のものを届けたい」。それだけなんです。でも「じゃあなにが最善な状態なのか?」と研究するのは大変なことで。地道に解釈して、タイムを縮めてきたというのは、大きな評価です。時間が逆転したとは言ったんですけど、hisayoさんはそもそもものすごく早いですよ。
hisayo:曲によりますけどね。
sat:厳密な話をすると……hisayoさんは「プロデューサーが求めてるものってこうでしょ」と察知する能力が高いんですよね。それってレコーディングの近道だから。もちろん早ければ良いって問題ではないんですけどね。正解はないので真摯に取り組んでいくしかないのかなと思っています。