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- わたなべみきこ
- 出産を機にライターになる。『シャーマンキング』『鋼の錬金術師』『アイドリッシュセブン』と好きなジャンルは様々。

マンガ誌アプリ「少年ジャンプ+」にて連載中の高校野球漫画『忘却バッテリー』。中学時代に“怪物バッテリー”として名を馳せた投手・清峰葉流火と捕手・要圭が、要が記憶喪失になったことで野球部のない都立高校に入学し、かつて自分達が挫折を味わわせた球児たちと出会い、再び野球に打ち込む物語です。
球児たちに立ちはだかるシビアな問題が丁寧に描写される一方、男子高校生らしいギャグたっぷりの日常も描かれ、そのギャップが魅力の本作。2027年に予定されているアニメ2期の放送を心待ちにしているファンも多いことでしょう。
そんな本作を象徴するキャラクターと言えば、やはり要圭。冷静沈着でカリスマ性さえ持つ智将と突き抜けたアホ(通称:圭ちゃん、恥将など)という真逆の人格を持つ要。本作のギャグ要素の大部分を担う一方で、同じくらいシリアスな部分も担っている奥深い人物です。
本稿では、その魅力に迫っていきたいと思います。彼の生い立ちを振り返ると、見えてくるのはどこまでも優しい人柄。自己犠牲さえも厭わないほどの優しさが魅力である一方、その優しさが彼を精神的に追い込むことになってしまいました。
※本稿にはネタバレ要素が含まれます。
智将と呼ばれていた頃の要は、中学生離れした冷静沈着なリードで勝利をもぎ取る切れ者キャッチャーでした。天才投手・清峰葉流火のどんな球でも捕球し、唯我独尊な清峰を唯一コントロールできる人物でもあります。
他者に厳しく、それ以上に己に厳しい努力家で、指導力もピカイチ。カリスマ性もあるため、一選手ながらチームを率いることもでき、まさに怪物級に完璧なキャッチャーと言えるでしょう。
そんな彼は記憶喪失となったことで一転してアホに。野球のことをすっかり忘れ、自宅から近くて女子が可愛いという理由から都立小手指高校に入学しました。アホな要にクールで冷静な智将の面影は微塵もなく、自慢の一発ギャグ「パイ毛~!」は場を凍らせるほどのスベりよう。
自分に甘く、嫌々始めたせいもあって野球の練習はすぐにサボってお菓子を食べてしまいますし、そんなだらしないところをチームメイトの藤堂や千早からは呆れられ、きつめにツッコまれたりおちょくられたりと、何かと遊ばれがち。
しかしながら、それは表面上だけの話。藤堂や千早をはじめチームメイト全員が心の内では要には一目置いています。それはアホになってしまった彼が、ただアホなだけではないからです。
普段はおちゃらけたり、ふざけているような言動ばかりの要。しかし、彼の観察眼や人の心境を察する力、根底にある優しい人柄は記憶を失っても変わっていません。
例えば、イップス(一塁への送球難)で苦しむ藤堂に対し、清峰が「努力が足りないんじゃないのか」と言い放った時のこと。藤堂の気持ちを一切慮ることのない清峰の発言に場は凍り付き、全員が口をつぐんでしまいます。そんな中、要だけが口を開き「人の努力否定すんの禁止な」と清峰をはっきりと窘めたのです。
この時の要の表情は、いつもの柔和な表情とは違い真剣そのもので、さながら智将のよう。それだけ譲れないこと、許せないことであったことがひしひしと伝わってきます。
言い訳ひとつせず清峰の言葉を受け止めていた藤堂は、要のこの言葉にとても救われたはず。緊張が走った場の空気もこの一言で和らぎ、結果“ワンバン送球”という打開策に辿り着くことができました。
また、氷河高校との初めての練習試合で2年生部員・土屋の捕球エラーによって勝ち越されてしまい、ベンチの空気が悪くなってしまったときも、「エラーって運みたいなモンじゃん?」「つっちー先輩練習頑張ったしさ」「たまたまでしょ~こんなの」と要はあっけらかんと言ってのけます。
