『イヴの時間 劇場版』公開記念・吉浦康裕監督ロングインタビュー──「トゥーンシェーディングを使わなくても手描きと3DCGはマッチングします!」監督が語ったその秘策とは!?(前編)
2010年3月6日より池袋テアトルダイヤとテアトル新宿(1週間限定 モーニング&レイトショー)、4月3日(土)からはテアトル梅田でも公開される『イヴの時間 劇場版』。はじまりは2008年からネットで全6話が順次公開されたアニメーション作品で、その視聴回数は累計300万回に達し、コミック、ノベライズなどマルチ展開もスタート。WEBアニメの新たな地平を切り開きつつある。
“ロボットが実用化されて久しく、アンドロイド(人間型ロボット)が実用化されて間もない時代”の“たぶん日本”を舞台を舞台に、ロボットと人間の関係を喫茶店「イヴの時間」を舞台にしたワンシチュエーションムービーとして描いた本作で、絵コンテ、演出、3DCG、撮影、編集、音響監督、原作、脚本、監督をこなしたのが吉浦康裕氏。吉浦氏は個人でアニメを制作するスタイルで世界の注目を集め、大学在学中に「ジャパンデジタルアニメーションフェスティバル2001」でトムシート賞を、「デジタルスタジアム」にて伊藤有壱賞を受賞。『イヴの時間』は個人からグループワークに移行した作品としても注目を集めた。
今回は吉浦氏にロングインタビューを敢行。そのルーツ、そしてクリエイターとしての軌跡、『イヴの時間』を高い完成度に導いた要ともいえる3DCGについての吉浦氏なりの方法論まで、多角的に話を聞いた。
●映画のキー“ロボット三原則”「ロボットといえばアシモフ」と語る吉浦氏がSFにハマッたきっかけは!?
――ロボット三原則が映画のなかで重要なポイントになっていますが、アシモフはお好きなんですか?
吉浦監督(以下吉浦):昔から古典SFが好きで、最初に読んだSFもアシモフだったんです。小学生のときに親から世界SF全集みたいなものを買ってもらって、それにどっぷりはまったおかげでSF好きになってしまいまして。ロボットといえばアシモフというのが自分のなかに刷り込まれているんです。
――かなり早い時期からSF好きになったんですね
吉浦:小学校低学年ぐらいにはすでに、学校の図書館とかで『月世界探検』とか読んでいたり。だから翻訳ものも違和感なく読めるんです。翻訳小説って文体が独特で苦手という方もいらっしゃいますが、僕はそういうこともなくて。翻訳小説のなかでもロボットという存在が好きだったんですね。それもアシモフ的な、理知的で工学的とでも言えばいいでしょうか。あの立ち位置が好きだったんです。
――SFだけど、非現実的なトリックや超能力みたいなものを使わないで問題を解決する展開とか
吉浦:理屈、理論、ルールを破らないという部分が自分の感性とすごく合っていたんです。でもエモーショナルな部分もちゃんとあって。例えば『鋼鉄都市』でイライジャ・ベイリがロボットの相棒をあてがわれて、最初は反発するんだけど、だんだん打ち解けていく。ロボットはロボット然としたままでも、感動して心が動くドラマを作れるんだなって思って。ロボットものだと『鋼鉄都市』は三原則とドラマ作りのバランスも一番良かったころで好きだした。アシモフ然としたものをアニメでやりたいなと昔から思っていたんです。
――『イヴの時間』のような物語を作りたいという思いは以前からお持ちだったんですね
吉浦:ただ、一方でSFのギミックを突き詰めていくとエンターテインメントにならないということもわかったんです。堅い話にしかならない。論理ゲームでいくと難解なミステリーになっちゃうので、『イヴの時間』を作るにあたっては、三原則をいかにキャッチーでわかりやすいものと絡ませるかに注力しました。
――キャッチーな要素と三原則のバランスですか?
