読めばより深く世界を理解できる──ファンブックとしても高い完成度となった『フィルムコミック 東のエデン』の魅力をレビュー!
もし、100億円で日本を変えろと迫られたのなら……。
未曾有の不景気と混迷する社会情勢、ため息ばかりが出る毎日。2009年4月からフジテレビの『ノイタミナ』枠で放送された『東のエデン』は、そんな日本を変えるゲームに参加することを強要された青年、滝沢朗と偶然から彼と出会った少女、森美咲との11日間の交流を描いた作品だ。
監督に『攻殻機動隊 S.A.C』シリーズ、『精霊の守り人』の神山健治氏を、キャラクターデザインに『ハチミツとクローバー』で知られる羽海野チカさんを、それぞれ起用して製作された本作。さまざまな社会問題に切り込みつつも、俗にニートと呼ばれるような、どこか世の中にシラケてしまった世相への期待感などメッセージ性に溢れている。さらに、魅力的なキャラクターとProduction I.Gならではの映像美は、神山監督の演出の妙もあいまって多くの支持を集めた。
そんな『東のエデン』のすべてのエッセンスを詰め込んだフィルムコミックが、扶桑社から発売。スタッフによる詳細な解説、作品の魅力を余すところ無く再現した本編は、まさにフィルムコミックを超えた必読本とも言うべき内容となっている。
●複雑な設定を解説する構成でより深く理解!
謎の人物“Mr. OUTSIDE”によって選ばれた12人の人々。“セレソン”と呼ばれる彼らは、それぞれ100億の資金を与えられ、「行き詰まりつつある日本社会を救う」ことを命じられた存在である。だが、彼らに資金を自由に使う権限は与えられておらず、特殊なノブレス携帯を通じてパートナー“ジュイス”にさまざまな要求を行うことしか出来ない。そして、資金を使い果たした者、あるいは日本を救うに相応しくないと判断された者は、“サポーター”と呼ばれる人物に抹殺されてしまう。
主人公、滝沢 朗もまた、この “セレソン”であった。だが、彼は記憶を失っており、そうしたルールや自分が今まで何をしてきたのかすら思い出すことができない……。
このミステリアスかつ複雑な設定は、アニメ本編での滝沢の活躍を通して断片的に理解するしかなかった。だが、『フィルムコミック 東のエデン』では、特集記事としてこれらの謎を分かりやすく、かつ簡潔に扱っており、作品背景を知る大きな助けとなっている。
各話の最後に入る解説パートも魅力的だ。それぞれの話を象徴する可愛らしいPOP(これは咲が、滝沢との11日間を振り返って描いているという設定である)と共に語られる、作品の深いテーマ性へと切り込んだ解説は、後述する注釈と合わせ、アニメ本編を見ただけでは辿り着けない、深い理解を与えてくれることだろう。
特に滝沢を含めた“セレソン”の成そうとしたこと、そして滝沢と咲との微細な心の動きを知ることは、アニメ本編を見た際に一層の共感を呼ぶことになるに違いない。
●ファンブックとしても高い完成度。これを読めば映画通になれる!?
