主×執事×男装の異色アイドルユニット『xxLeCœur(ルクール)』のキャラクター像に迫るショート小説連載【第4回:ルネ】
~トラウマと解放~
主×執事×男装という異色の6人組アイドルユニット『xxLeCœur』が11月20日(水)、満を持して配信デビュー。Love it out loud(“好き”を恐れるな)をコンセプトに、現代社会で抑圧されがちな“本音”を音楽とパフォーマンスで体現する。
本連載で展開されるのは、それぞれのキャラクターが背負うトラウマを小説として綴った6つのオリジナルストーリー。 第4回目の今回は、[執事]である“ルネ”の物語をお届けする。
――――xxLeCœur。"真の心"の仰せのままに。
前回はこちら
第4回 [執事]ルネ ~私の代わりに夢を見て~
ああ、やってしまった。
息を切らしながらルネは思った。
小脇にパンを抱えて、こんな粗末な小麦の塊のために全てを投げ打つなんて、我ながら馬鹿みたいだなと思う。
でも、仕方ないのだ。
お腹が空いて、仕方がなかったのだ。
「こら待て!」
怒号がすぐ背後から聞こえる。ひとたび捕まってしまえば詰むだろう。真面目に捧げてきた労働も、貧しいながらも屋根のある生活も、あらゆる理不尽を堪えてきた時間も、全て無に帰す。
上等じゃないか、ルネはほくそ笑んだ。でもそれは今じゃないし、奪うのはこいつじゃない。
ルネは小さな体を器用に翻して物影に身を隠した。
「どこ行きやがった」
だんだんと近づく足音を聞きながら息を潜めていると、すぐそこで少女の声がした。
「おじさん、もしかしてパンを持って走ってた男の子探してる? 彼ならあっちの路地に入っていったわよ」
それがソエルとの出会いだった。
「なんで助けてくれたの? 僕なんて助けたところで何の得にもならないのに」
二人は工場の密集する区画を走り抜けて、見晴らしのいい高台に並んで腰を降ろした。
見晴らしのいいといっても、ぼろ臭いトタン屋根がどこまでも連なって、その上をカラスが徘徊しているだけだけれど。
「なんでだろね。なんとなく。もし時間が戻ってまた同じ状況になったら、助けてないかも」
白い歯を大胆に見せてソエルは無邪気に笑った。
聞けば遠い異国から難民として流れ着いたとのことで、体の弱い母と二人、ぎりぎりの生活を守るための働きづめの日々。このスラムでは誰もが同じような事情を抱えている。
ルネも両親を亡くしてからは様々な職場を掛け持ちしてどうにか食いつないできた。先ほどパンを盗んだ店の所属する区画ではもう働けないから、明日から他を当てにしなければならない。この追い込まれた状況にも関わらず、ルネはどこか清々しかった。
パンを盗まなければソエルには出会えなかった。そんな予感めいた都合のいい解釈が、やけに腑に落ちたのだ。
それから二人は仕事の後に落ち合っては、いろんな話をした。ソエルが包み隠さず自分のことを話してくれるので、ルネもこれまで誰にも言えなかったことすら臆することなく打ち明けることができた。
ぼろきれのようにすり減って死んだ両親のこと、文字通り泥水をすすって過ごした日々、今も増えるばかりで消えない傷痕、周りから気味悪がられる、この笑顔。
「笑顔?」
「うん。泣いたり不貞腐れたりすると店主に殴られるから、いつも笑顔を張り付けてるようになったんだ。こんなふうに」
ルネはぐっと口角を上げてソエルに顔を向けた。
「変な顔!」
ソエルは甲高い声で笑って、ルネも笑った。そして二人で芝生に倒れ込んだ。星のない夜空に白銀の満月が浮かんでいた。
「私ね、いつか踊り子になるのが夢なの」
「踊り子?」
「うん。昔キルイスに来る前、舞台に連れていってもらったことがあってね。その時の踊り子さんが本当に素敵で、ずっと憧れなんだ」
その横顔に月の光が落ちる。
「こんなところにいたら夢なんて一生叶わないよ」
