脚本から見る『ドメスティックな彼女』、直球で向き合う「ドラマとしてのアニメ」髙橋龍也さん×渡航さん×王雀孫さんインタビュー
2019年1月11日(金)より放送開始されたTVアニメ『ドメスティックな彼女』には、公式サイトでは明かされていない主要スタッフがいます。それが、3人からなる脚本チーム。シリーズ構成を手がけた髙橋龍也さんをはじめ、ライトノベル作家の渡航さん、シナリオライターの王雀孫さんが参加しています。
それぞれがアニメ業界以外の出自を持ち、いずれも金字塔となる作品を手がけてきました。髙橋龍也さんはゲームブランド「Leaf(現在のアクアプラス)」で『雫』『痕』『To Heart』と、後に美少女ゲームの潮流となる作品でシナリオを担当。アニメのシリーズ構成としても『ラーメン大好き小泉さん』『BEATLESS』などに携わった経歴を持ちます。
第3回小学館ライトノベル大賞を受賞してデビューした渡航さんは『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』『ガーリッシュナンバー』などの人気作を生み出しました。また、王雀孫さんは美少女ゲームの歴史から外せない名作『それは舞い散る桜のように』や、後にTVアニメ化もされた『俺たちに翼はない』でメインシナリオライターを務めました。
彼らがチーム戦で向かい合った原作の『ドメスティックな彼女』は、マンガ雑誌『週刊少年マガジン』の連載でありながら、性描写や不倫といったセンシティブなシーンとも真っ直ぐに向き合い、高校生たちの恋愛を描く異色作。アニメ化にあたっては、それらのシーンゆえに「どこまで表現できるのか?」と心を揉むファンも多いことでしょう。
そこで今回、みなさんにお集まりいただいてインタビューを敢行。どのように表現と向き合い、いかにして脚本は作られていったのか。その制作術も交えながら、『ドメスティックな彼女』の魅力について伺いました。
刺激的なシーンから逃れては、この作品の本質は描けない
──3名からなる脚本チームですが、どのような出会いがあったのでしょうか。
髙橋:自分が(アニメ制作会社)のディオメディアさんが手がけた『BEATLESS』にシリーズ構成で関わらせていただいたのですが、そこでプロデューサーの天野翔太さんに『ドメスティックな彼女』が進行するときにも声をかけてもらったんです。
渡:最初に髙橋さんが全体の構成を決め、僕らは担当話数が決まってから加わる形でした。髙橋さんが組んでくださった構成を元に初稿を書き、それを全員集まっての脚本会議で揉んでいくというプロセスです。
──性描写などを含めて刺激的なシーンも多い原作で、執筆も悩まれたのではと思います。
髙橋:少年マガジンとしては相当に攻めている原作で、それが持ち味でもありますが、アニメはあくまで地上波。昨今はアニメに対する規制も厳しいですから、社会的に難しい部分はいくつもありました。
たしかに、センセーショナルなシーンも含まれています。でも、それから逃げると『ドメスティックな彼女』にはなりません。最初は天野プロデューサーや井畑翔太監督とも「どこまで表現できるか」の探り合いでした。
漫画として描かれていても映像化できないという判断もあります。折り合いをつける場所を探す旅は長かったですが……かなり攻めている結果になったのではないでしょうか。
王:僕は大人向けのジャンルで生きてきた人間なんで、テレビという現場で「だいぶ揉まれるぞ」と仲間からは聞いていましたから、心配もあって。
ただ、僕の初稿では原作のままくらいに「これはテレビでは絶対にダメだろうというシーン」も書いていき、どこまで削られるだろうと思っていましたが……そのまま採用されたりもしましたね(笑)。
渡:やっぱりセンセーショナルな部分だけではないところに本質がある作品だからですよね。その本質をいかにドラマチックに描けるかが、脚本に課せられた使命だと思っていました。
「どうせエロなんでしょう?」という言葉に対し、「そこではないんだ!」といかにストーリーで感じさせられるか。
とはいえ、原作は登場人物たちのドロドロした内面の深いところまで描いていくので、アニメという表現でどこまで伝えられるのだろう……とは、恐れ多くも携わっていて感じるところでした。
髙橋:ストーリーの根幹に絡まないような「サービスシーン」は削られても致し方ないとして、内容が大きく動くところは「物語」ですから外せないだろう、と。
裸を映すにしても、目線だけの感情の揺れ動きだったり、思いの交差が入ってくる以上は逃げられない。逃げられないからこそ「やらせていただきます!」と燃えていく気持ちでした。
原作の完成度を高めることが、アニメ化の意義になる
──原作は今も連載中ですから、アニメの全12話で描ける範囲の設定も課題でしょうか。
髙橋:そうですね。ただ、オリジナルの要素については、ほとんど入れていません。もともと自分は、原作をきっちり形にしたいと思うタイプなんです。連載中の作品ですから、アニメをきっかけに原作を読んでもらうような両輪の関係にしていくのが大事ですからね。
たとえば、冒頭部分だけでもオリジナルにしてしまうと、いざ原作に戻ったときに違和感となってしまうかもしれません。たしかに、ヒロインを完全にひとりに絞ってしまう案もあったんです。