この本のもう一つの大きな魅力が、コミックス部分全ページにわたって付属している注釈だろう。作品の理解やシーンのテーマに奥行きを持たせる解説のほか、スタッフのちょっとした遊び心など、さまざまな情報が書かれ読む者を楽しませてくれる。
特に映画通にとって楽しいのは、作中行われている数々の名画へのオマージュの解説だろう。たとえば第1話で主人公、滝沢 朗が「全裸で拳銃を持った姿」という衝撃的なスタイルで登場するところから始まる一連の流れは、『パルプ・フィクション』、『タクシー・ドライバー』、『ボーン・アイデンティティー』といった映画のシーンが取り入れられており、思わずニヤリとさせられること請け合いである。
また、同じ全裸でも第11話で2万人のニートが咲の友人たちが立ち上げた商業グループ「東のエデン」のメンバーを襲うシーンには、『ドーン・オブ・ザ・デッド』、『デモンズ』、『28日後……』、『ナイト・オブ・ザ・コメット』など、さまざまなゾンビ映画のオマージュが隠されているのだ。さらに、押井監督の『機動警察パトレイバー2 the Movie』などのアニメや多数の邦画を思わせるシーンについても言及されており、興味は尽きない。
無論、こうした映画へのこだわりは、単なるオマージュとしてではなく作品の根幹にも生かされている。第3話のレイトショーでの滝沢と咲のすれ違い。自分の人生を映画になぞらえる滝沢や、咲の大好きだった映画の真実など、映画自体がそれぞれのキャラクターの精神性に深く関係している。また、滝沢が所有するシネマコンプレックスは、劇場版に大きなかかわりを持っていくという。注目である。
●アニメを上手く紙に再構成した“テンポ感”に魅了される
これらの要素だけを抜き出しても、ファンブックとして無類の完成度を誇る『フィルムコミック 東のエデン』。
だが、本編であるコミックス部分も、軽快なテンポで楽しませてくれる良編集となっている。
アニメは動画、背景、楽曲、効果音、それらが一体となった総合的な娯楽だ。それに対してコミックスは、限られた紙面の中のネームとコマ割りの妙ですべてを伝えていかなければならない。当然、第2話で滝沢と咲が見た美しい夕焼けも、第6話で「東のエデン」のメンバーたちと滝沢が打ち解けるシーンでの美しい花火も、動画で見た感動にはかなわないだろう。だが、それらのシーンに当てはめられたキャラクターたちの生き生きとした表情は、それがいかに重要なシーンであったかをうかがわせるのに十分な美しさを少ない紙面の中で伝えている。
テレビ放送版の最終話である第11話で、滝沢と2万人のニートが”日本を根底から変える”ために撃ち込まれたミサイルに立ち向かうシーン、そして滝沢と咲が迎えたクライマックスも、そうしたページの好例だろう。
このように作品の魅力を、数倍にも引き出すことが出来るこの『フィルムコミック 東のエデン』。 本作品のファンも、未見の方も、2010年3月に上映される『東のエデン 劇場版II Paradise Lost』を見る前に、ぜひこの本で『東のエデン』の世界を十二分に堪能していただきたい。
さらに今回、フィルムコミックを編集した編集担当の方にインタビュー。コミック制作にあたってのこだわりやアニメ制作スタッフからの反応などについてうかがった。
――映像をコミックの形にするにあたって、こだわった部分は?
今回、フィルムコミック化するにあたり一番苦労したのは、全11話ある本編を分冊の形にせず、その魅力を損なうことなく、「1冊」にまとめることでした。あわせて、単なる「原画を繋ぎあわせただけのフィルムコミック」でなく、通常のコミックのように楽しめる誌面も心がけました。たとえば、コマ割りはもちろん、トリミングなどもかなり大胆に編集させていただき…。これは、本編の制作スタッフの方々のご理解・ご協力があってのことです。さらに、具体的なシーンでいえば、神山健治監督自身もベストシーンとおっしゃっている第2話の夕映えの日の出埠頭。本編の制作スタッフの方々も力を入れたシーンらしく…。フィルムコミックでもしっかり表現できるよう、ページを予定より拡大して、ふたりの会話の流れや沈黙を、しっかりと表現しました。
――フィルムコミックは、どのような方にお読みいただきたいですか?
映像では流れてしまう(流してしまう)カット、見逃してしまうようなカットも、しっかり「見て」「読んで」楽しめるのが、フィルムコミックの醍醐味でしょう。特に『東のエデン』は、それぞれのシーンに裏設定があったり、次につながるヒントが隠されていたりするので、フィルムコミックでは、それぞれのコマをじっくり見ていただければと思っております。また今回、11話すべてに解説コラムを掲載し、さらに約400ページある本文の全ページに解説ポイントを紹介しています。読み応えも十分ですし、本編だけでは分からなかった「新情報」が満載なのでおすすめです。DVDををお持ちの方も、あわせて楽しんでいただければと思います。
――スタッフの方々とは何かお話されましたか?またコミックの反応などは伺いましたか?
スタッフの方々からは、「とてもいい形のフィルムコミックになった」「"東のエデンらしさ"が出ている本だ」とのお言葉をいただき、とてもうれしく思っております。ぜひとも、より多くの方々に、手にとって読んでいただきたい、自信作です。
映画『東のエデン 劇場版II Paradise Lost』
2010年3月公開予定
>>TVアニメ『東のエデン』公式サイト
>>フジテレビ『ノイタミナ』TVアニメ『東のエデン』スペシャルサイト
>>Production I.G公式サイト