吉浦:キャラクターはまずキャッチーであるべきだと思っていました。その一方で三原則は守るべきだとも思っていて、2つを軸に据えて物語を作っていきました。ロボットも三原則を論理的に突き詰めるだけじゃなくて、例えば「このロボットは、女の子の姿をしていてかわいいんだけど、でも人間じゃないんだよな……、モヤモヤするな……」っていう“思春期的”なところにもっていって、その男の子に尽くすと解釈できる三原則を使う、といった方面に振ったほうがアニメとしては面白いなと思ったんです。
●好きな場所“喫茶店”+“思春期のブレードランナー”=『イヴの時間』
――話が過去にさかのぼりますが、『イヴの時間』の企画は最初、どこからスタートしたんですか?
吉浦:『ペイル・コクーン』という作品を個人制作で作ったあとに、次はグループワークでやりたいと思っていたんですけど、そこに「シリーズものを作らないか?」というお話が来たんです。最初はちょっと無謀な気がしたんですが、実は『ペイル・コクーン』の前に『水のコトバ』っていう、喫茶店のワンシチュエーションもののアニメを作ったことがありまして、ああいう風に、あるシチュエーションのなかで物語が進むのであれば省力化できるので、シリーズものでも割といけるんじゃないかと。それでまず最初に、ワンシチュエーションという前提が出来たわけです。僕は公と私のちょうど中間ぐらいの空間、喫茶店という場所が好きで、喫茶店を舞台にするというのはそこで決まりました。
ただ、マスターがいて、そこにお客さんが来て……というだけでは、ちょっとしたトワイライトゾーンにしかならない。どうしようかなと思ったときに、昔から好きだったロボットってモチーフがあるじゃないかと。それで“喫茶店でロボットでシチュエーションもの”で何ができるか?そこで喫茶店の中と外を描いて“思春期レベルのブレードランナー”をやったらどうかと。
――たしかに『ブレードランナー』ですね!
吉浦:ただ『ブレードランナー』をシリアスな方向に突き詰めずに、女の子とのドキドキだったり、可愛かったけどロボットだったっていうような等身大のレベル。もろ思春期ですよね。そのレベルで語る方が、かえって日常に直結している分リアルなんじゃないかと。作中でもセトロがマサキに「私に何かブレードランナー」て言わせてます。
――今回の物語については、少人数でシリーズものを作るという制約から導き出された部分が大きいと
吉浦:特にグループワークが初めてでしたから、どうすればクオリティを維持できるかと考えたときに、レイアウトは自分でやったほうがいいだろうなと。3Dで作ってるので背景のレイアウトはほとんど僕個人でやってるようなものだから、構図は一貫して安定する。これでアニメーターの方々にはキャラの演技に集中してもらえると思いました。
――全体のレイアウトを決めるような、例えば絵コンテにあたるものは紙で描かれるんですか?
吉浦:絵コンテにおいてもキャラは紙に描きますが、背景は3Dで既に完成しているので、紙をスキャンしてパソコン上で背景と合成します。今回は全体のプロットを考えて絵コンテより先に舞台を作ったんです。具体的にいうと、店と学校と主人公の家ですね。この時点では具体的なプロットは出来上がってなかったんですが。
――おおまかなプロットがあれば、どんな場面が必要かは導き出されますからね
吉浦:お店に関してもワンシチュエーションなんですが、いろいろなシチュエーションに対応できるように、カウンター席があったり、ソファがあったり、ロフトがあったり、照明を変えることもできるなとか、いろんなバリエーションを考えて、まずお店を最初に作りこんでいきました。
●「1度作れば様々なカメラワークに対応できるので、室内美術には3DCGが向いています」
――実写でいうとセットを最初に作った感じですか?
吉浦:そうですね。セットを作った後で、それを基にコンテを書いていきました。
――架空の世界の中にあるセットや舞台をロケハンして、絵コンテを書いていったという感じですよね
吉浦:この場合、絵コンテを書いた時点で各カットの背景レイアウトはもうフィックスしてるんです。
――3Dを使用した作品を作るにあたって、セットの構築は重要な作業になるんですね
吉浦:アニメ業界で知り合ったとある美術監督の方も、バリバリのアナログで描いてる方なんですが、「室内は3Dのほうがいい」と言っていましたね。
――室内の美術は3Dのほうが向いているということですか?
