南極はドラえもんらしい不思議に満ちている――『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』監督・高橋敦史さんが作品に込めたこだわりとは?
『映画ドラえもん』シリーズ37作目となる、『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』が2017年3月4日(土)公開となります。本作の舞台は、タイトルからも分かる通り、南極が舞台となっています。この「南極」ですが、『映画ドラえもん』シリーズで、なんと初登場です。
そして、氷一面の世界である南極を入り口に、巡る時間旅行や宇宙人との出会い、滅びのロストワールドと、藤子・F・不二雄先生のもつS(少し)F(不思議)感が、かなりの高密度でぎゅーっと詰まっています。
今回は、本作にて監督を努めた高橋敦史さんへのインタビューをお届けします。作品への意気込みやこだわりなどを、たっぷりと語っていただきました!
――今回の映画は南極が舞台となっていますが、これはどういった経緯で決まったのですか?
高橋敦史さん(以下、高橋):以前から「次の映画では南極」というアイデアが、藤子プロさんから上がっていたんです。ドラえもんたちがまだ映画ではいったことのなかった場所ですし、藤子先生がご存命だった時も、「次に長編を描くなら南極が舞台だから」とおっしゃっていたそうなんですよ。だったらドラえもんたちにはぜひ南極を大冒険してもらいたいと思い、打ち合わせに参加して、そこから全体のストーリーを膨らませていきました。
――南極を舞台にすると決まった時、監督はどんなことを物語に組み込みたいと思ったのでしょう。
高橋:正直、「氷がたくさんある」ということ意外は知らないことだらけだったので、まずは調べるところからスタートしました。そうしたら、これがなかなか面白いんですよ。南極はわりと最近まで人間の手が殆ど入っていない、未知の世界なんです。「この氷の下にはなにがあるんだろう」とか、「全部溶けたらどうなるんだろう」とか、『ドラえもん』らしいS(少し)F(不思議)を書くには、たくさん詰め込めると感じましたね。
――本作は、藤子先生ならではの不思議感がたくさん詰まっている印象を受けました。監督として狙ったことはあったのでしょうか。
高橋:僕らが『ドラえもん のび太の恐竜』(1980年)を見た時って、大昔に恐竜がいることは知っていても、それがなんで滅んじゃったのかというのは案外で知らないことだったんですよ。隕石が降ってきたとか、氷河期がきたとか、そういうのって『ドラえもん』に教えてもらったというかね。なので、今の子どもたちにも、そういうちょっと自慢できる知識をこの映画で知ってもらえたらなと思ったんです。
――それでスノーボールアース仮説をとりいれたんですね。
高橋:そういうことですね。スノーボールアース仮説(註1)というのは、数億年前に地球全部が凍っていて、大きな氷の惑星だった時期があるという考えなんです。氷河期は知っててもまるまる地球が凍ってたなんていうのは、意外と大人でもピンとこない人が多いと思うし、これを知ってたら親にも自慢できるじゃないですか。まあ南極が舞台なら氷、氷なら氷河期だよねっていう感じです(笑)。
註1:スノーボールアース仮説とは、地球全体が大気の変動により凍結してしまったとする仮説。全球の氷が溶けたあと、地面深くで生き延びた生物が爆発的な進化をする先カンブリア期を迎える。
一同:(笑)。
――確かに、もしかしたら大人の世代でも知らない方が多い言葉かもしれないですね。子供たちには少し難しいのでは、とは考えませんでしたか?
高橋:これは僕もそうだったんですが、子供ってわからないところはわからないまま飛ばして見られるんですよね。それでいて、難しいことや気になることは、ワードだけしっかりと覚えているものなんですよ。だからそういう部分は、いつか大人になったときに知ってもらえたらいいかなと。全部わかっちゃったらつまらないですし、そういうのも『ドラえもん』らしさかなと思っています。
――そういう意味では、藤子先生らしいギミックに溢れた作品のように感じました。本作を制作する上で、参考にした藤子作品などはあったのでしょうか?
