主×執事×男装の異色アイドルユニット『xxLeCœur(ルクール)』のキャラクター像に迫るショート小説連載【第5回:ノエ】
~トラウマと解放~
主×執事×男装という異色の6人組アイドルユニット『xxLeCœur』が11月20日(水)、満を持して配信デビュー。Love it out loud(“好き”を恐れるな)をコンセプトに、現代社会で抑圧されがちな“本音”を音楽とパフォーマンスで体現する。
本連載で展開されるのは、それぞれのキャラクターが背負うトラウマを小説として綴った6つのオリジナルストーリー。第5回目の今回は、[執事]である“ノエ”の物語をお届けする。
――――xxLeCœur。“真の心”の仰せのままに。
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第5回 [執事]ノエ ~私に、声がなかったら~
レンガ造りの小ぢんまりとした民家の窓辺で、美しい歌声が聴こえる。
カーテンが風に揺れ、庇には鳥たちが集い、その声に心地よく耳を傾けているようだ。
郵便配達員はしばし足を止め、春の日差しのような柔らかな歌声に聴き惚れた。
「おっと、こんなことしてちゃいけない」
ようやく我に返ると、彼はその家の呼び鈴を押した。一体どんな人が出迎えるのだろう、そう胸を高鳴らせながら。
予想に反し、ドアを開けたのはまだ面差しにあどけなさを残す青年だった。褐色の肌につややかな黒髪とどんぐり眼。掘りも深くこのキルイスでは珍しい顔立ちだ。
「お届け物です。こちらにサインを」
配達員が荷物を手渡すと、彼は穏やかに微笑んでペンを取った。
「さっきここで歌っていた人は君のご家族の方?」
ペンを止めて彼はしばし配達員を見つめ、ふるふると首を振った。
「友達かな?」
また首を振る。それから彼は身振り手振りで何かを伝え始め、そこでようやく口がきけないのだと配達員は悟った。
「悪かったね。あまりにもきれいな歌声だったから、つい引き止めてしまった。それじゃ」
予期せぬ訪問客が敷地を出て姿が見えなくなったのを確認すると、ノエは一息ついて窓辺の椅子に座り、また歌い始めた。
と、鳥たちが再び並び集まり、合わせるように囀りだす。
ノエは手にした一本のターコイズグリーンの羽根を晴れた空に透かした。あの頃と変わらない、自由の色。今、どこの空を羽ばたいているのだろうか。そう思いを巡らせては、記憶はあの頃に、あの日に立ち返ってゆく。
物心ついた時から姉のミアと二人暮らしだった。両親は遠い異国の地にいるとだけ聞いていたが、それがどこなのか、ここからどれほど離れているのか、ノエは知らない。父が母がどんな顔をしているのか、どんな人たちなのか、それも知らない。けれど寂しいと思ったことはなかった。ノエのそばにはいつもミアがいたし、自分に注がれる愛情が足りないと感じることなど一度たりともありえなかった。
ノエは大のおしゃべり好きで、ミアについて回ってはいろんな話を、質問をした。
今日は魚売りのおばさん、ぎっくり腰で休みだって。
あの黒ブチの猫がやっと触らせてくれたよ。
髪が真っ黒で変だってヘレンが言うから殴ってやった。
姉さんはどんな一日だった?
そのあとどうなったの? どこに行ったの?