さらに、エラーに腹を立てて不機嫌になっていると思われていた清峰が、エラーのことを覚えてさえおらず、打たれた自分に腹を立てていたと知ると、「言葉少なすぎ」「空気読めなすぎ態度悪すぎ」「一人で勝手にイライラしすぎ」「直すべし」と、この時もしっかり清峰を叱っていました。
しかし、注意はしても最後は「どうせなら良い方向にしようぜ」と明るく話をまとめており、ベンチの空気はすっかり良いものに。彼の言動によって重苦しい雰囲気が一掃されたのです。
智将としての手腕や野球技術は記憶と共に失ってはいるものの、要がチームのムードメーカーであることは間違いなく、また、それをさして意図せずやってのけているところも彼の凄いところ。柔らかさを感じるその笑顔も周囲の心を解してくれます。
藤堂や千早だけでなく、チームメイト全員がそんな要の優しさに触れ、人知れず救われた思いになっていることでしょう。だからこそ、野球素人同然の状態であっても仲間たちや我々読者は彼のことを愛さずにいられないのです。
要の魅力がその優しさだということは確かなのですが、要圭を語るならばその優しさが彼に残酷な運命をもたらしたことにも触れなければいけません。
中学時代には智将と呼ばれていた要でしたが、元々は現在のようなアホでだらしない子供でした。小学生の頃、要は家が近所だった清峰にキャッチボールを教え、それを機に野球の楽しさに目覚めた清峰と共にリトルリーグに入団します。
ところが、入って2日で練習のきつさに音を上げ、辞めることを決意。しかし、清峰から「圭ちゃんとやりたい」と言われると断ることができません。これも彼の優しさからくるものでしょうね。
久しぶりに清峰の投球練習に付き合った要は、その投球フォームが乱れていることに気が付きます。原因は無責任な大人たちの善意によるもの。誰の目から見ても才能があるとわかる清峰の元には自然とたくさんの大人が集まり、良かれと思ってアドバイスを送っていましたが、それらを素直に聞いた結果、フォームが崩れてしまっていました。
そのことに気づいた要は「自分が“絶対”正しいから」と最初のフォームに戻すよう進言。その日の夜怖くて眠れなかったと言う要。「絶対」と言い切った責任の重さを強く感じていたためです。まだ幼い小学生なのにそんなに責任感を感じられるなんて……本当に良い子なのだなと感じます。
そこからは清峰の信頼を裏切らないために、野球の猛勉強に打ち込むことに。辞めたい、キツイ、でもがんばる!──そう繰り返しながら、練習と勉強を重ねる要。
本当は怠けたい気持ちを叱咤して努力を重ねるその原動力もまた、彼の優しさと責任感だと私は感じています。次第にそれが当たり前となり、智将へと成長していくわけですが、本来の性格を変えてしまうほどの頑張りは精神的な負荷もきっと多かったことでしょう……。
才能に恵まれた天才投手・清峰といっしょに野球を続けるために、必死で努力を積み重ね、中学生で智将と呼ばれるようになった要。
しかし、端から見ているチームメイトの多くがその努力を知らず、要のことも「天才だから」と自分達と一線を引いて見るように。さらに、良かれと思ってアドバイスしても耳に痛い正論がゆえに煙たがられるようになってしまいます。
だからといって、要が自身の努力をアピールするようなことはもちろんなく、涼しい顔でまた一人努力を重ねるだけ。ですが、ここで思い出してほしいのは、本来要は博愛主義ともいえる性格であるということ。
原作第3話では、記憶喪失後のアホになった高校生の要が出会ったばかりで自分を嫌う藤堂と千早に対し「僕を嫌いにならないでください」「人に嫌われてると思うと食が細くなるし夜眠れなくなってしまう」と土下座して泣きながら話すシーンが描かれています。
初めて読んだときには要のあまりの必死さと過剰な物言いに笑ってしまったのですが、これが本心だとしたら……。チームメイトに嫌われた中で続ける野球は苦しくて仕方なかったのではないでしょうか。
先述の通り、人の心境を察することに長けているだけに、同じように孤立していた清峰に比べてもより辛い状況だったことは想像に難くありません。実際、要はシニア時代の監督から、相手打者の気持ちを汲んで同情してしまい、それが敗因となったことを叱責されています。本来ならば対戦相手にさえ優しさを向けるような人物なのです。