吉浦:屋外、例えば森が広がっているような景色と違って、室内はまずパーツが多くなるんですよね。ラインがあってテーブルがあってイスがあって……、そんなものをいちいち計算して描いていたらきりがない。3Dなら一度作れば、いろんな角度から写せますから。
――1度作ったバーチャルなセットのなかでカメラを動かせばいいわけですよね
吉浦:特に屋内は人間の身長と比較して大きさが決まっているものが多いじゃないですか?だからちょっと高さが違っていたりすると、あっという間に画が破綻しちゃうんですね。ですから構図に関して言えば、3Dで数学的に計算して作り出すほうが圧倒的に楽です。さらに『イヴの時間』を作るにあたっては欲を出して、どうせなら絶対に手描きで描けない背景にしようと思いました。
――具体的には……
吉浦:物量ですね。ちょっと見上げると天井があって、ロフトがあって、コードがたくさんあって、ファンが回ってて、天井は天井で木が組まれてて……。
――監督が今までに行かれたお店などのイメージも反映されていたりするんですか?
吉浦:反映されてますね。あとは写真集だったり、お店に関しては建築の雑誌なども買って、例えば意匠図とかも参考にしました。カウンターの場合、お客さんが座ったときキッチン側の床が見えないように設計するのがセオリーらしいんですけど、そういった店舗設計学もちょっと勉強して、そこから入っていきました。ほとんどのシチュエーションがお店ですから、きちんと作っておきたいと思いましたし。
――後半のTHX(テックス)を持ち上げて運ぼうとするシーンなど、細かいところまでしっかりイメージをお持ちなんだなと感じました
吉浦:場所に関してはうそがつけなくなっちゃいましたね。THXに関しては、最初はそこまで考えていなかったんですが、“そういえばTHX階段登れないじゃん”と後から気づいたんです。でも“それでギャグにできるじゃないか”って思い直して、さらにその後にマサキがテックスを抱き上げるシチュエーションも描けましたし、結果的には凄く好きなシーンになりました(笑)。
●シリーズものを映画化するにあたってこだわったのは“編集のリズム”
――あのシーンは泣けました。後半から真の主人公はマサキとTHXじゃないかと思いました。マサキ君に感情移入しちゃったというか
吉浦:あの時点ではリクオは狂言回しの位置にいて、マサキ君とTHXの関係性の復活っていうのがストーリーの主軸になってますよね。まさに2人で店の外に歩いていくのは、全ての人間とロボットの関係の行く末の暗示じゃないですけど、そういうイメージで描きました。
――人間とロボットの関係性を考えるうえで一番重要なポイントになるのって、THXとマサキの関係ですもんね
吉浦:原始的な造形であるがゆえにそうですよね。あのシーンは三原則を破らないでどうしゃべらせようかというシーンですし。
――アシモフ以外であそこまで三原則にこだわった演出はあまり見たことがないなと。三原則を使いこなしたドラマ作りって結構難しいなと思います
吉浦:文字媒体の小説はともかく映像だと結構難しいと思います。THXとマサキとのやりとりは結構気を使ったんです。わかりやすく頑張って作ったつもりです。
――ロボット三原則をあのシーンでは上手く説明していて、しかもロジカルになりすぎず情感も持たせていたなと。日本ならではの演出というか
吉浦:そこのバランスですよね。どう感動に持っていくかという。6話のパートはかなり脚本も試行錯誤したんですが、最終的に上手く行ったなと。
――シリーズと劇場版では話のヤマの持っていき方など、違う作り方を要求されると思うんですが、今回映画化にするにあたって監督のなかで具体的に意識した部分は?
吉浦:幸い、6話のうち、1、2話が導入部で、3、4、5話がそのなかで繰り広げられる日常ドラマで、5話でちょっとヤマを作っておいて、6話に結論を持ってくるっていう流れは出来てたんです。1から6話までを流すことである程度の起承転結は出来ると思ったんですが、それを途中に暗転をはさんだ串団子みたいな見せ方にはしたくなかったので、いかにシームレスにつなぐかがまず命題でした。脚本というよりは、編集のリズムをいじりました。
――今回、アフレコも新録なんですか?