「夢ならいくら見たってタダなんだからいいじゃない。お腹いっぱいにはならないけどね!」
ソエルは身を起こし、おもむろに芝生を駆けだした。そしてしなやかに身を舞わせながら踊った。月の光の中で踊る彼女の姿があまりにも美しくて、ルネは一瞬で目を奪われた。
「ああ、そうか」
「何が?」
「いや、君は夢を見なきゃいけない人なんだなって」
「何それ」
ソエルの柔らかな笑顔がルネの瞼の裏に焼き付いた。
来る日も来る日もルネはソエルが夜空の下で舞い踊るのを見守った。それは二人だけの神聖な儀式のようで、絆のようで、祈りだったようにも思う。
数日後、あまりにもあっけなく、ソエルはこの世を去った。
ルネを逃がした一連の出来事がパン屋の店主に知られ、激しい暴力を振るわれた際に頭を打ったのだという。
眼前が真っ白になった。何も考えられなかった。あの時、一瞬でも清々しい気持ちになった自分を殴り殺してやりたかった。
“もし時間が戻ってまた同じ状況になったら、助けてないかも”
そうだよ、それでよかったのに。でもこの現実では、時間は戻らない。
呆然自失で立ち尽くすルネの前に、事件を通報した通行人が現れた。
「君に言付けだ。彼女が亡くなる直前、僕が預かった」
「え……?」
「私の代わりに夢を見て、と」
ルネはその場で泣き崩れた。
違う。僕じゃない。夢を見るのは君だ、君じゃないといけないのに。
僕のせいで――。
どれくらいの時間が経っただろう。気づくとあの高台の芝生の上にいた。赤黒い不気味な月が無表情にルネを見下ろしている。何も照らしはしない。
半ば無意識にルネは立ち上がり、自身をソエルの姿に重ねた。両手を広げ、地を蹴り上げ、宙を舞う。生暖かい風が頬を撫でる。
ソエル、君はどんなふうに踊っていたっけ。ありありと目に浮かぶのに、体がそれを拒むように重い。
朽ちかけた建物のガラス窓に自分の姿が映り、ぞっとした。貼り付けの卑屈な笑みが薄闇に浮かんでいる。
「おまえはなぜ生きている」
不意に耳元で囁く声が聞こえた。女とも男とも誰のものともつかない声。
「おまえだけ、なぜ生きながらえる」
“僕だけ、なぜ生きながらえる”
「おまえを助けたせいだ」
“僕を助けたせいだ”
「天罰がくだった」
“天罰がくだった”
「おまえのせいで彼女は死んだ」
“僕のせいで彼女は死んだ”
「僕のせいで、ソエルは死んだ」
ガラス窓に映る自分の姿はいつのまにかソエルに為り代わっていた。
そのつま先から上に向かって、全身が紅い血に染められてゆく。やがて彼女はにこりと微笑んで言った。
「あなたなんて助けなければよかった」
キルイス国、ロヴェル市。
褐色の肌に鞭が打たれ、裂かれた皮膚から真っ赤な血が滲み出る。
何度も、何度も、皮が肌を打つ音が辺りに響き渡るのを間近で聞きながら、皆俯いて止めようとさえしない。
彼もまた、誰より大切な姉からだんだんと体温が失われていくのを、身を固くし見ていることしか許されなかった。
<続>
リリース情報
xxLeCœur(ルクール)
デビュー・デジタルシングル「ボナペティ」
主×執事×男装という異色の6人組アイドルユニット『xxLeCœur(ルクール)』が11月20日(水)、満を持して配信デビュー。
楽曲は、起承転結のある日本らしい歌メロにどこか浮遊感、サイコ、ミステリアスなアプローチを織り交ぜ、北欧エレクトロをベースとしつつも今までにないダンスミュージック"Dark Dreamy"というジャンルを提唱していく。
圧倒的ビジュアルと男装の神秘性、そしてダークで耽美な唯一無二の世界観に、リスナーもきっと魅了されるはずだ。
★2024年11月20日(水)より各種配信サイトにて配信開始!
作詞:矢作綾加
作曲:高慶"CO-K"卓史/イワツボコーダイ/細見遼太郎
編曲:高慶"CO-K"卓史 /細見遼太郎
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