ただ、自分としてはこの意見を持って、シリーズ構成の段階から話し合い、原作の流石景先生や講談社さんとも協力して、ヒロインを絞らない形に落とし込みました。
渡:今回は『ドメスティックな彼女』の世界に厚みを出すことが、我々の仕事だったんですよね。作品の完成度を高めることが、アニメ化の意義だと思います。
髙橋:流石先生も、ほぼ全話の脚本会議にいらっしゃってくれました。週刊連載を抱える中で、毎週のように原作者としてご参加いただけるのは、自分としても初めての経験でした。
王:流石先生は温かく見守ってくださって。好きにやらせていただいたようです。
渡:僕は過去に原作者の立場になったこともあったので……「いかに原作を大事にするか」は心に刻んでいました。それから、ファンのことも。『ドメスティックな彼女』が好きな人たちの気持ちを汲んでいたいというふうには思っていました。
王:たしかにキーボードを打ちながらも、常に原作者の思いには気を払っていましたね。
髙橋:雀孫さんも自分の原作がアニメ化されているわけですから、実は今回のチームは全員、原作者としてアニメに携わる経験を持っているんですね。自分も、その当時のことを思いつつ、より良い形にしたいと考えていたのかもしれません。
王:世の中にはアニメ化がトラウマになった原作者もいるって噂です。悲しみは繰り返してはならない。
渡:僕は悲しい思いをしたことはないですよ!(笑)
髙橋:でも、難しいところなんです。原作より悪くされると悲しいですし、逆に良くされても悲しいという……(笑)。色々と思うところはありますが、今回は流石先生と距離が近かったので、その都度、解釈や背景のヒアリングをして進められたのはよかったですね。
▲橘瑠衣(CV:内田真礼)
ほぼ修正なしを実現! 脚本を形作った「研究」と「写経」
──髙橋さんのシリーズ構成を元に、脚本は話数に割り振っていったとのことですが、どのように担当は決めていったのですか。
髙橋:序盤とラストは明確に自分の中でも決まっていたのですが、中盤の部分をお二人にお願いしたいな……と考えていた矢先に、渡さんから「この話数をやりたい!」と挙手がありました。
王:渡さんのファン的には、陽菜先生の学生時代の回想シーンは見どころですよ。意地の悪い女たちが出てくるんだけど、彼の良い作風が出てます(笑)。
渡:僕はどこかで「人の心を揺さぶるものを書きたい!」と思っていて、それが結果的に女子トイレでの「悪気のない悪意」を強烈に感じさせるシーンになったと……「このシーンがあるから担当したいです」って手を挙げました(笑)。
▲橘陽菜(CV:日笠陽子)
──序盤は髙橋さんが書かれているとあって、「他者の脚本を引き継いで書く」ということへの難しさはありませんでしたか?そもそも、マンガ原作から文字に抽出して落とし込むことも技術のいることかと思いますが……。
王:尺の関係でシーンを取捨選択しなくてはなりませんから、髙橋さんの「削るシーン」と「残すシーン」の研究をしましたね。「シリーズ構成であられる髙橋龍也先生は、こういうギャグが好きなんだな。よし、入れていこう」といったように基準を設けたり(笑)。
あとは、台詞回しに気を使いました。原作は記号的なセリフ回しではない「生っぽい会話」で、リアルな状況を重視して進むから、そのままアニメで使うと会話の文字数が長くなりがち。そこをシーンに合わせていかに削っていくかに、頭を使いました。
髙橋:面白いですね。自分は、マンガはマンガで完成されているものなので、それを音読しながら時間的な配分を考え、解体して組み立て直すような作業でした。頭の中で実写のお芝居のように再現して、それを言語化して照らし合わせる形です。
渡:僕もキャストさんから想定した声でセリフを読み、それを活かす形を取っていました。『ドメスティックな彼女』は、セリフを文字にすると文法的には正しくなくても、話し言葉として気持ちのいいリズムが多いので声にしやすかったですね。
それとは別に、髙橋さんが作った序盤からの空気感を、どう受けるかはたしかに難しかった。センセーショナルなシーンだけでなく、楽しい雰囲気やエモーショナルな場面もあって、その落差が『ドメスティックな彼女』の魅力だと思いますが……髙橋さんは落差の中、どんなテンションで書いているのかを読み取りながら、バトンを受け取るような気持ちで。
僕はとりあえず、原作を写経することから始めました。セリフはもちろん、シーンの背景やコマの流れをト書き的にまとめて、ほぼノベライズするような作業をしたんです。
その上で髙橋さんの原稿を見て、「ここは省くけど、ここは強調するんだ」と受け取りつつ……「なるほど!じゃあ俺なりに書くか!」と。いや、それだと受け取ってないじゃないかって話なんですが(笑)。
髙橋:でも、井畑監督の丁寧なチェックもあって、具体的な直しは発生しませんでしたからね。シリーズ構成としては、お二人から上がってきた原稿に調整をかけていくのが本来的な仕事だと思うのですが。
今回は僕からの無茶なお願いにも、ふたりはガッチリ受け返してくれました。そのファインプレーを、ぜひ本編で確かめてほしいですね。
「ゲームを手がけていた頃のように」ドラマと向き合えた
──ラブコメアニメは世に数あれど、『ドメスティックな彼女』ならではの特色はどういった点に表れていると思いますか?