吉浦:新たに録った箇所もかなりあります。わかりやすいのは新規シーンですね。冒頭やエンディング、各エピソードの間に新規シーンが入ってます。それ以外でも、色んな箇所で一部セリフを変えたりとかしています。逆にカットしたシーンもあるんですけど、それは流れを作るためですね。また編集のタイミングもかなりいじってまして、一例を挙げると、冒頭で地図に寄っていって、最後にリクオとサミィの顔になりますよね。あのシーンは配信版の1話のときよりも倍の時間をとってるんです。細かく“ここ長くしよう、ここ短くしよう”と全体の流れをみたうえで、編集をちょっとずつ変えていきました。
――細部をかなり手直ししてるというか…
吉浦:他にも、3話でリクオが原因でリナとコージがケンカしちゃいますよね。配信されたときはリクオが空気読めないやつって言われてて、確かにそうだなと思って、それで6話の収録のときに福山さんに事情を説明して、台詞のニュアンスを変えて録り直したんですよ。併せて表情も再作画したり…そういう細かいところで変わったりもしています。
――声優さんの演技については?
吉浦:今回はキャスティングが全てでした。しゃべりまくるアニメですから、絶対に技量のある方にお願いしたいと。しかも個性的なキャラクター達なので声の質がかぶらないようにしたい。そしたら希望が全部通っちゃって、結構びっくりしたんですけど(笑)。ですからキャスティングに関しては充分すぎるくらい満足です。
今回はわりと演劇っぽい軽快なものを目指したので、セリフのやりとりは軽快かつ、あまり演劇的になりすぎない自然さを心がけてほしいとお願いしました。アニメ的な個性を作りこまずに自然な感じで演じていただいて、それでも上手い方々ばかりなのでちゃんと自然な個性がにじみ出るんですよね。(次回に続く)
<取材・文:だーくまたーお>
<吉浦康裕 プロフィール>
1980年生まれ。北海道に生まれ福岡で育つ。九州芸術工科大学(現在は九州大学芸術工学部)にて芸術工学を専攻。大学時代にアニメーション制作を開始し、国内外に作品を発表。注目を浴びる。2006年にOVA『ペイル・コクーン』を発売。最近では『イヴの時間』のほか、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』でデザインワークスを担当。
<STORY>
ロボットが実用されて久しく、アンドロイド(人間型ロボット)が実用化されて間もない時代。
ロボット倫理委員会の影響で、人々はアンドロイドを"家電"として扱う事が社会常識となっていた。
頭上にあるリング以外は人間と全く変わらない外見により、必要以上にアンドロイドに入れ込む人々が現れた。彼らは"ドリ系"と呼ばれ、社会問題とされるほどである。
高校生のリクオも幼少の頃からの教育によってアンドロイドを人間視することなく、便利な道具として利用していた。ある時、リクオは自家用アンドロイドのサミィの行動ログに不審な文字列が含まれている事に気付く。
行動ログを頼りに親友のマサキとともにたどり着いた先は、「人間とアンドロイドを区別しない」というルールを掲げる喫茶店「イヴの時間」だった。
店を切り盛りするナギや店の常連客との出会いがリクオとマサキの「ロボットへの想い」を変えていく……。
<公開情報>
3月6日(土) 池袋テアトルダイヤ
テアトル新宿(1週間限定モーニング&レイトショー)
4月3日(土)よりテアトル梅田にて公開決定!
<STAFF>
原作、脚本、監督:吉浦康裕
キャラクターデザイン、作画監督:茶山隆介
音楽:岡田徹
アニメーション製作:スタジオ・リッカ
制作:ディレクションズ
配給:アスミック・エース
主題歌 Kalafina 「I have a dream」 (SME Records)
<CAST>
リクオ:福山潤
マサキ:野島健児
サミィ:田中理恵
ナギ:佐藤利奈
アキコ:ゆかな
コージ:中尾みち雄
リナ:伊藤美紀
>>『イヴの時間』公式サイト
>>スタジオ六花(吉浦康裕)公式サイト