また、記憶喪失になってしまった要の一発芸“パイ毛”も、実は智将時代に中学のクラスメイトがやっていたもの。その当時は、たくさんの友達に囲まれて楽しそうに騒ぐ同級生たちを一歩引いたような目で眺めていた要。
ですが、記憶喪失になってから自らその芸を真似てやるようになったところを見ると、内心ではとても羨ましく思っていたのだろうことが推測できます。本当は要も友達といっしょにバカ騒ぎしたかったのでしょうね……。くだらない一発芸だと思っていたパイ毛にこんな重い過去が秘められていたとは思いもしませんでした……。
そんな人柄であるにもかかわらず、捕手のポジションに座り、清峰の球を打てず絶望する相手打者の苦しい表情を数え切れないほど見てきた要。高みを目指せば目指すほど厳しくなる勝負の世界に身を置くにはあまりに優しすぎるんですよね……。
それでもなお、彼が頑張り続けられたのは、清峰と共に野球の名門校に進学し、甲子園に出場、さらには優勝するという夢、そして清峰葉流火と言う天才投手を未来に送り届けるという目標があったからでした。
類まれなる努力の結果、智将と呼ばれるまでになったものの、その頃には野球が楽しいという感覚はなくなっていた要。それでも、清峰と2人で強豪校に進学し、甲子園に出場し優勝を果たすという目標を見据え、頑張り続けていました。
そして、ついに甲子園常連校の帝徳高校をはじめ、数多の強豪校から声がかかり、さらにはプロ養成所と謳われる大阪陽盟館高校からもスカウトの声が。念願の陽盟館高校から声がかかったことで、自分の努力が認められ、これまでの苦労が全て報われたような気持ちになった要。
私はこの時の笑顔がとても印象的でした。智将らしい普段の大人びた表情とは違い、年相応の中学生らしい純粋で可愛い笑顔なんですよね。こちらが素の要圭なんですよ。智将は要が頑張って演じている姿であって、素の彼は笑顔の可愛い中学生の男の子に他ならないことがよくわかります。
しかし、そんな喜びを感じられたのもつかの間。チームの監督が「陽盟館の監督が清峰のバーターとしてノーマークだった要を入れることにした」と話していたのを要は偶然聞いてしまいます。こんなに頑張っている子が何でこんな不運に見舞われてしまうんだ……。
一度は夢が叶ったと思わされたがゆえに、そうではなかったと知った絶望感は計り知れず、このシーンは読んでいて本当に胸が苦しくなりました。
話を聞いてしまったときの諦めたような、何かを悟ったような表情……「仕方ない」「しいて言うなら…俺の努力不足だ」と必死に言い聞かせて自分を納得させようとするも涙が溢れて止まらないシーン……。
本当の自分を殺してまで積み上げてきた努力が報われないなんて、神様はなぜそんなに酷いことができるのでしょうか。このことが引き金となり、今まで蓄積していた精神的負荷が限界を迎え、要は記憶喪失となってしまったのです。
高校生となった要は大事な試合の最中にこのことを思い出します。その時に頭にちらついたのは「清峰葉流火と出会わなければよかった」という思い。清峰はバッテリーである以前に大切な幼馴染。そんな清峰にさえそう思ってしまうほど、苦しかったんですよね。
ですが、そこで終わらないのが要圭。自分が本当に忘れたかったものは、大切な幼馴染との出会いをなかったことにしたいと、ほんの一瞬でも願ってしまった自分自身だったことも思い出したのです。
記憶を失い、小手指高校に進学したことで、小学生の頃のように清峰やチームメイトと楽しい野球ができるようになった要。目標だった陽盟館高校での野球は叶わなかったものの、優しくラブ&ピースな彼にとってはこの選択が最適解だったと思わずにいられません。
小手指高校に入って初めて智将が現れたときのこと(原作第20話)。以前戦って勝った相手のことを一切覚えていなかった清峰に対し、要は藤堂、千早、山田のことを所属チーム含めて全員覚えていました。