高橋:特に「これ」というのはないですね。僕の世代って少なからず藤子先生には影響されてますから、過去のいろいろな作品からアイディアを拝借した感じです。友達の家にいけば何冊かは必ず藤子先生の漫画が置いてあったし、僕の家にも何冊かあったし、知識としては申し分ないくらいに染み付いているんです(笑)。だから今回の映画を作る時も、僕の記憶の中にある藤子先生の作品のイメージを、いろいろと再現してみようという気持ちはありました。
――藤子先生らしさを大事にしたんですね。
高橋:まあ、ただ真似をするだけではただの劣化コピーになってしまいますからね。藤子プロさんから漫画を貸していただき、それを何度も読み直して、その作品で先生が伝えたかったのは何か、という部分を今回の映画に取り入れようと努めました。
――監督にとっても挑戦だったんですね。漫画を読み直すなかで、監督なり感じた藤子先生の意思はどんなものでしたか。
高橋:本当はもっとハードな作品を描ける人だったと思うんですよ。ドラえもんではそれをあえて踏みとどまってるけど、長編になると一気に爆発してゾッとなるような怖い部分も覗かせる。カッコイイですよね。そういう際どい部分も今回は出したいと思ったし、そういう意味では、本作はかなりらしさの詰まった作品に出来たんじゃないかなと思っています。
最後まで飽きることなく見てもらえる映画を作る
――監督はスタジオジブリでも仕事をされていましたが、本作でその経験が生きた場面はありましたか?
高橋:宮崎さんから受けた影響という意味では、どうやって遅れがちになるスケジュールを具体的に維持していくか、という方法論でしょうか(笑)。
一同:(笑)。
高橋:内容的な部分では特別意識したことはないですね。それよりは『グーニーズ』(1985年)などの1980年代の映画の作り方を参考にしたと言ったほうが近いかもしれません。
――『風の谷のナウシカ』(1984年)や『もののけ姫』(1997年)を髣髴とさせるような演出が見受けられて、宮崎作品を観た時にある画面に引き込まれるような感覚を感じたのですが。
高橋:師匠が師匠なので、細かいテクニック面では確実に影響を受けていると思います。ただ、狙ってやったかといわれるとそうではなくて、自然に滲み出てしまったという感じですね。ジブリの現場は見取り稽古のようなスタイルなので、直接教えてもらったということはありませんでしたから。
――やろうと思ってできるものではないんでしょうか。
高橋:宮崎さんの絵の作りは、狙ってやるのは不可能だと思ってます。あの独特の世界観というか空気感を言語化しろといわれても無理ですからね。ただ、そういう雰囲気を感じてもらえたのであれば素直に嬉しいです。僕のスタイルとして、最後まで飽きることなく見てもらえるものを作りたいと思っているので、積み重ねと経験が少しは活きてきたということなんでしょうね。
おじいちゃんだから大ベテランである必要はない
――キャスティングについて伺いたいのですが、ヒャッコイ博士役に浪川大輔さんを起用されたのはどういった理由からなのでしょうか?
高橋:40歳前後で声の通る方を探していたんです。ヒャッコイ博士は出番こそ多くないけれど説明セリフが多かったので、だったらかすれたおじいちゃんの声を聞くよりは、そっちの方が聞きやすいと思ったので。オーディションまではいかなかったんですけど何人かの方からボイスサンプルを送っていただき、その中から選ばせていただきました。
――浪川さんにしては珍しいというか、あまりやらないキャラクターだったので、EDでクレジットを見るまで気が付きませんでした。
高橋:老人の役だからと言って、高齢の声優さんである必要はないかなと考えました。永井一郎さんも若い頃からおじいちゃんのような役をやっていたし、昔のアニメの雰囲気を再現する意味でも実年齢とは違う人が声をやったっていいと思い、オファーしました。
――監督から浪川さんへのオーダーなどはありましたか?
高橋:博士は、見た目のキャラのまま渋い声で説明すると少し怖い感じになってしまうんですよね。なので浪川さんには「スキがあれば面白いことをいうような人」ということをお願いしました。孫たちを楽しませる愉快なおじいちゃんという雰囲気になってほしかったんです。映画ということで多少は時間を使えましたし、テイクを重ねてじっくりとキャラクターを作っていきました。
――ヒロインのカーラ役に釘宮さんを起用されたのは?