髙橋:バトルもなく、人間以外のキャラクターも登場せず、異世界にも行かず、あ、今回はラーメンも食べたりはせず(笑)、フラットなドラマが主題にある作品です。自分としても、戦闘やガジェットに逃げられず、プレーンなドラマのみで勝負するのは久しぶり。かつて、ゲームを手がけていた頃に戻ったようでしたね。
王さん、渡さんの作風がそちらに近いのもありますし、今回は彼らと一堂に介してストーリーを作れたのがすごく新鮮でした。
──キャラクターについては、いかがでしょうか。
渡:『ドメスティックな彼女』には、みんな必ず誰か一人は「こいつとは合わないなー」と思うキャラクターがいるはずなんですよ(笑)。
それって、マイルドなドラマの中に潜んだ鋭いトゲ、といった魅力ですよね。最近はみんなに嫌われないように丸く作っていく作品が多い中で、好かれる人を絞り込むような尖り方は珍しいし、すごいと感じました。
王:(柏原)ももちゃんに元彼がいる話とか、昨今のアニメならしませんし。
髙橋:ももは、逆にその辺が可愛くなってくるんですよ(笑)。
渡:書いている側も読んでいる側も、キャラクターと共依存になっていくような感覚ですよね(笑)。いい感じに、歪んだ愛情を抱きやすい作品です。
王:あと、原作では主人公の(藤井)夏生くんがなんともいえない「良い表情」をするんですよ!なかなか言語化しにくい、悲しそうでも切なさそうともいえない表情で。それを文字にするのは難しかったなぁ。
渡:夏生の「10代っぷり」は書きづらかったですよ!
王:エンタメ化しにくいからね。
▲藤井夏生(CV:八代 拓)
渡:夏生は「リアリティのあるキャラクター」というより、行動や感性がリアルに寄っているんですよね。劇中でも、実にリアルな行動をするわけですが、そこで急に理性的になったりしたら、やっぱり夏生ではなくなってしまうから。
王:うん、夏生は難しかったな……(葦原)美雨ちゃんはラクだった。だって、なにやらせても可愛いもん。あと、(橘)瑠衣ちゃんはやっぱり可愛い……! キャスト表でもトップですから、メインヒロインってことでいいですよね!?
髙橋:それは視聴者に委ねましょう!というより、みんな可愛いですよ!(笑)
TVアニメ『ドメスティックな彼女』作品情報
2019年1月よりMBS、TBS、BS-TBS“アニメイズム”枠にて放送
イントロダクション
高校生の藤井夏生は、教師・橘陽菜へ密かに想いを寄せいていた。ふと誘われた合コンに参加した夏生は、そこで出会った橘瑠衣と、初対面で初体験をしてしまう。そんなとき、父が再婚することとなり、再婚相手が連れてきた子供が、なんと陽菜と瑠衣だった……ひとつ屋根の下で暮らすことになった3人の、ピュアで禁断過激な三角関係がスタートする。
スタッフ
原作:流石 景 (講談社「週刊少年マガジン」連載)
監督:井畑翔太
シリーズ構成:髙橋龍也
キャラクターデザイン:井出直美
美術監督:魏 斯曼
美術設定:高橋麻穂
色彩設計:林 由稀
撮影監督:伊藤康行
編集:小島俊彦
音響監督:立石弥生
音響制作:ビットプロモーション
音楽制作:フライングドッグ
音楽:甲田雅人
アニメーション制作:ディオメディア
キャスト
橘瑠衣:内田真礼
橘陽菜:日笠陽子
藤井夏生:八代 拓
柏原もも:佳村はるか
葦原美雨:小原好美
藤井昭人:飛田展男
橘都樹子:日野由利加
栗本文哉:江口拓也
柾岡悠弥:益山武明
木根和志:梶原岳人