姉さんのこと、もっと聞かせてよ。
ミアは困り顔で笑いながらも、いつも劇の脚本みたいにその日の出来事を面白おかしく話して聞かせてくれた。
「それで私はこう言ってやったのよ」
「私の前じゃ敵いっこないわ」
「私の得意の技でね」
目を輝かせて話の続きを急かすノエ。
いつのまにかミアに倣ってノエは自分のことを「私」と呼ぶまでになっていた。男の子なんだからまだ早いと咎められたものの、当の本人は気にもしない。姉の話し方を真似てははしゃいでいた。
そんなノエだったが、ひとたび歌いだすと誰もがその美しい声音に足を止めた。ミアもノエの歌が大好きで、よく隣りで耳を傾けながら家事をしたり内職をしたりしたものだった。
ターコイズグリーンの羽根の主もこのとき家に棲みついた鳥だ。鳥かごを開け放していても不思議と必ず舞い戻ってくるこの鳥をミアはココと名付け、とても可愛がっていた。陽だまりみたいな日々だった。
ある日、国の機密部隊と言われる組織の一行がエリア視察のためにここロヴェルを訪れた時のことだった。
上官と思われる男の前を遮るように走って渡ろうとした子供たちが捕らえられ、その場で容赦なく叩きつけられたのだ。地面に体を打ちつけてもなお追い打ちをかけるように殴られ蹴られるのを、ノエは目の前で傍観しているわけにはいかなかった。ミアからいつもたくましい“物語”を聞いていたのもあっただろう。ミアが引き止めるのも顧みず、
「子供相手に何をしているのですか!」
声を張り上げた。気づいた時にはもう遅かった。声は当たり前にしっかりと男たちに届き、ノエは公衆の面前に引きずり出された。上官の合図で鞭が振り下ろされようとした時だ。
しゅんっと鋭く風を切る音に覚悟を決めて目をつむったノエだったが、それを追うはずの肌の痛みはなかった。鞭が何かを打った音は確かに聞こえたはずなのに……恐る恐る目を開けると、ミアがノエに覆いかぶさっていた。
「私の弟が大変な失礼を。どうぞこの子の代わりに私に罰をお与えください」
ミアの服は破れて肌が露出し、打たれた箇所がみるみる赤く膨れてゆく。男たちがにやりと笑うのをノエは見逃さなかった。羽虫をつまむようにノエから引きはがされ、ミアは無抵抗のまま鞭打たれた。何度も何度も。
裂かれた皮膚から真っ赤な血が滲み出る。
肌を打つ音が辺りに響き渡るのを、皆俯いて聞いているばかりだ。
ノエもまた、ミアからだんだんと体温が失われていくのを、身を固くし見ていることしかできなかった。怖かった。ただただ怖かった。
どれくらい時間が経ったか分からない。血しぶきの真ん中でやがて動かなくなったミアは、見せしめに連れ去られていった。印のような血痕を頼りに一行の後を追おうとしても、町人たちが全力でノエを引き止めた。
「君を守るために彼女はそうしたのだ」と。
その言葉は何よりも鋭い鞭となってノエを打ちのめした。
くだらない正義感であんなことをしなければ。あの時姉さんの言うことを聞いて口を噤んでさえいれば。この声を発していなければ……!
“私に、声がなかったら”
うなだれるノエの遥か上を、ターコイズグリーンの鳥が飛び去っていった。
二人の陽だまりの家には、その一本の羽根だけが今も残されている。
よく晴れた、いつもの午後のことだった。
キルイス国、ルシャンブル特別区。
燃え盛る炎がごうごうと音を立て、室内を焼き尽くしてゆく。
想像を絶する灼熱と朦朧とする意識の中で、自分の名前を呼ぶ声がする。
ああ、これは大好きな人の声だ。
ねえ、待って。僕を置いていかないで。
「おまえは生きろ」
その声の主は、最後に云って、火の中に消えた。
<続>
リリース情報
xxLeCœur(ルクール)
デビュー・デジタルシングル「ボナペティ」
主×執事×男装という異色の6人組アイドルユニット『xxLeCœur(ルクール)』が11月20日(水)、満を持して配信デビュー。
楽曲は、起承転結のある日本らしい歌メロにどこか浮遊感、サイコ、ミステリアスなアプローチを織り交ぜ、北欧エレクトロをベースとしつつも今までにないダンスミュージック“Dark Dreamy”というジャンルを提唱していく。
圧倒的ビジュアルと男装の神秘性、そしてダークで耽美な唯一無二の世界観に、リスナーもきっと魅了されるはずだ。
★2024年11月20日(水)より各種配信サイトにて配信開始!
作詞:矢作綾加
作曲:高慶"CO-K"卓史/イワツボコーダイ/細見遼太郎
編曲:高慶"CO-K"卓史/細見遼太郎
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