このこともまた、要の優しさに起因する部分だと私は感じています。もちろん、智将ならば対戦相手のことは徹底的に調べて頭に叩き込むのだとは思いますが、試合が終われば忘れてしまっていてもおかしくありません。
特に(こう言ってはなんですが)強豪校から声がかからない山田でさえ覚えているのですから、彼がこれまで負かしてきた相手をすべて覚えている可能性もあります。それは相手のことを単なる対戦相手ではなく、一人の人間として見ているからではないでしょうか。
その一方で要はシニア時代、清峰に「敗者は全員忘れろ」と言っています。清峰は圧倒的な強さを持つあまりに敗者から逆恨みや八つ当たりされることも多かったため、そんなものに振り回されないようにと配慮してのことです。その言葉に従い、清峰は敗者を誰も覚えていませんでした。
私は、要が対戦相手を覚えていない清峰の分も背負うかのように、負かした相手のことを覚えているように感じられてなりません。それもこれも清峰と言う天才を未来に送り届けることを使命としているためなのでしょう。ですが、敗者を敗者として忘れ去ることはできないのですから、本当に不器用で優しすぎる人だと思います。
幼少期から現在に至るまで、様々な人格を経ていますが、根底ある優しい人柄だけは変わることのない要。そんな優しさこそが要圭という人物最大の魅力だと私は断言します!
原作第13話で要が、智将の頃のような自分に戻ってほしいかと清峰に訊ねたところ、「べつに 圭は圭だから」と清峰は返答しました。
藤堂と千早は全く同意できない様子でしたが、私は清峰にとって智将である要もアホになった要も同じだと感じているのではないかと思いました。
先述の通り、ふたつの人格に共通するのは優しさです。清峰は要の性格の根底が変わっていないことを感じ取っており、それが「圭は圭だから」という言葉に繋がっているのではないでしょうか。
記憶が無くても、人格がまるで違っていても、根本にある優しい人柄は変わっていないため、圭ならまたあんな風に野球ができるようになる、俺の球も捕ってくれる、と心からの信頼が揺らがないのだと思います。幼い頃から築いてきた強い信頼関係を感じます……!
また、清峰が要以外の捕手を嫌がるのも、幼少期の経験によるものだと私は考えています。
幼い頃から目に見えて才能のあった清峰の元に寄ってきた多くの大人たちと彼らの助言。しかし、その全てが無責任なもので、結果として彼はフォームが崩れて一時的に投球の質が悪くなっていました。
ですが、要はそんな大人たちとはまるで違い、強い責任感をもち、清峰の何倍も勉強し、練習にも励み、アドバイスをくれる友達です。要以上に清峰を大事に思う人なんていないでしょうし、そんな要を差し置いて他の人に捕手を任せたいとは到底思えないでしょう。
シニア時代の監督は清峰のことを「あれは変なところがあってな 要がいないとダメなんだよ」と言っていましたが、全然変ではないのです。無責任な他人が群がってきた結果、そうなるべくしてなったのだと声を大にして言いたい!
清峰からの厚い信頼は、要の優しさや責任感といった人柄によって築かれた唯一無二の尊いものなのです。
全く違う二つの人格が根底にある優しさで繋がっている要圭。現在はひとつの身体でそれぞれの人格が適宜入れ替わっている状態で、今後彼がどのようになっていくのかに注目しているファンも多いことでしょう。
二つの人格が統合されていくのでは? と推測している読者もいらっしゃるようです。互いの短所を補うような性格の智将と圭ちゃん(アホ)を合わせれば、最強の捕手になること間違いなし!
清峰の情緒的成長も相まって、小手指野球部は向かうところ敵なしになるのではないでしょうか! 要のことを歯牙にもかけていない大阪陽盟館高校の監督・亀田に目にもの見せてほしいですね!!
……それと同時に、記憶を失ってしまうほど苦しい野球を経験した要には、今度こそ大好きな仲間と共に最後まで楽しいと思える野球をやってほしいと願うばかりです。要圭に幸あれ!