高橋:以前、『青の祓魔師 ―劇場版―』(2012年)でゲスト声優(うさ麻呂役)をやっていただいたんですが、その時からいいなと思っていまして、今回お願いすることになりました。やはり知っているという安心感がありましたし、期待通りの演技でカーラという活発で意志の強い女の子を演じていただけました。
――今回は浪川さんと釘宮さんの他に、遠藤綾さん、東山奈央さんと声優ファン的には嬉しいキャスティングとなっているのですが。
高橋:らしいですね(笑)。そこは音響さんから上げてもらった候補から選ばせていただきました。キャラクターに命を吹き込んでもらうわけですから、可愛いだけじゃなくて、芝居の部分を重視したキャスティングになっています。
――レギュラーの5名はTVと比べていかがでしたか?
高橋:もう10年以上も共に演じているわけですから、手際が良いというか、結束が硬いというか。僕としては、その関係に切り込んでいくのが難しく感じていますね(笑)。本人たちも意識していないところで完成しているコンビネーションがあるんですよ。世界観が出来上がっているというんですかね。監督としてそれでいいのかはわかりませんが、必要なら完全におまかせしてしまうこともあります。アドリブなんかは特にそういう部分ですね。劇中でジャイアンが何度もアトランティスを言い間違えるんですけど、全部木村さんがその場で考えたんですよ。スネ夫も画面の外で喋ってることが多く、関さんにもたくさんアドリブをお願いしました。
――レギュラーキャストのみなさんは今回の物語をきいてどんな反応でしたか。
高橋:それが、みなさん内容に関する感想をあまりいってくれないんですよね(笑)。もっと教えてほしいです。今度ぜひ聞いてみようと思います。
――監督が今回の映画でこだわったポイントはどういうところなんでしょうか。
高橋:一番大事にしたかったのは、僕が子供の頃に映画を見て感じたワクワをそのまま感じてもらいたいってことですね。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)だったり『E・T』(1982年)だったり『スターウォーズ』(1977年)だったり、僕らの世代だとちょうどこの辺りの映画ですかね(註2)。見終わって映画館を出た時のあのなんともいえない高揚感を、どうにか今の子供たちにも感じてもらうというのを目標にしました。あとは、映画ならではの豪華感を出したかったということですね。映画は普段TVで見ている『ドラえもん』の延長として、映画に足を運んでもらうわけですから、少しでも見てよかった、と思ってもらえる作品にしたいですよね。
註2:どの映画も、スティーヴン・スピルバーグとジョージ・ルーカスの関連作品であり、1980年代を代表する人気作。大長編ドラえもんも、1980年からスタートしており、これらの映画と同時期に上映されている。
――その目標は達成できましたか?
高橋:それは実際に見てもらった方々におまかせします。本作は、ドラえもんは子供向けだと敬遠していた中学生とか高校生でも十分に楽しめるように作っています。さらにその上の人たち、いわゆる大長編ドラえもんを子供の頃に体験した親世代の方の心にもきっと響くはずです。リメイクだった前作『ドラえもん 新・のび太の日本誕生』(2016年)とはまた違った意味で親子二世代が楽しめる作品になったと思うので、大勢の方が劇場に足を運んでくれると嬉しいです。よろしくお願いします。
――ありがとうございました。
[取材・撮影:内田幸二、文章:原直輝]
作品概要
『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』
3月4日(土)全国東宝系ロードショー!
■公開時期:2017年3月4日(土)
■タイトル:「映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険」
■原作:藤子・F・不二雄
■監督・脚本・演出:高橋敦史(『青の祓魔師 ―劇場版―』)
■CAST:ドラえもん:水田わさび のび太:大原めぐみ しずか:かかずゆみ ジャイアン:木村昴 スネ夫:関智一
■主題歌:平井堅「僕の心をつくってよ」(アリオラジャパン)
【STORY】
真夏の暑さに耐えかねたのび太たちが向かったのは、南太平洋に浮かぶ巨大な氷山。ひみつ道具「氷細工ごて」で遊園地を作っていたのび太たちは、氷漬けになっている不思議なリングを見つける。調べてみたところ、そのリングが埋まっていた氷は、人が住んでいるはずもない10万年前の南極のものだった。南極へと向かうドラえもんたち。その前に、氷の下に閉ざされた巨大な都市遺跡が姿を現す―。
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